手の中の決意は、手の外にある
少年、エルバは生まれながらに貧乏だった。
母親から、聞かされて育った。
いつかこの国は良くなる、だから我慢だよ、魔王に勇者が勝ったら、絶対に良くなるから。
父親は母親を殴る、蹴った。
父親「金は!?酒持って来い!」
母親を庇う少年。
殴られた。
母親はまた少年を庇う。
そしてまた、母親が殴られ、蹴られた。
父親はいざこざに巻き込まれ、殺された。
母親は、父親の死体に泣いた。
母親は、大泣きではなく、小さく、笑うように泣いていた。
今度は、母親が少年に暴力をふるうようになった。
ゴミ漁り仕事のストレスは半端じゃないらしく。
同僚や、上司の悪口を吐きながら、少年を殴り、蹴った。
少年は笑うようになった。
殴られたり、蹴られたりすると、笑うようになった。
母親「お前まで馬鹿にすんのかい?」
包丁を持って来た母親の顔は、笑っていた。
少年、母親は揉み合いになり、母親の首に包丁が刺さった。
わざとではなかった。
そして、騒音を聞いた隣人が部屋に入って来た。
隣人「ひ、人殺し!!人殺しだあ!!悪魔だ!こいつは悪魔だあ!」
留置所に入れられた。
無実だと。
先に母親に殺されそうになって、揉み合いになった結果だと、わざとではないと。
警官に言った。
警官「はいはい、解った、解った」
少年「本当に?解ってくれたの?」
警官「うんうん、だからもう寝ろ、な?」
少年「うん!ありがとう、おじさん!」
翌朝。
同じ房に、汚ならしい男性がやって来た。
男性「へへ、これから宜しくな!坊主、名前なんての?おいは、ヤマってんだ、何やったんだ?あ?」
少年「えっと・・言いたくない」
ヤマ「そうかい、ならおいも言わねえ、へへ、へへ、まあ、これから長い付き合いだ、宜しく頼まあ」
少年「はい」
その夜から。
少年は犯され続けた。
警官らも見てみぬふり・・どころか、ヤマと一緒になって、少年を犯した。
少年は。
少年は、精神を神に捧げた。
母親の言葉だけが、希望だった。
魔王を勇者が倒したら。
きっと。
皆、 ま と も になる。
刑務所に移された後は、もっと酷くなった。
最早、地獄という文字すら生温い。
エルバの頭は現実を見ていなかった。
もう少しだ。
もう少しだ。
もう少し。
もう少し。
もう少し。
もう少し。
後少し。
後・・少し。
・・。
・・。
・・。
・・。
・・。
・・。
・・。
・・。
・・。
・・。
・・。
・・。
・・。
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警官1「魔王が死んだってよ」
勇者様が王都に帰る途中で、この二番目に大きな都に寄る。
酒、食事、女、選り取りみどりなパーティーが行われる。
そんな噂で警官らははしゃいでいた。
少年「やっと・・終わる・・やっと」
3週間後。
裁判官「被告、エルバ」
エルバ「ワクワク、ワクワク」
裁判官「母親殺しの罪により」
エルバ「え?」
裁判官「首吊りとする、以上」
エルバ「?え?」
警官らにより、脇を抱えらる。
エルバ「え?ちょ!ちょっと待って下さい!!勇者様に!勇者様ああ!!勇者様ああああ!!何でだよお!?勇者むぐぐう」
布を口に突っ込まれ、引き摺られていった。
涙も出ない。
絶望という文字が可愛い。
何も考えたくない。
あまりの瞳の暗闇に、マヤも一回でシラケた。
深夜。
大商人男 50代が刑務所へ面会に来た。
大商人「彼と二人で話したいんだ、いいかな?」
警官2「は?いや、そう言われましても、あの」
大商人「なあ、君にも家族が居るだろう?これで好きなモノを買ってやるといい、な?」
小袋を渡す。
警官2「ぎ、銀貨!、あ、ありがとうございます!」
