第8話 風が歌う村
2009/10/4
挿絵を掲載しました
ヴァギア山脈の南西部を、一機の飛行機が飛んでいた。
機能的に洗練されたフォルムの、赤い飛行機だ。機体にはフェルマータ合衆国の国章が刻まれており、それが国家機関に属するものであることを示している。
「ああ。……ああ、わかってる。うん。そうか、もうすぐか」
コックピットでは二十代後半の男が誰かと通信していた。片手で操縦桿を握り、もう片方の手には二枚の写真を持ち、穏やかな口調で話している。
「心配はいらない。それまでには必ず帰るから……ああ……ん? これは……」
目前のレーダーの反応に気づき、男は話を中断した。前方およそ10kmの空域に、不自然な飛行物体の一団がある。
「ああ……いや、何でもないよ。そろそろ次の村に着くんだ。また連絡するから」
男は通信を切ると、持っていた写真を見比べた。
どちらにも同じ、可愛らしい少女が写っている。一方は元気よく笑っている写真、もう一方は無数の花に埋もれて目を閉じている写真だ。
男は表情を引き締め、写真を小物入れに放り込んで操縦桿を握り締めた。
前方の飛行団体は、微妙に航路を変更しつつ飛んでいる。
レーダーが示すそれらの行く先には、一機の飛空艇の存在が確認できた。
第8話 風が歌う村
川沿いの町を脱出した翌朝。
アイズ達を乗せた飛空艇【南方回遊魚】は、ヴァギア山脈の北端へと向かっていた。
ちなみにネーナやグッドマンがいたトゥリートップホテルのある森林地帯は山脈の南端、難所として有名なヴァギア山脈の中では最も交通の便が発達している場所である。
「ごめんね。なんだか騙したみたいになっちゃって……」
「いいえ、私がいけないんです。何も知らずに、ハイムのことを『悪い人達』なんて言ってしまったから」
「あはは……それは否定しないわ」
朝の穏やかな風に吹かれる、甲板の上。
流れる景色を眺めながら、アイズとトトは話をしていた。
フジノを説得するためにハイム出身であることを明かし、トトの信頼を損ねたかと考えたアイズだったが、トトは首を横に振った。
ハイム出身者の全員が悪いわけではない。アイズのことも、勿論スケアのことも信じていると。
ちなみにスケアは一時かなり危険な状態だったが、ビャクランの治療を受けて、どうにか一命をとりとめていた。
が、夜のうちに経緯を聞いたビャクランは、フジノを支持した。
「患者の命を救うのは私の仕事だから、見殺しにするような真似はしないけどさ。私はフジノさんにつくからね」
と。
「ビャクランはリードランスの騎士に憧れているんです」
昨夜、皆で改めて自己紹介を済ませた後、ナーがこっそり教えてくれていた。
「暇さえあればリードランスのデータを引っ張り出して……中でも特に、フジノさんには憧れているんですよ。だから、何を言っても信じないと思います」
「だろうね。自分で真名をつけるくらいだし」
看護服姿の少女……その姿が示す通り医療技術に特化した能力を持つという彼女の、本来の名前はカトレアと言うそうだ。しかし彼女はリードランスの伝統を真似し、自らビャクランと名乗るようになったという。
カトレアの名を古き言葉で編み直し、『白蘭』でビャクランだ。
「けど、それがなくても、フジノさんのことをわかるように説明するっていうのは難しいだろうなぁ」
「私も、実際にお会いするまでは『伝説の勇者だなんて、格好いい人だな~』っていうふうにしか思ってなかったですからね」
「私もよ。ところで、白蘭は看護が専門でしょ? 騎士に憧れてるってのも変よね」
「それ、本人の前で言ったら怒りますよ~」
しかし、アイズと白蘭はすぐに仲良くなった。
最初こそアイズのことをいぶかしんでいた白蘭だったが、事情がわかるとすぐに打ち解け、あっという間に意気投合したのだ。
