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暫くすると、夜の乗った馬車は停まった。
御者の村人がいつまでたってもドアを開けてくれない。
夜は馬車から降りれない。
外から閂がかけてあるからだ。
夜は簡素な馬車の中で膝を抱えてじっと待った。
その内夜は寝てしまった。
カタン。
突然の物音に、夜は驚いて目を覚ます。
「今晩は。良い夜だね」
扉の外には背の高い青年が居た。
騎士の様な胸当てを付け、左肩にペリースをかけている。
月光で顔はよく見えない。
「こ、こんばんは。良い夜かは分からないの。私、何も知らないから」
夜がおずおずと無知を晒す。
「大丈夫。これから知れば良いんだよ。何れ昼夜逆転してしまうだろうけど、ひとまず今日はお休み。君のお部屋に連れて行ってあげる」
青年は夜の小さな手を引いて降ろしてくれた。
こんなに人間に優しくしてもらった事は初めてだった。
生贄の儀式は今日じゃないのかな?
覚悟していたが、少しホッとした。
「名前はなぁに?」
青年が夜の肩を抱きながら、夜に聞く。
歩き出して、大きな黒光りする門を抜ける。
ハンクやギムレットよりも大きいなあ、と夜は感心した。
「夜だよ。夜に生まれたから」
「ああ、そういえばそんな決まりだったね。随分昔の事だったから忘れていたよ」
「前の生贄を知ってるの?」
「知ってるさ。夜は、名前は気に入ってる?」
「大っ嫌い!嫌いよ!嫌い!ギムレットやハンクやピギーみたいに可愛い名前なら良かったのに」
「そう。ギムレット達はお友達?」
夜よりも背の高い青年を見上げる。
夜は首が痛いと思った。
「私の大事な家族とお友達」
夜は小さく幸せそうに笑った。
「家族と一緒にいられるようになったの?村に何度も改善と生贄の廃止をお願いしても変わらなかったのに、驚きだ」
「あのね、ピギーは一番仲良しの豚のお友達。尻尾が自慢なの。ハンクは少し意地悪な馬のお友達。本当は優しいのに、優しいねって言うと怒るのよ」
広大な敷地を青年と話しながら進む。
綺麗な池や花が月光に照らされ咲き乱れている。
「ギムレットはね……お母さん。私の大好きなお母さん。お仕置きに食事を抜かれた時にはお乳をくれる。牛柄がどんな牛よりチャーミングなお母さん。とっても優しいの。お母さんに会いたい……」
とうとう泣き出してしまった夜を青年はオロオロしながら抱き上げる。
ハンクの背中と同じくらい高いかも!
夜は驚いて涙が引っ込んだ。
「ああ、良かった!泣かないで。ごめんね、夜。夜の素敵な動物の家族の事は良く分かったよ」
さあ、着いた。
青年はそう言って夜を降ろした。
大きなお城の扉。
夜はごくりと唾を飲み込んだ。
城に入ってしまえば、もう出れない。
お母さんに、ピギーに、ハンクに。
もう会えない。
青年が大きな扉を押し開けた。
「どうぞ、中へ———」
夜は頼り無い足取りで城の中へ入った。
♢
夜は小さな部屋に案内された。
部屋の続き扉を開けると小さな浴槽があった。
たっぷりの湯が溜められている。
「お風呂、入り方分かる?」
灯りが点いている中で見た青年は、明るい髪色の優しそうな垂れ目だった。
村にいるどの村人よりも格好良いと、夜は思った。
「ごめんなさい、分からないの」
夜が両手をもじもじさせて言うと、青年はにっこり笑った。
「良いよ。僕が入れてあげる。少し待ってね」
青年は、ペリースを外し、重そうな胸当てを外す。
白いシャツ一枚に真っ黒なパンツになると、シャツの袖を捲った。
「服を脱げば良いの?でも、脱げないの。後ろの紐が一人じゃ取れないから」
「良いよ。任せて。後ろを向いてね」
青年はくるりと後ろを向いた夜のワンピースを編み上げている紐を解いた。
すると、息を呑む気配がする。
「何度見ても慣れないな。痛かったでしょう?」
青年が夜の背中にある大きな鞭で打たれた跡を指先でなでる。
「大丈夫。随分前のやつだから。お母さんが鞭で打たれて私が熱を出すといっつも舐めて看病してくれたの。だから悪い事ばかりじゃないのよ」
夜はそういうと、すとんとワンピースが地面に落ちた。
裸になった夜が青年の方を振り返ると、青年が驚きの声を上げる。
「夜!女の子だったのかい?じゃあ、僕じゃ駄目だ。でも城には男しかいないよ。どうしよう」
慌てふためく青年に、夜は首を傾げる。
「これはいけない事なの?どうして?」
「君が男の子だと思ったんだよ。女の子は男と一緒にお風呂に入っちゃいけません!」
顔の前で両手でバッテンを青年は作る。
「ピギーやハンクとも一緒に水を掛けられたりしたよ?それもいけない事?」
「ピギーやハンクは大丈夫。でも僕は駄目だよ。駄目だよねえ?」
「そうなの。私、どうすれば良いの?お風呂は入らなくて良いから水だけぶっ掛けてくれる?」
「水っ?!ぶっ掛けないよ!分かったよ、お風呂に入れるよ。大丈夫、なに、まだ君はほんの子供だからね」
青年は腹を括った様に、よし!と気合いを入れた。
「生贄が女の子なんて初めてだなあ、弱ったなあ」
青年はぶつぶつ呟いて夜をお風呂に入れた。