第8話 ブリーカーボブスの戦い -絆-
独立軍艦隊はブリーカーボブスを追う形で砲撃を加えていた。
ハイムの精鋭部隊による砲撃で敵方のバリアは消失しており、今は大量のミサイルと見られる攻撃で激しい爆発が起きている。
自動回避機能でもついているのだろうか。まるで生きているかのように対空砲による迎撃を避け、確実に外壁へと着弾している。
「よーし、いいぞ! 押せ押せっ! ……ん? どうした、カエデ」
機嫌よく指揮をとっていたオリバーは、ブリッジに戻ってきたカエデに気がついた。
つい先程つけさせたはずの救命用具はなく、ヘルメットも被っていない。それどころか全身に擦り傷があり、首には見慣れない環をつけている。
オリバーが怪訝な視線を向けると、カエデは慌てたように首輪に手を触れた。
「う……えっと、あの……さっき、そこでこけちゃって。これは、ハースィード少佐が……っ!」
「? どうしたんだ?」
カエデが一瞬言葉に詰まる。
が、すぐに笑顔を見せると、嬉しそうな様子で語った。
「ぅ……な、なんでもないよ、お兄ちゃん。さっきこけちゃった時に、たまたま通りかかったハースィード少佐に助けてもらったの。この首輪は、えっと……お、お守りだって言って、くれたんだよ」
「おいおい、大丈夫か? 後で礼を言いに行かないといけないな。あんまり迷惑かけるなよ、只でさえお世話になってるんだから」
(やっぱり、喋れない……!)
表面上は笑顔を取り繕いながら、カエデは恐怖に慄いていた。
ハースィードの名前を出した途端、まるで警告するかのように、首輪がわずかに絞まったのだ。
「カエデ、そろそろ」
「お、お兄ちゃん。あの……恐いから、一緒にいていい?」
出て行きなさいと言われるよりも早く、縋る言葉を口にする。少しでも近くにいたほうが、真実を伝える機会があるかもしれない。
「……まあ、それもそうだな。じゃあそこに座りなさい。ちゃんとベルトを締めるんだぞ」
カエデは素直に頷くと、空いている席に腰を下ろした。
その時。
突然ブリーカーボブスに閃光が走り、遥か上空で爆発が起きた。
見れば、ブリーカーボブスに攻撃を加えていたはずの大量のミサイル群が、跡形もなく消え失せている。
「何が起きた!? メインモニターに映像を回せ!」
オリバーの指示により、ブリッジ前面に望遠映像が映し出される。
そこには風に護られるようにして空中に浮かぶ、一組の男女と一人の女の子の姿があった。
第8話 ブリーカーボブスの戦い -絆-
「うーん、一回こーゆー感じで登場してみたかったんだー!」
ルルドは気持ち良さそうにはしゃぎ、カシミールを見上げた。
「次はママの番だよ!」
「そうねルルド。せっかく新ユニットもあるんだし……ね」
カシミールの背中から6枚の輝く翼が生え、更にもう6枚の翼が出現して重なり合う。カシミールの伸ばした両腕の間に、小型の稲妻が飛び交い始めた。
「長官! 左翼上部の磁場が異常です!」
報告と同時に、外部カメラから映像が回ってくる。そこにカシミールの姿を見つけて、パティはニッと笑った。
「問題ない!」
瞬間、カシミールの両腕から巨大な閃光が発射された。
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閃光は独立軍艦隊の下方をかすめ、直下の海面に命中した。次々と撃ち込まれる閃光に、巨大な水柱が何本も立ち昇り、戦艦を直撃して大きく揺らす。
「一時撤退! 固まるなよ、狙い撃ちにされるぞ!」
オリバーの素早い判断により、独立軍は散り散りに撤退した。
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「くそっ、こうなったら……!」
「させるか!」
ネイが動いた瞬間、バジルの剣が振り降ろされた。身体を斬り裂かれながらも内部に侵入しようとするネイを、今度はスケアの衝撃波が襲う。
「スケア、てめえ……! 覚えていやがれぇぇぇぇっ!」
外壁ごと吹き飛ばされ、海に落ちていくネイ。
「やれやれ、しぶといね。ちょっと浅かったかな? ……まぁいい。オードリー、スケア! ここは任せた、俺はレムの所へ行く!」
「スケアだって?」