「あたしはね、強くなりたいの」
トトが船室に戻った後。入れ替わるように甲板に出てきた白蘭に、騎士への憧れについて質問すると、彼女はそう答えた。
「強くなって、いつかリード兄様みたいに、誰からも尊敬される騎士になりたいの。どうして父様は私を医療用に作ったのかしら」
「リードお兄さんって?」
「12番目のお兄様よ。戦闘タイプですごく強かったの」
「ああ、王族の警備をしていたって人ね」
「そうよ。当時の円卓騎士筆頭、騎士団長より強いって言われてたんだから!」
円卓騎士って確か、騎士団のエリート集団だったっけ。
アイズがトトから聞いたことを思い出していると、白蘭はスケアが寝ている船内に目を向け、若干敵意のこもった声で言った。
「でもね。戦闘タイプじゃなくたって、私はクラウンなんかに負けないわ。あんなのただの模造品なんだから」
「模造品?」
「……なんでもないわ」
白蘭がぶっきらぼうに答える。
その時、船体が大きく揺れた。
「ちょっとロバス……」
「白蘭! 敵だ!」
操舵室に駆け込んだ白蘭が怒鳴りつけるよりも早く、ロバスミが緊迫した声で叫んだ。
「所属不明の機体です。多分、敵でしょう」
ルルドと共に、ロバスミの隣にいたナーが言う。アイズが彼女の視線を追って船の後方を見ると、数機の戦闘機が飛んでいるのが見えた。
「トトは!?」
「スケアさんが心配だって、部屋に……第二射、来ます!」
ナーが叫ぶと同時に、相手の攻撃が始まった。ロバスミが飛行速度を上げて引き離しにかかるが、まったく振り切れないどころか徐々に距離が詰められていく。機体の性能差は明らかだ。
「逃げ切れないの!? ロバスミ!」
「これ以上の速度は無理だよ!」
「だったら、また瞬間移動でこの船を飛ばそうか?」
「いや、あれは機体に負担がかかる」
提案するルルドに、ありがとう、と微笑むと、ロバスミは表情を引き締めた。
「僕に任せて。みんな何処かにつかまって!」
ロバスミは船体を急降下させ、山肌すれすれに飛び始めた。岩や木々の隙間を縫うようにして、障害物を巧みに避けていく。アイズも飛空艇の操縦は習ったことがあるが、教官と比べても見劣りしない腕だ。
だが、相手は相当に高性能な戦闘機であるらしい。距離は多少稼げたが、それでも振り切れる気配はない。
「くそ、無人兵器か……!」
ロバスミが焦りを見せる。
「無人兵器って?」
「遠隔操作とか自動操縦プログラムで動く、人が乗っていない戦闘機のことよ。誰も乗っていないから、どんな無茶な飛び方でもできるの」
ルルドの疑問に、ナーが答える。
と、敵機が突然火を噴いて墜落した。
「何!?」
前方に赤い飛行機が現れ、一瞬のうちに擦れ違う。その飛行機は続けてもう一機炎上させると、大きく旋回して敵の上空に位置取り、とどめとばかりに弾丸の雨を降り注ぎ始めた。
「政府の船ですよ、アイズさん」
ロバスミが答える。
「よかった、間に合った」
「知ってたの? あの飛行機がここにいるって」
「ええ、通信が入ってましたからね。気がつきませんでしたか?」
「……全然気がつかなかったわ」
あの状況で通信と操船を同時にこなすなんて、大した冷静さだ。
戦闘は既に決着がついていた。敵をすべて撃墜した赤い飛行機が、墜落した機体の近くに降りていく。
「すごいわね~。あれだけ頼りになる空軍があれば、何かあっても安心ね」
「いえ、あれは郵便船ですよ」
「……だから真っ赤なんだ……この国の郵便局って強いのね……」
南方回遊魚が着陸すると、墜落した敵機を検分していた男性がアイズ達を出迎えた。
赤い飛行機のパイロットは、飛行郵便局員のポール・ベルニスと名乗った。
フェルマータはまだ通信網が発達していないので、交通手段が未発達な地域への配達や、宛先人所在不明便の配達を専門に扱う郵便局員がいるという。