大商人「では、個室を用意したまえ」
警官2「はは!喜んで!」
エルバは引き摺られ、個室に連れて行かれた。
警官2「あの、それで、一体何を・・」
大商人「これは驚いた、まだ居たのか?」
警官2「え?」
大商人「ん?」
沈黙が流れる。
警官2「はは!失礼します!」
大商人は、精神回復魔法と、体力回復、傷回復全快魔法をエルバにかけた。
エルバ「は!?誰!?」
大商人「しーー、しししししーー、し、しーーーん?紅茶は好きかな?」
エルバ「・・の、飲んだこと、ない」
大商人「んふー、まあ、そうだろうな」
エルバ「・・」
大商人はコップを二つ取り出して、葉っぱを入れ、魔法水を出し、火の魔法で温めた。
大商人「どうぞ」
エルバ「・・」
大商人は直ぐに飲み始めた。
大商人「きみ、・・失礼、エルバ君、エルバ君は、何歳かな?」
エルバは「・・わ、解んない」
大商人「・・そうか、まあ、飲みたまえ、死刑になる君を、わざわざ毒で殺さないよ、さあ」
エルバ「・・」
手を伸ばし、コップを持った。
飲む。
エルバ「!!・・ふ・・う・・ぐ」
大商人「・・」
ハンカチを机に置いた。
エルバはハンカチを持ち、涙と、鼻水を拭う。
大商人「君は、この世界をどう思う?」
エルバ「??」
外で聞き耳を立てている警官ら二人には、ヤってる音が聞こえている。
擬音魔法だ。
大商人「正直に言いたまえ」
エルバ「・・」
大商人「ん?」
エルバ「あなたは・・誰?」
大商人「私は商人だよ、世界一と言って良い、とは言え、ついこの間に世界一になったばかりなんだがね」
エルバ「ついこの間?魔王が死んでから?」
大商人 〈ニコ〉
エルバ「勇者様の仲間なの?」
大商人「うん、そうだよ」
エルバ「僕を助けてくれるの!?」
大商人「・・君の罪も、君の記憶も、全て知ってるよ、魔道具でね、そういう道具があるんだ、だから、全て知ってる、・・大変だったね、心から、君を尊敬するよ、私だったらとっくに舌を噛んでるだろう、・・君は・・強いんだな」
エルバ「う・・ふぐえ!・・うぐえ!・・うええ」
大商人「その上で、君に訊くんだが、君はこの世界を、壊したい、そして、新しくしたいと、思うかな?」
エルバ「思う、悪人も、善人ぶってる奴も、全員死ねば良い」
大商人 〈ニコ〉
エルバ「・・本当に僕を助けてくれるの?」
大商人「悪いが、それは出来ない、君を助ける事は出来ないんだ、裁判には、ブラックボックスという装置によって、世界同時記録がされている、だから、君を誰かとすり替える案も出たんだが・・それは・・残念だ」
エルバ「・・じゃあ、何しに来たんだよ」
ハンカチを部屋の隅に投げた。
大商人「君を救えはしない、だが、代わりに、君に世界を委ねる事はできる」
エルバ「?解んない、意味が、どういう事?」
大商人「もし、神様が本当に居るなら、君は、死なない筈だ、違うかい?」
エルバ「・・うん」
大商人「だろう?、だから、これ」
大きい瓶を鞄から取り出した。
瓶を開けた。
大きい魔石が腹にある寄生虫。
エルバ「ひ!?」
エルバは机から転がるように離れた。
必死でドアを叩く。
だが。
警官らは開けない。
エルバ「!?何で!?開けて!?開けてよ!?ねえ!?開けてえ!!開けろよ!?開けてよ!?開けて、よ!!糞!この!」
木の感触じゃない。
まるで、鉄だ。
エルバ「な、何で?」
大商人「私の魔法さ、無理やりしないよ、私は君に決断して欲しいだけさ」
エルバ「は?え?決断?僕が?何を?」
大商人「しーーー、しししししーー・・」
寄生虫を頭まで取り出した。
さそりか、ミミズみたいなソレは、尻尾をもたれビチビチ動いている。
