19、ノーブル教官
「君は騎士コースの唯一の女生徒だ。何か困った事はないかね?」
騎士コースのノーブル教官に呼び出されて放課後、教官の部屋に行ってみると勧められるがまま椅子に座らされて話が始まった。
「いいえ、特には…。」
ノーブル教官は私達と同じ時期に入ってこられた新任の教官で以前は城内の警備隊長だったらしいが記憶にはないし、居なかった気がする…。騎士コースの教官で背が高く濃い茶色の短髪でいつも黒い騎士の制服に身を包んでいる。鋭い視線とは裏腹にいつも穏やかで冷静な人で、歯を見せて笑わず口角をあげるだけの笑みに吐息混じりの深い声で生徒達がふざけたり私語が多かったりしても怒鳴ったり荒い口調にならずただじっと見つめてくる。
ド偏見ではあるがどことなく危険な匂いのする男の人な気がする。多分30代後半位だとは思うのだが落ち着いていて洗練されてて生徒の扱いも上手い、そして強い。目元と頬に古い切り傷がありその傷の事を生徒達に尋ねられるといつもの穏やかな笑みで一言、昔ある女性にねと言うだけでそれ以上は語らない。本当に女性関係ならあの時見せた余裕たっぷりの笑みは恐ろしいがそれには頷けるほどに色っぽいのだ。
「ふむ、最近浮かない顔をしているが本当に何もないんだね?」
騎士コースの教官の部屋は現在、騎士コースの生徒をノーブル教官が1人で全員担当しているので他に教官はおらず、ほぼノーブル教官の部屋になっている。生徒は1人辞めてしまって9人となってしまったが。
そしてまたあの笑み、怖い怖いと思っていたけど椅子に座らされて真っ直ぐ見つめられてそれに加えて深い低い声、どこか恐ろしいが、そりゃあ人気もでるか。ノーブル教官は女生徒が親衛隊を作る程人気がある。多分学園で1番人気の教官だ。
「それは…学業には関係のない私的な事です。鍛錬を疎かにしていたのでしたらすみません気をつけます。ですので気になさらないでください。」
私が席を立とうとすると手の平を私の前に出して立つのを制されたので仕方なく座りなおす。制服を正して座ったが早く城に帰りたい。ノーブル教官が私に紅茶の入ったティーカップを差し出す。
「ミルクと砂糖はあるが入れるかね?」
「ありがとうございます。いえ大丈夫です。」
「そうかね。ゆっくり飲みなさい。」
「いただきます。」
ノーブル教官はミルクを少しだけ入れて砂糖をティースプーンに一杯入れて混ぜている。そっと紅茶を口に含む茶葉の香りが鼻に抜けてその後スッとした苦味と共に深い味わいが口に広がる。
「美味しい。」
私の一言にふっと微笑み話し出した。
「良かった。そんなに緊張しなくていい。私は教官だ。秘密は守るし無理に聞き出したりはしない、だが明らかに落ち込んでいる様子の生徒を放置する事はできない。人として教官として君が心配なんだ。」
甘いマスクって色んなものを総合して言うのかもなぁ。この微笑みと低い声がなんとも言えない空気で教官室を満たしている。
「えっとそのぉ大丈夫です。」
私は俯き言う。珍しくしつこいな。それに教官の言う通り緊張しているのかじんわりと汗をかき始めたのでハンカチを取り出しそっと額を拭う。教官はさほど気にすることもなく話を続ける。
「君は素直じゃないね。人に迷惑をかけないようにしているのかな?その行為は美徳だが、もし私なんてという風に考えているのならその考えは今すぐに捨てた方がいい。いつか君の首を絞める事になるよ。どうかな?」
私の座っている椅子の背に手を置いて少しこちらに屈んで私に言う。なんの香りだろう、甘い、今まで嗅いだ事のない大人の香りに目眩がして思考が揺らぎそうになる。
ただ言っている事は正しい。確かに今だって教官の好意を無下にしようとしているのだから。
「すみません。」
「謝る必要はない。ただ君を見て考えていた。君は入学当初から擬態が得意で人の中に入り込むのが上手だ。女生徒1人でも色んな事を上手く躱して動いている。だけど裏を返せばあまり自分がない、かと思えばピートに対しては…正しい表現なのかは分からないが弟のように接している。自分を見せる者を選んでいるのだろう?」
椅子の背に手を置いたまま今度は屈むことなく私に言う。何となく圧力をかけてきているようだ。何が目的か分からないのが恐ろしい。
「そ、そういう訳では。」
「ふふいじめ過ぎたかな。とにかく君はもう少し自分に自信を持つべきだ。そうすればもっと強くなれる。」
「分かりました。」
「では帰ってよし。」
そして頭をポンポンと叩かれる。私は手早く挨拶をして逃げるように教官の部屋から出て行った。
「私の能力が効かないとは…実に興味深い。」
彼女の紅茶を飲み干し自分のティーカップの横に置く。ノートを取り出し名前の横に能力が効かない事を書き込んだ。
「君の能力は何なのだろうね。」
私は椅子に座り紅茶を飲む。少し温くなってしまったそれは丸い味になっていた。
「また話そう真由。」
私はパタンと扉を閉めた。




