第12話 奪われた歌声
2009/10/4
挿絵を掲載しました
戦いの後。
ベルニスはロバスミに代わり、飛空艇【南方回遊魚】を操縦して負傷した村人達を運んでいた。当のロバスミもまた、艇内で白蘭に付き添われている。彼女は必死の看護を続けているが、ロバスミの意識は戻っていない。
発電所は村の外れにあったため、砲撃による家屋や畑への被害等はなかったが、今後も無事である保証はない。少数ながら怪我人が出たことを重く受け止め、プラント牧師は村長と話し合い、村から避難する決断を下した。
「あそこの谷に降りて下さい。向かって右側に、閉鎖された坑道に続く道があります」
「了解です」
ベルニスの隣には、ナビゲート役のナーがついている。
黒十字戦艦が消えた後、彼女がレーダー能力で調べたところ、10kmほど遠方に戦艦と思われる反応が見つかった。ところが、しばらくすると反応は消失してしまったという。
航行能力が生きており移動したのか、それとも、何らかの方法で反応を消しているのか。いずれにせよ、襲撃の直前まで感知できなかったことを考えれば、対ドールズ用に周到な対策が練られているようだ。
それにしても決断が早いな、とベルニスは考える。
危機的状況とはいえ、住み慣れた場所を離れるのは辛いものだというのに。
しかしその考えは、すぐに納得に変わった。
「たいしたものだ……これだけの設備を用意していたのか」
避難場所として案内された坑道に到着すると、ベルニスは唸らずにはいられなかった。
そこには並の地下街にも匹敵する居住空間が広がっており、巨大な食料貯蔵庫と共同井戸が設けられていたのだ。村人の話によると、プラントの指導によって少しずつ作ったものらしい。
「なるほど……プラント牧師というのは、本当に大した方なんですね」
村人に言葉を返しつつ、ベルニスは心の中で苦笑する。
まさかこの自分が、あの男を誉める日が来るとは。
だが、もう少しだ。もう少しではっきりする。
俺のこの15年間が一体なんだったのか……その、答えが。
第12話 奪われた歌声
ベルニスが一足先に怪我人を運び終えた頃、アイズは無事だった村人達と共に、坑道に続く坂道を歩いていた。少し後ろのほうでは、山登りに適さない服装のトトがモレロに支えられて歩いている。
アイズの隣にはプラントがいた。相変わらずの身軽さで、疲れた様子はない。この人がただの行商人だったなんて絶対嘘だ、とアイズは思った。ベルニスに過去を尋ねられた時も妙な反応だった。
「あ……そう言えば」
「どうかなさいましたか?」
「プラントさん、ベルニスさんが呼んだ軍はどうなってるんですか?」
「ああ。先程連絡がありましたよ。なんでも山の麓で無人兵器の襲撃を受けたらしくて、到着は当分先になるとのことです。まあ、今の状況を考えれば、すぐに来てくれたとしても事態が収まるとは思えませんが」
確かに、並の軍隊ではフジノの戦闘能力には遠く及ばないだろう。しかも裏には、フジノと太陽教団を引き合わせた何者かが控えている。
「ともかく、優先すべきは皆の安全です。発電所はまた建てればいいが、人の命はそうはいかない。軍が到着すれば、村の皆をより安全な場所に避難させてもらえるよう頼むつもりです。もし、戦いになれば……」
プラントが沈痛な面持ちで前方を見る。その視線が向かう先には、魔力を出し尽くして眠るルルドを背負って歩くカシミールの姿があった。
「不思議ね……アインスの愛を受けたフジノがこの子を捨てて、アインスから身を退いた私がこの子のそばにいるなんて……」
肩越しにルルドの寝顔を見つめ、カシミールが呟く。
二人の姿は、まるで本当の親子のようだ。
戦いになれば、彼女達に頼らざるを得ない。
それがどんなに酷なことか、プラントもわかっているのだろう。
しかし現状、フジノとまともに渡り合えるのは……。
「あれ、アイズさん?」
「先に行ってて、トト」
アイズは振り返ると、元来た道を戻り始めた。
一方その頃、スケアは列の最後尾を一人で歩いていた。
と、
「必殺、アイズパーンチ! なーに暗い顔してんのよっ!」
引き返してきたアイズが、暗い雰囲気を振り払おうと明るくスケアの背中を叩いた。しかし、スケアの気が晴れた様子はない。
「アイズさん……私は昔、ある人と約束したんですよ」
唐突に、スケアが呟いた。
「彼は私に、生きろと言いました。死ぬことは許さない、と」
「戦争中の話?」
「……ええ、そうです」
スケアの表情が、約束の相手は既にこの世を去っていることを物語っている。
「彼は私に、歩むべき道を指し示してくれました。この11年間、私は彼との約束を守るためだけに生き続けてきたんです。彼との約束がなければ、私は終戦を待たずに息絶えていたでしょう……ですが」
スケアは一旦言葉を切った。
顔を上げ、遥か前方を歩くカシミールとルルドを見つめる。
「私が生きてきたことに、意味はあったのでしょうか。私がいなければ、こんなことにはならなかった……あの時、死んでいれば……」
パンッ!
