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これは、遠い遠い世界のお話。
ある所に、この世界の始まりから知っている王様がいました。
王様は、不老不死の力を持ち、百年に一度純粋な魂の生き血を飲む事と引き換えに、国を守っていました。
生贄を出す村は決まっています。
純粋な魂を持った者が生まれると伝わる村です。
村人は、前回の生贄の儀式から八十五年目に産まれた子供を村で育てます。
そうして生贄の子供が十五歳になる年に、王様に捧げるのです。
生贄を捧げる事により、村は国のいくつもの地域から寄付を受け、豊かな暮らしが出来ます。
毎回、子供は男の子に決まっています。
王様は純粋な魂を持った男の子の血を好むからです。
しかし、ある八十五年目、村には女の子が一人だけしか産まれませんでした。
村人は、困り果て、結局産まれた女の子を生贄に捧げる事に決めました。
生贄の子供は、村の共有財産です。
村にいる幾つかの動物と変わりません。
子供は、動物達がいる畜舎で育てられます。
子供は、日に二度与えられる食事の時間に村人から言葉を少し教わります。
それ以外に与えられるのは、汚いボロ切れだけ。
後は、粗相をしてしまったり、逃げ出そうとした時に与えられる鞭だけ。
子供はやがて希望を失います。
知恵の無い子供は、いつしか逆らう心を忘れます。
いいえ、初めから持ち合わせていなかったのかもしれませんね。
こんな酷い事を平然とするこの村に、本当に純粋な魂が生まれるのでしょうか?
いいえ、生まれる筈がありませんね。
もし、生まれるとしたら。
それは、虐げられた痛みを知る、生贄の子供だけでは無いでしょうか———。
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今日は、『夜』にとって初めて良い事があった日だ。
いつもタライで水を掛けられてお仕舞いなのに、清潔な風呂に入れた日だからだ。
初めて入った風呂は、嗅いだ事もない様な甘い匂いがした。
髪が泥や、垢や汗で大変な事になっていたから、短く切って貰えた。
それから何度も湯を変えてすっかり綺麗にしてもらえた。
だが、寝る時は少し嫌だった。
友達の豚のプギーと別々だったからだ。
母親代わりの牛のギムレットとも別々だ。
いつも少し意地悪だけど、心優しい馬のハンクとも別々。
代わりに、ふかふかのベッドで寝た。
初めて触った時は、蕩ける心地だったが、家族の動物達が居ないベッドは寂しくて冷たかった。
いつもの畜舎には藁しか無いけど、家族がいる。
夜の家族と友達は動物達だ。
一日に二度来る村人は、夜は嫌いだった。
人間の言葉を押し付けて夜に話す様に強要する。
出来なければ、すぐ鞭で打つし、食事を取り上げられる。
夜がお腹が空いて泣くと、ギムレットが慰めて乳をくれた。
夜が、お母さん大好き、とギムレットに縋り付くと、ギムレットは夜の頰を舐めてくれる。
可愛い私の赤ちゃん、ギムレットはいつもそう言ってくれる。
お母さん、大好き。
夜の大事な家族だ。
夜という名前は村人が付けた。
夜に生まれたから夜。
今までの生贄の子供達も、朝に生まれたら朝。
昼に生まれたら昼。
そういう決まりらしい。
夜は、この名前が嫌いだった。
だが、嫌がると鞭で打たれるから、誰にも言えなかった。
朝になると、見た事も無い綺麗な真っ白なワンピースを着せてもらえた。
どうやらとうとう出荷されるらしい。
何頭もの動物の友達も出荷されて行ったから、自分の順番が来た事を夜は悟っていた。
でも開き直ってもいた。
出荷する為に綺麗にしてくれて綺麗な人間らしい服が着れる。
初めての人間らしい振る舞いに、夜は少しワクワクした。
出荷が決まった朝、ギムレットもプギーも、ハンクも。
皆泣いていた。
夜も少しだけ泣いた。
だけど、笑って皆に、じゃあね、と言った。
意地悪なハンクが、お前殺されるんだぞ!と夜に怒鳴った。
夜は得意げに、知ってるもん!と言い返した。
知ってるよ、酷い王様に血を吸われて殺されちゃうんだ。
知ってるよ。
何度も村人から言われて来た事だったからだ。
だけど、夜は少しホッとしていた。
もう鞭で打たれない。
お腹も空かない。
夜は、疲れていた。
生きるって大変。
疲れちゃうよ。
夜はそう思っていた。
昼になった。
夜は真っ黒な窓の無い馬車に入れられた。
窓から景色が見えると、道を覚えて逃げ出してしまうと考えられたからかも知れない。
夜は、逃げないよ、そう思う。
もう疲れたから。
パクッと食べられて終わりにしたい。
そう考えていた。
痛く無かったらいいけどなあ。
夜はそれだけ心配していた。
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