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      第25話 軌跡

2009/10/4

挿絵を掲載しました

 

(……つかみどころがない)

 アイズはアインスのイメージをつかみかねていた。

 子供のように無邪気な雰囲気もあるし、老人のような落ち着きもある。現実に立ち向かう強かさと理性を備えているようでもあり、その瞳は夢見る少年のように輝いている。

 それらはアインスという男の中に、すべて同時に存在していた。

「11年の間、意志のみの形でこの世界に留まってきたけれど……そのかいはあった」

 アインスは呟いた。

「さあ、君達は元の世界に戻りたまえ」


「いいえ、まだ帰らないわ」

 アイズはアインスの隣に腰掛け、間近から向き合って言った。

「私、貴方について聞きたいことがあるの」

 アインスが少し表情を曇らせる。

 と、シュレディンガーの口から別の声が響いた。


「アインス、貴方はまた何も言わずに去るつもりですか?」



第25話 軌跡



 シュレディンガーが大きく口を開くと、中から一人の男が出てきた。

「やぁ、アイズさん。お久しぶりです」

「……ずっと見てたんでしょ、コープ」

「さて? 何のことでしょう?」

 コープはすっとぼけると、アインスに向き直った。

「アインス、話してみてはどうですか。この子は……」

 コープがアインスの耳元で何事かささやく。

 すると、アインスの瞳が悪戯っぽい輝きを灯した。

「なるほど。君が“あの”アイズ君か。しかし、私の話を聞いてどうするんだい?」

 アイズは何を言われたのか気になったが、どうせ問い詰めても無駄だと思い、気を取り直して答えた。

「知りたいの、本当のことを。11年前の戦争は貴方が中心になって動いているわ。なのに、肝心の貴方のことがわからない。スケアさんに言ったことが、すべてじゃないような気がするの」

 アインスは寂しげに笑った。

「スケアに言ったことはすべて本当のことだ。照れ臭いけどね。それでも納得できないと言うのなら……そうだな。少しだけ、彼には話していないことがある」

 アインスは胸をはだけ、燃魂の呪法の刻印を見せた。

「私に呪いをかけたのは実の母親だった。私の父は他国の人間でね。いわゆる政略結婚というやつだった。おかげで夫婦仲は最悪だったよ。まあ、それでも二国間がうまくいっている間はよかったんだけどね。貿易摩擦が原因で、国内には父方の国の排斥運動が起こった。母は強い女性でね。その運動に乗じて父を……自分の夫を暗殺したんだ」

 アインスの口調は明るかったが、その瞳は何処か遠いところを見ていた。いつの間にか、シュレディンガーとコープはいなくなっている。

「そして夫との間にできた息子である私に呪いをかけ、暗殺しようとした。幸い、かどうかはわからないが、私は儀式の途中で助けられ、母親は投獄された。誰が密告したのか……私は、母の仲間だったのではないかと思っている。強すぎる女っていうのも扱いにくかったんだろう、次の王は凡庸な人だったからね。私は第一王位継承権を失い、中途半端に呪いのかかった身体で生きていくことになった。母は誰の手にもかからず獄中で自殺したよ……まったく、強い女性だ」

 アインスはアイズを見て苦笑した。

「君はカシミールやスケアから話を聞いて、私のことを英雄か何かだとでも思っていたんじゃないかな? だとすれば、それは大きな間違いだ。私の心にはフジノと同じように大きな闇がある。カシミールやスケアを含めて、ほとんどの者は私の表面しか見ていない。ジューヌとレアードは……ああ、君はレアードのことは知らないか。プライス・ドールズの長兄にあたる人だが……あの二人だけは、私の闇に気づいていたようだけれどね。私は人から思われているほど“いい人”ではない」

 アインスは大きく息を吐いた。


「……私は、人を信じることができなかったんだ」


 アイズは驚いたが、黙っていた。アインスが話を続ける。

「子供の頃は大抵誰でもそうだと思うが、私は母のことが好きだった。でも、母は私を裏切った……子供心にショックだったよ。それに呪いの効果もあった。知っているかい? 不完全な呪いほどたちの悪いものはない。何が起きるか予想できず、解呪にも危険が伴う。元々病弱だった私は、何度も生死の境を彷徨った。辛かった。生きることが嫌になった。そしていつの頃からか考えていた。どうせ死ぬのに、なんで生きなきゃいけないんだろう、ってね」

