第7話 傷跡
2009/10/3
挿絵を掲載しました
「非常用食料に医療品、最新式のチャージ・コア……それに銃器?」
水路をまたぐようにして立てられた、大型の倉庫の中。
伝票と商品をチェックしながら、流通業者の男は尋ねた。
「姉ちゃん、戦争でも始めるつもりか?」
「ん? まあ、そんなものかもね」
暇そうにあくびをしていた黒髪の少女が、何でもないことのように答える。
「……看護婦がか?」
男は少女の姿を見ながら呟いた。彼女が身にまとっているのは純白の看護婦の衣装……フェルマータだけではなく、ほぼ世界中で標準的に使われているものだ。
「これも業務の一つでね。最近は看護婦も大変なのよ。ほらロバスミ、さっさと運びなさいよ!」
看護婦の少女は先程からせっせと荷物を(一人で)小型船に積み込んでいる少年を蹴飛ばした。少年は怒るわけでもなく、飛び跳ねるように船内に荷物を運んでいく。
「まったくもう、ノロマなんだから!」
世も末だな。
流通業者が色々な意味でそう思ったとき、突然少女の表情が変わった。
「まずい、奴らだ。行くわよロバスミ!」
看護婦の少女は行きがけに残りの荷物をまとめて船に放り込むと、その中から自身の身長ほどもある長剣をつかみ取り、抜き放った。
直後、倉庫の中に白いマント姿の男達が雪崩れ込んできた。
「ロバスミ! あんたがモタモタしてるからよ!?」
「最初からビャクランも手伝ってくれれば良かったんじゃないか!」
「何よ~! ロバスミのくせに~!」
ビャクランと呼ばれた少女は声高に文句を言いながら、襲い来る男達を次々と切り裂いていく。
「いいからさっさと発進しなさいよ! これからナーも回収しなきゃいけないんだからね! まったくもう、ナーの奴ったら何処でサボってるのかしら!?」
船も男達もいなくなった後。
「……世も末だ」
看護婦に蹴散らされた男達の残骸と共に倉庫に取り残された流通業者は、綺麗な夕暮れの光に照らされながら、誰にともなく呟いていた。
第7話 傷痕
「勇者フジノ・ツキクサ。彼女と初めて会ったのは11年前。場所は、戦場でした」
地下水道を奥に向かって進んだ先、幾つかの水路が合流するホールのような場所で。アイズ達に運ばれ、地面に横たえられたまま、スケアは語り始めた。
地上は既に日が落ちたのか、射し込む光が刻一刻と弱くなっていく。
「強かったですね……本当に強かった。彼女の出現によって、ハイム側が優勢を保っていた戦況は一変しました。信じられますか? たった一人の、しかも人形でもない13歳の女の子に、ハイムの最新兵器を持った軍隊がなぎ倒されていくんですよ」
スケアが参戦した当初、クラウンの戦闘能力の前に敵はなかった。しかしある日を境に次々とクラウンが撃破され……最終的には、14体いたクラウンが4体まで減っていた。そしてその内の7体が、フジノ一人に撃破されていたのである。
スケアはフジノと何度か戦ったが、一度も勝てなかった。だが何度負けても恐怖は感じなかったという。ただもう一度フジノと戦いたい、その思いだけを糧に、何度も戦場に戻ったと。
「彼女はまさに戦の化身、通り名が示す通りの戦姫でした。誰よりも強く……それでいて美しかった」
「好きだったんだね」
「そ、そんなことは」
頬を赤らめ、慌てて否定するスケア。しかしその表情を見れば、彼のフジノに対する想いは明らかだ。
「さっきの台詞、愛の告白にしか聞こえなかったよ。嫌でも伝わってきた。フジノさんのことが好きな気持ちも……」
アイズはスケアの顔を覗き込んだ。
「戦うことが、好きな気持ちも」
スケアが顔を強張らせる。
その脳裏に、一人の少年の姿が浮かんだ。
黒塗りの剣を携えて、少年は叫ぶ。
『貴様を殺してフジノを手に入れる……そして二人で永遠に戦争を続けるんだ!』
「その……通りです」
呟き、スケアは溜息をついた。
「私は殺戮兵器として造られた人形。どんなに隠しても、その本質は変わらない。どんなに逃れようとしても、いつもそこに戻ってしまう」
「でも、スケアさんは私達を助けてくれました」
スケアの前にしゃがみ込み、その手を取ってトトが言う。
「確かに、最初は恐かったですけど……今は恐くなんかないです。あの時、私達にそうしてくれたように、この手で沢山の人を助けてこられたんでしょう?」
