第6話 ブリーカーボブスの戦い -陰謀-
ブリーカーボブス艦内、廊下。
「状況は?」
アイズ達を引き連れて足早にブリッジへと向かいつつ、パティは通信機に向かって尋ねた。
『旗艦クラスが1隻に、駆逐艦クラスが6隻。どれも偽装してあるがフェルマータの技術で造られたものじゃないね、レーダー撹乱装置搭載の最新型だ』
通信機からバジルの声が返ってくる。
「ハイムかしら?」
『まず間違いないだろうね。だとすると次に狙ってくるのは噂の新型クラウンによる白兵戦だろうが、そっちの方は俺達に任せてくれればいい』
パティが口にしたハイムという単語に、一行に緊張が走る。それとは裏腹に、バジルの声は活き活きとしていた。
「頑張ってくれよ。こんな時のためにお前がいるんだからな!」
『ははは、自分の役割は理解してるさ』
ケイの激励に笑って応え、バジルはふと声を落とした。
『それにしても、パティ』
「何かしら?」
『ハイムのやり方はいつも同じだな。民衆を煽り、内部から崩壊させていく。まるでガン細胞だ。リードランス大戦を思い出すね……もっとも今回、アインス・フォン・ガーフィールドはいないがね』
パティはキッと前を向くと、厳しい声で吐き捨てた。
「私はアインスとは違う。今回は……勝つ!」
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「強い女だね」
バジルが通信機の電源を切ると、それまで黙っていたオードリーが口を開いた。
「煽ってるのはあんたも同じじゃないの」
「言うなよ、これも仕事の内だ」
オードリーの指摘に苦笑を返し、バジルは通信機を懐にしまった。
二人はブリーカーボブス最上階のテラスに立っていた。眼下には広大な海原が広がっており、遠方には独立軍艦隊が視認できる。
「さぁ、オードリー。俺達の出番だぜ!」
第6話 ブリーカーボブスの戦い -陰謀-
「パティさんは、アインスさんのことがお嫌いなんですか?」
トトに尋ねられ、パティは表情を険しくした。
「最低の男よ。自分の国を守ることも、愛する人を幸せにすることもできずに死んでしまった。それ以外に何があると言うの?」
パティの剣幕に気圧されるアイズとトト。
「私はあの男の過ちを繰り返さない。あいつはただの甘い理想主義者よ。あいつのせいで、どれだけ多くの人が人生を狂わされたか」
その時、ブリッジから戦闘準備完了の報告が入った。
パティは通信機を握り締め、鋭く叫んだ。
「戦闘開始! 全力で叩き潰せ!」
ブリーカーボブスの攻撃が始まった。
艦体各所に設けられた砲台から無数の砲弾が発射され、独立軍艦隊に向かって嵐の如く降り注ぐ。
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「バリアに頼るな! 可能な限り回避するんだ!」
独立軍艦隊、旗艦ブリッジ。
オリバーは椅子の手摺を握り締め、各艦に指示を飛ばしていた。
「何て弾幕だ、対応が早すぎる! あれは本当に役所なのか!?」
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「す、すごい攻撃……!」
振動で倒れないようトトと支え合いながら、アイズはモニターに目を向けた。
外壁に複数設置されたカメラから送られた映像が、艦内各所に設けられたモニターに映し出されている。移動要塞との異名をとるだけのことはあり、ブリーカーボブスは圧倒的な戦力を保持していた。
建造当時は何故ここまで徹底的に武装する必要があるのかという意見が多かったが、これはパティが先の戦争から学んだ教訓に従ってのことだった。
つまり、
──どんなに正しくても、負ければ全てが無意味となる──
「長官は、アインス王子のことになると心を閉ざしてしまいます」
