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      第4話 閉じられた心

12/05 本文と後書きにパティ・ローズマリータイムに関する情報を追加しました

 

 ハイム戦艦内、格納庫の温室。

 そこには植物に水をやっているアミと、丸テーブルについているヴィナスの姿があった。

「情報局、か。またややこしいことになりそうね」

 大きな注射器を片手に嘆息するヴィナス。注射針は腕に突き刺さり、何かの液体が体内に流し込まれている。元々青白い肌の彼女だが、いつもよりも一層顔色が悪い。

「そんな調子で大丈夫なの?」

「全然大丈夫じゃないわよ。こないだ全身の組織をバラバラにされたからね。まったくひどい目に遭ったわ。上空の気流に吹き飛ばされて、てんでバラバラに谷底に落ちて。もう少しで魚の餌にされるところだったんだから。まぁ、逆に喰ってやったけどね」

「……バケモノ」

 ぼそりと呟くアミ。

 途端、ヴィナスの腕が無数の金属糸になり、アミを取り囲んだ。

「口の利き方に気をつけなさい。あんたくらい一瞬で殺せるんだからね」

 しかしアミは気にする様子もなく、平然と水やりを続けた。

「フェルマータを掌握するにあたって、情報局の存在は最大の障壁。メルクが介入してくる前に、こちらから一方的に叩くべきだというのが上層部の見解よ。そこで、貴女達にも協力して欲しいの」

「嫌だ……と言ったら?」

「忘れたの? ヴィナス」


「私の言葉はハイムの意志。そして“ロンド”の意志でもあるのよ」


 ロンドの名前が出た途端、ヴィナスの顔が引き吊った。

 アミが小さく唇を開き、静かに息を吸い込む。するとヴィナスの腕である金属糸がたちまちの内に変色し、ボロボロと崩れ落ちた。悲鳴を上げて腕を戻すヴィナス。

「もうエンデの了解は取ってあるわ。それに、貴女にとっても悪い話じゃないはずよ。情報局を潰すためになら、どんな手段を使っても構わない。例えば……」

 アミはうずくまるヴィナスの横を通り、温室の入口に立っていた女性の頬に触れた。

「貴女に活躍してもらっても……ね、カルル」

 カルルは全く反応しない。まるで本物の人形のように微動だにせず、瞳からは自我の光が失われている。アミは楽しげに微笑むと、そのまま温室を去った。

「くそ……バケモノは貴様だろうが……!」

 顔を上げ、苦しげに呻くヴィナス。

 いつの間にか、アミが水をやっていた辺りの植物がすべて枯れてしまっている。

 と、

『心配することはないわ、ヴィナス』

 突然カルルが動きだし、口からエンデの声が響いた。

『確かにあいつも“代行者”の一人だけど、あたしの方が力は上よ。あいつの可愛がっているクラウンだって、チップがある以上あたしがコントロールできるわ。それに貴女のために、強力なオトモダチを用意してあげたんだから……ねぇ、カルル?』

 カルルの髪が逆立ち、温室が揺れた。

 何処かのネジがポトリと落ちる。

『ヴィナス。さっきアミが言ったように、今回の任務は情報局の殲滅よ。でも貴女には、もっと大切な任務を与えるわ……騒ぎに紛れてアミを殺すのよ』

 ネジや骨組が次々と落下し、温室全体が崩れていく。

「……そうね。あいつもいるしね」

 不敵に笑うヴィナス。


 彼女が立ち上がって温室を出た背後で、温室は完全に分解された。



第4話 閉じられた心



『ようこそ、メルクへ!』

 やけにテンションの高いアナウンスに続いて、豪勢なファンファーレが鳴り響く。

「派手ねぇ……」

「でも楽しそうです!」

「……帰るわ」

 三者三様の反応を見せるアイズ・トト・フジノ。

 3人は支店長達と別れ、メルクの見学コースを進むことになった。ナビに従って最初に案内されたのは、天井がプラネタリウムのようにドーム状の部屋である。

 アーチ状の入口をくぐり抜けて先の歓迎音声を浴びた3人を、中で待っていた一組の男女が笑顔で出迎えた。

「やぁ、君がアイズ君か。話には聞いていたが、こんなに可愛らしいお嬢さんだとは知らなかったね」

 男はかなりの長身で、たくましい身体つきをしていた。顔立ちは整っており、腰まで届く長髪が揺れている。

「どうだい、今夜一緒に食事でも。夜景が綺麗な場所を知ってるんだ」

「……貴方は誰?」

「俺の名はバジル。君の知っているスケアと同じクラウンさ」

 気障な仕草で前髪を払うバジル。その瞳が左右で色違いになっていることにアイズは気がついた。


挿絵(By みてみん)