「殺したり、壊したりすることで……ですが」
スケアは自嘲気味に答えた。
「どんなに年月が流れても、この力で多くの人の命が救えたとしても、結局自分は人殺しのための人形で……」
「はいはい、そこまで!」
スケアの言葉を遮り、アイズは怒るように厳しく言った。
「それで、スケアさんはどうしたいの? ここでフジノさんに殺されるつもりなの?」
「……私は……」
「違うよね。そのつもりなら、さっき逃げずに殺されてた。わかってるんでしょ? ここでフジノさんに殺されても過去の罪は消えないって」
戸惑い気味にアイズの瞳を見つめるスケア。アイズはふっと表情を和ませ、優しく言った。
「大丈夫。スケアさんは間違ってないよ。だから生きて。生きて罪を償わなきゃ」
と、
「皆さん、来ます!」
ナーが叫んだ瞬間、地下水路の天井が崩壊した。
いち早く察知したナーが自力で、スケアがトトを抱えて落盤から逃れる。逃げ遅れたアイズは、降り注ぐ岩盤を前に思わず目を閉じた。
しかし、いつまでたっても岩盤が降ってこない。不思議に思ったアイズが目を開けるのと、
「アイズちゃん、だったわね」
頭上からフジノの声が聞こえたのは同時だった。
フジノはアイズを背後から抱えるようにして立っていた。どうやら落盤から守ってくれたらしい。
と、フジノは首筋にそっと手をそえてきた。
「怪我はない?」
「は、はい……」
「ごめんなさいね、怖い思いをさせて。でも、すぐに済むから」
「フジノ! その子は関係ない、離して……!」
トトをかばって伏せていたスケアが立ち上がる。途端、フジノはアイズを無造作に放り投げた。
「きゃ!」
「なっ……」
スケアが反射的にアイズを目で追う。
次の瞬間、フジノの蹴りがスケアの腹部に直撃した。
投げ飛ばされながら、アイズは思った。
フジノの恐ろしいところは力でも技術でもない。躊躇のなさだ。
ゴロツキを蹴り飛ばしたときもそうだった。フジノの動きはいつも突然で、まるで予測がつかない。
完全に無防備な状態で攻撃を受けたスケアは、壁面に激突してうつ伏せに倒れた。
「アイズさん!」
背中から落ちる直前、ナーに受け止められてどうにか着地する。顔を上げると、フジノがスケアに近づき、足で転がして仰向けにしていた。
「どういうつもり? 戦いの最中に目を逸らすなんて」
返事はない。辛うじて意識がある、といった状態だ。
「女の子を助けようとして隙を見せるなんて、昔の貴方からは考えられないわ。正義の味方にでもなったつもりなのかしら」
フジノはスケアの体を踏みつけた。スケアが苦悶の声を漏らす。
「リードランスを滅ぼした貴方が。アインスを殺した貴方が! ふざけるんじゃないわよ!!」
フジノは力任せにスケアを蹴り飛ばした。再び壁に叩きつけられ、崩れ落ちるスケア。
フジノの手に魔法の光が集まる。その前にアイズが立ち塞がった。
「やめてフジノさん! こんなことをしても何の解決にもならないわ!」
「そんなことはわかっているのよ……でもね、アイズちゃん。その男は私からあの人を奪ったの……」
フジノの瞳から、一筋の涙が零れ落ちる。
「返してよ……あの人を返してよ! アインスを返してよっ!」
アイズは驚いた。フジノはスケアのことを、リードランス王国を敗戦に追い込んだ張本人としてではなく、たった一人の仇として追っていたのだ。スケアが暗殺したという、第三王子アインスの仇として。
アイズの心に迷いが生じた隙に、フジノがアイズの横を擦り抜けてスケアに迫る。
と、
「ママ?」
緊迫した地下水道の空間に、幼い声が木霊した。
声の主はルルドだった。いつの間にやってきたのか、いつもの無表情で……いや、心なしか蒼ざめた顔で母親を見つめている。
「ルルド、来ちゃダメって言ったでしょう。でもいいわ、見ておきなさい。ママが今、パパの仇を討ってあげますからね」
その言葉を聞いて愕然とするスケア。
「まさか……その子は……!?」
「そう、ルルドは私とアインスの娘よ」
「な……!」
スケアの脳裏に、11年前の光景が蘇る。
朦朧とした意識の中で、かつて目にした光景が。
亡骸にすがりつき、泣き叫ぶ少女。
沈痛な表情で佇む騎士達。
やがて涙も枯れ果てたのか、虚ろな瞳をして座り込んでいた少女が、唐突に、何かを呟く。
『あたし……アインスの子供を……』
「……フジノ……!」
