第6話 紅の髪の勇者
2009/10/3
挿絵を掲載しました
アイズとトトが消失した翌日、ヴァギア山脈森林地帯。
トゥリートップホテルのフロントで、ネーナは一人の男と話をしていた。
「ええ、確かにアイズさんとトトちゃんはここにいました。情報局にはすぐに連絡したのですが、どうやら入れ違いになったようですね」
「……そうですか……」
男が落胆の溜息をもらす。
「ごめんなさい、私達にも二人の居場所はわからないんです。山脈の向こう側でそれらしい二人組を見たという情報くらいしか……」
「いいえ、貴女が謝ることではありません。今回のことは、すべて私のミスですから」
男は少し慌てて言うと、丁寧に頭を下げた。
「ご協力ありがとうございました。早速彼女達の捜索に向かいます」
「あれ? もう行っちまったのか、あいつ」
男が立ち去ってすぐ、グッドマンが顔を出した。
「ええ。うまく二人に合流できるといいんだけど」
「俺が行ければ良かったんだけどな」
「まだ検査が済んでないでしょ? いざというときに調子が悪くなったりしたら、かえって迷惑になるわ。無理しないで、あの人に任せましょう。過去はどうあれ、彼は私達の妹の恩人なんだから」
「そうだな……しかしまあ」
グッドマンは呟いた。
「まさか、クラウンと共に動くことになるとはね」
第6話 紅の髪の勇者
「それじゃプライス博士は、元々リードランス王国の科学者だったんだ」
「ええ、兄弟の多くはリードランスで生まれ、王室とも深い関わりを持って過ごしていたようです。もっとも、私が生まれた頃には既にリードランスという名前の国は存在していませんでしたけれど」
アイズとトトはボートに乗ってヴァギア山脈森林地帯を抜け、裾野に広がる大穀倉地帯に出ていた。
「それにしても、どうしてリードランスは負けちゃったんだろ? グッドマンみたいに強い兄弟が沢山いたんでしょ?」
「私達は戦闘用に作られたわけではありません」
トトが少し表情を硬くする。
「私の知る限り、『戦闘能力』を与えられた兄弟は一人だけです。その人も積極的に戦いに参加することはせず、王族を守護する任に就いていたそうです。他の兄弟に与えられた能力の中にも、戦いに利用できるものはあったでしょうけれど……そんなことをお父様が許すはずがありません」
「そっか。そうだよね……ごめんね、悪いこと聞いちゃったわ」
アイズが素直に謝る。トトは更に続けた。
「私が直接知っているわけではありませんが、ハイムの勝因は積極的に最新兵器を導入したことと情報を巧みに操ったこと……それに老朽化したリードランスの体勢が対応できなかったことだそうです。リードランスも『王家最後の蒼壁』と呼ばれたアインス第三王子を中心に反撃し、一時はハイム軍を首都まで追い詰めたそうですが……アインス王子の暗殺によってリードランス王国軍は崩壊、そのまま決着がついたそうです」
「そんなこと少しも教わらなかったな……」
「え? 何か仰いましたか?」
小さな呟きを耳に留めて、トトが首を傾げる。
「ううん、なんでもない。ねえ、他に何か目立った事件とか人物のことはわかるかな?」
「あ、はい。ちょっと待って下さいね」
トトはデータベースからある程度の情報を検索し、話し始めた。この辺りの情報は最初からトトの記憶にあったわけではない。データベースから引き出してきた情報を読み取り、それをそのまま話しているのだ。
「ええと……『王家最後の蒼壁』アインス・フォン・ガーフィールドと並んで戦時中に活躍した人物に『紅の戦姫』フジノ・ツキクサがいます」
「二人揃ってゲームの登場人物みたいね……けど、その名前って……」
「ええ。先日お世話になったコトブキさんと同じく、古き言葉で編まれた名前です。通常の名前の他に古き言葉による真名を持つのは、リードランスでも一部の王族と貴族に残っていた伝統だと記されていますけど……理由はわかりませんが、彼女は日頃から真名を用いていたようです。他の名前は記録にありません」
「それじゃあ、コトブキさんはリードランスの出身なんだね」
話をしつつ、アイズは内心苦笑していた。
そんな伝統があったなんて、まるで知らなかった。戦争のことといい、ここまで自分の国について何も知らずにいたなんて。
「そう言えば……」
ふと、思い出す。
