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      第22話 四つの再会

2009/10/4

挿絵を掲載しました

 

「違う……そいつはトトじゃない」

 アイズはライフルの撃鉄を起こし、銃口をトトに向けた。

「おい、一体何を……」

「待って、動かないでセネイさん」

 二人の間に割って入ろうとしたセネイを制し、ジューヌは呟いた。

「あの子、もしかしたら……」


「アイズさん……? どうしちゃったんですか? 私です、トトですよ」

 トトが泣きそうな顔で近づいてくる。アイズは少し迷ったが、銃を下ろさずに質問した。

「前に一緒にお風呂に入ったときに見たんだけど……トトってさぁ、右の太もものつけ根にほくろがあったよね」

「え? なに言ってるんですかアイズさん。ありませんよ、そんなの」

 何でもないことのように即答するトト。

 しかしアイズは表情を強張らせ、

「へえ……そうなんだ」

 引き金を引いた。



第22話 四つの再会



 アイズが放った銃弾に貫かれ、トトはその場に倒れた。駆け寄ろうとするセネイを抱え、ジューヌがトトから離れる。

「な、何でよ……何がいけなかったの?」

 呟くトト、その胸に開いた傷が見る見るうちに塞がっていく。

 続いて二撃目を撃ち込み、アイズは叫んだ。

「そんな所、トトが人に見せるわけないでしょうがっ! あたしだって知らないことを、よくも……! トトが受けた屈辱、百倍にして返してやるっ!」

「ああもう、鬱陶しい!」

 三撃目を避け、トトが姿を変える。

「ヴィナス! やっぱりあんたがっ!」

「アイズ、さがって!」

 ジューヌが右手を構える。

 ヴィナスはそちらを一瞥すると、小さく舌打ちした。

「エンデが殺すなって言うから、わざわざ小娘のふりまでしてやったっていうのに。もういいわ、この場で二人ともバラしてやる!」

 ヴィナスは部屋の中に逃げ込むと、トトを抱えて人質に取った。意識のないトトの首筋に、長く伸ばした爪を突きつける。

「ふふっ、可愛いわ、この子……引き裂いてあげたくなるくらいにね」

 アイズは身動きがとれなかった。自分の腕では、確実にヴィナスだけを狙い撃つことはできない。

 と、

「彼女を放すんだ!」

 セネイが敢然と飛びかかっていった。

 ヴィナスの投げた羽根が、咄嗟に身をかわしたセネイの腕をかする。そのまま突っ込もうとして、セネイは突然倒れ、苦しみだした。

「心配しなくても、簡単に殺したりしないわ。その毒は即効性と残留性は高いけど致死性は低いから……たっぷり一ヵ月ほど苦しめるわよ」

 ほくそ笑むヴィナス。

 と、トトが目を醒まし、苦しんでいるセネイに気づいた。

「し……神官さん!」

「ちっ、もう目を醒ましたか!」

 ヴィナスがトトの首筋に向けて爪を振り降ろす。

 瞬間、トトのポケットの中からエイフェックスからもらったカードが飛び出してきた。カードから魔力の光が迸り、ヴィナスを弾き飛ばす。

「パスタチオ・メドレー!? エイフェックスの仕業かっ!」


「どうやらゲームはトト君の勝ちらしいな。パスタチオが人に懐くとは珍しい」

 別の部屋で魔法道具の『ウィンドゥ』を通して様子を見ながら、エイフェックスが感心したように呟く。


「喰らえっ!」

 トトから離れたヴィナスに、ジューヌの音が襲いかかる。ヴィナスは部屋の奥まで後退し、その隙にトトを奪い返したアイズは、プラントから預かったものの中で最高の貫通力を誇る弾丸をライフルにセットした。