ちなみに宛先人所在不明便の配達に関しては、局員一人一人が手紙のデータバンクを携帯しており、もし本人に会うことがあったならその場で印刷して渡してくれるというものだそうだ。
ベルニスはアイズとトト宛ての手紙を持っていた。差出人はネーナで、スケアが二人を探しているから一度連絡を入れて欲しい、うまく合流できたなら彼の言うことをよく聞いて共に行動すること……というようなことが書かれていた。
そして、スケアがクラウンであること、現在の彼は間違いなく味方だが兄弟の中には快く思わない者もいるはずだから気をつけるように、とも。
トトと二人で手紙を読んだ後、アイズは白蘭にも手紙を見せた。
「まったく、ネーナ姉さんは甘いんだから……わかってるわよ、心配しなくても毒を盛ったりしないって」
「失礼、皆さんは山脈の村に行かれるんですよね」
出発の準備をしていると、ベルニスが尋ねてきた。郵便配達人というより軍人のような口調だ。
「ええ、そうです」
「あの地域で起きている問題について視察するように、政府から命令を受けたのですが」
「あ、そうなんですよ! 良かった、お待ちしてました~!」
ナーが手を合わせて喜ぶ。しかし、白蘭は露骨に不機嫌そうな顔をした。
「何? 政府に連絡したのは随分と前の話よ。今頃になって対応したと思ったら、郵便局員が一人ですって? こっちは国家プロジェクトを進めてるっていうのに!」
「も、申し訳ありません……政府は万年人手不足でして」
白蘭の勢いに気圧されて、ベルニスが謝る。
広大な国土を持つフェルマータが、合衆国としての歴史を歩み始めたのはそう昔のことではない。地域によって発展の度合いが大きく異なる。特に白蘭達がいる地域は飛行機でしかいけないような場所で、普段はほぼ無政府状態であるらしい。
話を聞くと、飛行郵便局員がこういった仕事をするのは珍しいことではないそうだ。その性質上、人生経験豊富な退役軍人なども多いそうで、アイズが空軍と勘違いしたのもあながち的外れではなかったということになる。
「ところで、揉め事ってなんなの? さっき襲われたのも?」
「あたしも詳しくは知らないわ。ああいう連中が出てくるようになったのはこの数ヶ月だもの。でも原因はわかってるわ。村で作っている発電所よ」
「発電所?」
「ペイジ博士の進めている新型発電システムのことですね」
とベルニス。
「ペイジ博士って?」
「父様のご友人で、私達プライス・ドールズの共同開発者でもある方です」
トトが答え、
「リードランスから亡命なさってから、この国の発展に大きく尽力されているんですよ」
ベルニスが付け加える。
またリードランスね、とアイズは思った。
休息を取った後、ベルニスの飛行機を護衛にして、一行は再び進んだ。
やがて夕陽が沈む頃に到着した村は、緑豊かな山間にあった。絵に描いたように美しい場所だ。
複雑に入り組んだ地形が観光地としての開発を阻んでおり、小さな村が散在しているだけで、古くから山岳宗教の修行地として有名な場所だという。
アイズ達を出迎えたのは、村の教会を管理するプラント牧師。そして、ナーと白蘭の兄にあたるモレロだった。
「よく無事に帰ってきたね。心配したんだよ」
プラント牧師が穏やかな口調で白蘭達を出迎える。綺麗な白髪の壮年の男性だが、見た目よりも若いのかもしれない。握手をした時の力強さから、アイズはそう思った。
「ロバート君、実は3番倉庫が一杯でね。船は2番倉庫に入れたいんだ」
意識のないスケアを村の診療所に運び入れた後、プラントが言った。
「わかりました。じゃあ先に行ってますね」
話を聞いて、ロバスミが倉庫に駆けていく。
「あれ? 操縦は……」