別れてきた友人の中にも、同じような名前の子が一人いた。
「古い家柄だって聞いてたけど、リードランスの血筋だったんだ……」
「アイズさん?」
トトに声をかけられ、ハッと我に返る。
「ごめん。続けてくれる?」
「はい。このフジノ・ツキクサっていう人ですけど、参戦当時弱冠13歳の身でありながらハイム軍を単身で次々に撃破……人々からは勇者と呼ばれ、リードランスの大反撃の中心となりました」
「13歳って、私とほとんど変わらないじゃない」
「ええ。ですがその戦闘能力は世界的に見てもトップクラス、リードランス円卓騎士にも匹敵したと記されています。彼女に関する記録は極端に少なくて、これ以上のことはわかりません」
「へぇ……すごいね、その人。ところで、そのリードランスの円卓騎士って? 前にも聞いたことがあるような気がするんだけど」
トトに出会って間もなく、プライス・ドールズのことを説明してもらったときに聞いた話を思い出し、アイズは尋ねた。
「リードランス王国騎士団を構成する数百人の優秀な騎士達の中から選りすぐられた、騎士団長を含む13名の騎士の呼称ですよ。いずれも一個師団に匹敵する戦闘能力を誇る実力者揃いだったのですが、その多くがリードランス大戦勃発直後に起きた内乱で死亡・離反してしまい、実質的にハイムとの戦いに参加できたのは4名足らずだったそうです。彼ら全員が戦いに参加していれば、大戦は間違いなくリードランスの勝利に終わっていたでしょうね」
「ふーん……色々なことがあったんだね」
やがて二人は、川沿いに発展した大きな町に到着した。
町は穀物の中継都市で、様々な人や物が行き来していた。
縦横に水路が走り、あちこちに市場が立ち並んでいる。
船着場で話を聞くと、このまま川を下れば海に出られるという。
「海か……それもいいわね。ハイムを出たときは空から見るだけだったし」
「海に行くんですか?」
「すべての場所は海に繋がっている……ってね」
「??? どういう意味ですか?」
「こっちの話よ。とりあえず、どっか泊まれるところを探そうか」
キョトンとするトトの背中を叩き、アイズは笑った。
「それなら、公共の施設で電話が借りられると思いますよ」
「よし、それでいこう!」
アイズとトトは船着場にボートを預け、宿を探して町を歩き始めた。
露店を冷やかし、市場を通り抜け……ふと、騒乱の気配を感じて立ち止まる。
「アイズさん?」
「ねえトト、あれ……」
トトが路地に目を向けると、そこにはゴロツキに囲まれた10歳くらいの女の子と、それをかばう眼鏡をかけた少女の姿があった。察するに、女の子がぶつかるか何かして絡まれていたところに、眼鏡の少女が割って入ったらしい。
そしてどうやら、ゴロツキ達の目的は当初とやや違ってきたようだった。何故ならその二人が、目の覚めるような美少女だったからだ。
10歳くらいの女の子は、腰まで伸ばした濃い紫の髪に同じ紫の瞳。幼いながらも美しい顔に浮かべられた表情は驚くほど大人びており、彼女の印象を一層際立たせている。
一方の眼鏡をかけた少女はアイズよりも少し年上だろうか、同じく腰にまで及ぶ透き通るようなプラチナブロンドに、深い藍色の瞳の持ち主だ。およそ闘争とは無縁な雰囲気の、抱けば折れそうな華奢な身体で気丈に女の子を庇っている。
「……あ。アイズさん、あの人……」
「わかってる。トトはここにいて」
トトの話を最後まで聞かず、アイズは勢いよく駆け出した。
「こらー! そこー! か弱い女の子に何してんのー!」
わざと周囲に聞こえる大声で叫びながら駆け寄ると、男達が慌てたように退く。
「な、なんだコイツ」
「俺らは別に何もしてねえぞ!」
「そうだ! テメエにゃ用はねえんだよ、すっこんでろ!」
「なぁんですってー!? ちょっと、そこどきなさいよ!」
大げさに怒って見せ、表通りからの注目を存分に集めつつ、堂々と男達の間に割って入る。
眼鏡の少女が女の子の手をつかんでいるのを確認すると、アイズは空いているほうの手を取り、鋭くささやいた。
「こういう連中はまともに相手にしちゃダメ。行くわよ」
「えっ? あ、ちょっと……!」
慌てる少女を無理矢理引っ張り、ゴロツキ達の輪から連れて駆け出す。
途端、誰かにぶつかり、アイズはその場に尻餅をついた。
「……ルルド?」