「少しヤバいけど、あいつを倒すにはこれしかないわ」


「こうなったら皆殺しだっ!」

 ヴィナスが身に着けた羽毛のコートから、何本ものチューブが出てくる。

「まずい、毒ガスを使うつもりだわ! 艦内じゃ逃げ場がない!」


 その時、アイズが発砲した。弾丸に腹部を貫かれ、ヴィナスは大きくよろめくが、顔を上げてニヤリと笑う。

「わかってないわね、無駄なのよ。今更一発や二発喰らったところで、この私が死ぬもんですか。苦しんで苦しんで、苦しみ抜いて死ぬがいい!」

 毒ガスが放出され始める。

 しかし、アイズは不敵に笑った。

「わかってないのはあんたの方よ。ここがどういう場所かわかってない。もしかしてあんたって、エンデと同じくらいバカなんじゃない?」

「何……?」

 訝しがるヴィナス。

 と、ヴィナスは毒ガスが一向に充満しないことに気がついた。加えて、背後からはビュウビュウという聞き慣れない音が聞こえてくる。

「ここは上空8000メートル以上よ。気圧がどれだけ違うと思う?」

 咄嗟に振り向いた視線の先には、壁に開いた拳大の穴。ヴィナスの身体を貫いた弾丸が背後の壁をも貫通し、そこから毒ガスが吸い出されていたのだ。

「し、しまっ……!」

「トドメよ!」

 新たに発射された弾丸が、ヴィナスの胸を貫く。

 バランスを崩したヴィナスは背中から壁に激突し、そして。


「グァアアァァァアァァアァァァァァッ!」


 ヴィナスの機体を構成している特殊な物質は、形状を自由に変化できる柔軟性を持つ半面、平常時の結合力が極めて低い。あらゆる物質を体内で合成できるという特殊能力はあるものの、身体の動きを妨げないよう、内部組織は基本的にゾル状を保っている。

 そして今、ヴィナスの身体には銃で撃ち抜かれた大きな傷口がある。その傷口と、壁に開いた穴が重なった結果。

 ヴィナスの身体は傷口から内部組織を引きずり出され、船外へと飛び散り始めた。


「こ、このガキぃぃいぃっ! この私がぁっ、こんな、ところでぇぇっ……!」

 正面の傷口が塞がっても、内部組織の流出は止まらない。背面の傷口を塞ごうとする内部組織が、傷口付近に集まってきたそばから引きずり出されてしまう。

 どうにか壁から離れようともがくヴィナス、しかしアイズは部屋に置いてあった太陽教団の経典を手に取ると、ツカツカと歩いていってニヤーッと笑い、意地悪く言った。

「無・駄・よ」


 バンッ!


 分厚い経典の一撃でヴィナスを戦艦から叩き出し、そのまま穴を塞ぐように壁に押しつけて、アイズはパンパンと手を払った。

「はい、一丁上がりね」


(恐ろしい子……私が勝てなかったわけだわ)

 ジューヌはしみじみと心の中で呟いた。


 アイズは一息つくと、パスタチオの光を受けて再び気を失っていたトトを抱き上げた。トトがゆっくりと目を醒ます。

「アイズさん……来てくれたんですね。寂しかったですよ」

 その言葉に、アイズは不意に顔を歪め、

「私も……寂しかったよ、トト。無事でよかった……っ!」

 トトの胸に顔を埋めて泣き始めた。普段の強気さのカケラもない、14歳の少女の素顔をさらけ出して。トトはアイズの頭を愛しそうに撫でていたが、

「そうだ、神官さんは……」

 振り向くと、既にジューヌが応急処置を施していた。ひとまず安心した矢先、パスタチオが明滅しながらゆっくりと移動し始める。

「あれ……こっちに来いって言ってますよ」

「あ、そうだ! あのオヤジからスケアさん達を取り返さなくっちゃ! ジューヌさん、セネイさんをお願いね!」

「ええっ!? ち、ちょっとー! 私を置いて行かないでよっ!」

 しかし二人は走っていってしまう。

 ……と。


「いいじゃないか。あの子達は我々の希望だよ」

 いつの間にか、エイフェックスがジューヌの背後に立っていた。驚き、咄嗟に音を撃とうとするジューヌ。しかしエイフェックスは無造作に歩み寄ると、素早くジューヌの手首をつかんだ。

