第13話 正義と力
2009/10/4
挿絵を掲載しました
一夜、明けて。
アイズはトトがいなくなって、改めて彼女が自分にとってどれほど大きな存在だったのかを思い知らされていた。
山の斜面に寝転んでボンヤリしていると、白蘭がやってきて隣に座る。疲れ果てた様子で、普段の勝気さの欠片もない。
「白蘭……ロバスミさんは?」
首を横に振る白蘭。
「……そう……」
「あたし、フジノのこと……絶対に許さないわ」
白蘭が低く、強く呟く。
「何が勇者よ。あんな奴、あたしが殺してやる」
アイズは白蘭がそんなことをしても仕方がないし、看護に専念すべきだと説得するが、白蘭の決意は変わらなかった。
「あたしがやらなきゃいけないのよ。カシミール姉さんやスケアさんにフジノは殺せないわ。二人とも、とても優しい人だから……きっと、迷うに決まってる」
「それはそうかも知れないけど……」
アイズは少し迷ったが、しかしはっきりと言った。
「白蘭じゃフジノさんには勝てないわ」
「確かにね。あたしは戦闘用に造られたわけじゃない。リード兄様の戦闘プログラムを学習しても、動きに身体がついてこない……でもね」
「方法が……一つだけあるのよ」
「どういうこと?」
白蘭の含みのある物言いに、アイズが訝しげに尋ねた時。二人を探していたのだろう、ナーとプラントがやってきた。
坑道に戻ろうと促され、白蘭と共に立ち上がる。
帰り道の途中、隣を歩いていたナーに近づき、白蘭は小さくささやいた。
「ナー。リード兄様の『L.E.D.』を出すわよ」
第13話 正義と力
ルルドは夢を見ていた。
遠く彼方に一組の男女の姿が見える。
「パパ、ママ……」
だが、その姿は掻き消え、黒い影がルルドの周囲に立つ。
「君は誰だ?」
影が尋ねる。
「あ、あたしは……」
影の一つがフジノの姿になる。
「貴女、誰? ……ルルドじゃないわよね?」
「何言ってるの? ママ。あたしはここにいるじゃない」
別の影が、ルルドそっくりの姿となってフジノに抱きつく。
「違う、あたしは……」
ルルドの目に涙が溢れる。
「あたしは……!」
「おかしなことになってしまったわね……」
カシミールは呟いた。
彼女はスケアと共に、眠るルルドのそばにいた。昨日から一度も目を覚ましていない。嫌な夢でも見ているのだろうか、その寝顔は苦しげだ。
「この子のそばに私と貴方がいて、フジノに狙われているなんて」
「フジノは一体、どうしてしまったんでしょうか……」
「ハイムが関わっているのは、ほぼ間違いないわ」
カシミールの脳裏に、かつてのカルルの姿が浮かぶ。
No.5『カルル』はプライス・ドールズの長姉として、すべての弟妹に慈愛をもって接していた。自らの意思でハイムに協力するとは考えにくい。トトを狙って襲ってきたという話をアイズから聞いた時は、正直耳を疑った。
「フジノもハイムに操られているのでしょうか」
「そうね。私達を憎んでいること、それ自体は事実でしょうけれど」
「…………」
「昨日と同じことが聞きたいなら、答えは同じよ。私も憎んでる。貴方のことも、フジノのことも……でも、フジノの姿を見るとね」
カシミールは小さく溜息をついた。
「フジノに感謝しなさい。私はフジノと同じことはしないわ」
「カシミールさん……」
言葉を失くし、目を伏せるスケア。
カシミールは小さく微笑んだ。
「貴方がもっと、わかりやすく悪い人だったら良かったのにね……」
その時、ルルドが目を覚ました。
虚ろにさまよっていた瞳がスケアに焦点を結び、幼い腕が振り上げられる。
「お前のせいで……ママがあんなことに……!」
スケアに手のひらをかざし、瞬間移動させようとするルルド。しかし覚醒して間もないためか、魔法は発動しない。泣きそうな顔で睨みつけてくるルルドに、スケアはアイズから返してもらった銃を手渡した。