グラフの応急手当てを受けながら、アートは顔を上げた。
「あれがオリジナルか……!」
「待ってくれ、バジル!」
再会の挨拶もそこそこに走り去ろうとするバジルに、スケアが慌てて駆け寄る。
バジルは立ち止まると、後方からスケアを見守るカシミールとルルドに一瞬目を向けて、フッと笑った。
「おやおや。ちょーっと見ない内に面白いことになったじゃないか」
「……すまない、バジル。連絡も寄越さずに」
「いいってことよ」
スケアとバジルの腕がガシッと組まれる。
と、その時。
カシミール達の足元からモニターが現れ、パティの顔が映し出された。
『久しぶりねカシミール、助かったわ。ところで、その子は誰なの?』
「あっ、初めまして。ルルドです。ルルド・ツキクサ」
ルルドの自己紹介を聞いて、パティが驚く。
『じゃあ、貴女が……』
「話は知ってるでしょ? でもルルドは今、私とスケアの娘なんだから」
カシミールがルルドを抱いて微笑む。パティはしばらく茫然としていたが、とりあえず冷静な顔を作り、
『詳しいことは後で聞かせてもらうわ。とにかく、貴女達は一旦中に入って頂戴。じゃあね、カシミール、ルルドちゃん』
返事を待たずに通信を切った。
「ママ。どうして驚いてたの? あの人」
愛娘の疑問に、カシミールはルルドを抱く腕に力を込めた。
「ルルド。貴女はね、生まれた瞬間から沢山の人の想いの中にいるの。貴女の存在そのものが、様々な出来事を引き起こしてしまうのよ。わかるわね?」
「……うん」
ルルドが大人びた瞳でカシミールを見つめる。カシミールはルルドの頭を優しく撫でた。
「大丈夫、私とスケアが絶対に貴女を守るわ。貴女は自分で選んだ道を歩めばいいのよ」
「ありがとう……ママ」
「お礼なんて必要ないわ。親っていうのはそういうものでしょ?」
ルルドが嬉しそうに笑い、カシミールも微笑む。
「それから、パティはとってもいい人よ。後でちゃんと紹介するわね」
「さて、君達はどうする?」
グラフとアートに向かって、スケアは穏やかに告げた。
「素直に撤退すると言うのなら、これ以上戦う気はないが」
「……正直、俺はそうしたい」
グラフが両手を上げ、
「何をバカなことを!」
アートはF.I.R.を支えに立ち上がる。
「だーっ! わかってないなアート! あいつが持ってるのはリードのL.E.D.だ、お前のF.I.R.とじゃ性能に差がありすぎる! それにあいつは旧ナンバーズ最高のバランスタイプだ、L.E.D.を持った今ならはっきり言ってバジルより強いぞ!」
「ま、賢明な判断ね」
破損した外壁を氷で塞ぎ終え、オードリーがスケアの傍に立つ。
「オードリー、貴女もバジルと一緒に」
「バカ言わないでよ、まだいけるわ。レムの護衛にはグッドマンもついてんだから、加勢ならあいつ一人で充分よ」
少し苛々した様子でオードリーが言う。
「さぁボーヤ達! 氷漬けにされたくなかったらとっとと失せなさい!」
「撤退だと。誰がそんなことをするものか!」
アートはF.I.R.を構えた。
「最後まで任務遂行のために戦う! それがクラウンだ!」
「君の志は決して間違ってはいない」
スケアもL.E.D.を構えた。
「だがそれでも、人を殺していい理由にはならないよ」
静かに対峙するスケアとアート。
全員の注目が二人に集まる。
──そこに。
突然、動力が停止していたはずの小型戦艦が突っ込んできた。
/
「フジノさん、大丈夫ですか?」
パティ達と別れ、南方回遊魚に戻ってきたアイズとトトが部屋に入ると、フジノは暗い隅の方でうずくまっていた。
「……戦い、始まってるね」
響いてくる振動に耳を傾けながら、アイズが呟く。と、フジノがぼそっと言った。
「私……恐いわ」
「恐い? 戦いが?」
「違うわ、そうじゃない。私が恐いのは、戦いを恐れない自分の中の怪物よ。そいつは戦いが好きで好きでたまらないの。少しでも戦いの匂いを嗅ぎつけると、すぐに目を覚まして誰かを殺してしまう。私は、私の手は、今でも殺戮と血を求めてる……」
トトがそっと近づいて、フジノの手を握る。それは驚くほど小さくて柔らかくて、痛々しいほどに華奢な手だった。青ざめて冷たく、小刻みに震えている。
