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      第18話 解放、そして……

2009/10/4

挿絵を掲載しました

 

「彼は、ずっとそうやって生きてきたんです。呪いに魂を蝕まれても、血を吐いてボロボロになっても、それでも前に進み続けたんです……最期まで」

 スケアは静かに語り終えた。

「嘘だ……アインスは私だけを愛していたのよ、カシミールなんかを……」

 呆然と呟くフジノ。

 カシミールは泣いていた。後から後からあふれてきて、涙が止まらなかった。

「あのバカ……何処までおせっかいなんだか……」

 ジューヌが小さく呟く。


「嘘だ……嘘だ! そんなことは信じない!」

 フジノが叫び、スケアに向かって魔法弾を放つ。スケアがL.E.D.を構え、受け流そうとしたその時。

 スケアの前にルルドが瞬間移動し、魔法障壁を展開した。ひどく蒼ざめた無表情で、眼前の母親を見つめ、呟く。

「……ねえ、スケアさん。まだ、話してないことがあるよね。あたしは……あたしは、本当にアインス・フォン・ガーフィールドの娘なの……?」

「……っ! だ、黙れ! 黙れぇぇええぇぇっっっ!」

 フジノが叫び、狂ったように魔法弾を連射するが、すべて障壁に阻まれてしまう。

「教えて……お願い」

「わかりました……これを貴女に伝えることが、私に課せられた最後の使命。あの後のことを、お話ししましょう」



第18話 解放、そして……



 倒れ、冷たくなってゆくアインスの亡骸を茫然と見つめながら、スケアは長い間その場に立ち尽くしていた。

 一瞬だけ開かれた“新しい世界”への扉は閉ざされ、今まで自分を支えてきた価値観も崩れた。残っているのは、己が人を殺めるために造られた道具だという事実のみ。

 そして。

「アインス!?」

 振り返ると、そこにはフジノの姿があった。

 次の瞬間、フジノの魔法弾をまともに喰らい、スケアは壁に叩きつけられていた。天井と壁の一部が崩れ、落ちてきた瓦礫の下敷きになる。

 フジノはスケアの生死を確かめる余裕もなくし、慌ててアインスの亡骸に駆け寄った。その後に、数人の騎士が続く。

「アインス、アインスっ!」

「……ダメだ……もう、手の施しようがない……」

 泣き叫ぶフジノの隣で、途方に暮れたように騎士の一人が呟く。

「この後どうすればいいんだ……彼なしでは、我が軍は……」

 フジノは虚ろな瞳で座り込んでいたが、唐突に、呟いた。

「あたし……アインスの子供を生むわ。できるでしょ? 研究所の設備を使えば……」


「その後、勇者フジノ・ツキクサは戦場から姿を消しました。中心の二人を欠いた王国軍はハイム首都での戦いに破れ、退却……ハイム軍がリードランス王国の制圧に乗り出した頃には、最早抵抗する者はほとんど残ってはおらず……翌282年の春、リードランス王国は、ハイム共和国となりました」

「……それじゃ、あたしは……」

 渇いた声で呟くルルド。

「しょうがないじゃない!」

 フジノが甲高い声で叫ぶ。

「あの時の私の身体じゃ、妊娠には耐えられなかったんだから! ルルドは私とアインスの子供よ、私はカシミールに勝ったのよ、アインスを手に入れたのは私なのよ! ルルドは私とアインスの肉体情報から生まれたのよっ!」

