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「夜、付いて参れ。良い所に連れて行ってやろう」


ヴィルヘルムは緩慢な仕草で玉座から立ち上がると、マントをはためかせた。

夜は、立ち上がる。

ヴィルヘルムが玉座の裏にある大きな窓を開け放つ。

バルコニーに出ると、一陣の風が吹いた。

満天の星空を、夜の棲む広大な大地を。

夜は初めて見た。

畜舎の藁葺き屋根の隙間から見える星空は余りにも小さい。


これが、ルーカスやヴィルヘルムの言っていた。


()()()だね」


夜は理解した。


「ああ、そうだ。良い夜だ」


「私を食べたりしない?」


「食べるものか。可愛がってやる」


「血を飲まなくても大丈夫なの?」


「今は魔物の血を精製した物を毎日たっぷり飲んでいるよ。その内夜もそうなるだろう」


「私、飲みたくない!」


夜はべーっと舌を出す。


「飲まなきゃ長生き出来んぞ」


「したくないな。この景色をずっと覚えていたいから。私、馬鹿だからたくさん生きたら忘れちゃう」


「何度でも見せてやるぞ?」


「ううん、いいの。この一回きりを憶えていたいの。それでもここに居ても良い?」


「ああ、構わないさ。朽ちるまで共に生きよう」


「ありがとう、優しい王様」


「名前を新しく授けよう」


「ううん、夜でいい」


「嫌いな名だと聞いたが?」


「好きになっちゃった。だって良い夜なんだもの」


ヴィルヘルムは優しく夜の頭を撫でた。














夜はめきめき成長した。

四年が経つ頃には、身長も伸びたが、矢張り城の誰よりも小さいままだった。

ルーカスよりも大きくなりたいな、と夜が言ったらルーカスは笑った。

それじゃあ抱っこ出来なくなっちゃうね、と言うから小さいままでも良いと思った。

城の皆は優しい。

日替わりで夜の添い寝をしてくれた。

勿論ヴィルヘルムも。

でも最近してくれない。

少し悲しかった。


もう一つ悲しい事があった。


ギムレットとピギーが亡くなった。


ピギーの方が先に死んだ。

夜が、死んじゃ駄目というと、ピギーは笑った。

次に会う時は泣き虫治せよなと言って笑った。

次っていつ?

聞いたが、もう答えは返って来なかった。


翌年ギムレットが体調を崩しがちになった。

懸命に夜は看病したが、終に良くならなかった。

ギムレットに、お母さん置いていかないで、と言うと、ギムレットも矢張り笑った。

どこにも行かないよ、赤ちゃんの側にずっといる、とギムレットは静かに呟いた。

死んでも?と夜が聞くと、星に帰るんだよ、とギムレットは言って目を閉じた。

もう、夜は動物の声が聞こえない。

ハンクの言葉もよく分からなくなった。


寂しくて堪らなくって泣いていると、ルーカスが久しぶりに一緒に寝てくれた。


ヴィルヘルムは、


「別れとは悲しいものだ。いつか夜も私達を置いて星に帰ってしまうだろう。それでも永遠の命がいらないか?」


夜に再び尋ねた。

ヴィルヘルムは、夜にずっと生きていて欲しそうだった。

でも夜は、いらないと変わらず答えた。


ヴィルヘルムは寂しそうな顔をした。


ルーカスも、ダリルも、クリミアも。

城の皆が悲しそうな顔をした。


それから二度と、ヴィルヘルムは夜に尋ねなかった。



夜は、二十歳になった年、ヴィルヘルムと結婚した。


城は大いに沸き立った。

皆が三日三晩踊り騒いで大変な騒ぎだった。


夜は変わらない。


いつまでも純粋なままだ。


二十二歳の年、二人の子供が産まれた。

その年、二人の子供と入れ替わる様にハンクが亡くなった。

ハンクの言葉を夜は分からない。

だけど、わんわんと泣く夜に、ハンクは嘶いた。

まるで、泣くなよ、お前の赤ちゃんに笑われちゃうぜ、と言っている様に聞こえた。

夜は、もう泣かないよ、とハンクに誓った。


二人の子供は、ヴィルヘルムの血を受け継ぎ、矢張り永遠の命があると言われた。


ヴィルヘルムと、血を継いだ子供以外は、儀式をしてヴィルヘルムの血を分け与えないと永遠の命は授かれない。

夜は、もう何も知らない子供では無かった。


だから、心配だった。


自分の子供に永遠の命がある事が。


ヴィルヘルムに永遠の命がある事が。


夜が死んでしまったら、どうなるか分かっていたからだ。

悩み続ける内に、ヴィルヘルムよりも夜はうんと歳をとってしまった。


これじゃあ、母親と息子だ。


夜は可笑しくなって笑った。

そして開き直った。


星に帰るだけ。

大地に溶けて、水に溶けて、大気に溶けて、雨になって、また皆の元に戻ってくるね。


夜は明るく言って目を閉じた。


———永遠に。











あるところに、世界の始まりから生きている王様がいました。


城の皆に囲まれて、可愛い娘のいる王様。

愉快に楽しく暮らしていました。


でも、王様は時々悲しそうにする事があります。

それは決まって満天の星空の日。


バルコニーから大地を見渡します。


それは、亡くなった王様の最愛のお妃様を思い出している時でしょう。


王様のお妃様は元は生贄でした。


最初の生贄は、貧しくなった口減らしの子供を引き取ったのが始まりでした。

お妃様の住んでいた村人は、王様が助けてくれた事も、理由も忘れ、愚かにも百年に一度、可哀想な子供を王様に送り続けたのです。


王様は、どうせ送ってくるのならと、働き手になる男の子を送る様に言ったのです。


だけど、お妃様の生まれた年は、お妃様しか生まれませんでした。


仕方なく村人は、お妃様を城に生贄として送ったのです。


王様も城の皆も、お妃様を大層可愛がりました。


王様が、永遠の命をお妃様に与えようとしましたが、お妃様は頑固にも受け取らなかったのです。

お妃様は、今の一瞬を懸命に生きる喜びに満ち満ちていたからです。


暫く仲睦まじく暮らしていましたが、死は当たり前に二人の間を別ちました。


でも王様は、ちっとも弱音を吐きません。


王様は、知っているからです。


いつでも、お妃様が王様を優しく見守ってくれている事を。





これは、遠い遠い世界のお話です。








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