3
夜は青年にすっかり洗われた。
青年はずっと、彼女は子供、彼女は子供と呪いの様に呟いていた。
青年は優しく夜をタオルで拭いてくれた。
大きな掌が、夜の短い髪をあっという間に乾かした。
着替えの寝巻きは清潔な匂いがした。
「あのね、夜。明日、王様に合わせてあげるよ」
青年は優しく夜をベッドに横たえると、肌掛けを掛けてくれた。
「明日、食べられるのね?」
「大丈夫だよ。心配しないで。王様は、とっても優しいからね。だから心配しないでお休み」
青年は、夜の短い髪を撫でてくれた。
お母さんみたい。
優しい。
この人、大好き。
夜は初めての動物達以外の優しさに触れた。
「あのね、お名前教えてくれる?」
「忘れてた。僕はね、ルーカスだよ。君の五代前の生贄さ」
「嘘!」
「嘘じゃないよ。だから大丈夫。さあ、お休み」
ルーカスに瞼を撫でられた。
あっという間に夜は眠ってしまった。
ルーカス、お母さんみたい。
優しい。
でも男の人だからお父さん?
うんと年上だからおじいちゃん?
明日、ルーカスに聞いてみよう。
♢
「おはよう!夜。まだ城の皆は寝ているよ。夜は朝起きるだろうから、僕が代表して起きていたよ」
カーテンが閉じられていて時間感覚が分からない。
そっと窓辺によると、ルーカスに背後から抱き止められた。
「開けてはいけないよ。僕が灰になってしまうから」
本当かな?
夜は首を傾げる。
「本当だよ。それより食事にしようね。お腹空いたでしょう?」
「うん、お腹空いた」
ルーカスが、部屋の外にあったワゴンを押してくる。
部屋にある小さなテーブルにワゴンに乗っていた食事を置いてくれる。
温かいスープが湯気を立てている。
「スプーンはね、こうやって使うんだよ?」
ルーカスが椅子に座った膝に夜は乗せられる。
ルーカスが夜の背後から、抱き締める様に教えてくれた。
「ルーカス、ありがとう。ルーカスは優しいね。私の家族みたい。大好きって言ってもいい?」
「勿論!夜は可愛いね。僕も夜が大好きだよ」
ルーカスは微笑みながら夜の頰に付いたパン屑を拭ってくれた。
「あのね、夜になったら一緒に王様に会おうね。大丈夫だよ、僕も一緒だからね。心配しなくて良いよ。王様に会う前に城の皆も紹介してあげる。怖がらなくていいよ。皆気の良い人ばかりだから」
「ルーカス、私、何も知らないの。皆に変な事して嫌われちゃうかも」
「大丈夫だよ。皆分かってくれているから。さあ、段々生活の時間帯を変えなきゃいけないからね。子供だし、まだまだ寝れるだろう?僕と一緒に少し眠ろう」
「眠くないよ、ルーカス」
「抱き締めてあげる。目を閉じているだけでいいんだよ」
ルーカスは夜をベッドに連れて行くと抱き込んで寝てしまった。
夜は、誰かに抱き締められたのは初めてだと思った。
ギムレットや、ピギーやハンクは夜を抱き締められないから。
でも、皆と寄り添って寝ている時みたい。
ルーカスの胸に耳を当てる。
ちゃんと心臓の鼓動がした。
少し安心した。
♢
夕方、夜はルーカスに食堂に連れて行かれた。
中には沢山の人が居た。
何れも男ばかりだ。
夜を興味津々に見ている。
「ちっこいな」
「大丈夫さ、数年もすればちゃんと大人になるさ」
「ヴィルヘルム様にぴったりの淑女に育てよう」
「そうだ!王様にぴったりの女性にしよう」
「顔も可愛いし、いいんじゃないか?」
「でもまだ子供だよ?」
「いくつかな?」
「十才くらいじゃないか?」
「壊れそうに小さいな」
口々に夜の感想を述べている。
夜は不安になってルーカスの後ろに隠れた。
「夜、大丈夫だよ。皆君と仲良くなりたいんだよ」
ルーカスは笑っている。
すると、一人の青年がルーカスと夜の前に近寄って来た。
ルーカスよりも筋肉質で少し怖い顔だ。
「彼はね、ダリルというよ。この城のコックさ。朝食べた食事もダリルが作ってくれたよ。夜、お礼をしようね?」
ダリルと紹介された青年は、確かにコックが着る白いコックコートを着ていた。
「あ、ありがとう。とっても美味しかった。あんなに美味しいスープ初めて食べたよ」
夜がペコリと頭を下げると、熊の様な厳つい顔をふにゃりと蕩けさせて頭を掻いた。
「気に入ってくれて嬉しい。名前は夜と聞いた。年はいくつだい?」
「分からないの。でも、多分、十五歳くらい。村の人が言っていたのを聞いた事があるの」
これにはルーカスが驚嘆する。
「えっ?!嘘だろう?!十五歳なら立派なレディじゃないか。こんなに小さいなんて」
お風呂入れちゃったよ!ルーカスは小さく叫んだ。
そうしてルーカスは思わずといった感じで夜をじろじろ見る。
「ルーカスはもうジジイだから自分の時の事を忘れたんだろ?」
コックのダリルの後ろから、ひょっこり陽気そうな青年が顔を出す。
「彼は、クリミア。僕と同じ騎士だよ。でも年は夜に一番近いかな。まだ二百年くらいしか生きてない」
ルーカスが紹介してくれる。
「夜はもっと食わせなきゃ駄目だな」
「腕によりをかける」
クリミアの言葉にダリルが頷く。
「きっと村での食生活の所為で成長が乏しいんだよ。沢山食べて、沢山寝て、沢山遊ぶんだよ?」
ルーカスがそう言った。