「昔は楽だったのよ。私はアインスのことだけが好きで、それ以外のことなんかどうでもいいと思ってた。でも……どうしてかしら。アイズ、トト。このまま戦い続けたら、いつか二人まで殺してしまいそうな気がする。そのことが、こんなにも……怖い」
「そっか……そこまで私達のこと、考えてくれてたんだ」
アイズはトトの上から更に手を被せると、二人の手を両手で包み込んだ。
「ありがとう、フジノ。そうだよね、もういいよね。……うん! それじゃあ、私も今回はパスさせてもらおっかな!」
アイズは笑って言った。フジノが驚いて顔を上げる。
「まぁね、私も前から思ってたわけよ。なーんでか弱くってカワイイ14歳の女の子であるこの私が、毎回毎回危ない橋渡んなきゃなんないわけ? ってね。今回はトトもいてくれてるし、ハイムのことはパティさんとかバジルのカッコつけに任せましょ! トトも、それでいいでしょ?」
トトも少し驚いていたが、すぐに「はい」と表情を和ませた。
「そうですね。私も何だか、今はフジノさんの手を離したくないです」
「よーし決まりっ! じゃあトランプでもする? それとも音楽聴くとか? 私としては最近オシャレしてる暇がなかったから、ファッション雑誌で研究でも、って思ってるんだけど」
「……い、いいの……?」
フジノは戸惑った。
今まで多くの人に「戦え」と言われた。時には「戦ってはいけない」と言われたこともある。だが、「戦わなくてもいい」と言われたのは初めてだ。
アイズは明るくはしゃいでいたが、ふとフジノの顔を見ると、突然涙ぐんだ。
「な、なに?」
焦るフジノ。
アイズはしばらく無言でフジノの顔を見つめていたが、やがて二人の手を離すと、フジノの背中に両腕を回して抱き締めた。
/
クラウンの小型戦艦は減速することなく、真正面からブリーカーボブスに激突した。
余りに突然のことに、ルルドとカシミールは対応できず、スケアとオードリーも慌てて避ける。グラフはアートを救出したぶん遅れたが、それでもかろうじて脱出した。
「ノイエの奴、俺達ごと殺す気か!」
「……いや、それでいいんだ……」
少し寂しげに呟くアート。
「オードリー! 動力炉を冷却するんだ、爆発する!」
「わ、わかった!」
オードリーがスケアから離れて戦艦に向かう。同時に戦艦の中から飛び出した人影が、オードリーの頭上を越えてスケアに襲いかかった。スケアが咄嗟に蹴りを叩き込む。
「君は……!」
弾き飛ばされながらも空中で体勢を整えて着地した者の姿に、スケアは息を飲んだ。
目の前にいるのは、かつての自分と同じ姿をした少年。
クラウン・ドールズNo.17『ノイエ』だった。
/
アイズの抱擁は続いていた。どうしていいかわからず、力なく抵抗するフジノ。やがてアイズの温もりが伝わってきて、フジノは抵抗をやめ、アイズに身体を委ねた。
しばらくの後、アイズはそっと顔を上げ、涙を流しながら言った。
「フジノ、私……絶対、二度とフジノに人殺しなんかさせないから。絶対絶対、ぜーったいにさせないからね……っ!」
もう一度フジノに抱きつき、声を上げて泣き始める。フジノは助けを求めるように、隣にいるトトにおずおずと尋ねた。
「……アイズって、こんな子だった? なんていうか、多少の無茶はしても、いつも冷静で客観的な子だと思ってたけど……」
「私も初めて見た時は、ちょっと驚きましたけどね」
トトが愛しげにアイズを見つめる。黒十字戦艦に囚われた自分を助けに来てくれた時も、アイズはこんな風に飾らない涙を見せてくれた。
「時々こうなるんですよ。アイズさんって、本当に友達思いなんです」
「……友達……か」
泣きじゃくるアイズの背中にそっと腕を回しながら、フジノは、なんとなくわかったような気がした。
今の自分は、かつて殺そうとしたスケアと同じだ。自らの暴力を、戦いを恐れていたスケア。それを自分という戦いの象徴から守ったのはアイズだった。
そして今、あの時のスケアと同じように戦いに恐怖した自分を、アイズは友人として受け入れてくれた。アイズはいつだって同じことをしているのだ。
フジノの胸の奥に、ふと暖かい何かが生まれた。
──ジューヌ先生。
これが先生やアインスが教えようとしてくれた、“愛”っていうものなんですか?