胸の奥から搾り出すように、スケアは呻いた。
「貴女は……まさか貴女は、あの時の言葉を!」
「……っ! 黙れ!」
続く言葉を遮るように、フジノが大声を上げる。
「アインスは私を選んでくれた。アインスは私を愛してくれた! ルルドはその証なのよ! そうよ、私はこの子とアインスのために……!」
「……もういいよ、ママ」
「……なんですって?」
激情に彩られていたフジノの顔から、表情が抜け落ちる。
対照的に、ずっと人形のように無表情だったルルドの瞳に、初めて感情の炎が灯った。
「そんなのいらない。ママがその人を殺してもあたしは嬉しくなんてない」
「ルルド、何を言っているの? この男は、貴女のパパを……」
「会ったこともないのに、パパの仇とか言われてもわからない」
「何度も話したでしょう。貴女のパパは、リードランスの正統な……」
「それも知らない! もう無くなっちゃったんでしょ!? あたしには関係ないじゃない!」
フジノの表情が大きく歪む。
アイズは何かが軋む音を聞いたような気がした。
まるで、分厚い氷がひび割れる寸前のような、不気味な音を。
「アイズさん、大丈夫ですか?」
「トト……うん、平気よ」
気がつくと、トトがすぐ近くまで来ていた。ツキクサ親子を刺激しないよう、小さな声で会話する。
「ナーが受け止めてくれて助かったわ。意外と力が強いのね」
「ええ、まあ……仮にもプライス・ドールズですから」
ツキクサ親子から目を逸らさず、ナーが答える。
「何かあったとき、自分と周囲の人を助けられるくらいの運動能力はお父様からいただいています」
「じゃあ、トトも?」
「え? えっと……どうなんでしょう」
「わかんないか。まあ、試したこともないもんね」
ささやきながら、そっと懐を探る。
指の感触を確認すると、アイズは、キッと表情を引き締めた。
フジノはルルドの説得を続けていた。しかし何故か、常に一定の距離を取り、不用意に近づこうとしない。
その様子を観察しながら、ナーは疑問を抱く。フジノは一見極めて暴力的だが、傷つけるつもりのない相手に対しては繊細なまでの気配りを見せる。
先程のアイズは、間違いなく自分に向けて投げられた。アイズが無傷で済んだのは、フジノが“ナーが確実に受け止められるように”加減したからだ。
あれだけの身体能力と技術があれば、娘を傷つけずに抑え込むことなど簡単にできるはずなのに。
と、その時。
ルルドのこめかみに、突然銃が突きつけられた。
銃を持っていたのはアイズだった。
傷ついたスケアから、密かに抜き取っていたのだ。
「ル、ルルド!」
フジノは驚くが、ルルドは抵抗しない。
「フジノさん、貴女の人生が辛いものだったっていうことは私にでもわかります。アインスさんのことが好きだったっていうことも。でも、貴女のしてることは間違ってる。だって、そんなことをしてもルルドちゃんは幸せになれない。貴女は確かにスケアさんに幸せを奪われたかもしれない……だけど、貴女もルルドちゃんの幸せを奪っているのよ。貴女のしていることは過去の清算なんかじゃない、過去の繰り返しよ」
そこまで言うと、アイズは銃を捨てた。
「私は、過去を繰り返すつもりはないわ。貴女はスケアさんを……私の大切な友人を傷つけたけど……この子を、同じように傷つけたりはしない」
無言の時間が、長く続いた。
フジノが前髪をかき上げ、小さく呟く。
「……よく知りもしないで、勝手なことを言うわ……」
「うん、そうだね。私は何も知らない。気がついたときには、リードランスっていう国はなくて……ずっとハイムで育ったんだもの」
「ハイム? 貴女、ハイムの……」
「首都出身です。色々嫌になって、逃げてきたけど」
フジノの瞳が、探るようにアイズの瞳を覗き込む。
やがて、フジノは小さく口の端を上げた。
「無茶をするわね。ハイムには何度も潜入を試みた……けれど、できなかった。あそこから逆に逃げ出してくるなんて。色々と話を聞きたいわね……今、あの国がどんなところなのか」
「私も知りたいです。昔あの国が、どんなところだったのか。何があったのか」
「それも……いいわね。でも」
「でも、それはできない……」
「フジノさん! どうし……て……」
アイズの叫びが、呑み込まれるようにして途切れる。
フジノは、微笑んでいた。
崩れた天井から射し込む、淡い月明かりに照らされて。