「貴女には、何を詫びても無意味です……私が、貴女の父親を殺しました」
「……何よ、これ……?」
ルルドは手にした拳銃を見つめ、一気に顔色を失くした。
「あたしを……試す気なの?」
「違います、貴女になら……!」
「バカにしないで!」
ルルドは怒って銃を壁に投げつけた。銃は壊れて床に落ちる。
「そんなことで解決するなら、あたしだって悩まないわよ! あたしは……あたしは……!」
ルルドはキッとスケアを睨みつけた。
「あたしはアインス・フォン・ガーフィールドの娘、ルルド・ガーフィールドだ! そんな個人的な感情で人の命を奪うものかっ!」
ルルドは部屋を飛び出すと、そのまま走り去っていった。
「私は何を……アインスの娘にまで、血塗られた道を歩ませるつもりか……?」
「……本当、不器用な人ね……」
落ち込むスケアを、複雑な表情で見守るカシミール。
その時、坑道の奥から凄まじい地響きが起こった。
「な、何!?」
白蘭を探していたアイズは、突然の衝撃に尻餅をついた。
ちょうど近くにいたらしいスケアとカシミールが、部屋から飛び出してくる。
「アイズさん!」
「何事ですか!?」
「いや、私も何がなんだか……白蘭を探してたら、いきなり」
アイズはスケアの手を借りて立ち上がると、3人で地響きのした方向に向かって駆け出した。騒然とする村人達に心配しないよう呼びかけつつ、やがて坑道の最奥、食糧貯蔵庫に到着する。
中に入ると、食料貯蔵庫の更に奥、『L.E.D.』と書かれた分厚い扉が開け放たれていた。その中にあった何かが持ち出されたようだ。一体どれほどの熱量を放てばそんなことになるのか、岩壁の一部が真っ赤に溶けて穴が空き、外へと通じている。
「……何てものを持ち出したのよ、白蘭……」
カシミールが茫然と呟いた。
その頃ジューヌとフェイムは、エイフェックス、フジノ、『ルルド』と共に中型の戦艦に乗っていた。ルルドの強制瞬間移動によって故障した黒十字戦艦は、まだ修理中だ。
「…………」
ジューヌは目を閉じ、無言でリズムを刻んでいた。昨日トトが歌っていた歌に、頭の中で伴奏をつけていたのだ。
腕が落ちたのか、なかなか思うような仕上がりにならない。楽しいとも思えない。しかしこうしていると、何かが思い出せそうな気がした。
「何してんだよ、気持ち悪い」
フェイムが呆れた口調で呟く。
「トトの奴に会ってから、お前ちょっとおかしいぞ?」
「うるさいわね。あの子はすごいわ……本物よ。人の真似しかできないような二流品にはわからないでしょうけど」
ジューヌの嫌味ったらしい台詞にカチンとくるフェイム。言い返そうとするが、ジューヌが再び自分の世界に入ってしまったので何も言えず、悔しそうに部屋を出ていく。
一方フジノと『ルルド』は、まるでハイキングに行く親子のように楽しげだった。
白蘭は坑道から遠く離れ、村の教会に佇んでいた。光射すステンドグラスを見上げる白蘭の手には、刀身に『L.E.D.』と刻まれた巨大な剣が握られている。
「兄様……貴方の仲間だったフジノは変わってしまったわ。あの人は、もう人としての誇りすらも捨ててしまったのよ。だから、私が止めるわ……あの戦争と、兄様の正義を守るために」
一方、ルルドは展望台にいた。
目を閉じて両腕を広げ、静かに佇むルルド……その周囲に、少しずつ魔力が満ちてゆく。
風が吹き抜け、紫の髪を揺らす。
「パパ……あたし、間違ってないよね」
呟き、ルルドは目を開いた。
そして、もう一人。
坑道近くの森に隠された、ベルニスの飛行機。
コックピットでベルニスが色々な機器を操作しており、モニターの電源が入りっぱなしになっている。
そこに映っているのは『A級指名手配犯:テロリスト・ボーナム』という文字と、若い男の顔写真。
彼の手に握り締められているのは、一人の少女を写した二枚の写真……そして、プラントの写真だった。
「まずいことになりましたね……」
