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      第17話 戦争[後編]

2009/10/4

挿絵を掲載しました

 

 戦況は三度一変した。『紅の戦姫』フジノ・ツキクサと『王家最後の蒼壁』アインス・フォン・ガーフィールドの登場によって。

 フジノは今までの欝憤を晴らすかのように破竹の勢いで進撃した。クラウンの半数を一人で破壊し、勇ましく戦場を駆け抜ける姿に、いつしか人々は彼女を『勇者』と呼ぶようになった。

 それまで前任の王国騎士団長であるカイルと共に裏方に徹していたアインスは、直接指揮官として戦場に赴き、戦術を駆使して自軍を勝利に導いた。巧みな用兵でクラウン一体に対して最低でも6人以上の騎士を同時にぶつけることのできる状況を作り出し、確実に破壊していった。


 スケアは幾度となくフジノに戦いを挑んだが、ことごとく敗れていた。

 しかしフジノは、何故か毎回スケアにトドメを刺そうとはせず、スケアもまた他の敵兵には目もくれずにフジノと戦い続けたため、いつしかリードランス王国軍の兵士達はスケアに手を出さなくなっていた。邪魔さえしなければ、彼が自分達に危害を加えることはないということがわかったからだ。

 幼い顔に笑みさえ浮かべながら死闘を繰り広げる二人の姿は、まるで互いをパートナーとして踊っているかのように見えたという。


 いつしか戦場はリードランスからハイムへと移動し、ハイム軍は首都にまで追い詰められていった。



第17話 戦争[後編]



 ハイムとリードランスの決戦は、ハイム軍の優勢から始まった。王国軍が街区に入ったところを完全に包囲して、周囲から徐々に戦力を削り取ってゆく作戦は成功したかに見えた。

 しかし王国軍はハイム軍の戦力が分散した隙を狙って、一気に総攻撃を開始した。その場所が最重要機密事項であったはずのハイム中枢部は瞬く間に包囲され、慌てて篭城態勢をとったものの、指揮系統は完全に混乱。後はアインスの指揮による統制のとれた奇襲に各個撃破されてゆく包囲部隊を、為す術もなく見つめているしかなかったのである。


 しかし、この戦況を完全に掌握していた人物が一人だけいた。


「いたぞ、アインスだ。流石だなスケア」

 クラウン・ドールズNo.13『タシュラ』は呟いた。

 スケアとタシュラは、ハイム首都の中心街……つまりリードランス王国軍の中心部にいた。

 これは誰もが予想し得なかった事態だった。当時クラウンは4体しか残っておらず、アインスですら、中枢警護の任についているものと予想していた。それ以前に、首都に進攻した時から奇襲は想定できていたので、宿泊に用いる建物とその周囲を徹底的に調べ上げ、隠し通路や下水道の類はすべて塞いであったのだ。

 この予想は間違ってはいなかった。スケアもタシュラも上層部から要人の護衛を任じられていたし、隠し通路の類を利用して近づいたのでもない。

 彼らは“最初から”いたのだ。

 ハイムが包囲戦術を選択し、王国軍が首都内に侵入した時。スケアは包囲部隊の配置と中枢部の場所に関する情報を意図的に流出させ、この戦況を作り出した。そしてタシュラと共に、王国軍が中心街に到着する前に適当な公園の樹上に身を潜め、枝葉に隠れて機をうかがっていたのだ。上層部の命令に背き、脳内の通信機をOFFにして。

 時は夜。

 月明かりもない暗闇を貫いて、二人の瞳はアインスの姿を捕捉していた。

「……よし、行くぞタシュラ」


 二人は次々とアインスの部下を暗殺していった。声一つ出させずに、一人ずつ確実に命を奪ってゆく。その姿は、紛れもなく『殺人兵器』そのものであった。

 やがて二人は部下を全員殺し終え、アインスの部屋へと向かう。もうコソコソする必要はないと、盛大に扉を開けるタシュラ。そこには、蛇腹状の剣を手にして立つアインスの姿があった。戦いの中に身を置く者としての勘が、彼に危険を察知させたのだろう。