頭上から降ってきた抑揚のない声に顔を上げ、思わず息を呑む。
美しい女性だった。
並の男性よりも遥かに高い長身に、均整のとれた美しいプロポーション。燃えるような紅い髪と瞳に彩られ、妖しいまでの美しさを放つ整った顔。食料品を入れた紙袋を持ってはいるが、世界から浮き出たような存在感がある。
女性はアイズ達を一瞥すると、女の子に向かって尋ねた。
「何をしているの? ルルド」
「ママ」
それまで口を開かずにいた女の子が、眼鏡の少女の手を離して母に寄り添う。
「ダメでしょう。ちゃんと待っていなくちゃ」
「ごめんなさい」
アイズは納得した。この母親からなら、あれだけの美少女が生まれるのも当然だ。
「あんた、このガキの母親か。だったら……」
追いついてきたゴロツキの一人が口を開く。
だが、その言葉は続かなかった。
アイズは人が人を蹴り飛ばすのを初めて見た。
比喩ではなく、本当に蹴り飛ばされたのだ。
母親の蹴りを食らった男はたっぷり20メートルほどふっ飛び、路地に積まれたゴミの山に突っ込んだ。
「大丈夫ですか? アイズさん」
トトが駆け寄ってくる。
「あ、うん……私は大丈夫……だけど」
蜘蛛の子を散らすように逃げていくゴロツキ達を眺めて、アイズは呆然と呟いた。
「人って……魔法がなくても飛べるんだね。グッドマンを見たときより驚いたわ……」
「娘を守ってくれたのね。どうもありがとう」
不意に肩に手が置かれる。驚いたアイズが振り向くと、それはあの母親だった。
「もし良かったら、お礼に食事をご馳走させてもらえないかしら。そちらの貴女も」
「あ……私ですか? そうですね……うーん」
眼鏡の少女が何かしら考え始める。
ひとまずアイズが了承すると、トトは眼鏡の少女に近づき、控え目に声をかけた。
「あの~。貴方はナー姉様ではありませんか?」
「え? ああっ、貴女は! ……え~~っと」
「……初めまして、No.24『トト』です」
「フジノ・ツキクサって……まさか、あのリードランス王国の勇者、『紅の戦姫』フジノ・ツキクサさん!?」
母親の自己紹介を聞いて、プライス・ドールズNo.18『ナー』は素っ頓狂な声を上げた。面白くなさそうな顔でピーマンを見つめていた女の子が少し顔を上げ、また目を皿の上に戻す。トトから話を聞いたばかりだったアイズも驚いたが、フジノは騒がしいのは好きじゃないので黙っていて欲しいと言った。
「こっちが娘のルルドよ。今年で10歳になるわ」
「ルルド・ツキクサです……よろしくお願いします」
無愛想だが、丁寧な口調で娘が挨拶する。社交パーティに無理やり連れ出されたお姫様のようだ。
アイズとトトは、ツキクサ親子と共にレストランで早めの夕食を摂っていた。トトに乞われて、ナーも同席している。
ツキクサ親子は戦争終結後、リードランスを離れて世界中を旅してきたと語った。アイズはトトとナーがプライス・ドールズであること、自分達が旅の途中であることを告げ、プライス博士の行方を知らないか尋ねてみたが、フジノが最後にプライス博士に会ったのは戦争中のことで、以後11年間一度も会っていないという。
フジノと会話をしながら、アイズは密かに安堵していた。
ゴロツキを路傍の石のように蹴り飛ばしたときは正直どんな危険人物かと思ったが、フジノはとても穏やかな女性だった。
聞いた話では、蹴り飛ばされた男に大した怪我はなかったそうだ。あれだけの威力の蹴りを受けて怪我が少ないということは、そのように加減して蹴ったのだろう。
会話もせずにいきなり蹴り飛ばすのはどうかと思うが、娘に危害を加えようとした男が相手なのだ、まあギリギリわからなくもない。
何せ相手は勇者という肩書きを持つ伝説的な人物だ。多少の奇抜さは仕方ないだろう。ハイムの社交界にも妙な連中は多かったしね、とアイズは思った。
やがて食事を終え、アイズ達はレストランを出た。
……と、そこに一人の男性が通りかかった。
後に、アイズは思い返すことになる。
あの大惨事の始まりにしては、妙にのんびりとした出会いだったな、と。
「あれ? あの人……」
遠く人込みの中に見覚えのある顔を見つけて、アイズは目を凝らした。スマートな長身、栗色の髪、一目でそれとわかる整った顔。
「やっぱり! 間違いない、スケアさんだわ!」
「……え……?」
アイズの台詞に、フジノの表情が凍りついた。
