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      最終話 エターナルメロディ

2009/10/4

挿絵を掲載しました

 

 村の展望台に、ナーは一人、空を見上げて立っていた。

 村から少し離れた場所には中型戦艦が着地しており、その周りで村人と神官達が協力して怪我人の治療を行っている。その中にはプラントと共に忙しく駆け回っている、白蘭の姿もあった。


「怪我人に信仰心の有無なんて関係ないでしょうがっ!」


 最初は少し緊迫していた村人と神官達の間に入り、双方を叱り飛ばした白蘭の言葉を思い出して、ナーは微笑んだ。

「そうですよね……それが誰であろうとも、私達は、より多くの人の命を救うことができたんですから。誇りに思わなきゃいけませんよね、モレロ兄さん……」

 少し涙ぐむナー。

「いやー、みんな無事でよかったな、ナー」

「そうですね、モレロ兄さ……ん?」

 ナーの隣に、ベルニスに肩を借りてモレロが現れる。その背中にはパラシュート。

 口をパクパクさせているナーの前で、モレロは右手だけで器用にパラシュートを外しながら言った。

「いや、ベルニスさんが追いかけてきてくれてるのはわかってたからな。パラシュートで行った方が安全だと思ったんだが……右腕だけじゃバランスをとりにくくてなあ。随分遠くまで流された挙句、着地の時に足を挫いちまった。悪いけど、白蘭呼んできてくれないか?」


「モレロ兄さん!? どうしたのよ、その怪我!?」

 運ばれてきたモレロに慌てて駆け寄り、診察を始める白蘭。

 No.14モレロ。フェイムに分解された左腕と足の捻挫……それに原因不明の全身打撲で全治一週間。

「あ、あはははは……いやぁ、覚醒したナーの強いのなんの……っでぇぇぇぇっ!」

 ナーに思いきり湿布を張られ、モレロは悲鳴を上げた。

「一人で恐かったんですよ! バカぁ!」


 と、その時。

 辺りに美しいバイオリンの音色が響き渡った。



最終話 エターナルメロディ



 ジューヌは山腹の草原でバイオリンを弾いていた。数年ぶりの演奏とは思えない澄んだ音色が、かつてアインスと共に合奏した曲を形作っていく。

 そばにはスノウ・イリュージョンがあり、エイフェックスとサミュエルが立っている。その後には眠るフェイムが、そして何故か、エイフェックスに殺されたはずの年長の神官達の姿もあった。意識をなくして倒れているが、その身体には傷一つない。

「素晴らしい……」

 エイフェックスは感嘆の溜め息をもらした。適切な表現が思いつかないほど、ジューヌの演奏は常人の域を超越している。その音色に、神官達が目を覚ました。

「気がついたかね」

 エイフェックスに声をかけられ、露骨に怯える神官達。しかしエイフェックスは殺気の欠片もない顔で笑った。

「安心したまえ、もう君達に危害を加えるつもりはない。人の血で汚すには、この山は余りにも美しすぎる。感謝するんだな。山と君達に新たな命を与えてくれた、二人の少女に」


「トトの歌に似てるね……でも、全然違う気もする。コープが言ってたっけ、歌は心の深さで決まるものだ、って。楽器の演奏も、そうなのかな」

「ええ……きっと、そうですよ」

 アイズとトト、そして眠るフジノは山頂近くにいた。荒地だったはずの辺りには色とりどりの花が咲き乱れ、果実をつけている植物もある。

 花のしとねに横たえられたフジノの紅い髪が、風になびいてさらさらと音をたてる……。


 スケア、ルルド、カシミールの三人は、小川のほとりで肩を寄せ合い眠っていた。

 やがて、誰からともなく目を覚ます。

「聞こえましたか、二人とも。アインスの声が」

「うん……聞こえたよ」

 ルルドは嬉しそうに微笑んだ。

「あたしのこと、叱ってくれた。あたしのこと、認めてくれた。君は強い子だから、誇り高く生きろって……パパはあたしのこと、愛してくれてたよ」

「私……フジノに嫉妬してたのかもしれないわ」

 カシミールが呟く。

「アインスがフジノを見る時の目は、本当に優しかったの。でも、やっとわかった……私は待つふりをして、アインスの内面から目を背けていただけなんだって。だから、アインスのフジノに対する愛情を理解できなかった」

「カシミール……」

 スケアに優しく抱き締められながら、カシミールは続けた。

「フジノにはね、愛する強さでは絶対に勝てなかった。あの子の愛しかたは異常だったわ。女としては憧れるわね……ああいう愛しかたは。でも、フジノはフジノ。私は私よ。私は自分の愛しかたを貫くわ。激しい炎よりも、穏やかな炎の方が長持ちするように……」