「君の手は破壊のためにあるのではないだろう? ここはあの子達と私に任せて、皆の所に帰りたまえ」

「私は、ハイムのやり方を許すことができないわ。それに手を貸している貴方も……貴方に加担した、自分自身も含めて」

「やれやれ……」

 エイフェックスのポケットからパスタチオ・メドレーが飛び出し、そのうちの12枚が倒れたままのセネイを取り囲んだ。光の線がパスタチオ同士を結び、六芒魔法陣形が現れる。間もなく、セネイの表情が穏やかなものになった。どうやら治療したらしい。

「私は様々な力を操ることができる。今のようにね。しかしいくら力が強くても、私には新しいものを作り出すことはできない。私には多くの資産と人脈がある。しかしいくらお金を積み上げても、私には次の一歩を踏み出す原動力を生み出すことはできない。だがジューヌ君、君は違う。君は芸術家だ。未来を紡ぐ力を持った君の手を、こんな所で汚してはいけないよ」

「……私はそんなたいしたものじゃないわ」

 ジューヌは寂しそうな表情で言った。

「私は……私の音楽は、誰一人救うことができなかった。アインスも、フジノも……」

 エイフェックスはもう一度やれやれと肩をすくめた。

「君は自分の可能性に気づいていないようだね」

 セネイの治療を終えたパスタチオが束に戻り、新たに数枚のパスタチオが複雑な形にエイフェックスを囲む。次の瞬間、エイフェックスはパスタチオ・メドレーと共に消えた。


 その頃、医療タンクの中ではフジノが目を覚ましていた。


 アイズとトトはパスタチオに導かれ、ゼロのある部屋に入った。

 魔法が使えないアイズでさえはっきりと感じ取れるほどの膨大な魔力が、ゼロを覆い尽くしている。

「何なのこれ? 変じゃない? 前に見た時はこんなのじゃなかったのに」

「出たくないんですよ……あの子」

 トトが小さく呟く。

「あの子……って、ルルドのこと? トトって、どうしてそんなことわかるの? そう言えばセネイさんに聞いたんだけど、アインス王子のこととか戦争のこととか知ってたって……どうして? 誰かに聞いたの?」

「それは……」

 その時、トトがびくりと身体を震わせ、その場に座り込んだ。驚くアイズをよそに、トトはすぐに立ち上がったが、アイズはトトの雰囲気が変わったことに気づく。

『初めまして、アイズさん。いえ、ホテルで一度お目にかかっていますね』

「貴女……誰? トトじゃない……」


「そうね、そろそろあたしも聞きたいわ」

 声と共に、エンデが部屋に現れる。

「エンデ!? 何であんたが……!」

「あたしが死んだとでも思った? 残念ね。身体なんて幾らでも替えがあるのよ……まあ、今はそんなことどうでもいいわ」

 エンデはトトを睨みつけた。

「あんた一体、何なのよ」


 モレロ、ナー、プラントは神官達と協力して中型戦艦の修理を行っていた。危険な状況下での共同作業であるせいか、互いに仲間意識が芽生えてきたようである。

 やがて、モレロは先の戦いでプラントが撃ち抜いた外壁の修理を終えた。

「よし、これで何とか飛べるな」

 ほっと一息ついた時。突然背後から何者かが襲いかかり、外壁にしがみついていたモレロは床に叩きつけられた。かろうじて生死に関わる部分は免れたが、左腕がバラバラに分解されてしまっている。