「トト、ちょっとここで待ってて。私行ってくるよ」
荷物をトトに預けて走っていくアイズ。
スケアもアイズに気づいたらしく、こちらに向かって歩いてくる。
その姿を見ながら、フジノが呟いた。
「……ねぇ、トトちゃん。あの人、貴女達のお友達なの?」
「え? ええ、一度しか会ったことないんですけど、色々と危ないところを助けてもらって……」
「そう……お友達なの……ごめんなさいね」
「えっ?」
と、フジノの周囲に凄まじい殺気と闘気がみなぎり始めた。
尋常ではない様子に気づいて立ち止まるスケア、その表情が驚愕と恐怖に彩られる。
「あ、貴女は……!」
スケアが声を上げた瞬間、フジノが一瞬にしてアイズを追い越し、スケアに襲いかかった。
拳を、脚を振るう度、地面が割れ、壁が砕ける。
周囲の町並みを巻き込みながら、フジノがスケアを追い詰めていく。
スケアは防戦に徹していたが、フジノの攻撃力は明らかにスケアの防御力を上回っていた。避けきれず、防ぎきれず、徐々に傷ついていくスケア。
と、フジノの手が輝き、そこから放たれた閃光が一つの建物を消し飛ばした。
「な、何あれ!? あれも魔法なの!?」
「魔法です。勇者フジノ・ツキクサならこの程度は当然と言えますが、それにしても……実際にこれほどまでに強力な魔法を使える人間がいるなんて……」
「ナー姉様! のんきに分析してないで何とかして下さい! このままじゃスケアさんが!」
「ええっ!? そ、そんなこと私に言われたって!」
「お姉ちゃん達、あの人の友達だって言ってたよね。だったら、逃げた方がいいよ」
一人冷静なルルドが呟く。
その時、スケアがフジノに何かの玉を投げつけた。瞬間、辺りが光に包まれる。そして、スケアの姿は消えていた。
どうやらスケアは逃げることに成功したらしい。アイズ達もルルドの忠告に従って、その場を離れることにする。
「教えてくれてありがとうね、ルルドちゃん!」
アイズの言葉に、ルルドは冷たい視線を向けた。
「お礼なんていらないよ、お姉ちゃん。あの男の人と関わっている限り、ママはお姉ちゃん達の敵……ママに敵う人はいないわ。例えプライス博士の人形でもね」
ルルドはトトとナーに視線を向け、恐ろしく冷たい声で言った。
「これ以上、ママとあの男の人に関わらない方がいいよ……死んじゃうから」
「ちっ、逃がしたか……」
ルルドの元に戻り、フジノが忌々しげに吐き捨てる。
「ルルド、ママは必ずパパの仇をとってあげますからね」
「……うん」
ルルドは無表情に頷いた。
「ナーさん。本当にこっちでいいんですか?」
「ええ、反応はこっちからします。あの……」
「はい?」
「さん付けは結構ですよ、アイズさん。みんな“ナー”って呼びますから」
迷いのない足取りで進みながら、ナーは答えた。
アイズ達は深く薄暗い水路の中を進んでいた。運搬用水路の水量調節に使われているらしく、今はほとんど水が流れていない。
「あ、そこは滑りやすいです。注意して下さいね」
眼鏡に映し出された表示を見ながら、ナーは言った。
ナーの能力は『レーダー』ということだった。眼鏡は高性能モニターと眼球保護を兼ねており、ドールズ最高の視力を備えているらしい。他にも色々なものが『見える』んですよ、とはナーの台詞だ。
深い意味はないのだろうが、地味に怪しい。
「ここからは暗くなりますから、眼鏡を光らせて明かりにしますね」
ナーの眼鏡がぴかーっと輝き、前方の足元を照らし出した。
「……ナー、男の子の前で同じようなことやってたら、一生恋愛できないわよ……」
「え? なんでですか?」
しばらく進むと、アイズ達は壁にもたれるようにして倒れているスケアを発見した。水路が完全に地下にもぐったところで気を失ったらしい。
「二人とも、待って下さい」
アイズとトトがスケアに駆け寄ろうとすると、突然ナーが制止した。
「何?」
「お姉様?」
ナーは少し躊躇った後、探るように尋ねた。
「いいんですか、アイズさん。その人は……クラウンなんですよ」
「え? あ、うん。確かに、スケア・クラウンっていう名前だったと思うけど……どうして知ってるの?」
「どうしてって……トトちゃん、貴女のデータベースにはないんですか? クラウンに関する記述が」
「え? えっと……」