「アインス・フォン・ガーフィールド、覚悟!」

 凄まじいスピードで二人が迫る。

 次の瞬間、アインスの振り降ろした剣が鞭のようにしなって伸びた。咄嗟に左右に跳躍する二人、刃が足元の空間を切り裂く。その刀身は複数のパーツに分かれ、更に内外二重構造になっている……どうやら遠心力によって刃のある外側が滑り出し、変幻自在の間合いと予測しづらい太刀筋を可能にしているらしい。


「スケア、サポートに回れ」

 タシュラが短く言い放ち、再び突撃する。

 アインスの刃が頭上から襲いかかる。

 この軌道ならスケアの風で逸らすことが可能と判断し、タシュラは一気に踏み込んだ。

「食らえ!」


 次の瞬間、ザンッという鈍い音と共に、二つに切り裂かれた肉体が床に転がった。

 クラウンドールズNo.13『タシュラ』の遺体が。


「見殺しとはひどいな……私の力を試したつもりか?」

 アインスに声をかけられて、スケアはちらりとタシュラの骸に目をやった。

「最初からそいつは捨て駒だ。僕一人で、僕自身の力で勝たなければ意味がない……僕は貴様に勝ってフジノを手に入れる!」

「フジノ……?」

 スケアの言葉に少し驚くアインス。


 戦いはアインスが優勢だった。リードが再現した古代リードランス式剣闘術を完全にマスターし、中距離攻撃が可能な剣を扱うことで、アインスは狭い室内における近距離、中距離、遠距離の間合いを完全に制している。

「くそっ、何だこいつの強さは……!?」

 アインスの予想外の強さに焦るスケア。

「思い出したよ。何処かで見た顔だと思ったら、君はよくフジノと戦っていたクラウンじゃないか。確か名前は、スケア……と言ったね」

 攻撃の手を止めて、アインスが言う。

「この剣闘術を知らないということは……どうやら君達クラウンは、リードの身体構造と戦闘プログラムは持っていても、記憶までは受け継いでいないみたいだね」

 アインスの話を無視して斬り込むスケア。だが間一髪避けられ、アインスの上着を斬るに留まり……その身体に描かれた奇妙な模様に、スケアは驚きの声を上げた。

「その紋様は!」

「ほう、知っているのかい。この呪いの刻印を」

 アインスは意外そうに呟くと、胸に手を当てて話し始めた。

「幼い頃に王位継承権争いに巻き込まれてね。ある人にこれをつけられたんだ。幸い、途中までしか行われていなかったから、描き変えることができたがね」

「……燃魂の呪法か……」

「ああ、中途半端に発動した呪いはどんな災いを招くかわからない。そこで、その段階から完成させられる刻印の中から一番都合のいいものを選んだというわけさ。おかげでご覧の通り、人間離れした肉体と魔力を手に入れられたが……もう限界に近い。おそらく、この戦争が終わる頃には……ふっ、敵である君にこんなことを話すとは妙なものだ」


 剣をゆっくりと構え直し、アインスは尋ねた。

「フジノを手に入れると言ったね……ならば一つ問おう。君は、“生きる”ということがどういうことか、考えたことはあるかい?」

「戦うことだ」

 スケアが即答し、アインスが大きく目を見開く。

「貴様を殺してフジノを手に入れる。そして二人で永遠に戦争を続けるんだ!」


「……ふざけるな!」

 突然怒りをあらわにし、アインスはスケアを殴り飛ばした。

「私はこの20年間、ずっと死の恐怖と戦ってきた。そして、ずっと“生きる”ということがどういうことかを考え続けてきた! 色々な事をしたよ……美術や音楽を学び、戦いの技を磨き、多くの友を作り、世界中を旅した……私は“生きた証”が欲しかったんだ」