大商人「君の心臓にコレを寄生させる、君を、何にも悪い事をしていない優しい君を、神が、天上に居わす、神々が君を殺せば、君に寄生してるコイツも一緒に死ぬ」
エルバ「あ、あう、あ・・はう」
大商人「国中に仕掛けたんだ、あ、ああー、違う違う、違うよ?んー、魔法とは違うよ、ちっちっちちちちち、物理的な爆弾だよ、物理的な、ね、だから、魔力感知なんて出来ない、出来ないんだ、解るね?この素晴らしさ、解る?解るだろ?」
エルバ「ひ・・ひう」
大商人「これは勇者も納得の事なんだ、解る?ほら、君が好きな勇者だよ、言ったろ?私は勇者と友達なんだ」
エルバ「う、嘘だ!勇」
大商人「本当だよ、勇者と一緒にこの国の腐った奴らを殺すんだ、いっぱい、沢山」
エルバ「僕は、わざとじゃないんだ、でも、それをやったら、僕は本当に人殺しになってしまう!」
大商人「違う、君は英雄になるんだ」
エルバ「?何で?」
大商人「隣国のクーデターが成功したんだ、奴隷達を引っ張ってる人物が国のリーダーさ、その人達とも勇者は友達なんだ、魔王討伐の旅で、沢山沢山、他所の国を周ったから、友人が沢山出来たのさ、だから、君も伝で見つけられた、君の事を気に病んでたよ、パン屋さんの娘さん、良くして貰ってたんだね」
エルバ「ふ、ふ、ふ、・・ヴん、パンのお姉さん・・元気?」
大商人は寄り、膝をついた。
大商人「ああ、おうとも、店も繁盛してたよ」
エルバ「そっか、良かった」
大商人「どこが?」
エルバ「え?」
大商人「その時の映像がある、見たまえ」
水晶を取り出した。
映像が流れ始める。
大商人と勇者パーティーらしき人物達がパン屋さんに寄る所から始まった。
看板娘「あ、いらっしゃいませー!」
暫く楽しい世間話をした。
大商人「エルバ君、可哀想ですよね、どうしてあんな事に」
看板娘「ええ、私も、何かしてあげたい気持ちはあるんですけど、でも何かしたら私も同罪ですし、正直関わりたくないですね」
大商人「私と、勇者パーティーと共に、エルバ君の人となりを証言しては貰えませんか?、彼女は高度な魔法使いでしてね」
勇者パーティーの一人が頭を下げた。
大商人「過去視の水晶を持っていまして、あなたの事もこれで見て、ここに訪ねて来た訳でして、母親を殺したのは、揉み合いによる、偶然だったんですよ、ただ、殺した事実は変わらない、だから、少しでも、彼の罪が軽くなるよう、裁判所に一般人として擁護願書を出してくれませんか?」
エルバ「一度僕に会いに来たの?」
大商人「ああ、別の件で偶然ね、でも君は心がそこには無かった、話かけたんだよ、でも、君には届かなくてね、その時は時間がなくて、ごめんよ、さ、続きを見よう」
勇者「お願いします、彼を助けたいんだ」
看板娘「で、でも、領主様がお決めになった事ですし、それに、彼が母親を殺した事実は変わらないって、そう仰ったじゃありませんか」
勇者「だから、その罪を軽くする為に」
看板娘「何であたしがそんな事で・・」
エルバ「 」
大商人「・・」
勇者「・・そんな事?」
大商人「娘さん、そんな事っていうのは」
看板娘「私、忙しいんです、勇者様達はいいですよ?お金も沢山だし、住む場所も立派で、でも、あたしら庶民は、明日、明後日の為に今日稼ぐだけでいっぱいいっぱいなんです!解ります?」
勇者「領主には僕から良く言うから!だから」
看板娘「言わないで!」
勇者「はあ?」
看板娘「いらついた領主にこの店が潰される!絶対言わないで!貧困街を領主様は潰す気なの!一人一人なんかどうでも良いの!あの子供は家族に殺されたんじゃないの、時代に殺されたのよ!」
勇者「エルバ」
看板娘「はあ?」
魔法使い女「その子供の名前よ」
