22、コスモス
「残念ながら今年の騎士コースの学生は少人数の為、全員が文化活動発表会の警備の仕事をする。警備と言っても暴漢者が来る等という様な野蛮な事はなく外部からの人達の道案内が主な仕事となり、午前5人と午後5人ずつに分かれ対応するからそのつもりで。」
関係あったぁ。うわぁぁぁ朝から出店でスイーツ三昧と思ってたのにぃー。
ノーブル教官がプリントを配り終えて教卓の前に戻った。
「グループはこちらで勝手に決めさせてもらった。午前中は私とナイフ、ピート、ヒース、真由が対応する。午後からはジャック、トニー、マック、マリス、リードが対応する。ここにその日の出店の地図があるので各自覚えておくように、それぞれ配置場所も書き込んであるのでそちらも覚えておきなさい。」
うわぁぁぁ面倒だぁー。
「午前担当は仕事を終えたら昼食をとり、午後担当は仕事を開始する前に必ず昼食をとるように。学園長から出店で使える金券を預かっている。5000セラだ。これは当日配るので当日の朝ここに集まるのを忘れないでくれたまえ。では今日はここまでだ各自、地図だけは覚えておくように。では解散。」
5000セラ、日本円では500円位か。まあ出店なら色々買えるな、ぐへへへ。でもその前に面倒な催しに参加しなければいけないな…。
「はーい皆元気?王様はねーすこぶる元気だよー。じゃあ今日の舞踏会楽しんで行ってねー。」
とんでもない挨拶だな。城での舞踏会はいつも王様の挨拶から始まるが今日はいつもより酷いぞ。
そそくさとダンスの輪から離れ紅茶を飲もうとすると公爵夫人が話しかけてきた。この人は自分の娘を王子の婚約者にしようとしていると社交界では専らの噂だ。
「真由様御機嫌よう、もう結婚のお相手は見つかったんですの?」
「いいえ。公爵夫人まだ見つかっていませんわ。」
いきなりそれかい!世間話から入れよ。
「そーお、まあ騎士コースを選んだ時点でお里が知れますわね。オホホホホ。」
しばいたろか。
「お恥ずかしいです。公爵夫人のご令嬢は?」
「勿論、法律・政治コースですわ。」
「まあそうですか。」
おい学園行く前はまだわしが婚約者やったろがい。何を最初から王子狙っとんねん。
「では良きお相手が見つかるよう祈っておりますのでオホホホホ。」
「まあ、ありがとうございます。」
颯爽と公爵夫人は行ってしまった。私は紅茶を諦めそっと庭に出た。結局、いつも外に出てきてしまう。なんというか…本当に…いつまでたってもこういうのは苦手だなぁ。
「今はなんだかこの大きな花の季節なのか。綺麗だなぁ。」
私はボールルームから逃げるように庭の奥へ奥へと歩いていた。気が付くと少し開けた場所に出ていて一面に花が咲いている。ピンク、赤、白、黄色、黒の同じ花が月明かりに照らされている。風がさあーっと抜けて花が揺れる。
「綺麗。こんなに咲いているのすごいなぁ。これなんの花かな?」
「コスモスだ。」
「うわぁぁぁ。びっくりした!ユーリ!」
「何をそんなに驚く必要がある?ここは俺も住んでいる城だ。」
そこに居たのは王子の礼装に身を包んだユーリだった。金の糸で何かの花の刺繍が施された赤いジャケットに白いズボン、王子っぽい装いである。私の方に近付きながら白い手袋を外している。
「そうやけど!……なんか久しぶりだね。」
自分でも顔が引きつっているなと感じつつ言葉を絞り出す。最近、ユーリの傍に行かないようにしている。
最近はユーリが誰といても、ユーリとは最初から婚約者ではなく親友の関係だったじゃないかと自分に言い聞かせる事で傷つかずに済んでいる。
「ああ。お前は俺を避けるようになったからな。」
学園内で無視し始めたのはそっちのくせに。どの口が言うか。