プラントは難しい顔をして言った。
「白蘭君、それにルルドちゃんまでいなくなるとは……仕方がない、ここは二手に分かれて探しに行きましょう」
そこにいるのはアイズ、ナー、プラント、モレロの4人だった。スケアはルルドを探しに行き、カシミールはその後を追っていってしまったのでここにはいない。女性二人を組ませるのは気が引けるということで、アイズとモレロ、ナーとプラントが組むことになる。
スケアとカシミールは山頂に向かったので、アイズ・モレロ組は山の麓に向かい、プラント・ナー組は村に戻って徹底捜索することになった。
「ねぇ、モレロさん」
「なんですか?」
「カシミールさんのこと好きでしょ?」
「な……!?」
突然の質問に、モレロは岩になったかのように硬直した。
「あ、やっぱりね~。そうだと思った!」
「な、な、な……なんで……」
「女の勘よ」
アイズはクスクスと笑った。
「でも言えないのよね~。意外とカワイイわっ」
「……そ、そうですかね……」
どう返していいのかわからず、戸惑うモレロ。
「ん~、でもカシミールさんとだと、姉弟で恋愛ってことにならない?」
「……いや、その」
モレロは、少し考えていたが、気を取り直してゆっくりと話し始めた。
「俺達プライス・ドールズの身体は、基本的に、個々に異なった構造をしています。ほとんど機械体の人もいれば、ほとんど生身の人もいる。肉体を司る情報についても、何人かを除いて、みんなバラバラなんです。ですから、精神的な繋がりの方が大きいですね。正直、俺はリード兄さんより前の人とは兄弟という意識が薄いです」
「ふ~ん。今度グッドマンに会ったらモレロさんがそう言ってたって言っておこう。あんな奴は兄さんじゃないって」
「いや、そういう意味じゃないですよ!」
「冗談よ」
「…………」
モレロは思った。この子、やりにくいなあ、と。
「じゃあ、カシミールさんとリードって人はどうなの?」
「あの二人は特別です。肉体的にはまったく違いますが、ほとんど双子のようなものですから」
「二人でアインスって人に仕えてたんだよね」
「ええ。戦争さえなければ、カシミール姉さんは幸せになっていたはずなんです」
「ん? アインスにカシミールさんを取られるのはいいんだ?」
アイズの問いに、モレロは遠い目をした。
「取られるも何も。あの人は別ですよ。誰かと比べる気にもならない」
その時、ベルニスが二人を見つけて走ってきた。
「失礼! プラント牧師を見ませんでしたか!?」
「多分、村の方だと思いますけど……」
「そうですか、ありがとうございます!」
答えを聞くなり、村の方に駆け出すベルニス。その身のこなしは、どう見ても一介の郵便局員には見えない。現役の軍人と比較しても見劣りしないだろう。むしろ上回っているようにさえ見える。
「あいつ、あんなに動けたのか。まるで騎士みたいだ」
「何かあったのかも。行ってみよう、モレロさん!」
スケアとカシミールは、山頂近くの荒れた斜面を疾走していた。スケアは自分の子供がいなくなってしまったように焦っており、むしろカシミールのほうが落ち着いていた。
「スケア、落ち着きなさい。あの子は強い子よ」
「それはわかっています。でも、あの子は強すぎる」
スケアは唇を噛み締めた。
「無関心なふりをしながら、心の中では、ずっと背負い続けてきたのでしょう。王族としての誇りも、自分の母親が人を傷つけた責任も。そんなもの、彼女が背負う必要などないのに……!」
「だったら!」
カシミールはスケアの服を掴むと、強引に立ち止まらせて引き寄せた。
「貴方があの子を守ればいいでしょう! 私とリードがアインスを守ろうとしたように!」
「……カシミールさん……」
力を抜いて、カシミールが座り込む。
「私達は、守れなかったんだから……貴方のせいで」
カシミールの瞳に涙があふれる。