「そして私は、プライス・ドールズNo.09のオードリー。貴女のずうっと上のお姉さんよ」

 一方の女性──オードリーも背が高く、長い黒髪が上半身を覆っている。黒革のピッチリとしたボディースーツを着こなす姿は、映画に出てくる女スパイのような雰囲気だ。

「ずっとハイムに追いかけられて恐かったでしょ? これからは私達がついてるからね。よろしくね、トトちゃん」


「……私、やっぱり帰るわ」

 フジノは二人に背を向けた。どちらもリードランスで深く関わった人物だ。正体がばれて過去に触れられるのが嫌なのだろう。アイズはフジノを引き止めようとしたが、そのことに気づいて言葉を呑み込んだ。

 すると突然、バジルがフジノの腕をつかんだ。

「そう言わずに、少しばかり俺達につき合ってくれないかな? 美しいお嬢さん」

 じっとバジルの瞳を覗き込むフジノ。しかしバジルはあくまでもポーカーフェイスで、自分の正体に気づいているのかいないのか、はっきりとは伺い知れない。

「……ふん」

 フジノはバジルの手を振り払うと、その場に留まった。満足気に微笑むバジル。

「さて、アイズ君。情報局がどういう機関なのかは知っているかな?」

「ええ、まあ大まかには」

「いいね。それじゃあ情報局のモットーは知ってるかい?」

「……さあ?」

「我々のモットーはね。異なる両者の間にある壁を壊すことはできない、しかしその壁の向こう側を見ることはできる。つまり」

「余計な誤解を生む前に、知って知られて喋りまくろう! ってことよ」

 オードリーが台詞を奪う。

 バジルは苦笑すると、その通り、と頷いた。

「というわけで、情報の番人メルクのメンバー紹介だ。ケール博士、頼む!」


 バジルの声を合図に派手な音楽が鳴り響き、部屋の中央に三次元ホログラムが投影される。映し出されたのは、知的な雰囲気が漂う30歳程度の女性だった。

 短く整えられた美しい髪、その隙間から覗く耳にはシンプルな耳飾りが揺れている。唇や目元は華やかに彩られ、完璧にメイクが施されたその姿は、フジノやカシミールとは一味違う徹底的に洗練された美しさだ。

「彼女が情報局設立の発案者でありメルクの長官、パティ・ローズマリータイムだ。元々ここフェルマータ合衆国の出身である彼女は、学生時代に当時のリードランス王国に留学している。そこでアインスとも知り合ったらしいよ。でもって、当然のごとく戦争にも巻き込まれてしまったわけだが……あの地獄の日々を乗り越えて11年前に帰国、その後いきなり政治の世界に飛び込んでいったんだ」

「11年前って言うと、かなりお若くないですか?」

 トトがオードリーに尋ねる。

「この国の風習でね、行き詰まったり新しく物事を始める時には若い人材にすべてを任せるのよ。例えばほら、貴女達と一緒に来たトゥリートップホテルのヴァギア支店長とかね」

「なるほど~」

「納得してくれたかな? まあそんなこんなで、メルクは政府の自浄機関としてスタートしたんだが……いやはや、恐ろしいほどの才女だよ彼女は。わずか数年で情報局中枢組織という現在の形にまでメルクを発展させ、政府内部の不正を次々と暴いて政治システムそのものを一新させてしまったんだからね。フェルマータ合衆国内に限れば、今じゃあ大統領並みの発言力があるんだ」

 バジルの説明に感心するアイズとトト。しかしフジノは唯一人、複雑そうな表情でパティ・ローズマリータイムの映像を見ていた。


「でもさ、こういう組織って独裁的な情報管理組織になっちゃわない? ハイムの中央管理局みたいなさ」

 アイズが尋ねる。

「うーん、鋭いねぇ。確かにハイムは──いや、君が言うところの中央管理局は情報を操ってハイム共和国全体を掌握している。しかしメルクは全く方向性が違う組織だ。構成は流動的だし透明度も高い」