「……貴女のその炎、私が守ってみせます」

 驚いて顔を上げるカシミール。スケアとしばし見つめ合い、悪戯っぽく笑う。

「でも、10年も一緒にいたから飽きたんじゃない?」

「そんなこと、あるわけないじゃないですか。愛しています、これからもずっと」

 スケアの真っ直ぐな物言いに、カシミールは頬を赤く染めると、よし、と微笑んだ。

「じゃあ三回目の結婚記念日すっぽかしたの許してあげる」

「……まだ覚えてたんですか」


「もう。二人とも見せつけてくれちゃって」

 頭上で口づけを交わし始めた両脇の二人に呆れながら。

 少し赤くなった顔を幸せな笑顔で満たし、ルルドは、二人の胸に頬を寄せた。

「……これからはずっと一緒だよね。パパ、ママ」


 そして。

 その場にいたすべての人々に、美しい音色を届けて。

 ジューヌはバイオリンを弾き終え、大きく息をついた。


 と、拍手が鳴り響いた。振り返ると、エイフェックスが拍手をしている。続いてサミュエルが、年長の神官達が……そして遠くからも、大勢の拍手が聞こえてきた。村人や若い神官達、ナー、モレロ、白蘭、ベルニス、プラント、スケア、カシミール、ルルド、そしてアイズとトト。

 その音は、まるで大きなコンサートホールの中にいるように山々にこだました。

 ジューヌは優雅に一礼し、満足気に微笑み……そして、倒れた。


 数時間後。

「よろしいのですか社長、何も言わずに」

 スノウ・イリュージョンのブリッジで、サミュエルは尋ねた。

「それに、アイズにも誤解されたままですし」

「いいんだよ、あの子については……それにしても」

 エイフェックスは手にした書類に目を通しながら呟いた。

「やはり“あの人”に似てきたな」


 アイズ・リゲルに関する報告書。

 その表紙には、小さく『L』と『A』の文字が記されている。


「アイズにラトレイアをあてたのは正解だったようだな……本当に面白くなってきた」

 満足気なエイフェックス。サミュエルはやれやれと溜め息をつき、

「その悪戯好きは相変わらずですね、カイル・ハイド元リードランス王国騎士団長」

「おいおい、その名は呼ぶなって言ってあっただろう? 今はエイフェックスだよ」

 エイフェックスは苦笑し、口調をガラリと変えて言った。

「よし、行くぞサミュエル。一時撤退、本国にて態勢を整える!」

「はっ、承知いたしました!」

 スノウ・イリュージョンは浮上し、空の彼方へと消えた。


 村の再建が始まった。

 建物への被害は少なかったが、崩れた山道などを復旧するため、プラント率いる村人達とセネイ率いる若い神官達が協力して作業に当たっている。

 フェイムは未だに目を覚ましていない。ペイジ博士が奮闘中だが、フェイムの機体にはプライス博士が独自に開発した可変性鉱体が使われているため苦労しているようだ。アイズは一度研究所を訪ねたが、眠るフェイムの顔はとても安らかだった。

 ジューヌ、カシミール、モレロは発電所の修理に当たった。スケアとナーは元気一杯のルルドに引っ張り回されている。

「発電所については、音量を抑えることと宗教的な曲を流さないことを条件に和解したわ。オッサン達は修行をやり直すとか言って山奥に引っ込んだらしいわよ」

 作業の暇を見て、アイズはジューヌと話をしていた。

「これからは、クラシックを中心に流すつもりなの。それから……この曲も」

 ジューヌの機体から、バイオリンとチェロの合奏曲が流れ出る。

「アインスが好きだった曲よ。最初はね、いい気味だ、芸術を捨てて戦争なんかするからだって思ってたの。でもわかった……あいつは芸術を捨てたわけじゃない、芸術も含めてすべてを守るために武力を選んだんだってことが。じゃなきゃ、王立楽団を避難させたりしないもんね……ふふっ、こんな当り前のことに気がつくのに11年か。バカよねぇ、私も」

 アイズはアインスの残した言葉の意味がようやくわかった。


『いい気味だ、芸術を捨てて戦争なんかするからだ』

『そうだね、きっと戦争なんかするからバチが当たったんだ』


 アイズは、この言葉をジューヌに伝える必要はないと思い、何も言わなかった。

 と、そこに白蘭がやってくる。

「みんなー! ベルニスさんがもう行くってさー!」


「いい所ですね、この山は。今度は新婚旅行で来させてもらいますよ」

「へっ? じゃあもしかして、女性隊員の欠員って……」

 アイズの問いに、ベルニスは笑って答えた。

「ええ、産休なんですよ。本当は、妹の仇を討つまでは幸せになる資格はないと思っていたんですが……でも、もうこの世界にテロリスト“ボーナム”は存在しません。これで生まれてくる子供にも顔向けできるというものです」