なるべく目立たないようにアイズとトトのそばに行き、ケイが小さく耳打ちする。
「どうかお気を悪くなさらないで下さい」
「いえ、パティさんの仰ることもわかりますから」
アイズも小声で返答する。
「でも、なんであそこまで……」
「人は時々、自分の心がコントロールできなくなるものです」
いつから話を聞いていたのか、コトブキが会話に加わる。
「大切なのは、それでも前に進み続けること。パティさんはその辺りのことがよくわかっていらっしゃいますよ」
「なんだかコトブキさんが言うと重みがあるわね」
「そういうもの……でしょうか」
まっすぐに前を向き、先頭を歩くパティの背中を眺めるアイズとケイ。
──と。
パティが突然立ち止まった。
何事かと廊下の先に目をやると、そこには一人の美しい少女。
髪と瞳を燃えるような真紅に彩られた、紅の戦姫が立っていた。
「……フジノ……!」
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「スゴーイ、あれが情報局かぁ! やるじゃない!」
戦艦側壁の窓から窓へと移動しつつ、カエデは興味津々戦況を眺めていた。走るのに邪魔な救命用具は早々に脱ぎ捨て、ヘルメットだけをつけた軽装で艦内の廊下を駆け回る。
もっと外がよく見える場所はないかと探して回る内、カエデは戦闘中立入禁止の柵を越え、その先にあるテラスへと続く扉を開けた。
思いのほか強い風に揺れる衣服を押さえつつ、壁伝いに歩いて縁側に向かう。と、そこには既に二人の先客がいた。
「あらら、何だか苦戦してるわね」
手摺りに腰掛けているのはハースィード・チェイス少佐だ。先程は無駄に色気を振り撒いていたが、楽しげに戦況を眺める横顔からは冷たい印象が漂っている。
「大丈夫よ、ノイエ達がいるもの。最初から独立軍の活躍には期待してないわ」
もう一人の少女には見覚えがなかった。自分よりも4つほど年上だろうか。テラスに備え付けてある椅子に座り、優雅に紅茶を飲んでいる。
旗艦は駆逐艦の後方に位置しているため今のところ砲弾は届いておらず、しかも最新鋭のバリアに守られているため、多少の余裕があるのは確かだ。
それでも、気を抜けば飛ばされそうな強風をものともせず、まるでお茶会でも開いているような二人の様子は、どう見ても場違いで違和感があった。
「約束は覚えてるわね? そろそろ貴女も動いて、ヴィナス」
「今はハースィードよっ」
ハースィードが両腕を振り上げ、ぐっと背筋を伸ばす。すると見る見る内に身長が伸び、金髪が黒く染まり、軍服が羽毛のコートに変化した。いつの間にか顔も変わり、まったくの別人になる。
「ま、それはともかく……考えが変わったわ、アミ。正直乗り気じゃなかったんだけど、結構面白そうな戦いじゃない。あいつも11年前の恨みが晴らせるって喜んでたし」
ハースィード・チェイス少佐──正体を現したヴィナスは、ほくそ笑んで言った。
「それにエンデからも別の任務を受けてるしね。メルクには天敵がいるそうだから」
「No.06『レム』のことかしら?」
「わかってんじゃない」
その場を離れ、手摺沿いに歩いていくヴィナス。彼女の行く先に何気なく目を向けて、カエデはギクリと顔を強張らせた。
一体いつからそこにいたのか、それまで気づかずにいた女性がもう一人、まるで人形のように佇んでいる。長い黒髪が風に揺れる度、顔に刻まれた大きな火傷の跡が見える。
「さぁ、カルル」
ヴィナスは手を伸ばすと、愛おしささえ感じさせる仕草で、女性の焼け爛れた頬を撫でた。
「貴女の可愛い妹を殺させてあげるわ」
「……見ちゃった……」
カエデは音をたてないように、こっそり出入口まで戻った。
話の内容は半分も理解できなかったが、自由自在に姿を変えることができる女性など、明らかに常人でないことは子供の自分にでもわかる。