「でも、貴方は生きたわ」

 アイズが呟くと、アインスは懐かしむように微笑んだ。

「ある女の人に出会ったんだ。その人は医者でね、とても面白い人だった。初対面の時、弱音を吐く私に、彼女はこんなことを言った」

 アインスは大きく息を吸い込むと、

「それなら今すぐ死になさい! ……ってね」

 クスクスと笑った。

「……む、無茶苦茶言うわね、その人」

「確かに。でもね、その人は言ったんだ。どうせ生きることが不必要だって考えるなら、それを証明してみせなさいってね。そしてそのためには、精一杯生きなきゃいけない。そうやって生きた結果がつまらないものだったら、貴方の考えは正しかったことになる、って……それを聞いておかしくなってね。わかった、やってやろうじゃないか、って言っちゃったんだ……はははっ、バカだよなぁ。精一杯生きれば、自然と生きることが好きになるに決まってるじゃないか」

 アイズは思った。無茶を言うその人もその人だが、実践してしまうアインスもアインスだ。

「その後、私は呪いに関する文献を片っ端から調べていった。自分の身体に刻まれた刻印の正体を突き止め、その状態から完成させられる呪いを探し……そして、この燃魂の呪法を施した。魂を削り、強靭な肉体と魔力に変換する呪法をね。でも、そうして生きる準備が整った頃には、あの人は……」

「……どうなったの?」

 尋ねると、アインスは目を伏せて呟いた。

「亡くなってしまった。27年前のことだ。呆気ない最期だった……でも」

 アインスはアイズの方に顔を戻して微笑んだ。

「案外、何処かで生きてるかもしれないな。私と同じように……あるいは、もっと別の形で」


「後は大体スケアに話した通りだ。王室の外で育ったおかげで色々な人と出会えた。しかし、私の心の中には常に一つの疑問があった」

「“生きる”とはどういうことか……かしら」

 アインスは頷いた。

「あの人のおかげで、生きることを否定する気持ちはなくなった。けれど胸の奥底には、常に諦めの気持ちがあった。魂が尽きるまで、さして時間がかからないことは知っていたからね。そんなある時……私は、フジノに出会った」

 アインスは眠るフジノの髪をそっと撫でた。

「彼女は私に似ていた。私は彼女を救いたかった。それは私自身のためでもあった……でも、叶わなかった」

「そんなことないわ。貴方はちゃんとやってた!」

 アイズが言うと、アインスは、ありがとう、と微笑んだ。

「もう、この子は大丈夫だ。スケアとカシミールもうまくいったようだね。特にスケアは、“生きる”ことの意味を見つけて私を超えた。やはり、あの時とどめをささなくて良かった。ずっと思っていたんだ、私がもっと強ければ、カシミールをあんな目にあわせることはなかったと。でもこれからは、スケアがカシミールを守ってくれる。そして、あの子のことも」

 アインスはルルドを見つめて感慨深げに言った。

「不思議なものだね。私は一人で死んだのだと思っていた。ガーフィールドの名と共に、歴史の闇に消えるのだと。しかし、私を受け継いでくれる者はいたんだね。例え肉体が滅んでも、精神が消滅しても、私はあの子の中で生き続けるわけか……」

「ルルドだけじゃないわ」

 アイズは言った。

「貴方の考えや行動は、みんなの……そして、私の心の中で生き続ける。貴方は……貴方という存在は、決して消えはしないわ」

「……それが私にとっての、“生きる”ということなのかもしれないな」

「やっと答えを見つけたのかしら?」

 アインスはゆっくりと首を横に振った。

「さあ、答えだと言えるようになるのはいつのことか……人の心は不思議だからね。わかったつもりになっていても、わかっていないことはある。最近思うんだ。私の母は、本当に私を殺そうとしたのだろうか、と。私の身体に刻まれた刻印……あの状態から完成させられるものを調べてみると、どんなに攻撃的な呪法でも、せいぜい仮死状態に陥らせる程度のものでしかなかった。もしかすると、母は私を仮死状態にして死んだことにするつもりだったのかもしれない。ただ暗殺するだけならば、父にしたように毒殺すればいいのだから……勿論、あくまでも「もしかすると」の話だけどね。まぁ、どちらにせよ……強い女性だ」