「ああ、それはモレロ君がやってくれるから心配しなくていい」
プラントが言うと、モレロは船に近づき……船体に手をかけると、そのまま持ち上げた。船全体を。
「うわっ!?」
「モレロ兄様のパワーはドールズ1なんですよ~」
えっへん、とナーが胸を張る。
モレロは船を持ち上げたまま歩いていたが、ふと立ち止まると振り返った。
「君達、辛い料理は大丈夫?」
「……結構好きです」
「大丈夫です」
アイズとトトが答える。
「良かった。この辺りの地方料理は辛いものが多くてね」
「モレロ兄様は料理の腕もドールズ1なんですよ~」
「はあ……」
と、診療所から出てきた白蘭が、再び歩き始めたモレロに文句を言った。
「ちょっとモレロ兄さん、そんなに何度も方向を変えないでよ! 中の荷物が崩れちゃうじゃない!」
「すまん」
……いい人みたいだな、とアイズは思った。
「ごめんなさい。遅れちゃったみたいね」
モレロが倉庫に入った後、別の建物から一人の女性が出てきた。
ここ数日、様々な美女、美少女、美幼女に出会ってきたアイズだが、その中でもトップクラスの美しさだ。
特に「女性らしさ」という項目であればダントツの一位だろう。体も物腰もすべてが円やかで、優しく包み込んでくれそうな……そんな女性だ。彼女が微笑んでいるだけで、周囲が明るく輝いているような気さえする。
「綺麗なお姉様です~。カシミール姉様ですね」
うっとりと見つめるトト。カシミールは微笑んでトトを抱き寄せた。
「よく来てくれたわね、トト」
「むぎゅ~」
「すごい胸~。トトの100倍はありそう」
トトは何か言いたげだったが、カシミールの胸に挟まれて声が出ない。
「貴方がアイズさんね。白蘭から通信で話は聞いているわ」
カシミールはトトを離すと、アイズ、トト、ナーを見つめた。
「フジノに……会ったそうね」
「ママのこと知ってるの?」
ずっとナーの後ろにいて黙っていたルルドが、母親の名前に反応する。
カシミールはルルドに気がつくと、一瞬表情を強張らせた。
「ええ……よく知っているわ」
カシミールはルルドの向こうに目をやった。そこにはスケアが運び込まれた診療所がある。
「……お姉ちゃん、行こう」
ルルドはナーから離れると、アイズの手をつかんで引っ張った。
「ルルドちゃん?」
「ちょ、ちょっと待ちなさい。私もカシミールさんにギュ~ってして貰いたいのに」
無言で引っ張り続けるルルド。
アイズは諦めて小さく会釈すると、ルルドに連れられてその場を去った。
「で、何処に行くわけ?」
アイズが尋ねると、ルルドは呟いた。
「ママがね……一度だけ、お酒に酔って……あのカシミールっていう人のことを話したことがあるのを思い出した」
「へぇ。じゃあ、あの二人って知り合いなんだ。何て言ってたの? フジノさん」
「……卑怯者の、裏切り者だ……って」
トトがアイズ達を追いかけていったので、カシミールとナーは二人で診療所に入った。寝台にスケアが寝かされており、他には誰もいない。
「あら、白蘭は?」
「ああ、そういえば。モレロ兄さんが船を運んじゃったから、倉庫まで機材を取りに行っているはずです」
「仕方のない子ね、患者を放っておいて。いいわ、私が見ているから手伝ってらっしゃい」
「あっ、はい。すぐに戻りますから」
ナーが出て行くと、カシミールは無言でスケアの寝顔を見つめた。
「……不思議ね、運命っていうものは……」
カシミールが拳を握り締める。
その瞬間、村中の照明がダウンした。
夜。
原因不明の停電が続く中、アイズ達は夕食に招待されていた。宴会場となった村の集会所には村中の人々が集まり、電気照明の代わりに持ち寄られた数々のランプが、室内を暖かく照らし出している。
「では、仲間達の帰還と、新たな客人の来訪を祝って!」
