第25話 集結
「ところでさ。どうしてルルドはあたしの首輪のことがわかったの?」
「あ、それはね。あの子が教えてくれたんだよ」
カエデの疑問に、ルルドは縮みきって腕輪のようになった首輪をクルクルと回しながら答えた。
「??? あの子って誰?」
「えっとね……」
ルルドがキョロキョロと周囲を見回す。
と、その時。
何処かで爆発が起こり、その衝撃がルルド達のところまで伝わってきた。ほぼ同時に、二人の近くにイマーニの姿をした少女の幻が現れる。
「あ、いたいた。ね、こっちおいでよ!」
ルルドが手招きすると、しかし少女は首を横に振り、ある一方向を指差して哀しげに呟いた。
『タ……スケ、テ……』
途端、少女の姿は霞のように消えてしまった。
「……消えちゃった」
カエデが呆然と呟く。
「ねぇ、あの子どうしたの?」
「何かあったんだ。助けに行かなきゃ!」
「あ、待ってよルルド!」
慌てて走り出したルルドを追いかけて、カエデも駆け出した。
「あたしも行くってば! あの子にお礼言わなきゃ!」
第25話 集結
「白蘭、これからどうするんだい?」
「そうね。とりあえず怪我人の治療も済んだし、そろそろアイズ達を探しに行こうか。今の爆発も気になるし……ナー、この辺りに何か反応はある?」
しかし、反応はない。
白蘭が不思議に思って振り返ると、ナーは何処かをじっと見つめていた。
「どうかしたの?」
「……今の子は、まさか……」
独り呟くナー。
その視線を追って見れば、遠ざかっていく小さな二つの影がある。
「あら。あの子達、何処行くんだろ」
/
「話し合いには応じよう。だが、それはあくまで南部独立に向けての可能性を模索するためだ。そちらの案を全面的に受け入れるつもりはない」
「ええ、わかってるわ。話し合いに応じてもらえるだけでも大進歩よ」
オリバーとパティは、他の兵とは離れたところで話をしていた。そこに大きな爆発が起き、皆がにわかにざわつき始める。
「……どうやら話は後回しだな」
「ええ、今はこの状況を収めるのが先ね」
二人は手短に話をまとめると、皆の元に戻ろうと立ち上がった。
と、その時。
少し離れたところを、二人の少女が走り抜けて行った。
「カエデ?」
「ルルドちゃん? 何処に行くのかしら」
/
「おいおい、さっきから何が起きてるんだ?」
繰り返し伝わってくる爆発の振動に、バジルは前髪を掻き上げて立ち上がった。
「どうやらケラ・パストルの中枢で戦闘が発生しているようです。研究所付近は特に妨害が激しくて、詳しいことはわかりませんが……」
「だったらすぐに行かなきゃ。姉さん、中枢までの道はわかる?」
「ええ、こちらに……」
オードリーの問いに、レムが細い腕を上げて指を伸ばす。と、
「ああ、それには及ばないわ」
ケール博士の声と共に、ガコン、と何かが開くような音がした。見ればいつの間にか、地面に四角い穴が開いている。
「ケール博士、これは?」
「非常用通路よ。島全体に数十箇所設置されてるの。これを使えば研究所まで一直線ってわけ! あ、ちなみにここのセキュリティシステムはアタシが担当したのよね」
「……それじゃあ、もしかして侵入者撃退用のカモフラージュシステムなんかも?」
「あら、よく知ってるわね。そうよ、対象の精神に反応してホログラムを作り出すシステムを作ってね。でも、あれはまだテスト段階で実装されてないはずなんだけど。どうして知ってるの?」
バジルは盛大に溜息を吐いた。
「テストは成功ですよ。賭けてもいい」
「??? どうして?」
ケール博士が不思議そうに言い、レムがクスクスと笑う。
そんな3人を呆れた眼差しで見やりながら、オードリーは非常用通路に降り立った。
「もう、みんな何してるの!? さっさと行くわよ!」
/
「くそっ、あの小娘ども……!」
ヴィナスは木陰に潜みながら機体の修復に専念していた。
動けないほどではないが、かなりのダメージが蓄積している。自らの特性を最大限に活かせる屋内ならともかく、この状況でクラウンクラスの相手に遭遇しては勝ち目がない。
その時、ヴィナスの背後の茂みがガサガサと音を立てた。
慌てて飛び退くヴィナス、その前に現れたのは。
「ネイ!」
「どうやら……お互い随分とやられたようだな、ヴィナス……」
ネイは全身に大火傷を負っていた。肌は真っ赤に焼け爛れ、所々に裂傷も見える。
「薬だ……薬をくれ、ヴィナス……」
「い、いいけど。その身体で本当に動けるの? いくら私の薬でも、そんなに早くは」
「構わない……痛みさえ取れればそれでいい」