 神妙な顔つきのプラントに、ベルニスは笑いかけた。

「プラント牧師。子供も必ず連れてくるから、その時は洗礼を頼むよ。強く、まっすぐな人間に育つように」

 そう言い残して、ベルニスは去った。

 遠ざかっていく飛行機を見つめながら、アイズはある決意を固めていた。


 数日後。アイズとトトは今は使われなくなった坑道の住宅に向かった。

 そこには、14歳の姿に戻ったフジノが横たわっていた。アイズ達がやってきたことに気づいて、少しぎこちなく上体を起こす。

「フジノ、ごはん持ってきたよ……もう、その身体には慣れた?」

 アイズが尋ねると、フジノは頷いた。

「まだ少し違和感が残ってるけど……それよりも、ルルドは? カシミール達とうまくやってるの?」

「ええ、みんな仲良しですよ。フジノさん、貴女のことも、もう誰も恨んでません。ですから……」

 トトが言うと、フジノは悲しげに首を横に振った。

「私はもう、あいつらの前に姿を見せるつもりはないわ。あの子のためにも」

 何も言えず、黙ってしまうトト。アイズは少し考えていたが、

「ね、フジノ。一つ提案があるんだけど……どう、乗ってみない?」


 その夜。

 トトは教会の時計塔のてっぺんに腰掛け、子守歌を歌っていた。

 皆がうっとりと聞き惚れている中、一つの人影が建物の陰から陰へと移動する。黒いマントとマスクをつけたその人物は、闇に溶け込むように気配を感じさせない動きで、村に数少ない飛行機を収容してある倉庫に忍び込んだ。

 音をたてないよう慎重に扉を開き、飛空艇【南方回遊魚】を見つけて、ニッと微笑む。


「…………? モレロ兄さん。今、何か音がしなかった?」

 世界一の地獄耳であるジューヌが、微かな物音に反応して立ち上がる。

「え? いや、俺は何も聞こえなかったが」

「そう……?」

 ジューヌは目を閉じてしばらく耳をすましていたが、

「やっぱり変だわ……3番倉庫の方よ。私、ちょっと様子を見てくる」

 扉を開けて家を出た。

 その時。


 ドドーン……パラパラパラ……。


「花火……? 一体誰が……」

 立ち止まり、夜空を見上げるジューヌ。花火はどうやら坑道の方から上がったようだ。驚いた村人達が何人か、様子を確かめに坑道に向かっていく。

 と、


 ヒュンヒュンヒュンヒュン……。


「! しまった、花火はおとりかっ!」

 振り向いた時には、もう遅かった。スケア、カシミール、ルルド、ナー、モレロ、白蘭、ロバスミ、プラント、ペイジ……異変を察知して出てきた皆の目の前で、南方回遊魚が空中高く舞い上がる。

「ああっ、僕の南方回遊魚がっ! ……あ、あれ……?」

 ロバスミが目を細める。

「あそこに乗ってるのって……」


「やっほー! みーんなー!」

 甲板に立って全員を見下ろしていた人物は、黒いマントとマスクを脱ぎ、身体を乗り出して手を振った。

「ああっ! アイズさん!」

 驚くナー。

「ロバスミさん、ごめんねー! いつか絶対返すからさー! それまでバイバーイ!」

「えええええっ!? ちょ、ちょっとアイズさーん! 操縦はどーするんですかーっ!?」

「だーいじょーぶー! 私これでもハイムの特別市民の一人だしー! 飛行機くらい小さい頃から乗ってたからーっ! じゃーねー!」

 呆気に取られている皆の目の前で、アイズが引っ込み、舵を操って南方回遊魚の船首を教会に向けて発進させる。

 と、時計塔のてっぺんにいたトトが子守歌を止め、立ち上がった。近づいてくる南方回遊魚に向かって、一気に屋根を駆け降りる。


「まさかトトちゃん、跳び移る気!?」

「そんな、無茶だ!」

 慌てて駆け出すカシミールとスケア。しかし到底間に合いそうにない。


「トトお姉ちゃんっ!」

 ルルドが瞬間移動してトトの前に現れた。一緒に瞬間移動しようとトトに手を伸ばすが、

「じゃあねっ、ルルドちゃん!」

 トトは軽やかに跳躍し、ルルドの頭上を越えていく。

 そして。


 トトの後を追うように、一人の少女がルルドの頭上を跳び越えた。

 燃えるような紅の髪と瞳のその少女は、すれ違う瞬間ルルドに少し寂しげに微笑みかけ、空中でトトを抱きかかえて危なげなく南方回遊魚の甲板に着地した。


「今のは……」

「まさか……!」

 スケアとカシミールが顔を見合わせる。


 ルルドは時計塔から落ちる途中で瞬間移動し、無事に地上に戻ったが、離れていく南方回遊魚を見上げながら茫然と呟いた。

「……ママ……?」


「さぁ、行こうか。トト、フジノ!」

「はい! お父様を捜して、新しい旅に出発ですっ!」

「ふん……」


 旅立ちの歌を歌い始めるトト。

 途中からアイズが加わり、そしてフジノも遠慮がちに口ずさむ。


 南方回遊魚は空を行く。

 3人の少女が紡ぎ出す、永遠の旋律と共に。


挿絵(By みてみん)

 

 

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マリオネット・シンフォニーは週連載作品です。
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作者ブログ 森の詞

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