トトが慌てて自身のデータベースを検索する。
「……はい、ありません」
「そう……それなら、よく聞いて下さい。彼は私達と同じ“人形”なんです」
「え? それじゃ、お兄様……」
「違うんです」
ナーが首を横に振る。
「クラウンを生み出したのは私達のお父様じゃありません。かつてのリードランス王国に攻め込んだハイムです。彼らはわずか十数人で何万という兵士の命を奪い、最後には、当時の王国軍リーダーだった第三王位継承者、アインス・フォン・ガーフィールドの暗殺をも果たした、戦闘のみを目的に造られた殺戮兵器なんです」
殺戮兵器。
その言葉に、アイズの脳裏にかつての光景が蘇った。
大マストでの戦いの後、怯えるトトと警戒する自分を見て、寂しげに微笑んだスケアの姿が。
「……どうして、スケアさんがそのクラウンだってわかるの?」
「私達プライス・ドールズがお互いを認識できるのはご存知ですよね? 同じことがクラウンとの間にもできるんです。その人の信号は偽装してありますけど、私には検出できます。間違いありません」
スケアから目を逸らさず、ナーは続けた。
「彼を助けるということは、フジノさんに敵対するということです。私も戦後の生まれなので、フジノさんのことはデータと話でしか知りませんでしたが……彼女がクラウンを憎むのは当然だと思います」
「そうだね……そうかもしれない。旅に出てから何度も思い知ったことだけど、私は知らないことが多すぎる。自分の国の歴史だって知らない……だけど」
アイズは呟いた。
「でもね、知ってることだってある。私を助けてくれたスケアさんは、戦うことしかできない兵器なんかじゃない。昔がどうかは知らないけど、今のスケアさんは、絶対に違うと思う」
「でも、アイズさん……」
「ナー姉様。スケアさんはきっと、過去の償いのために頑張ってるんですよ。それって、私達を生み出してくれたお父様と同じじゃないですか?」
「…………」
トトの言葉に息を呑み、口をつぐむナー。
プライス博士って、どんな人なんだろう。黙り込んでしまったナーを見ながら、アイズは考えた。
世界屈指の科学者。
トト達プライス・ドールズの製作者であり父親。
コープに招待されて精神の海に赴き、世界のすべてを理解したという天才。
どの言葉も余りにも抽象的で、彼の本質が窺い知れない。
トトに聞けば教えてくれるのかもしれない。だがトトの知る『父親』たるプライス博士もきっと、彼の一面でしかないのだろう。
プライス博士を探す……トトに頼まれて定めた旅の目的は、今ではアイズ自身の目的になりつつあった。
「そう……だね。お父様も……うん、わかった」
しばらく黙り込んでいたナーは、やがて表情を和らげて言った。
「殺戮兵器だなんて言ってごめんなさい、アイズさん、トトちゃん。それから……スケアさんも」
『えっ?』
アイズとトトが同時に声を上げる。
と、スケアがゆっくりと目を開き、呟いた。
「気づいて……いたんですか」
「ええ……私、目だけはいいですから。一瞬だったけど、貴方が目を開けているのが見えました。ごめんなさい」
スケアは微笑み、しかし、表情を暗く沈ませた。
「いいえ……貴女が言った通りですよ、ナーさん。アイズさん、トトさん、今まで黙っていて申し訳ありません。私はクラウン・ドールズNo.14『スケア』……」
「アインス・フォン・ガーフィールドを暗殺したのは、この私です」
【ナー】
プライス・ドールズNo.18。設定年齢17歳。
腰まで及ぶプラチナブロンドと深い藍色の瞳。
高性能モニターの眼鏡をかけており、『レーダー』の能力を持つ。
【フジノ・ツキクサ】
24歳。180近い長身に均整の取れたプロポーション、燃えるように鮮やかな紅の長髪と瞳。
リードランス大戦において多大なる戦果を上げ、参戦当時弱冠13歳ながら勇者と呼ばれた伝説の人物。
アインス・フォン・ガーフィールドの異名である『王家最後の蒼壁』と対になる呼称として『紅の戦姫』とも呼ばれていた。
肉体的な能力は勿論のこと、魔法力においても世界屈指の実力者。
【アインス・フォン・ガーフィールド】
享年25歳。蒼い髪と瞳。
リードランス王国ガーフィールド王家第三王位継承者。
『王家最後の蒼壁』の異名をとり、かつてのリードランス大戦では総司令官の任についていたが、スケアに暗殺された。