ネイはヴィナスを乱暴に抱き寄せると、強引に唇を重ねた。ヴィナスが慌てて体内で麻薬を精製する。やがて、少し遅れてヴィナスが口内に作り出したカプセルを飲み込むと、ネイは大きく息を吐いてヴィナスの肩を突き放した。
「……行くぞ、ヴィナス」
「行くって、何処に?」
ネイは微かに目を閉じ、やがて開き、何の迷いもなく一点を見据えて言った。
「この島の中心部だ。そこにすべてが集まってくる」
そしてネイは、歩き出そうとし──そのまま倒れかけ、ヴィナスの身体にもたれかかった。
「ち、ちょっと……」
ヴィナスが慌ててネイを支える。ネイは徐々に痛覚が麻痺していく奇妙な感覚に溺れながら、掠れる声で呟いた。
「……まだ、死ねない……死にたくねぇ……」
「ネイ……?」
ヴィナスは少し戸惑いながらも、慣れない手つきでそっとネイを抱き締めた。
「大丈夫。大丈夫よ、私達は不死身なんだから……」
/
「行かなきゃいけないみたいね」
「ああ……そうだね」
スケアとカシミールは、遠くに見える魔女の城を眺めながら立ち上がった。
「正直、もう戦いたくないな。これ以上君を危険なことに巻き込みたくもない。ルルドも一緒に3人で、嫌なことを何もかも忘れて楽しく暮らしたいよ」
「スケア、貴方にそんなことはできないわよ」
カシミールがクスクスと笑う。
「どんなに危険なところにだってルルドは興味津々飛び出していくだろうし、貴方はそれを放ってなんておけないわ。勿論私もね。貴方、この私が「じっとしていろ」なんて言われておとなしく聞くと思う?」
「そんなのわかってるよ」
スケアは拗ねたような顔で呟いた。
「私だってたまにはワガママの一つも言いたくなるんだ」
「それはいいことね。貴方はもっとワガママを言うべきよ」
「そうなのかな?」
「そうなのよ。心配しないで、私達はそれ以上にワガママを言わせてもらうから」
「……それはちょっと怖いなぁ」
スケアとカシミールは微笑みを交わすと、二人揃って歩き始めた。
/
「あの頃は楽しかったな、コトブキ」
昔を懐かしむようなエイフェックスの言葉に、コトブキは感慨深げに頷いた。
「ああ、楽しかった。俺とお前とエリオット、そしてエリーナ。あの頃の俺達は無敵だったな」
「しかし“彼女”がいなくなって……俺達は別々の道に進んだ。もう、26年も前の話になるのか」
「……だが、“彼女”は帰ってきた」
コトブキは心底嬉しそうに笑うと、大きな手でエイフェックスの肩を叩いた。
「長生きはするものだな、カイル」
「お互いにな。……さあ、楽しくなってきたぞ!」
エイフェックスも無邪気な少年のように笑う。
「あの~、さっぱり話がわからないんですけど~」
一人取り残されているジューヌが情けない声を上げる。
「つまりですね」
コトブキがニッコリと笑ってジューヌの手を取り、隣にいたサミュエルが無言のまま手を重ねる。そこにエイフェックスも手を合わせ、若々しい口調で宣言した。
「これから楽しいパーティーが始まるってことさ! さぁ行こうか、これを見逃す手はないぜ!」
エイフェックスの声と共に、4人の周囲をパスタチオ・メドレーが舞う。
次の瞬間、4人の姿は忽然と消え失せていた。
/
一方、アイズとグラフは──
「わーっ!」
「わーーっ!」
──あまり楽しんではいなかった。
グラフはアイズを肩に担ぎ上げ、回廊の螺旋階段を駆け上っていた。階下から襲い来る容赦ない追撃を紙一重で避けながら、ひたすら階段を駆け上る。
「チョコマカと……! ならばこれでどうだ!」
アートはグラフの進行方向に向けて、新たな剣【F.I.R-Ⅱ】を一閃した。迸った炎が壁を焦がし、螺旋階段の一部が崩れ落ちる。
「げげっ! そういうことするか!?」
グラフが慌てて立ち止まり、アイズを下ろして背に庇う。
アートは跳躍を繰り返して二人の前に着地すると、F.I.R-Ⅱを構えた。
/
「どうする?」
回廊の様子を見ながら、玉響は言った。
「大ピンチってやつじゃない?」
『そうですね。でもおとぎばなしで宝物を見つけるのは、主人公と相場が決まっているものですよ。……ねぇ、トト?』
「そうですね。それにおとぎばなしの主人公は、何かとラッキーなものです」
もう一人のトトに促され、トトの人格が交替する。
トトは静かに目を閉じると、胸の前で手を合わせて大きく息を吸い込んだ。
「……そう、こんな風に」
小さい頃 ボクが眠れないときは
ママがベッドでおとぎばなしを聞かせてくれた
今日も王子様はお姫様を助け出し