この胸の暖かい、でも少し痛いような、不思議な感覚が……。
もし、もう一度会うことができたら……聞いてもいいですか、先生……?
/
「君は……君達は、私の後継機か?」
スケアの問いに、その場にいた全員の視線がノイエに集中した。
「No.17『ノイエ』だ。僕は最新究極の戦闘用人形。貴様のような不良品とは違う!」
ノイエの身体が魔力を纏って輝き始める。
まるで、フジノのダウンワード・スパイラルのように。
「……今まで彼らにのみ戦闘を任せていたのは、こちらの戦力を確認するためか?」
かつてのアインスと同じスケアの問いに、
「あいつらは捨て駒だ、僕の勝利のためのね」
かつてのスケアと同じことを答えるノイエ。
「あーっ、ノイエの奴あんなこと言ってるぞ。ひでーなぁ」
とグラフ。
「いいや、いいんだ。それでいい!」
とアート。
/
「……ごめん。もう落ち着いたわ」
アイズが顔を上げ、目尻に溜まった涙を指先で拭う。フジノは首を横に振った。
「ううん……ありがとう、アイズ。戦わなくてもいいっていう、貴女の言葉……すごく嬉しかった」
「うん! ……あ、でもさ。例えばミサイルが突っ込んできたり、ブリーカーボブスが墜落したりした時は守ってよね」
「……はい?」
「そういうことって、私達の中じゃフジノにしかできないじゃない? 私やっぱり、人は自分の能力を活かして生きるべきだと思ってるから!
でもさぁ、今度の敵ってそんなに強そうじゃないよね。新型クラウンが3人って言ったって、あのバジルの方が上って感じじゃない? ま、これがフジノじゃなきゃ勝てないってんなら話は別なんだけどね。さぁて、ファッション雑誌ファッション雑誌~」
再び呆気に取られるフジノ。
そのままいそいそとファッション雑誌を捜し始めるアイズ。
トトが苦笑しながら言った。
「あれもアイズさんです。いつも冷静で客観的な」
「……よくわかんない子ね……でも」
「でも?」
「なんか……面白いわね」
フジノはクスクスと笑った。
/
「君は……昔の私と同じだね」
スケアはL.E.D.を構え直して言った。
「今の私と違うところがあるとすれば唯一つ。君はまだ、本当のことを何も知らずにいる。それだけだ」
「スケア!」
「パパ!」
加勢しようと身構えるカシミールとルルド。
スケアはノイエから視線を逸らさず、片手を挙げて二人を制した。
「ここは任せるんだ。二人は中へ!」
「彼は……私が止める!」
【カシミールの新ユニット】
カシミールの能力は『発電』である。
しかし、普段はその電力をツェッペリンの封印に費やしているため充分に活用できない。かつてフジノと戦った際、カシミールが暴走中の発電所から電力を吸収したのはそのためである。
この新ユニットは簡単に言えば予備バッテリーであり、一時的にツェッペリン封印を担当してくれる装置である。その間、カシミールは本来の能力を解放できるのだ。
独立軍艦隊に向けて放った閃光は対フジノ戦でも見られたもので、威力はツェッペリンの1/50程度。ノイバウンテンに比べても若干出力が劣るが、連射が利く分こちらの方が有利と言える。