 プラントが、ナーが、驚いて振り返り……モレロを襲った人物に、ナーが目を見開いた。

「……フェイム!」


 フェイムは自信に満ちた表情で床に降り立った。その瞳は爛々と輝き、異様な雰囲気が漂っている。

「何の真似だね、フェイム君。今がどういう状況かわかっているのか?」

「ああ、わかっているさ」

 プラントの問いかけに、フェイムは笑って右腕を突き出した。

「俺の力を試すのに、ちょうどいい状況だってな!」

「危ない、プラントさん!」

 ナーが叫ぶと同時に、フェイムが放った音がプラントを襲う。

「くっ!」

 プラントは常人離れした反射神経で身をかわしたが、完全には避けきれなかった。半身がショック状態に陥り、床に片膝をつく。

「ふん、流石は元テロリストだな」

「何をするんだ!」

 神官達が銃を構える。

 と、フェイムが床の鉄板を強引に引き剥がした。盾にして弾丸を防ぎ、銃撃がやんだ途端、おもいきり投げつける。神官達は慌てて逃げたが、何人かが押し潰された。

「そのパワーは、まさかモレロ兄さんの……!」

「そうさ。モレロだけじゃない、カルルの『分解』、ジューヌの『音』もだ」

「一度に3つの能力をコピーするなんて。この短時間で、一体どんな改造を……」

 呟くナーに、フェイムは笑って言った。

「違うな。これは俺本来の能力だ! 俺のメモリには同時に3体分のプログラムをコピーするだけの容量があったし、回路の直結なんて回りくどいことをしなくても、ごく短時間触れただけでコピーする能力もあった。ただ、そのプログラムにプロテクトがかけられていて使えなかっただけだ!」

「プロテクト……? それって……」


「ナー、ここにいたのか」

 まだ生まれたばかりの頃。

 研究所の外で星空を見上げていた子供の姿のナーに、プライス博士は尋ねた。

「あ、お父様……はい、星を見てたんです」

「そんなに、星が好きかい?」

「はい……あっ、ううん、星だけじゃありません。月も太陽も、雲も風も雨も雪も、それから鳥達も……空が、好きなんです」

「空、か」

「面白いじゃないですか。確かに見えるのに、決して手が届かない……何処までも続く、何処に終わりがあるのかわからない領域。考えただけでワクワクしませんか?」

「ふむ……よし、決めた」

「? 何が「決めた」なんですか、お父様?」

「ふふっ、秘密だよ。楽しみにしていなさい、ナー」

 レーダーの能力を授かり、設定年齢を17歳まで進行させたのは、それから数週間後のこと。

 新たな姿に生まれ変わった娘に、プライスは眼鏡を手渡して優しく告げた。

「この眼鏡は、ナーを助け、守ってくれるものだ。いずれ必要なくなるその時まで、大切に持っていなさい」


「これは全部博士の仕業だ。おかげで低レベルの能力しか使えない俺が、今までどんな思いをしてきたか! これからは二流品なんて呼ばせない、俺は万能の人形だ!」

 憎しみと狂喜に彩られた表情で呟きながら、中型戦艦に歩み寄るフェイム。

「カルルの『分解』とモレロのパワーなら、この程度の船は一瞬でガラクタだ。エイフェックスが狙っていたツェッペリンも、カシミールの能力をコピーすれば問題なく扱える。そうすれば……」


「待ちなさい、フェイム」

 ナーは戦艦とフェイムの間に立ち塞がった。怪訝な顔で立ち止まるフェイムを前に、低く、小さく呟く。

「そう……そういうことだったんですね、お父様……」


挿絵(By みてみん)





 そしてナーは、ゆっくりと眼鏡を外した。




 

 

【ウィンドゥ】

 離れた場所の映像を投影する魔法道具。

 他の魔法道具もそうだが、使いこなすには術者に相当な魔力と熟練が要求される。

 

【ドールズの成長過程】

 プライス・ドールズは人間で言うと5~7歳程度の生理年齢で、ある程度の知識を持って誕生する。ロボットのように最初から完成体として創られるわけではない。

 その過程は、誕生⇒人格形成⇒適性審査⇒固定年齢設定⇒強化改造・能力付加となる。

 プライス博士は特に人格形成を重視しているため、プライス・ドールズの多くは豊かな心を育まれている。

 一方、クラウン・ドールズは人格形成の過程を経ずに完成体として創られ、即座に戦場に放り出されたため、心が歪んでしまった者が多い。

 

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マリオネット・シンフォニーは週連載作品です。
更新は毎週水曜日を予定しています。

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作者ブログ 森の詞

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