「そうそう、例えばこのバジル。私達は彼の住所や年齢は勿論、仕事の内容や給与額、半年ごとの健康状態まで公開しているわ。もっとも、プライベートには立ち入らないけどね。ま、どうせいつも女の子ひっかけてんでしょうけど」

 ジトっとした目でバジルを見るオードリー。

「いや、まさかぁ。……とまあ、そんなことはさておいてだ」

 バジルは少し戯けてから説明に戻った。

「メルクはその性質上、常に厳しく自己管理をしなければならない。さっき君も言ったように、情報管理組織ってのは独裁を目論む者にとっては喉から手が出るほど魅力的なものだからね。少しでも不正を働いた者は即刻クビになるもんだから、必然的に優秀なメンバーだけが残ることになる。代表的な例を紹介しよう、メルクの副官にして調査部長をも務めるケイ・ロンダートだ」

 三次元ホログラムの映像が、30代後半の男性に変わった。いかにもエリートといった雰囲気の、眼鏡をかけた痩身の男性だ。


「副官には有名なエピソードがあるんだ」

 とバジル。

「以前、彼がまだ第一調査課の課長だった頃、とある企業の調査を一任されていたことがあってね。幾つか不審な点が見つかったために、より詳しく探ろうと各部署を調べていったんだが……」

「そうそう、その企業の社長には一人のバカ息子がいてね」

 とオードリー。

「そのバカ息子が経理部の部長をしてたんだけど、どうやら彼女に貢ぐために企業のお金を横領してたらしいの。で、更に調べていったらね、その彼女っていうのがね……」

 オードリーが堪えきれずにクスクスと笑い、トトとアイズが顔を見合わせる。

「……? 誰だったんですか?」

「なんと自分の一人娘、グローリアちゃんだったわけ!」

 三次元ホログラムの映像が変わり、10代後半の女性が映し出される。世間知らずなおぼっちゃんなら一目惚れしても仕方がないほどの魅力的な女性だ。こんな娘を持った日には、父親としては頭痛の種になることは間違いない。

「それからの彼の調査には鬼気迫るものがあったね。規則上、調査が完全に終了するまでその内容は一切口外してはならないことになっている。何より、娘さんの件は極めて個人的なことだ。だから彼は娘さんを問い詰めることもできず、同僚に愚痴をこぼすこともできずにストレスはたまるばかり。一ヶ月後にすべての証拠を揃えてバカ息子の悪事を白日の下に晒した後、胃潰瘍で入院しちゃったのさ」