「やっぱりハイムってヤバい人達なんだ。もう、お兄ちゃんったらバカなんだから」
扉を閉めるのも忘れ、一刻も早く兄に知らせようと駆け出すカエデ。
その時、一発の砲弾が駆逐艦の隙間を縫って旗艦へと襲い掛かった。着弾直前にバリアに阻まれ、空中で爆発する。
艦に大きな被害はなかったが、開けっ放しの扉から衝撃と爆風が侵入し、カエデはその場で転倒した。慌てて起き上がろうとするカエデ、その背後に足音が近づく。
「あら、可愛らしいお客さんね」
「危ないわよ? こんな所に一人で来るなんて」
カエデの全身から汗が吹き出した。振り向けばすぐ目の前に、アミとハースィード──の姿に戻ったヴィナス──が立っている。二人の後方にはカルルの姿もあった。
「ほ~ら、腕を擦り剥いちゃってぇ、可哀想に~」
ことさら甘い声で、いたわるように言いながら、ハースィードはカエデの腕を乱暴につかみ上げた。
「見た……わよね?」
恐怖の余り言葉が出ない。
カエデは必死に首を横に振った。しかし最初から信じていないのか、ハースィードの手が首にかかり、ゆっくりと締められる。
すると、アミがハースィードを止めた。
「殺しちゃダメよ、ハースィード小佐。面白くないじゃない」
アミは虫も殺せないような顔でカエデのヘルメットを外すと、何処からか取り出した金属製の環をカエデの首に填めた。
「いい? 貴女に人生を楽しく過ごす方法を教えてあげるわ。それは自分よりも強い者には決して逆らわないこと。もしも貴女が、私達のことを誰かに話したり、無理にでもその首輪を外そうとしたら……」
アミの言葉と共に首輪が縮み、カエデの喉を締めつける。
「……っ!? ぅ……ぁ……!」
呼吸困難に喘ぐカエデ。
「わかった? わかったら、お利口に生きることを考えようね」
カエデが懸命に頷くと、アミは満足気に微笑み、そっと首輪に触れた。首輪が元に戻り、激しく咳き込むカエデ。
口調や表情こそ穏やかだが、アミがハースィードよりも遥かに恐ろしい存在であることを、カエデは肌身に感じた。
やがて二人はカルルと共に立ち去り、残されたカエデは何とかして兄に真実を伝える方法を必死になって考え始めた。
/
「うーん。たいしたもんだ、情報局」
「バカか? 敵を褒めてどうする」
グラフ、アート、ノイエの新型クラウン3人組は、量産型クラウンと共に小型の戦艦に搭乗していた。
旗艦を離れ、駆逐艦の編隊をも抜けて最前線へと到達する。
「しかし、まさしく要塞だな。何処から攻撃する? ノイエ」
「勿論、正面からだ」
アートの問いに短く答え、ノイエは右腕を伸ばした。高出力兵器【ノイバウンテン】へと姿を変えた右腕が、白い輝きに包まれる。
「フルパワーでいく。伏せていろ」
瞬間、艦を揺るがす衝撃と共に白い閃光が発射された。
閃光はブリーカーボブスが展開していたバリアに直撃し、その半分以上を消し飛ばした。
「バリア出力、約30%までダウンしました! 第二射には耐えられません!」
報告を受けたケール博士は、しかし余裕の笑みを浮かべていた。
「大丈夫よ、まだオードリーがいるわ。そんなことより撮影班! ちゃーんとカメラ回しときなさいよ! 綺麗に映ってないとあいつ怒るからね!」
3人組の小型艦は砲撃の嵐をかいくぐり、フルスピードでブリーカーボブスに向かって飛んでいた。
フルパワーの負荷に耐えかねて甲板に膝をついていたノイエが、バリアが回復していない隙を狙って再びノイバウンテンを発動させる。発射エネルギーを充填しながら、身体を支えきれずに倒れそうになるノイエ。その背中をアートが支えた。
「たいしたものだ、この小さな身体で。さぁ、撃てよ。支えておいてやるから」
「……すまない、アート」
素直に礼を言われ、アートが困ったように目を逸らす。
「ラブラブ……」
うんざりした表情でグラフが呟いたとき、再び白い閃光が発射された。