「避けてないよ!避けてはないけど……。やっぱりね。」
「なんだ?」
「新しい女の子の手前、前の女がウロチョロするのもね。」
「何を言ってる?婚約者じゃなくなったとしても、俺にとってお前は特別な存在だ。そんな風に考えるな。」
「分かったありがとう。」
そうだね、だから私も深く傷つかずに済んでいるのかもしれない。
「なあ少し座らないか?」
ユーリがコスモスの前の椅子を指さす。私は頷き促されるまま座った。ユーリも私の隣に座り、どこから出したのかマッチを取り出し椅子のそばの机に乗っているランタンに火をつけた。ユラユラとロウソクの火が揺れてユーリの顔を照らす。照らされたユーリの顔はどこか悲しげで学園での自信満々の態度とは真逆に感じた。絞り出すようにユーリが話し始めた。
「真由、最近また能力が言う事を聞かなくなってきた。俺の言う事を聞かず、ずっと心の声が流れっぱなしなんだ。」
「えっじゃあまた私が!」
「いや、もういいんだ。今はこれでいい。」
「えっどういう意味?」
「そんな事より俺分かったんだ、真由は俺が好きなんだろ?やっと分かった遅くなってすまないな。」
えらい急やね。
「へ?」
「だってそうだろ?急に避け始めたり、俺が女と歩いてると目を逸らしたり、考えたらすぐ分かったよ。」
ジリジリと距離を詰められる。椅子は背もたれが横にもついているのですっと後ろに立つ事ができない。
「何を言ってるの?」
「大丈夫、素直になれよ。俺の女にいれてやるからさ。」
「は?」
「今、婚約者候補として3人をかわるがわる愛してやっている。まあその内1人は昨日捨てたから実質2人になったが、真由もその候補にいれてやると言っている。嬉しいだろ?」
返す言葉もみつからない。ユーリは堂々とした少し横柄な態度で私に言う。
「何を黙っている?嬉しすぎて声も出ないのか?」
「そっかそうだったんだ。」
「ん?どういう意味だ?」
「私、今分かった。ユーリは女の子を支配してる時だけ自信満々に横柄な態度で話すんだね。自分でも分かってる?」
「なっなんの話だ?」
「女の子が自分の為になんでもしてくれるんでしょ?そういう子だけが周りに残ってくれたんだ。良かったね。私がユーリを好きだって?おあいにくさま有り得ないわ。私を支配できるとは思わないで。」
私はすっと立ち上がり背を向けて歩き始める。本当にやるせない気持ちだ。とその時、グッと腕を掴まれる。
「待ってくれ。お願いだ話を聞いてくれ。頼む。」
私は仕方なくユーリに向き直る。ユーリはズルズルと座り込み私の足にしがみついて俯き話し始めた。
「最近、心の声が聞こえていないと怖いんだ。俺に対してどんな感情を持っていて嘘をついていないか確認しないと落ち着かない。」
「そう…なの。」
「さっきのは嘘だ女になれとかそんな事は思ってない。本当は怖いんだ誰かがそばにいないと……いやお前がそばにいないと孤独で潰されそうになる。頼む…頼むから俺を一人にしないでくれ…頼む。」
今にも泣きそうな声で言うユーリをそっと抱きしめた。ユーリはいつも震えている気がする。彼を抱きしめる時はいつも震えている。なんだか悲しくて愛おしかった。
「ユーリごめん、ごめんね。分かった。分かったから泣かないで。」
結局、ユーリが泣き止むまでずっと抱きしめていた。
「とはいえコースは別だから一緒にはいられないけどね。」
「いいんだ。真由が俺を嫌いじゃなければそれでいい。」
「そんなの最初から嫌いじゃないよ。」
「それは俺もだ。たまにこうやって2人で話そう。」
「うんそうね。そうしよう。じゃあ約束。」
「ああ約束だ。」
と指切りをした後、別々にボールルームへ戻った。