看板娘「エルバか、カルバだか知らないわよ、どうでも良いわ、それより、あまり嗅ぎ回らない事ね、領主様に逆らったら、あんた達お尋ね者よ、国王も、領主達のやってる事くらい解ってるわよ、それでも、他国からの侵略よりはマシなの、解る?」
勇者「・・」
看板娘「解らないでしょうね、所詮、異世界から来た、世間知らずよね、あんたらは」
勇者「あの子供が死んだら、僕は、魔王が目指していた正義を、全て否定して、殺した事が無駄になってしまうんだ」
勇者が土下座。
看板娘「は?ちょ!?」
大商人、勇者パーティーも土下座。
看板娘「は?はあ?ちょ!止めてよ?営業妨害よ!」
勇者「お願いだ、聞いてくれ、あの少年は、エルバは、生まれた時から不幸だ、目も当てられない、直視出来ない程だった!僕は叫んだ、水晶で録画したエルバの記憶を、映像で見たんだ、森の中で、見た方が良いって言われた意味が解ったよ、君が求めた勇者が偶然に通りかかって、見つけたよと、言ってあげたかった、でも、彼には面会は出来ないとの一点張りで」
看板娘「あたしには関係ないって」
勇者「だから、お願いしてるんだ!」
看板娘「う、うう」
勇者「エルバは、父親から暴力を受ける母親を庇ってた、でも父親が死んでからは、母親からも暴力を受けていたんだ」
看板娘「・・」
勇者「そして、ついに、母親が狂って・・母親が包丁を持った」
看板娘「・・」
勇者「揉み合いになり、母親は死んだ、そこを隣人が駆けつけた、これが真実だ」
看板娘「だから?それを領主に話した、そうよね?返事は?」
勇者「色々もじもじ口調で言われたが、簡単に言えば考える、だ」
看板娘「じゃ、考えるんじゃない?」
勇者「嘆願書一枚あれば、裁判所は再捜査する義務が発生するそうだな?」
看板娘「・・ええ、まあ、そんな法律もあったかしら?」
大商人「エルバ君の再捜査がされれば、私らが証拠を直ぐに提出します、ですからどうか」
看板娘「はあ・・解ったわよ」
勇者「!?ほ、本当か!?」
看板娘「もう、いいわ」
勇者「え?」
看板娘「あのね、ハッキリ言うわね?、全くどうでも良いの、面倒なの、解った?営業の邪魔よ、ったく」
ふらあっと立ち上がり、パン店に行こうとする勇者を弓の男エルフと男剣士が止める。
勇者「何故だ・・俺が・・俺が守ったモノは一体・・」
剣士「落ち着け、これが現実だ、皆、生活に余裕があっても、心に余裕がないんだ、そういう世界だ、ここは、そういう世界なんだ!お前の世界とは違うんだ!」
勇者の動きが止まった。
勇者「あの村に行きたい、あの穏やかな村に」
女魔法使い「解った、連れて行くわ」
呪文を唱え、テレポート。
平和になったから。
騎士、傭兵が大量解雇され、盗賊が増えていた。
勇者がテレポートした先の村は、人間の仕業により、壊滅した後だった。
勇者「・・まだ、録画しているか?」
女魔法使い「え?ああ、えっと、ああ、うん、録画し続けてる」
勇者「ごめん、君の力になれなかった、人間全部とは言わないけど、・・・・・・ふ・ぐ・・・・僕は・・ふ・・ふぐ・・間違ってた・・ぐ・・らしい・・・・」
涙を袖で拭う勇者。
勇者「はあ・・でも、僕じゃ駄目だ、僕では、ま だ ま だ 足 り な い 、君の方が、相応しいと思う」
女魔法使い「え?何の話?」
大商人「勇者殿?」
勇者「僕の考えてる事は、今の君なら解ってる筈だ、君に託す、君が相応しい」
剣士「おい?」
弓エルフ「何の話だ?」
勇者「君は・・〈ジジ〉」
勇者の目がドアップ。
憎しみの目だ。
だが。
穏やかな目でもある。
勇者「この世〈ジジジジ〉どう思う」
〈ブッ〉
大商人「・・まずは、選んでください、入れるか、入れないか」
寄生虫がビチビチ動いている。
エルバはすうっと息を吸い込んで、垂れた眉毛で笑った。
6週間後。