 茫然とするスケアに向かって、アインスは話し始めた。

「この戦争は、私の最後の“生きた証”だ。私はこの国を新たな段階に……王制でも独裁でもない、新しい国へと導きたい。そして私が死んでガーフィールドも消える……私の仕事はそこまでだ。後は残った者がそれぞれ自分で考え、動いてくれればいい」

 アインスはスケアに剣の切っ先を向けた。

「私にとって、この世界はすべて“手に入らないもの”だった。死に近い私にとって、“生”はとても素晴らしいものだった。この戦争で大勢の人々が命を落とした……私がこの手で殺した者の数も決して少なくはない。だが、私は一度も人を殺して楽しかったことはない。私には、君やハイムのように“生”を弄ぶ者を許すことはできない!」

 そして厳しかった表情をふっと緩め、独り言のように呟いた。

「まあ、君だってハイムの計画を知れば、考えが変わるかもしれないが……」


 スケアはアインスの迫力に気圧されていた。彼にはアインスのような理念も信念もなかった。しかし、

「僕は……僕は戦うために生まれたんだっ!」

 叫び、アインスに向かって衝撃波を放つ。アインスが体勢を崩した隙を逃さず突撃する。しかしアインスの瞳は、ただ哀しげな色を浮かべていた。

「哀れな男だ」

 呟くアインスに、完璧なタイミングで剣を振り降ろすスケア。

 ……が、手応えがない。


「切札は、最後まで残しておくものだぞ」


 次の瞬間、後頭部に鈍い衝撃が走り、スケアはその場に崩れ落ちた。


「まさか……瞬間移動とは……」

「ごく短距離の移動しかできない、不完全な代物だがね……さて」

「殺せ」

 スケアの呻きに、アインスは悲しげに顔をしかめ、剣を納めた。

「君は……フジノによく似ている」

「なに……?」

「彼女は親というものを知らない。ほんの数年前まで、とある人体研究所でモルモットのように扱われていた。彼女はそれまで一度も愛されたことがなかったんだね。昔の私によく似ていた……だから私は、彼女を救いたいと思ったんだ。愛し、愛される喜びを教えたかった。……なのに」

 言葉を切り、悔恨に声を震わせる。

「彼女の中には大きく育った悪魔がいる。彼女は命を慈しんだり、思いやったりすることができないんだ。この戦争が、彼女のそんな部分を増大させてしまった。彼女には戦ってほしくなかった……人殺しなんてしてほしくなかった。だが、ラトレイアもリードもいない今となっては……このままでは、彼女は内に潜む悪魔に乗っ取られてしまう。しかし私には、もう彼女についていてあげることはできないんだ。彼女の中の悪魔は、私が育ててしまったようなものなのに……」

 アインスはスケアの正面に回り、膝を屈めて正面からスケアの瞳を見つめた。

「どうだろう、私と一緒に来ないか? そうすれば、君にハイム以外の世界を見せてあげられる。戦いだけがすべてではないこともきっとわかる。これは私の勘だが、君ならフジノと共に生きてゆくことが、彼女を救うことができるかもしれない。そして、“生きる”意味を見つけることも」


 スケアの心は揺れていた。

 アインスにはフジノとは異なる“強さ”と“新しい世界”が感じられた。しかし、彼についていくことは今までの“すべて”を否定することになる。

「……僕は……どうすれば……」





『簡単よ、あたしに従えばいいのよ』





 スケアの唇が独りでに動き、幼い少女のような声が響いた。

 次の瞬間、ズンッという鈍い音が響く。


挿絵(By みてみん)