 叫び終え、荒々しく肩で息をするフジノ。

 と、


「そう……あたしはルルド・ツキクサ・ガーフィールド。ママとパパの子供よ」


 紫の翼の飛行ユニットを装着した『ルルド』が、フジノの隣に降り立った。

「ママは誰にも裏切られてなんかいないわ。ママはパパに愛されていたし、あたしもママが大好きよ。あいつはあたしじゃない、あたしは……ルルドはここにいるよ」

「違う! そいつは、そいつはあたしじゃ……!」

 ルルドが叫ぶが、

「ありがとう、ルルド……危ないから離れていなさい」

「うん。気をつけてね、ママ!」

 フジノは『ルルド』を優しく諭し、『ルルド』は再び上空に逃れる。その様子は恐ろしいほどに親子らしく、ルルドには余りにも残酷な光景だった。


「……ママ……いいえ、フジノ・ツキクサ!」

 ルルドが叫び、涙をためた目でフジノを見据える。

「貴女は勝手よ、あたしを“作って”おいて、少し気に入らないからって捨ててしまうの!? あたしはアインスの代わりなの!? あたしの代わりは、そんな奴でもかまわないって言うの!」

 ルルドの全身から魔力が迸り、輝き始める。


「まさか……ルルドちゃん、フジノさんと戦う気!?」

 遠くから見ていたナーが叫ぶ。


 その時、ルルドを背後からしっかりと抱き締めた者がいた。

「ス、スケアさん!? やめて、そんなことをしたら……!」

 ルルドを包む魔力の奔流に、火傷をするように表皮が崩れていくスケア。しかしスケアはルルドを離さず、静かに言った。

「ルルドさん、貴女にも許してもらおうとは思っていません。しかし、これだけは言っておきます……例えアインスのあずかり知らぬところで生まれたとしても、貴女はアインスの娘です。血が繋がっているからじゃない、貴女はアインスと同じ“強さ”を持っている。先程、貴女が私の“償い”を否定した時。私は、貴女の瞳の奥に、アインスの姿が見えたような気がしました」

 スケアの話を聞くうちに、ルルドの輝きは徐々に鎮まってゆく。

「私はこの11年間、ずっと迷っていました……でも貴女に会えて、やっと迷いが晴れたような気がします」

 そこにフジノが魔法弾を放ったが、スケアが風の障壁で弾いた。

「貴女は私の希望です……だから、私が守ります。どうか死なないで……生きたくても生きられなかった、貴女の父親の分まで……精一杯、生きて下さい」

 そこまで喋って、ガクリと膝をつくスケア。先日の戦いで受けた損傷が完全に治癒していないところを、体力・魔力ともに消耗の激しいL.E.D.を用いて戦い、更にルルドの余剰魔力の影響で、既にボロボロなのだ。


挿絵(By みてみん)