水曜日。
曇り、時々晴れ。
クーデターが成功した隣国に勇者一行の姿。
大商人も居る。
軍、50万、出陣用意、それを完了していた。
大商人「いよいよですな」
勇者「・・お隣さんの奴隷、貧困街の連中は 元 気 か い ? 」
大商人「ええ、ええ!元気ですよ」
勇者「それは上々」
女魔法使い「そろそろ時間よ、開始するわね」
勇者「ああ」
女魔法使いは外に出た。
そこは高い高い、山の上のお城。
人間界の魔王城。
広い庭。
巨大な魔法陣。
女魔法使い「すー、はー・・」 〈キイイイイイイイ〉
テレポート石を配っていたのだ。
あちらの国の奴隷街、貧困街の人々を一気に呼び寄せた。
エルバは爪先立ちしていた。
首にはロープ。
ロープはあみだくじ式。
エルバの後ろ下には警官5人と、5本のロープ。
晴れが曇りになっていく。
エルバ「はー・・ふ、ふふ」
警官1「何がおかしい?」
警官2「ほっとけって、もう死ぬんだからよ」
警官1「け!母親殺しが!地獄に落ちろ!」
警官3「もう良いかな?」
警官4「だから!民衆のガス抜きだって言ってんだろ?馬鹿!カウントダウンだよ、ほら、始めろ」
警官5「良いぞー」
カウント係「それではただいまからあ!このエルバの罪を述べまあす!」
民衆『ピュイイ、パチパチパチパチいいぞー!殺せ殺せえ!』
カウント係「この者は、長年に渡り大切に可愛がり、育ててくれた実の母親をー
エルバ「・・」
何も聞こえない。
上を見た。
曇りだ。
どんよりとした空は、所々黒くて、まるで龍のよう。
エルバは視線を下に向ける。
何か皆言ってる。
怒ってる。
笑ってる。
何か投げてる。
何も聞こえない。
エルバの育った国。
これが、エルバの育った国。
エルバ「んーんー、んんんーんんんー」
鼻歌を。
エルバ「んーんーんんんー、んんんー」
母親が。
優しい母親が歌ってくれていた、子守唄。
民衆『ち!!おい!早く始めろお!早く殺せ!そうだそうだ!早くしろってんだ!ちんたらすんなあ!』
カウント係「は、はい、ただいま、ただいまー」
ちらっとカウント係が、警官らを見る。
頷く警官ら。
カウント係「えー、それでは、カウントを始めまあす!あ、10、9」
民衆『8、7、6、5、4、3、2』
エルバ「んんー、バイバイ、んんんー」
民衆『1、ゼロオオオ!!』
《バババババツン》
エルバの下の台がスッと降りた。
優しく降りる為に、苦しみが続く。
エルバ「ヴ、ヴぅ・・ヴ、ヴぅ』
足がバタバタと空中を駆ける。
民衆『ぎゃはははは、ぎゃははははははは!豚!豚だあ!!ぎゃはははは、ぎゃははははははは!!ぶぶう!ぶぶー!!ぎゃはははは、ぎゃははははははは!!く、苦しい!!ぎゃはははは、ここっちが窒息しちまうよおおぶぶー!ぎゃはははは、ぎゃははははははは!!』
エルバ「ぅ・・ヴぅ、うヴぅ」
民衆『ぎゃははははははは!!ぎゃははははははは!!』
看板娘「ぷ、ぷふ!くく」
堪えきれず、吹き出した。
エルバの動きが止まった。
カウント係「はあい!投げつけタイムですよお!どうぞお!」
民衆は待ってましたと、馬、牛、羊、山羊、鳥、の小便、糞、石を投げつける。
投げつける。
投げつける。
投げつける。
パン看板娘にも友達から糞を渡される。
女友達「ほら!あんたもやんなきゃ!ストレス解消よ!?ほら!」
パン看板娘「う、うん、そうーりゃ!」
〈べちゃ〉
エルバの急所に当たった。
女友達「やだもー!何処に、・・やっだもうー、この子はー、ハレンチなんだからあーもー」
パン看板娘「きゃはははは、やっだもう!最悪う!!」
勇者「何故だ?何が起きた?」
大商人「不発!?馬鹿な?」
女魔法使い「こうなったら私があのウリエルを召喚し」
それは。