「……な……?」

 ゆっくりと腹部に下ろした手が、硬く冷たい刃に触れる。アインスは自らの血で紅に染まった手のひらを見つめ、驚愕に目を見開いた。

 アインスの身体は一振りの剣に貫かれていた。

 その剣を手にしていたのは、彼と共に“生きる”道を捜すはずだった少年……スケア。


『久しぶりね、アインス……今度は私の勝ちみたいね』

 スケアの唇が再び動く。

「……エンデか……! やはり、貴様がハイムを……!」


 スケアは信じられなかった。脳内の通信機を通じて、自分を何者かが支配している。

「こ、この通信機……まさか、こんな機能があるなんて……これじゃあ、これじゃまるで……!」

『そう、貴方はあたしの操り人形なのよ……』

 スケアの身体が意志とは関係なく動き、アインスの身体を貫いている剣をねじる。

「ぐっ……ぁああぁぁぁっ!」

 苦しむアインスを嘲るかのように、スケアの唇が再び動く。

『機密情報を漏らしてくれた時はどうしてやろうかと思ったけど……まぁ、結果オーライって奴よ。流石はあたしのお気に入りの人形ちゃんね、ハイムきっての天才が手がけただけのことはあるわ。ねぇ……アインスもそう思うでしょ?』

 楽しげに喋りながらも、スケアの腕は更に剣をねじり続ける。

「や、やめてくれ! この人を殺さないでくれっ!」

 スケアは思わず叫んでいた。

 その意志に反応したのか、スケアの腕の動きがビクリと止まる。

 瞬間、アインスがスケアの額を片手でつかみ、魔法を撃ち込んだ。


「……ど、どうして……」

 スケアは茫然と呟いた。彼の額には傷一つない。アインスはスケアを支配していた、脳内の通信機だけを破壊したのだ。

「君は生きろ……ここで死ぬことは、許さない……君はこれから、この事実を背負って生きてゆけ……死ぬことは許さない、わかったな……」

 アインスは身体から剣を引き抜き、支えにして立ち上がった。

「わ、わかった、約束する。だ、だから死なないで……」

 言いながら、しかしスケアは気づいていた。どう見ても助かる傷ではない。治癒魔法でも無理だ。

 しかし、アインスの瞳は強い意志の輝きを失ってはいなかった。


「私は死なない、絶対に……この戦争に勝つまでは。これは私の責任だ……この戦争で命を落とした、すべての人のために……そして、私を待っていてくれている、カシミールのためにも……」

 アインスは、既に焦点が定まらなくなり始めている瞳でキッと正面を見据えながら、出口に向かって歩き始めた。

「私は、彼女の愛を信じられなかった……いつか死んでしまうのだからと、ずっと心を、閉ざしていた……だが彼女は、ツェッペリンを、受け入れてくれた。私は、初めて、人の愛を信じることが、できた……この戦争に……勝ち、彼女を……迎えに、行かな、ければ……わずか、な、間、でも……彼女、と、共に……」





「今、度……こそ……“生きる”意味、を……見つけ、られるか……も、しれ、な……」





 ───281年 秋


 『王家最後の蒼壁』アインス・フォン・ガーフィールド暗殺





 その報せは、ほどなく全世界に知れ渡った───




 

 

【タシュラ・クラウン】

 クラウン・ドールズNo.13。設定年齢14歳。

 スケアと同時に作られた後期型クラウン・ドールズ。

 風の能力を除いて、二人の間に性能の差はほとんどない。


【古代リードランス式剣闘術】

 狩猟民族であったリードランス王家の祖先たちの剣闘術を、リードが再現したもの。

 近距離、中距離、遠距離のすべての間合いを制するのが特徴。

 戦う場所の状況や得意とする武器によって様々なパターンの組み合わせが考えられるが、元来は剣技と魔法、そして弓を用いていた。

 リードからアインスへと受け継がれ、現在は【蹴り技/風の魔法/L.E.D.】を揃えたスケアが唯一の使い手となっている。


【燃魂の呪法】

 アインスが自身に施した呪法。魂を削り、圧倒的な生命力と魔力とに変換する。

 あらゆる毒・病に対する抵抗性も得られるが、呪法によって得た生命力・魔力を行使するたびに魂が削られてゆく。

 最終的に魂が尽きたとき、肉体は砂のように粉々に砕け散ると言われている。

 

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マリオネット・シンフォニーは週連載作品です。
更新は毎週水曜日を予定しています。

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作者ブログ 森の詞

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