「悲しい……話ね」


「さて、昔話はこれで終わりだ。元の世界に戻ったら、ジューヌ君によろしく言っておいてくれ。彼女は私なんかよりもずっと繊細な人だから、つまらないことで悩んでそうだしね。“そうだね、きっと戦争なんかするからバチが当たったんだ”とでも言っておいてくれればいい。それから、私は君のバイオリンが大好きで、聴くたびに生きる意欲が湧いてきたんだ、ともね」

 アインスは空を見上げ、微笑みながら目を閉じた。

「さあ。進みたまえ、君達の未来へ……」


 辺りが光に包まれた。

(つかみどころがないんじゃない)

 アイズは思った。

(大きいんだ……とてもつかみきれないくらいに)


 光の中、遠くにトトの存在を感じる。そちらに向かって飛翔していると、アインスの気配がすぐ近くにやってきた。もっとも、姿は見えないが。

『言い忘れていたが、この11年間考え続けてきたことがもう一つある。あの時にツェッペリンを使用して、戦争を勝利で終わらせるべきだったのだろうか、とね……でも、使わなくて良かった』

「どうして?」

『ツェッペリンを落とす場所として第一候補に挙がっていたのは、言うまでもなくハイムの首都。当時、君がご家族と共に住んでいた街だ』

「あ……」

『もう少しで私は、幼い君の命を奪ってしまうところだった。やはりあれは使うべきじゃない。大きすぎる力は、君のような可能性を消してしまう……そう、数多くの可能性をね』

「コープも……同じようなことを言っていたわね」

 アイズが言うと、アインスが笑った気配がした。

『君に会えて良かった。それだけでも、11年間待ったかいがあったというものだ』

 アイズはアインスに優しく背中を押されたような気がした。

『では……また何処かで……』


 アインスの気配が離れていく。

 やがてトトの気配が近くなり、アイズは大きく手を伸ばし……。


「お帰りなさい……アイズさん」


 その手を、トトがつかんだ。




 無事に脱出を果たした中型戦艦で、ナーは呆然と壁際に座り込んでいた。

 と、

「……!? 何、この異常な魔力は!?」

 周辺一帯に突然観測されたありえない魔力に、慌てて立ち上がり窓の外を見る。


挿絵(By みてみん)


 目にした光景は、雪のごとく舞い降りる光。

 黒十字戦艦が光の粒子に変換され、拡散し、一帯の荒地に降り注いでいく……。


 ジューヌはフェイムを抱えたまま、光の粒子に包まれていた。

「暖かい……この感じ、何処かで……」

 夢うつつの状態で、粒子と共にゆっくりと降下している。

 と、そこにスノウ・イリュージョンが飛来し、中から一人の男が飛び出した。空中でジューヌとフェイムを受け止め、再びスノウ・イリュージョンの船体に着地する。

 我に返ったジューヌは、男を見て驚きの声をあげた。

「あ、貴方……サミュエルじゃない」

「やれやれ、危ないところだったな」

 サミュエルは手早く船内に入ると、フェイムを床に寝かせ、ジューヌを抱えたままブリッジに向かった。

「まったく、あまり無茶してくれるなよ。社長が心配するじゃないか」

「社長? エイフェックスのこと? でもどうしてサミュエルがここに……」

 ジューヌは少し混乱していたが、

「そ、そうだ! アイズとトトはどうなったの!?」

「お前一番近くにいて何にも見てないのか? 仕方のない奴だな……ほら!」

 サミュエルがブリッジの扉を開き、ジューヌを乱暴に中に入れる。ジューヌは急いで窓辺に駆け寄ると、光の粒子に変わっていく黒十字戦艦を眺めた。

「これが……あの子達の力……?」


「そうだ。とても綺麗で……そして強い力だ」

 エイフェックスがやってきて、ジューヌの隣に立つ。


挿絵(By みてみん)


 ジューヌはしばらく茫然としていたが、やがて眩しそうに目を細め、言った。

「……私さ、武力を使うアインスが嫌いだったのよ。人並以上の才能があるのに、芸術を捨てたアインスがね。芸術は武力にかなわないのかと思ってた……でも、今ならアインスのことを批判できるわ。あんたはバカだって。私、どんなに無力でも、芸術によって戦っていくわ……できるかどうかわからないけどね」