全ての悪心を見終わるのを待っていたかのよう。
まるで。
民達の中に、まだ救われるべき良心が存在しているか、確かめたい、それを、確認し終わったかのような。
そんなー。
《ゴロゴロカ!!!!ドドオオオオオ!!!!》
エルバに雷が落ちた。
何が起きたのか、解らない民衆、屈む暇さえなかった。
民衆『な・・何だ?雷?罪人の上に雷が落ちた?』
その様子を水晶で見ていた勇者達。
女魔法使い「あ、ああ!やばい!!」
大商人「はい?」
勇者「雷で魔力暴走に入った!通常の10倍の威力になる!この国まで来るぞ!!伏せろ!!」
大商人「何ですって!!?」
勇者「来るぞおおお!!」
エルバの胸が割れ、寄生虫魔石の火花《ジジ、ジジ》。
民衆『神の天罰だあ!ひゃっはあ!!やっぱり神様は居るんだあ!!うははははははは、ひゃっほうおおい!!きゃはははは』
《ピーーーーーーン》
世界各地の魔法使いが、大気に走る魔力波に気づき、伏せた。
各地地面に埋め込まれた魔石同士のエネルギーだけでも莫大なエネルギーであった。
しかし、ゆっくりエルバが死んだ為、発動しなかったのだ。
死んでから発動する、云わば、ゼロからの発動。
そこに、 特 別 な 雷が落ちた為に、大規模なプラスの発動となった。
《ジュワアア》
寄生虫は奇跡的に焼けていなかった。
死んで、胃酸で溶け、寄生虫の中にある魔核までも溶けー。
民衆『ぎゃはははは、天罰だ!天罰だあ!!天 《《《ーーーーーーーーーーーーーーーーー》》》
白?いや、赤?どちらとも言えない光が、エルバの国を飲み込んだ。
まだ足りないように、周辺国もまだまだ飲み込んでいく。
盗賊も。
立派なお城も。
綺麗なお姫様も。
何もかもー。
《《・・ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ》》
マテリアルという物質がある。
魔核と言われる石を構成している原子の名前だ。
マテリアルはプラスとマイナス、2つの物質からなる。
この2つはいつもつかず離れずという微妙な距離を保ったまま、運動している事が解っている。
一方がプラスなら、もう片方は必ずマイナスである。
片方と片方は入れ換えは不可能。
片方を入れ換えたら、消滅してしまうからだ。
その際に爆発が起きる。
だが、入れ換えずに、マイナスはマイナスだけのマテリアルで作った魔核が作成可能。
プラスだけの魔核を作成可能。
それぞれを宇宙の端と端、遠くに離し、一方をまとめて消したらどうなるか。
その威力は2つの魔核だけで、大都市を蒸発させる。
エルバの心臓に寄生した生物は魔石を食う虫で、その虫は普通の魔核しか食べた歴史しかない。
その寄生虫がマイナスだけの魔核を食べた。
そして、ゆっくり心臓が止まった為に、寄生虫はまだ生きていた。
それが、雷で完全に死んだのだ。
寄生虫が死ねば、寄生虫は自身を胃酸で溶かす。
マイナス魔核は消滅し、対のプラス魔核が爆発。
その時、爆発するのは、エターナルという空間で繋がっているからと言われている。
どんなに離れていても、その空間で繋がっているから、反応するのだと。
その空間を、雷のマナが通り、そして、まだまだ力は余り、エターナル空間容量を越えた。
連鎖爆発だった筈がお互い一気に打ち消し会う形になった。
魔核爆弾369個、同時起爆。
勇者達の居る魔王城は結界が張ってあるが、その多重結界が一瞬にして割れ、熱波が城の中に入ってくる。
勇者「絶対拒絶!!」
空間ごと、異界化。
それでもギリギリ干渉を押さえられているか解らない状態。
赤白い景色と、爆音で、何も聞こえないし、何も見えない。
目を瞑っている筈なのに、明る過ぎる。
《フワ》
爆風が止んだ?