「でも偉い話よね、公私混同せずに情報の番人としての立場を貫いたんだから」

「……で、娘さんのことはどうなったの?」

 アイズが尋ねると、バジルは笑って答えた。

「社長が失脚してバカ息子の金がなくなった途端に別れたそうだ。と言うより、バカ息子が一方的に熱を上げてただけらしいよ。近頃の女の子は容赦ないね」

「あら、私は彼女のこと好きよ。父親に似ず可愛い子だわ」


「お褒めにあずかり光栄だね」

 不機嫌そうな声と共に、ホログラム映像が消える。当のケイ・ロンダート副官本人が部屋に入ってきたのだ。

「あら副官。胃の調子はいかがですか?」

 口元に手を添え、わざとらしく上品に振舞うオードリー。

「君達に鍛えられたせいか、少々のストレスでは動じなくなったよ」

「それは良かった。我々も心を鬼にしたかいがあったというものです」

 うんうん、と感慨深げに頷くバジル。

「いや、褒めてないですよ」

 思わずツッコミを入れるアイズ。

 ケイは「まったくです」と肩をすくめると、部屋を見回して言った。

「ケール博士、いるんでしょう? こいつらのバカ騒ぎにつき合わないで下さい!」


「いいじゃない~っ、ちょっと新型の室内用ホログラムを試してみたかっただけよ~っ」


 何処からか『男』の声がしたかと思うと、突然、壁の一部にスポットライトが当てられた。

 またもファンファーレが鳴り響く中、足元ではスモークが焚かれ、頭上を紙吹雪が舞う。やがて壁の一部が勢いよく回転し、一人の中年男性がポーズを決めて登場した。

 アイズは頭が痛くなったが、トトは「スゴーイ!」と妙にウケている。フジノは彼のことも知っているらしく、特に驚いた様子もない。呆れた顔はしていたが。

「ああっ、貴女がトトちゃんね? 話は聞いてるわ! やっぱり芸術家同士気が合うのね~!」

「アハハハ! スゴーイ、ハデー!」

 どうもトトは彼のことが気に入ったようだ。

「長官が会議室でお待ちです。アイズさん、トトさん。こちらへどうぞ」

 ケイは手短に用件を告げると、騒ぎを無視して部屋を出ていった。


「巻き込んじゃってすいませんね、ケール博士」

「いいのよバジルちゃん。今度二人で映画でも見ましょうね。そうそう、こないだ『恐怖のチュチュガヴリーナ』を借りてきたのよ!」

「へえ、それは観たことがありませんね。楽しみにしてますよ」

 ケイに案内されるまま、会議室に向かう途中。

 ケール博士と楽しげに談笑するバジルを眺めながら、アイズは感心したように呟いた。

「本当にバジルさんってば真性のフェミニストね。尊敬するわ」

「あれは仮面よ。自分を守るためのね」

「え?」

 振り向くと、オードリーがひどく寂しげな表情をしていた。バジルとふざけていた先程までの彼女とはまるで別人だ。

「11年前からずっと──あいつの心は閉じたままよ」


 フジノは帰るに帰れず居心地悪そうについてきていたが、トトが途中で振り返り、フジノに向かって手を伸ばすと驚いて立ち止まった。

「一緒に行きましょう、フジノさん」

 フジノは少し躊躇っていたが、ふん、と鼻を鳴らすと、トトの手をつかんで再び歩き始めた。

 

 会議室。

 パティ・ローズマリータイムは一人、アルバムを広げて写真を眺めていた。

「リードランス……か……」

 呟き、疲れたように溜め息をもらすパティ。と、扉をノックする音に慌ててアルバムを片付けた。扉が開き、トゥリートップホテルの一同が入ってくる。

「パティさん、お久しぶりです」

「いらっしゃいネーナ。本当に久しぶりね。呼んでくれればいつでも行ったのに、連絡の一つもくれないなんてひどいわよ?」

 支店長やコトブキも交え、世間話に花を咲かせるパティ達。

 やがて、別の扉からもノックの音が響いた。扉が開き、ケイに連れられてアイズ達が入ってくる。

「アイズ・リゲルさんとトトちゃんね。ようこそメルクへ、歓迎するわ。私はパティ・ローズマリータイム。メルクの長官を……」


 と。

 にこやかに挨拶をしていたパティの顔が、突然強張った。

「……フジノ……!」


 アイズとトトがギクリとし、ほとんどの者が事態を把握できずにざわめく。そんな中、バジルは微笑みさえ浮かべながら二人の様子を見ていた。


「ど、どうして貴女が……!」

 顔を青くして後ずさるパティ。フジノはトトの手を離すと、一歩前に進み出た。

「久しぶりね、パティ」

 

 

【バジル・クラウン】

挿絵(By みてみん)

 クラウン・ドールズNo.03。設定年齢21歳。

 現在は情報局中枢組織【メルク】の一員として活動している。

 瞳の色が左右で違うのは、昔フジノに潰された後に義眼を入れたため。


【オードリー・トール】

挿絵(By みてみん)

 プライス・ドールズNo.09。設定年齢25歳。

 かつてリードランス王国ではサミュエルと共に救助隊に所属していた。

 現在は情報局中枢組織【メルク】の一員として活動している。


【パティ・ローズマリータイム】

挿絵(By みてみん)

 情報局の設立者でありメルクの長官。30歳。

 フェルマータ合衆国出身ながらリードランスでの生活が長く、アインスやドールズと強い繋がりがある。


【ケイ・ロンダート】

 名実共にメルクのナンバー2。36歳。調査部長の傍らメルク副官も務めている。

 仕事と家庭を両立できない不器用な性格から妻とは離婚しており、娘と二人暮らし。


【ケール博士】

 外見と性格はともかく、プライス博士やペイジ博士と並ぶ天才学者。47歳。

 先の二人と同じくリードランスの出身で、プライス・ドールズ製作協力者でもある。改造も合わせるとほとんどの人形を手掛け、特に可変性鉱体の実用化に尽力した。

 自称“芸術家”であり、ブリーカーボブスのペインティングをしたのも彼。

 

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マリオネット・シンフォニーは週連載作品です。
更新は毎週水曜日を予定しています。

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作者ブログ 森の詞

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