「貴方が……アインスを殺したから……!」
カシミールの拳がスケアを叩く。だが、その手に力はなかった。
スケアはカシミールを抱き締めた。カシミールの目が大きく見開かれる。だが、彼女がスケアを拒むことはなかった。
「私が……貴女のことも守ります。この命に代えて、ルルドと貴女を守ります」
「ば……バカじゃないの? 何を考えているのよ、貴方がそんなことしたって、私は……っ」
間近で見つめるスケアの顔に、リードの顔が重なる。
カシミールはそれ以上、言葉を続けられなかった。
「ルルドちゃん!」
展望台でルルドを見つけたのは、ナーとプラントだった。ナーがルルドに戻ってくるように説得を始めるが、ルルドは聞く耳を持たない。
「無駄よ。これはあたし達の戦争なんだから」
そこに白蘭がやってくる。何処から持ち出してきたのか、その服装は、かつてのリードランス騎士の正装だった。
「私も、この戦いをやめるわけにはいきません」
ルルドが毅然とした口調で言う。
「私はガーフィールド王家最後の一人として、フジノ・ツキクサを罰します」
「……お嬢さん達は今、自分が正しいことをしていると考えていますね」
唐突に、プラントが言った。
「しかし、例え正義のためにでも、人を殺してはいけません。正義のために罪を犯せば、その正義がいずれ自分自身に襲いかかってくることになります……私が、そうだったように」
「その通りだなプラント」
突然の声に、皆が驚いて振り返る。そこには、銃を手にしたベルニスが立っていた。
「ベルニスさん……?」
「残念だったな。たった今、貴様のデータが過去のものと一致した。遂に見つけたぞ……A級指名手配犯、テロリスト・ボーナム!」
「え? え? それって……」
戸惑うナー。
「ナーさん、離れて下さい。その男は要人暗殺専門のスナイパーです」
「国際警察か……」
プラントが呟く。だが、その表情に驚きはなかった。
「私を捕らえに来たのか? それとも殺しに来たのか?」
「答える義務はない。確かなことは、貴様に最期の時がやってきたということだけだ」
「そうか……」
「プ、プラントさん?」
オロオロとプラントとベルニスを見つめるナー。
その時、轟音と共に雲を突き破り、中型の戦艦が姿を現した。
「来たか!」
振り向く白蘭。そこに日の出が重なる。
「待っていたわよ……さあ、決着をつけようじゃない、フジノ・ツキクサ!」
スケアは、中型戦艦のエンジン音に顔を上げた。
「行きましょう、カシミールさん」
「……ええ」
スケアを見つめながら、カシミールは思った。
リードと同じぬくもりを持つこの男に、もう少し抱かれていたかった、と。
「スケア、最後にもう一度聞かせて。貴方が、アインスを殺したのね」
スケアは目を伏せた。
「その通りです。私が……アインスを殺しました」
「そう……わかったわ」
カシミールは頷き……小さく溜息をついた。
中型戦艦から降りてきたフジノを前に、ルルドは声高らかに話し始めた。
「ガーフィールド王家最後の一人として、貴女に話があります。戦争が終結したとはいえ、貴女はリードランス王国の勇者です。このような行為は許しません」
しかしフジノはリードランスのことにもガーフィールドの名にも関心を示さず、ルルドに向けて魔法弾を放った。
刹那、白蘭がルルドの前に飛び出し、L.E.D.で魔法弾を弾き飛ばした。
「無駄よ、あの人に何を言っても」
「……力を貸してくれますか、白蘭さん」
「ええ、勿論……あたしは、リード兄様の遺志を継ぐ者。アインス王子の遺志を継ぐ貴女に、協力は惜しまないわ」
「……ありがとう……」
ルルドは微笑み、キッと表情を引き締めた。
「ガーフィールドの名において命じます! リードランス王国最後の騎士白蘭! 我らの名誉にかけて、勇者の誇りを失いし者、反逆者フジノを倒せ!」
白蘭はL.E.D.を振り上げると、一気に振り下ろした。