これまで見たことがないような、穏やかで、美しく、そして寂しげな表情で。
一瞬、心奪われる。
それほどに美しい微笑みだった。
「アイズちゃん、ルルド。他のみんなと一緒に、ここから離れて」
「え……?」
「ママ?」
「トトちゃん、ごめんね、乱暴なことをして。怪我はなかった?」
「は、はい……」
「そう、よかった。ナーちゃんも……ごめんね、ルルドを助けてくれた貴女を、こんなことに巻き込んで。できればこれからも、ルルドのことを助けてあげてちょうだい」
「ええ、それは構いませんけれど……フジノさん、一体、何を……」
問いには答えず、フジノは、残る唯一の男に声をかけた。
「スケア。私と一緒に来てくれる?」
「フジノ……」
「11年前の続きをしよう。今度こそ……最後まで」
スケアがふらつきながら立ち上がり、アイズの横を通り過ぎる。
「ダメ、スケアさん! あの人、貴方に殺される気だよ!」
「彼女を一人で……死なせるわけには……」
呟きながら歩くスケアに抱きつき、アイズは必死に叫んだ。
「ダメって言ってるでしょ!? また間違いを繰り返すつもりなの!? そこから逃れたいって言ってたじゃない!」
その言葉に、スケアの眼に光が戻る。
「アイズさん……」
瞬間。
「邪魔を……」
フジノを覆っていた、最後の氷が、砕けた。
「するなぁぁぁぁぁっ!!!!!」
放出された魔力が、衝撃を伴って全員に襲いかかる。
アイズが死を覚悟したそのとき、ナーが再び何かに気づいて天井を見上げた。
「あ、危ないっ!」
直後、フジノが壊した天井から落ちてきた小型の船が、盛大な水飛沫を上げて地下水路に着水した。
「ナー、何やってるのよ! 追っ手がかかったわ、さっさと行くわよ!」
声と共に、甲板に設置された投光機から強烈な光が照射される。
「ビャクラン! 今はそれどころじゃ……!」
皆が思わず目を覆う中、唯一状況を“見る”ことのできるナーが叫び返す。次の瞬間、船を追って十数人のマント姿の男達が舞い降りてきた。
「スケアさん、あの船に乗って! ナー、二人をお願い!」
アイズがスケアの背中を押し、強引に船に向かって突き出す。
フジノは一時的な盲目状態と男達に阻まれていた。反射的に1体破壊したことで、男達の標的に加えられてしまったようだ。
結果的に、フジノが囮になる形で、ナーはスケア・トトと共に船へと乗り込んだ。
「フジノさん、スケアさんは殺させない! 貴女も死んではいけないわ!」
アイズは銃を拾うと、周囲の男達の足元に向けて数発威嚇発砲し、ルルドに別れを告げて船に飛び乗った。
「ナー、そいつら誰よ! 勝手に乗せてるんじゃないわよ!」
ビャクランと呼ばれた少女が怒鳴る。墨を流したような黒髪と陶磁器のような肌。漆黒の瞳に濡れたような紅い唇。黙っていれば絶世の美少女だ。黙っていれば。
「あの、ごめんなさい。お姉様」
「は? 誰がお姉様……って、あれ? あんたもしかして……」
「No.24『トト』です。えっと……カトレアお姉様」
少し困ったように、おずおずと挨拶するトト。先程ビャクランと呼ばれていた少女は、トトが口にした名前に少し眉をひそめたが、
「勝手に乗り込んでしまってすみません。あの、私達……」
「ちょっとナー! あんた妹に会ったなら会ったって連絡の1つくらいしなさいよ! 私が拾いに行かなかったらどうするつもりだったわけ!?」
「い、一応連絡はしましたよ~! けど通じなくて……後でもいいかなぁって思って~」
戸惑うトトを尻目に、再びマシンガンのようにナーに文句を言い始める。どうやら一応受け入れてはもらえたらしい。
ようやく一息つくアイズ達……その時、突然ルルドの声がした。
「お姉ちゃん、あたしも連れてってよ」
「ルルドちゃん!?」
「いつの間に! ど~してついて来ちゃったのよ!」
途方に暮れるアイズ。正直もう一度フジノに会いに行く気にはなれないが、ルルドを一人で放り出すこともできない。
と、進む船の前に突然大量の男達が現れた。どうやら別働隊がいたらしい。
「曲がります! つかまって下さい!」
操舵室から顔を出し、少年が叫んだ。
急旋回し、逃げ出す船。
その反動で、ルルドが船から放り出されそうになった。