プラントの言葉と共に祝杯が上げられる。
やがてトトが歌い始め、白蘭とロバスミがそれに加わった。ナーに促されて、おずおずとルルドも加わる。
「いやあ、突然の停電には驚きましたが、楽しいパーティーですね」
ベルニスがアイズに言った。少し酔っているのか口調が柔らかい。
「ベルニスさんはしばらくここにいるんですか?」
「村長から受けた報告と、私が遭遇した無人戦闘機のデータを元に、軍の出動を要請しました。返信が来るまでには時間がかかりますが、おそらく聞き届けられるでしょう。軍が来るまでは責任者として私も滞在します」
もっとも、ここには私より強い方が大勢いらっしゃるみたいですけどね、とベルニスは付け加えた。
「確かに、ドールズが4人だものね。でも、どうして一箇所に集まってるんだろう?」
「ペイジ博士は第二のお父様と言ってもいい方ですから」
ナーが近づいて来て言った。
「昔は、他にもいたんですけどね」
「余計なことを言わないの、ナー」
カシミールが諌める。
彼女は何処か上の空で、ぼんやりと歌っている面々を見つめていた。視線が向かう先には、ナーと手を取り合って歌っているルルドがいる。
その頬を、一筋の涙が零れ落ちた。
「いけないわ。ちょっと酔ったみたい」
カシミールは顔を押さえて台所に入っていった。
「……結局、過去からは逃げられないのね。フジノも、私も……」
カシミールは呟き……そして、糸が切れたように泣き崩れた。
「アインス……どうして死んじゃったのよぉ……っ」
声をかけそびれたアイズは、気づかれないように静かにその場を去った。
パーティーの後。
村人全員分の料理の準備で精根尽き果てたモレロは酒に酔ってソファーにひっくり返り、白蘭は村人達の往診に、ベルニスは飛行機の整備にそれぞれ向かい、ルルドはナーにくっついて天体観測に行った。
一方、村外れの送電施設にも幾つかの人影があった。
「まったく、何が楽しくて酒も飲まずに働かなくちゃいけないのかね。明日も早いというのに」
「申し訳ありません、博士」
プラントが詫びる。話している相手は世界的な科学者、ペイジ博士だ。肩書きに似つかわしくない作業着姿で、古びた発電機に手を突っ込んで修理している。
「ほれ、直しといたぞ。原因は一時的な逆流だな。どこぞで雷でも落ちたんだろう」
「でも、雷は鳴ってなかったよ」
修理を手伝っていたアイズが、汚れた手で額の汗を拭う。トトと共に休むよう言われたのだが、修理に興味があったのでトトだけ先に休ませ、手伝いを申し出たのだ。
「だが、他に原因は考えられんしな……むぅ」
一瞬、ペイジは何かに思い当たったような表情を浮かべたが、それはないか、と呟いた。
「それにしても、古いけどすごい発電機ですねえ。これで村中の電気を作ってるんですよね」
「大昔に作った試作品だ。まあワシは天才だからな。あと百年は持つだろ」
アイズはペイジの顔をまじまじと見つめた。年齢を重ねてはいるが野性味にあふれる顔、調子のいい口調……誰かを思い出させる。
「ねえ博士、もしかしてグッドマンって奴の開発に関わってませんか?」
「ん? あれもワシの息子の一人だな。よく知ってるな、お嬢ちゃん」
「うん、だって調子のいいところがそっくり」
「ひどいな、お嬢ちゃん」
ペイジが顔をしかめる。プラントが笑いをこらえるような顔をしているのを、アイズは見逃さなかった。
ペイジが家に帰って休むと言ったので、プラントとアイズは博士を見送った。
もうすっかり真夜中だ。
「すみませんね、アイズさん。こんなに遅くまでお付き合いいただいて」
「いえ、機械いじりは好きですから。楽しかったです」
「それなら、明日は発電所のほうも見学されますか。案内しますよ」
プラントは村の外れを指差した。暗闇の中でぼうっと輝く、幾つもの塔が見える。