いや、違う、爆風が 戻 る 。
女魔法使い「キャアアアアアアアアアアアアアア!!」
女魔法使いは成す術無し。
勇者「ぐ、くくしゅふうううう」
必死に耐える勇者。
赤白い景色がカラフルに戻っていく。
何も聞こえない。
勇者「く、くそ・・これじゃ、攻め入む国自体無い・・じゃカハ!」
吐血し、気絶。
エルバが育った国の5倍の土地が浄土化。
想定の30倍の損害だった。
勇者達の用意していた兵士らの半数は無事だったが、残りの半数は影だけを残した。
勇者達は、自身達の国復興に努めた。
もう改革すら必要無い、全ては無に帰したのだから。
夕暮れ。
大商人「いやあ、お疲れ様です、勇者様」
勇者「いえ、これも罪滅ぼしですから」
溜め池を作っているようだ。
大商人「・・少し、宜しいか?」
勇者「はい?」
少し離れて、二人座る。
大商人「いやあ、綺麗な夕焼けですなあ」
勇者「・・僕は、夕焼けがたまらなく、怖い」
大商人「勇者様」
勇者「あの日の赤い光にそっくりで・・」
大商人「・・」
沈黙。
勇者「何か話があったんじゃ?」
大商人「あ、ああ、はい、そうでした、私、ハーマイルに知人がおりまして、その知人から、暫く復興が住むまで来ないか!との誘いがあるのです、勿論勇者様方一行も、・・どうですか?行きませんか?」
勇者はもう暗い太陽を見た。
勇者「ありがたいですが、やはり、私は復興を第一と考えておりますので」
大商人「まるで貴方に責任があるかのように振る舞われるのは、如何なモノかと、企てた犯人みたいですぞ?はははは」
勇者「まずい事は承知してます、ただ、どうしても、そんな人間には、・・すいません」
大商人「あなたのせいではない」
勇者「え?」
大商人「あの時」
勇者「・・」
大商人「あの時、本来なら爆発は起きず、寄生虫が生きてる内に死体が焼かれていれば、魔核だけが燃え残り、何処かに売られていく筈でした」
勇者「・・」
大商人「だが、結果は、雷が落ちた」
勇者「・・」
大商人「あのタイミングで、偶然でしょうか?私にはどうしても、アレが偶然だとは思えないんです」
勇者「・・」
大商人「いや、失礼、答えのない問答は腹を下しますな、それでは、この話は無かった事にー」
勇者「あの時」
大商人「へ?」
勇者「あの時、エルバの死に様を、民衆らが、豚みたいって騒いでましたよね?」
大商人「え?ええ、確かに、そう騒いでましたかね、それが?」
勇者「私のパーティーの中に女の魔法使いが居たでしょう?エリザというんですが、そいつが妙な事を言ったんです」
大商人「妙・・とは?」
勇者「古代魔法、イカロス、その呪文は、ヴ、ヴベェ、ヴヴベェ、ヴぅーヴぅ」
《ヒュオオオオオオオオオオオオ》
大商人の背中に冷たい筋が流れる。
大商人「ぐ、偶然でしょう?だいたい、何故そんな古代語なんか・・あの少年が知ってる筈がない!そうでしょう?」
勇者「ええ、知ってる筈がない、・・すみませんね、どっこらせ、・・腹を下しますか?」
大商人「・・勘弁してくださいよお!」
勇者「はははは、さ、帰りましょうか!」
大商人「お酒とおつまみ、届きましたぞ!」
勇者「へえ?楽しみだなあ!」
大商人「はははは」
蝋燭の火が揺れている。
寒いから蝋燭の火の側で床藁の上で母親と小さなエルバ。
優しい母親の膝枕。
エルバの背中を擦りながら子守唄。
エルバ母親「ヴぅーヴぅ、ヴヴベェ、ヴヴベェ、ヴぅーヴぅ、ヴヴベェ、ヴヴベェ、ヴぅーヴぅ、ヴヴベェ、ヴヴベェ」
《END》