アイズが咄嗟につかもうとするが届かない。と、ナーがアイズの横を走り抜けて跳躍し、ルルドの手をしっかりとつかんだ。アイズは急いでナーの足をつかみ、どうにか二人を引き上げる。
「あ~! びっくりしたっ!」
「すごいです、ナー姉様!」
「いえいえ、そんな。たいしたことないですよ~」
「危ないわね! あんたが連れてきたんだから、あんたが責任もって面倒見なさいよ!」
照れるナーにビャクランが怒鳴る。
ナーは困ったように微笑んで詫びると、それより、とアイズに向き直った。
「連れていってあげましょうよ。ルルドちゃん」
「う~ん、でもなぁ」
アイズと目が合うと、ルルドはナーに抱きつき、気の強そうな瞳を向けてきた。
ちょっと追い出せそうにない。何より、考えてみれば自分も勝手に他人の船に乗り込んでいる身である。
「まあ……いっか」
途端、船が衝撃を受けた。男達に追いつかれたのだ。
操舵士の少年は再度進路変更して逃げ切ろうとするが、進んだ先は行き止まり。
「ナー! ちゃんとレーダーで調べてなさいよっ!」
「苦手なんですよ、こういうのっ! 私の能力は、本来こんなことにはですねー!」
「何よーっ! ナーのくせにーっ!」
大パニックの中、ナーの隣でルルドが言った。
「あたしが手伝ってあげる」
次の瞬間、周囲の景色が一変した。星が瞬く夜空、周囲に浮かぶ雲……眼下には遥かに霞む大地が見える。街の明かりが宝石のようだ。
「これがあたしの得意技、瞬間移動よ。この魔法、ママでも使えないんだから」
少し得意げに説明するルルド。船はシ~ンと静まり返っていたが、やがて皆が声を揃えて叫んだ。
「「「「落ちる~~~~~~っ!!!!!」」」」
再び大パニックに陥る船上。が、船体から翼が展開したかと思うと、飛行可能な形態に変形した。操舵士の少年が操作したらしい。船は大地に激突する寸前で浮力を得、上昇を開始した。
あの状況でよくできたな、とアイズは驚いた。
考えてみればこの船は、先ほど地上から落ちてきた。おそらくは敵から逃れるために空を飛んでいたところ、ドールズ同士の認識機能というものでナーが地下にいることを探り当て、フジノが開けた地面の穴に向かって翼をたたんでダイビングしたのだ。
操船技術の見事さもさることながら、並の度胸でできることじゃない。
しかし、そんな離れ業を披露してみせた操舵士の少年に対して、怒っている者が一人。
「ロ、バ、ス、ミ~っ! 制動かける時は一言断りなさいよっ! この私のっ! 大切なバストがっ! 潰れるかと思ったじゃない~っ!」
「ちょ、ちょっとビャクランっ! 運転しないとまた落ちるよっ!」
ビャクランに後ろから首を絞められて頭をグリグリされる操舵士の少年、ロバスミ。見る限りアイズより1つ2つ年上だろうか。いじめられっ子だな、この人。とアイズは思った。
「何よーっ! ロバスミのくせにーっ!」
スケアは床に横たわっていた。
見るからに満身創痍だが、意識ははっきりしているようだ。
「アイズさん……私はあの時、フジノと……」
「それは言わないの」
アイズは諦めるような表情を浮かべた。
「あの笑顔で言われたら、私でも一緒に死にたくなるわ」
大袈裟に肩をすくめ、微笑んでみせる。
スケアも小さく微笑み、目を閉じた。
ルルドは楽しげな顔で流れていく夜景を眺めていた。
アイズの視線に気づき、振り向いて微笑む。
「あたし、役に立ったでしょ? だから連れて行ってよ」
「それは私が決めることじゃないわ。貴女は自分で決めてここに来たんでしょ?」
「うん」
ルルドはにっこりと笑った。少し前までの人形めいた無表情さが嘘のようだ。今の彼女は何処にでもいる、ごく普通の少女に見える。
そんなに逃げ出したかったのかな、とアイズは思った。
スケアと偶然再会するまでのフジノは、母親として特に不足があるようには見えなかったけれど。それでも、母一人娘一人で、色々と息が詰まる思いをしてきたのだろう。
自分も親元から逃げ出してきただけに、その気持ちはなんとなくわかるアイズだった。
少し後。
騒乱の過ぎ去った地下水路には、男達数十体の残骸と共にフジノが立っていた。
戦争終結以来11年間追い求めたスケアには逃げられ、自分もまだ生きている……ルルドもいない。これからどうすればいいのか、頭が混乱していて何も考えられない。
……と、その時。
誰かがフジノにささやいた。
『ねぇ……あたしが手伝ってあげようか?』