3人組は勝利を確信した。
しかし次の瞬間、ブリーカーボブスの直前に巨大な氷塊が出現した。閃光は拡散して威力を失い、氷塊が砕けて飛び散る中、長い黒髪の女性が宙を舞う。
女性は氷塊の欠片を蹴って移動すると、ブリーカーボブスの外壁に着地した。
「熱いわね、ボーヤ達! けどダメよ? 力任せに突っ込むだけじゃ!」
女性は──オードリーは、ウィンクしながら人指し指を振った。
「な、何だ? 一体何が起きた?」
力尽きてぐったりしたノイエを抱えながら、アートが茫然と呟く。
「……これか。プライス・ドールズNo.09『オードリー』──災害鎮静用人形だ」
グラフは素早くハイム本国のホストコンピューターから情報を引き出した。
「どうやら熱を操る能力を持っているらしいな。多分、あらかじめ周囲の海を熱して海水を水蒸気化しておいて、飽和状態の空気を一気に氷点下にまで冷却したんだろう」
『やるじゃな~い、オードリー。ちゃ~んと撮っといてあげたわよ~。ところでさぁ』
通信機からケール博士の声が響く。
「何かしら?」
『新型クラウンって、カワイイ子ばっかし! って話じゃない? 一人くらいとっ捕まえてきてくれない?』
「あら、いいわねそれ」
オードリーは笑って答えると、クラウンの戦艦に向けかって手をかざした。間近まで迫っていたクラウンの戦艦が急激に冷却され、動力が停止して海に落ちる。
「さぁいらっしゃい、ボーヤ達! お姉さんがオトナのクールさを教えてあげるわ!」
/
パティとフジノは、二人だけ時間が止まったかのように立ち尽くしていた。
アイズ達が固唾を呑んで見守る中、外からは鈍い戦闘音が断続的に響いてくる。
やがて、沈黙を破ったのはパティだった。
「……フジノ、お願い戦って! ハイムがこの国を狙っているの! このままじゃリードランスの二の舞になってしまうわ、だから……!」
「嫌よ。どうしてあんたなんかのために」
フジノは冷たく言った。
「あんたはリードランスのことも、アインスのことも嫌ってたじゃない」
「お願い! これはメルクの長官として頼んでいるの! アインスがリードランスを愛したように、私はフェルマータを愛しているわ! お願いよ……貴女だってハイムの好きなようにされたくはないでしょう!?」
「ふん……」
フジノはパティの叫びを無視すると、アイズとトトに言った。
「アイズ、トト。そいつらと一緒にいたら巻き込まれるだけよ。今回の連中の狙いは、私達じゃなさそうだから。南方回遊魚に戻りましょう」
二人の返事を待たずに、さっさと背を向けて歩き出す。
「フジノ君、パティがここまで言っているんだ」
悔しさに震えるパティの肩を抱いて、ケイが口を開いた。
「君達の間に何があったのかは知らないよ。だけど今は昔じゃない。いつまでも過去にこだわっている場合ではないはずだ。頼む、戦ってくれ」
フジノが立ち止まり、振り返る。
その表情はひどく悲しげだった。
「……どうして……」
呟くフジノの瞳が、ほんの一瞬激しい怒りに燃え上がる。しかし瞬きもしないうちに、フジノの瞳は再び深い悲しみに沈んだ。
去っていくフジノの後を、しばらくの間、誰も追うことはできなかった。
/
戦場からは少し離れた海面に浮かぶ、小さな飛行機にて。
一組の男女が甲板に立ち、水平線の彼方で激しい戦いを繰り広げるブリーカーボブスと独立軍艦隊の様子を眺めていた。
「パティ達、大丈夫かしら?」
呟く女性の近くに一人の少女がやってきて、女性の腕をそっとつかむ。
「戦争が始まったんだね。やっぱり、歴史は繰り返すのかな」
「いいや、違うよ」
男性は少女の肩に手を置いた。
「確かに、同じことを繰り返しているように見える。それでも歴史は、決して立ち止まらない。何処までも進み続けていくものだ」
「そうね。私達のように」
女性は……カシミールは、ルルドを挟んでスケアに寄り添った。