僕は安心して眠りについた
でも 大きくなってボクは
自分が王子様じゃないって気がついたんだ
トトが歌うにつれて、イマーニと共に幻を作り出している装置が激しく動き始める。
「やるぅ。流石にプロトタイプとはレベルが違うわねー」
玉響が感心したように呟く。
直後、それは起こった。
/
「な、何だこれは!?」
突然足元から現れた巨大なキノコに、アートは慌てて飛び退いた。
途端、今度は回廊の遥か下から色とりどりの風船が浮き上がってきて視界をカラフルに覆い尽くす。少し離れたところにいたノイエも、やたら大きなぬいぐるみに囲まれて戸惑っている。
「イマーニの幻か? ……アイズ、大丈夫か」
「な、何とかね。ちょっと腰ぶつけて痛いけど」
腰をさすりながら立ち上がるアイズ。
グラフは幻に翻弄されているアートとノイエを見やり、真剣な表情で言った。
「アイズ、あいつらは俺が食い止める。君は先に行け」
「何言ってるのよ。無茶よ、そんな身体で。それに……仲間なんでしょう?」
「……心配するなって」
グラフは一瞬、切なげな笑みを浮かべたが、すぐに軽い口調で宣言した。
「すぐに追いつくさ。知ってるだろ? おとぎばなしのお約束じゃあ、最後は必ず王子様が勝つんだぜ?」
「……誰が王子様だって?」
「勿論、俺」
グラフはニッと笑うと、いきなりアイズを抱え上げた。
「わ、ちょっとグラフ!」
「少し痛いと思うけど、我慢してくれよ。後でゆっくり慰めさせてもらうから……よっ!」
そのまま跳躍し、遥か頭上の崩れていない階段に向かって放り投げる。
「ちょっと! 待ちなさいよぉぉぉぉぉっ!」
残響と共に飛んでいくアイズ。
「さて」
グラフは空中で一回転して着地すると、振り返らずに言った。
「折角のお姫様とのデートを邪魔するなんて、嫌な奴だね君も」
「貴様の戯れ言に付き合うつもりはない」
アートはグラフの背中に突きつけたF.I.R-Ⅱを握る手に力を込めた。
「ノイエ! あの女を追うんだ!」
アートの言葉に従って、跳躍したノイエが崩れ落ちた螺旋階段の向こう側に着地する。
途端、周囲の幻は音もなく消滅し、辺りは再び薄暗い回廊へと姿を変えた。一方ノイエの周りだけは今も幻で埋め尽くされ、視界を遮って追跡を妨害している。
グラフはフッと微笑むと、殊更に明るい声で言った。
「どうやらこの城の主は、アイズを無事最上階に導くことが目的らしいな。俺達は邪魔者扱いってわけか。やれやれ、つれないねぇ」
「……何が言いたい?」
アートが静かに尋ねる。
「つまりだな」
グラフは大袈裟に人差し指を立てると、
「アイズがこの場にいなくなった今、誰にも邪魔されずに話ができるってことだ!」
そのまま上体を沈め、アートの足元目掛けて回し蹴りを放った。間一髪避けたアートを無視して跳躍し、ノイエを追って最上階を目指す。
しかし続いてアートが跳躍し、空中でグラフの腕をつかんだ。
「くっ……! アート!」
「ノイエの邪魔はさせん!」
アートはグラフを遥か階下に向けて投げ飛ばすと、自身も壁を蹴って地上に降りた。
「まったく、誰が王子様よ……イテテ……」
アイズはしこたまぶつけた腰をさすりながら立ち上がった。ちゃんと計算して投げてくれたのだろう、痛いことは痛いが、ほとんど怪我らしい怪我もしていない。
そこはどうやら最上階らしかった。目の前には空中に一直線に張り出した廊下があり、奥には厳しい木製の扉がある。いかにも魔女の部屋といった雰囲気だ。
「……開けたら紫色の煙が出てきそうね」
アイズは少し考えていたが、やがて決心を固めると、扉に向かって走り出した──途端、背後から響いてきた足音に慌てて振り返った。
感情の抜け落ちたような無表情の白髪の少年が、ゆっくりと階段を上ってくる。
白髪の少年──ノイエは、まるで監視カメラのように機械的な動作で周囲を見渡すと、やがてアイズに目を止めて右腕を掲げた。
「……っ! ちょ、ちょっと待ちなさいよっ!」
アイズの制止に耳を貸さず、ノイエの右手が変形し輝き始める。
為す術もなく立ち尽くすアイズ目掛けて、発射されるノイバウンテン。
刹那、城の天井を突き破り、誰かがアイズの前に舞い降りてきた。
黄金の輝きに阻まれて、四散した白い閃光が周囲の闇に吸い込まれてゆく。
「……もう、来るのが遅いよ……」
アイズは脱力して大きく息を吐くと、疲れた声でその人影に向かって文句を言った。
「今まで何やってたの? フジノ」
「ちょっとね。色々あったのよ」
フジノは黄金の翼を広げ、ごめんね、と微笑んだ。