「……うん」

 優しくも力強いスケアの腕を、そっと抱き返す。

 この人は私のことを本当に愛してくれている……そう感じた。


「ルルドちゃん……」

 嬉しそうにルルドを見つめているナー。

「よかった……スケアさんの想いが通じたのね。でも、フジノさんは……」

 その時、背後で物音がした。

「…………悪いが、もう少し待ってくれないか?」

 振り返りもせずにプラントが言う。

 そこには、ベルニスが銃を構えて立っていた。


「くだらないお喋りはそこまでよ!」

 怒りを帯びた声で叫び、フジノはダウンワード・スパイラルを発動させた。

「お前に希望なんて許さない! お前は自分の無力さを感じて、絶望と共に死ねばいいのよ!」

「そんなこと、絶対にさせない!」

 フジノが二人に襲いかかろうとした瞬間、ルルドはスケアの隣に並び立ち、身構えた。

 更に、


「はぁああぁぁぁぁぁっ!」


 ルルドの身体が太陽の如く輝き、具象化した魔力が全身を覆う。

 そう、目の前にいるフジノと、まったく同じように。

「……ダウンワード・スパイラル……!」

 絶句するフジノ。

 七色に輝く魔光闘衣を纏い、ルルドは静かに言った。

「アインスは彼を赦したのよ……そして彼に生きろと言った。フジノ、貴女はアインスの遺志に背くつもりなの?」

「黙れ!」

 フジノが右腕を突き出すと、全身を覆っていたスパイラルが右腕に集中する。

「ここまでは真似できないでしょう! このスパイラル・キャノン、止められるものなら止めてみるがいい!」

 瞬間、


「ダメだ、抑えきれない!」

「カシミール、やめなさい!」


 一筋の閃光が迸り、フジノの右腕がスパイラルごと消滅した。

 結界が消失し、フェイムとジューヌが弾き飛ばされる。

 そこには、背中の6枚の翼だけではない、身体中から放電しながら立つカシミールの姿があった。

「戦争は終わりよ、フジノ」


「カ、カシミール……っ!」

 失った右腕の切断面を押さえてうずくまるフジノ。カシミールは冷ややかな瞳でフジノを見下ろし、言った。

「結局、この場に勝者はいなかったのね……私も、アインスも、スケアさんも……フジノ、貴女でさえ何も手に入れられなかったんだもの。

 正直、私は貴女が羨ましかったわ。私には、貴女みたいにアインスだけを愛することができなかった。私には、アインス以外にも愛しているものがたくさんあったんだもの……花も、星も、人々も、兄弟姉妹も……私は、貴女の愛し方が羨ましかった。

 でも、今なら貴女の愛し方を否定できるわ。そして貴女を可哀想に思う……そんな愛し方しかできない貴女を」

 カシミールのかざした両手のひらの中心に、ツェッペリンによって生み出された電力が蓄積し、光球現象を引き起こす。

「やめてカシミール! 私は貴女まで失いたくないわ!」

 ジューヌが叫び、カシミールは少し驚いたような表情を見せたが、やがてにっこりと微笑んだ。

「ありがとう、ジューヌ。貴女はいつも自分のために生きているような振りをしていたけれど……今から思えば、いつだって他人のことを思って行動していたわね。

 旅から帰ってきたばかりの頃、アインスに次の道を示してくれたのは貴女。何も知らなかったフジノに、音楽を通じて人間関係や“物事を学ぶ”ということを教えてくれたのも貴女。アインスの死をいつまでも引きずって、ただ無意味に日々を過ごしていた私を叱ってくれたのも貴女だった。アインスだって、貴女の言う通りに戦争なんてやめて海外に逃亡していたら、わずかな間でも音楽家として楽しく過ごせたのかも知れない。自分のことしか考えていなかったのは、私の方かもね……」

「カシミール……姉さん」

 カシミールはキッと表情を引き締めた。

「大丈夫、私は死なない……私は、アインスのように前に進むわ。だって私は……私も、守るべき“希望”を見つけたもの」

 カシミールとスケアが視線を交え、微笑み合う。

 二人の意志は同じだった。


「う……うわぁぁぁぁああああぁぁぁあぁぁっ!」

 精神的にも肉体的にも追い詰められ、フジノは狂ったように叫んだ。三度ダウンワード・スパイラルを発動させて、恐ろしいまでの形相でカシミールを睨む。

「カシミール、お前がアインスに愛されていたはずはない! アインスは私だけのもの……がはっ!?」


 カシミールに飛びかかろうとした瞬間、フジノは全身に激しい衝撃を受けた。

「ジューヌ、何を!?」

 フェイムの声に、皆が振り向く。そこではジューヌが、フジノに向けて掲げていた右手を、静かに降ろすところだった。

「先……生……?」

 全く予想なしに“音”の直撃を受けたフジノが、ガクリとその場に膝をつく。

「ど、どうして……」

「フジノ……貴女はもう、これ以上その手を血に染めてはいけない。いいえ、そもそも最初から、戦うべきじゃなかったのよ。アインスが望んだように……」

 フジノは信じられないという表情でジューヌを見つめる。

「先生まで……ア、アインスまで、私を裏切るの……?」

「まだわからないの……?」

 カシミールが哀れみを込めて言う。

「ルルドちゃんも、スケアさんも、ジューヌも、アインスも……リードだって、心から貴女のことを愛していたのに。正直、私は貴女のことが嫌いよ。貴女ほど愛されている人はいないのに、周りを傷つけて……」

 カシミールが両腕を前に突き出し、ツェッペリンの光球の輝きが強くなる。

 恐怖に顔を歪め、まだショック状態から完全に抜けきらない震える手足で、必死になって後退るフジノ。しかし突然、手足に拘束するような光の輪環が生じ、フジノは身動きがとれなくなった。