「……君は自分の力がわかってない。そうだな、一つお話をしてあげよう」

 エイフェックスはジューヌの肩に手を置いた。

「昔々とある国に、一人の男がいた。男は類稀な力を持って生まれたが、屈辱的な敗北を味わい、その力を巡る戦いの中で最愛の者さえも失い、失意の中で生きていた。最終的には勝利を手にし、社会的な成功をもおさめた男だったが、その内側はカラッポだった……しかし、ある日のことだ。男は一人のバイオリン奏者の女の子に出会った。女の子はデビューステージだというのにとても堂々としていた。そして女の子の演奏は……男を救ったんだ」

 ジューヌが驚いて顔を上げる。エイフェックスは続けた。

「それは素晴らしい演奏だった。俗な言い方をすれば、炎のように力強く、風のように自由気ままで、水のように透き通り、大地のように落ち着いていた……聴くだけで生きる意欲の湧く演奏だった。少なくとも、男はそう感じた。男はもう一度頑張ってみようと思った……そして感謝を込めて、女の子に赤い薔薇を送ったんだ。少しキザだがね」

「それじゃあ、デビュー以来ずっと薔薇を送ってくれてたのは……!」

 エイフェックスは手に持っていた箱をジューヌに手渡した。

「弾いて……くれるね?」

 ジューヌは箱を開け、また驚いた。

 かつて王立楽団で使っていた、自分専用のバイオリン。

「そんな、あの時売り払ったはずなのに……何処でこれを?」

 エイフェックスはおどけて言った。

「駅前の中古バーゲンで」

「バカ!」

 エイフェックスに飛びつくジューヌ。

「……一つ教えて。どうして貴方みたいな人がハイムにいるの?」

「ふむ……では、もう一つお話をしよう。男には昔、少し年下の友人がいた。その友人は面白い奴だったが、ある時戦争を始めて死んでしまった。バカな奴だった……しかし人を引きつける魅力のあるバカだった。そいつのやり残したことを引き継いでみたくなるほどのね。男は単身ハイムに潜入し、その内側を探ることにした。やがて月日が流れ、男はハイムの幹部にまで上り詰めた。そして地位を利用してハイムの戦力を削ると共に、友人が使わずにいた最終兵器をも手に入れようと考えた。男は友人の遺志を継ぎはしたが、そいつほど甘い人間ではなかったんだ。……でも、それはもう必要ない」

 エイフェックスはジューヌを優しく抱き締め、窓の外に目を向けた。

「私は別の希望を見つけたからね……おっと間違えた、男は……だ」


 アイズとトトは光の中心にいた。

 二人とも一糸纏わぬ姿で、両腕を広げて手を取り合っている。

 その腕の中には、14歳の姿に戻ったフジノが抱き締められていた。こちらも生まれたままの姿だ。二人の少女に護られて、今は眠りの中にいる。

 と、アイズの右手の甲の宝石が輝き……二対の翼を持つ白い女豹と、その上に乗った美しい女性が現れた。

「貴女は……?」

「おや、お忘れですか? コープですよ」

 驚くアイズ、トト。

 声すらも違うが、その口調はまさしくコープのものだ。

「じゃあ、その豹は……あっ」

 女豹は口にくわえていたマントとマスクをアイズに返すと、ぷはっ、と息をつき、

「そう、僕だよ」

 シュレディンガーの口調で言った。

「僕達に定まった姿はありませんから。どうやら具現化する世界によって、僕達は様々な姿に見えるらしいですね」

 コープが微笑む。

「しかし良かった。無事にトトの力を引き出すことができましたね。それに、貴女自身の力も」

「私は……何なの?」

「申し訳ありませんが、その質問にはお答えできません。ご心配なく、これからの旅の中で、だんだんわかってきますから……さあ、皆が貴女達の帰りを待っています。僕達はもう戻りますが、その前に」

 コープがさっと手を振ると、アイズ、トト、フジノの身体に光が集まり、やがて服になった。

「僕からの二つ目のプレゼントです。受け取ってもらえますね?」

「ええ。ありがたく戴くわ」

 アイズが礼を述べると、コープはにっこりと微笑み、

「それでは、いつかまた」

「バイバイ。アイズ、トトちゃん」

 シュレディンガーと共に精神の海へと帰っていった。

 

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マリオネット・シンフォニーは週連載作品です。
更新は毎週水曜日を予定しています。

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作者ブログ 森の詞

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