「あれが現在建設中の発電所です。大気の振動によって電力を得る、全く新しいタイプの発電所……あれなら大量の汚染物質を吐き出すことも、周囲の自然を壊すこともありません」
プラントの言葉に、アイズは微笑んだ。
「まるで技師さんみたいですね。牧師さんじゃないみたい」
「よく言われます」
プラントも笑った。
「この辺りには昔、もっと人がいたんですよ。贅沢ができるほどではありませんでしたが、今よりも活気に満ちた生活があった。空から来られたアイズさんはお気づきにならなかったかもしれませんが、遠く平野部からこの辺りまで、点々と集落の跡が残っています。小さいながら鉱山もありましてね。山間を流れる川を利用して、下流まで運んでいました。でも、やがて採算が取れなくなり、鉱山は閉鎖……人も出て行ってしまった。あの試作機が一定の性能を示してプロジェクトが進めば、今度は送電ケーブルの建設と定期的な維持管理が必要になる。そうなれば、また人が戻ってくるかもしれません」
アイズが無言で見つめると、プラントは照れるように苦笑した。
「まあ、宗教的な考えではないと自分でも思いますけどね。人がいてこその宗教です。神様にも大目に見てもらいましょう」
アイズは微笑んだ。
「私が神様だったら、プラントさんみたいに人が好きで、人のために行動する人を、真っ先に天国に入れちゃうと思うけどな」
「はは……ありがとうございます。しかし、神様は自分のことを愛さない人を天国には入れないのですよ」
「もしそんな自己中心的な奴だったら、神の恵みなんてこっちから願い下げだわ」
アイズの物言いに、プラントは呆気に取られ、やがてクスクスと笑い出した。
「面白い人ですね、貴女は……さて、流石に遅くなり過ぎました。風邪を引かない内にお戻り下さい」
「プラントさんはどうするの?」
「まだ点検作業が残っています」
工具箱を片手に、プラントは答えた。
「発電機の修理はペイジ博士にしかできませんが、電線や変圧器、各家庭の分電盤等といった細々としたものならば私でも何とかなりますから」
「それなら、私も付き合います」
「しかし、アイズさん……」
戸惑うプラントに、アイズは畳みかけるように言った。
「ここまでやったんだもん、最後までお手伝いさせて下さい! 大丈夫、徹夜には慣れてますから!」
何とか説得して休ませようとするプラントを、アイズが笑顔で押し切る。
その様子を、遠くの岩陰から双眼鏡を通して見つめている男があった。
光の届かない暗がりの中で、男の二つの瞳だけが、夜闇に浮かぶ月のように輝いていた。
【カシミール】
プライス・ドールズNo.13。設定年齢18歳。
翠緑の長髪と瞳。女性的な魅力に満ちている。
名前の由来は古代リードランスにおける『豊穣と慈愛の守護者』聖カシミール。
【モレロ】
プライス・ドールズNo.14。設定年齢26歳。
身長2mを越える大男。
『腕力』と『精度』に特化しており、精密作業から肉体労働、料理まで様々な作業をこなす。
ナンバーが若いカシミールのことを“姉さん”と呼び慕っているが、設定年齢は彼の方が上なので、傍目には奇妙な関係に見える。
【ロバスミ】
小型の水空両用船【南方回遊魚】の操舵士。26歳。
ペイジ博士の助手的な地位にあり、ドールズからの信頼も厚い。
彼が有する一流の操船技術は、主に一人のドールズの隣に並び立つに足る人間になりたいとの願いから努力し、獲得したもの。
極めて童顔で、どう見ても16歳くらいにしか見えない。
本名はロバート・スミス。
目立たなさでは本作品中一・二を争う。
【ポール・ベルニス】
飛行郵便局員。28歳。
交通手段が未発達な地域への配達や、宛先人所在不明の配達を専門に扱う。