「う、動け……ない……? ま、まさか……こんなことができるのは……!」

 顔を上げたフジノの視線の先には、ルルドが立っていた。

「ママ……それでも、あたしはママのことが大好きよ。でも、もう終わりにしよう」

 その瞬間、カシミールがツェッペリンを解放し……フジノが何か言ったが、轟音に掻き消され……フジノの姿は、白色の閃光の中に消えた。


 爆風が静まり、カシミールはその場に倒れた。爆風からスケアを守るために張っていた結界を解き、ダウンワード・スパイラルを解除して、ルルドが急いで駆け寄る。

「終わったのか……?」

 カシミールを抱え起こし、スケアは呟いた。

 閃光が直撃した場所には巨大なクレーターができている。

「ごめんなさい……貴女のママを……」

「ううん、いいの……あれしか方法はなかったもの」

 ルルドはカシミールの手を取り、少し悲しげに微笑んでみせた。


「なんか……本当の家族みたいね」

 寄り添う3人の姿を見て、アイズが呟く。


「ねぇ、カシミールさん……これからカシミールさんのこと、“ママ”って呼んでいい?」

 唐突に、ルルドは言った。

「あの人……フジノも私のママだったけど、貴女のことも好きになれそうだし……ねぇ、スケアさんも、あたしの“パパ”になってよ」

 戸惑うスケアとカシミール。

「あたし達って、もしかしたら本当の親子になってたかもしれないじゃない」

「し、しかし……」

「私達は……」

 少し気まずそうに顔を見合わせるスケアとカシミール。

 しばし二人は見つめ合い、

「……私……で、いいんですか?」

 フジノを愛していた者……スケアが尋ね、

「私達……やり直せるかな?」

 アインスを愛し、愛されていた者……カシミールがおずおずと微笑む。

「……うん!」

 4人のすれ違いの中から生まれた者……ルルドは、二人の手を取って繋ぎ合わせ、にっこりと笑った。


 ……だが。


 スケアとカシミールの胸から、深紅の手刀が突き出る。

 ルルドの笑顔が凍りつく。

 その身を貫く手を抜かれ、二人が鮮血を迸らせて倒れる。

 背後から現れたのは、紅く焼け爛れた全身に返り血を浴びて立つ、紅の戦姫。


「……マ……マ……」

 茫然と呟くルルド。

 その一方で、フジノの横に『ルルド』が降り立ち、フジノに抱きついて泣き始めた。

「ママぁっ! よかった、無事だったのねっ!」

 フジノは『ルルド』の後ろ頭を優しく撫でてていたが、

「心配かけたわね、ルルド……でも、もう大丈夫よ。これで……」

 と、ルルドに向かって左手を突き出した。

「すべてが終わるからね」


「やめて、フジノさん!」

 アイズが駆け出し、


「やめなさい、フジノ!」

 ジューヌは“音”を放とうとして、横からフェイムに抱きかかえられる。

「フェイム!? は、放して、このままじゃみんながっ!」

「バカ! 巻き添えを食らうぞ!」

 急いでその場を離れるフェイム。


 瞬間、フジノの魔法弾が発射された。


 凄まじい轟音と衝撃の果てに、すべてが爆煙の中に消える。

 やがて爆風がおさまり、砂煙が消えると、カシミール、スケア、ルルドの姿はなかった。代わりに、緑色の光り輝く球体が浮かんでいる。


「まったく……勝手に人の獲物を壊すんじゃない」


 頭上から降ってきた声に、驚いてアイズが顔を上げると、そこには見知らぬ男の顔があった。爆風に吹き飛ばされたアイズを、彼が受け止めてくれたのだ。

 その男……エイフェックスは、アイズを見てにっこりと笑った。

「君も、おてんばは程々にしておきたまえよ、アイズ君」

 

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マリオネット・シンフォニーは週連載作品です。
更新は毎週水曜日を予定しています。

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作者ブログ 森の詞

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