三話 ローチ・メリロー・エンド
「誰かいるの?」
サンが木の上で転がっていると、下から声をかけられた。紫の瞳の少女が不思議そうにこちらを眺めていた。
「・・・」
サンは言葉を発せなかった。サンは何故だか分からないが声をかけた少女に恐怖していた。
「気のせい?」
少女はそう言ってからサンのいる木へと近づいてきた。すでにバレているのか…。
サンの心臓は生まれてから今日までで一番早く、強く脈打っていた。少女は木に手をかける。
そして片手一本で木を大きく揺らし始めた。
「うわあああ!!!います!いますからやめてくださいい!!!」
木に捕まりながらサンは堪らず声をあげてしまう。
「やっぱりいるじゃん」
少女は手を離した。揺れが止まった頃に、目が回ったサンが落ちてきたのだった。
「あなたは、誰?」
少女はキョトンとした顔で聞いてきた。
「ぼ、僕は、サン!です…」
少女を前にして冷や汗が止まらない。口調もおかしくなってしまった。
「そう、変な名前…私が代わりにつけてあげる」
「つ、つけるって何をですか!?」
ビビりまくるサンを前に少女は考え始め、サンの顔をグイッと引き寄せた。
「月みたいな金色の瞳…」
「ひゃ!へぇ!?」
「決めた、あなたの名前はルナンに決まり」
少女はサン改め、ルナンの顔を離して歩き出した。
「付いてきて、私はローチ・メリロー・エンド…。ローチって呼んでいいよ」
行くあても無かったルナンは、突然現れた紫瞳の少女、ローチの後を追った。
生い茂る木々を横目にローチとルナンは歩き出す。
ルナンの肩には包帯が巻かれていた。怪我をしている事に気付いたローチが巻いてくれたのだ。
「あの、包帯ありがとうございます」
「…別にいいよ」
ルナンが時々話しかけるが会話は長く続かなかった。次第に、ルナンのローチに対する警戒心も薄れていき、歩きながらルナンが時々話しかけ、ローチが無愛想に返事をする。そのやりとりが10回ほど繰り返された。
「ついた、ルナン。ここでじっとしてて」
ローチが足を止めてそう言った。
目の前には少し大きな大木があるくらいで、さほど景色は変わらない。ローチは「ついた」と言っていたから、ここが目的地なのだろうか?とルナンは考えた。そんなルナンを横目に、ローチは詠唱を開始した。
「闇の呼び声、古から伝わる血、夜に眠る大地…恨まれし我が声よ、定めを反転させ姿を作り替えよ」
「サミドレイ」
ローチの詠唱が完了しルナンに魔術がかけられた。
「これであなたも魔物の姿ね」
ローチが表情を変えずにそう話した。ルナンは自分の姿を確認すると、額から角、口から牙のような物が生えていた。
「この魔術は1日で解けるから、明日またかける」
「ちょっと待って!魔物の姿ってど、どういう事!それに、その口ぶりじゃあ…」
ルナンは気付いてしまった。今話している少女が、人間では無いことに。
「うん、私は魔物。私はあなたが気に入った。だから一緒に暮らそう?」
ローチはそう言うとルナンの手を引っ張り、大木の根の隙間に飛び込んだのだった。