アイズはスケアの頬を叩いた。今度は本気で。
「アイズさん……」
「スケアさん。私は何も知らないけど、これだけはわかるわ。スケアさんは死んじゃダメよ! ここで死んだら、全部無駄になる。その人が貴方に託した願いも、何もかも!」
「……願い……」
呟き、スケアは再び視線を落とした。
「約束……か」
休憩をとる村人達に混じり、路傍の岩に腰掛けながら、カシミールは呟いていた。ルルドを膝の上に寝かせ、静かに髪を撫でている。
「どうかしたんですか? 姉さん」
遅れてやってきたモレロが尋ねる。
「何でもないわ」
「そうですか」
モレロは気まずそうに視線を逸らすと、列の最後尾、先程からスケアに話しかけている様子のアイズに目を留めた。
「あの二人、何を話してるんでしょうね」
「……さあね。人の話なんて聞くものじゃないわ」
「アイズさ~ん。休憩ですよ~」
スケアと共に歩いていると、トトが飲み物を持ってアイズの所にやってきた。周囲を見ればいつの間にか、村人達が岩や地面に腰を下ろして休憩している。
「何を話してたんですか?」
「いや、人生設計について」
「???」
アイズはスケアの方をクルリと振り向くと、腰に手を当ててふんぞり返った。
「いい? スケアさんはカッコ良くて性格もいいんだから、もっと積極的に人生を楽しまなきゃ! その気になればどんな女の人でもイチコロよ! 白蘭はダメだけど! 勿論、私でもオッケーよっ!」
「いえ……遠慮しておきます」
スケアが苦笑する。
「すごいですね、アイズさん」
「ん? 何が?」
久々に見るスケアの笑顔に、トトもまた微笑んだ。
「何でもないです」
その時、トトの持っていた通信機からナーの声が響いた。
『トトちゃん、危ない!』
それは突然の出来事だった。
近くの茂みから飛び出してきたジューヌに、一瞬でトトがさらわれたのだ。
ジューヌがトトを抱えて跳躍した先には、いつからそこにあったのか、小型の飛行ポットが滞空していた。扉が開き、無理矢理中に入れられるトト。
追って跳躍したスケアに空中で音の攻撃を浴びせ、飛行ポットが上昇を開始する。
と、アイズが飛行ポットに向けてスケアから借りたままの銃を構え、ワイヤー弾を撃ち込んだ。飛行ポットはワイヤーにしがみついたアイズごと飛び去ってゆく。
入れ替わるように飛んできた南方回遊魚から、ナーが顔を出した。
「スケアさん、大丈夫ですか!?」
「私のことは構いません! 早く後を追って下さい!」
飛行ポットは上昇を続けて山頂近くにまで到達すると、積雪の残る山肌に沿って飛び続けた。
と、操縦桿を握っていたフェイムが異変に気づいた。
「ジューヌ、何か変だぞ。重量オーバーの表示が出てる」
「ええ? おかしいわね、3人まではいけるはずよ」
周囲を見渡す視界の端に、ふと妙なものが映る。
まさか、とジューヌは呟くと、窓を開けて顔を出し……ワイヤー一本で空中にぶら下がるアイズを見つけ、絶句した。
「な……! あ、あんた!」
「トトを返せ~っ!」
「このバカ、離しなさい! 4人も乗れるわけないでしょうが!」
扉を開け、機体に撃ち込まれているワイヤーを切ろうとするジューヌ。と、そのジューヌの前に、トトが身体を乗り出した。
「あっ、こら!」
「アイズさん!」
「トト! 飛び降りて!」
しかしトトはジューヌにつかまれ、身動きが取れない。
アイズはワイヤー回収スイッチを押すと、高速で巻き取られるワイヤーに引っぱり上げられて船体にとりつき、基底部に実弾を連射した。船体が大きく揺れ、衝撃でジューヌの手が離れる。
飛び降りてきたトトを空中で受け止めて、アイズは積雪の上に落下した。
「ちっ! ジューヌ、脱出しろ!」
フェイムが咄嗟の判断で脱出する。しかしジューヌは逃げ遅れ、制御を失った飛行ポットはそのまま飛び続けて前方の岩壁に激突した。
数分後。
「何でこの私が、あんな奴に……っ」
飛行ポットの残骸から這い出し、ジューヌは呻いた。
と、ジューヌの頭に銃口が突きつけられる。
「初めまして、ジューヌさん。乱暴なことをしてごめんね……貴女に、聴いて欲しいものがあるの」
ジューヌはその時、何故カルルやフジノが『黒髪の妙な小娘』を標的に加えていたのかを理解した。
アイズは、ここまで抱えてきた意識のないトトをそっと地面に寝かせると、脇から小型のレコーダーを取り出した。
「……何よ、それ」
「ペイジ博士から聞きました。貴女は素敵な音楽家だったって」
「やめてよ。もうやめたのよ、そういうの」
ジューヌは吐き捨てた。
実際、フェイムと共に村を離れて数年間、楽器には手をつけていない。それ以前に色々と試してはみたのだが、何を弾いても思い通りの音が出なかったのだ。
アイズは構わず、レコーダーのスイッチを入れた。
流れてきたのは、美しく透き通った歌声。
トゥリートップホテルのコンサートで録音された、トトの歌だった。
ジューヌは身じろぎ一つできなかった。
仮に銃を突きつけられていなくとも、聴き入らずにはいられなかった。
歌や演奏を楽しむ心など、とうの昔に忘れている。だからこそわかる。
この歌声の持ち主は、心の底から歌うことを楽しんでいる。
ジューヌの閉じられた瞳から、涙が零れ落ちて頬を伝う。
その様子を見ながら、アイズは少し前に見た光景を思い返していた。
村を離れる前、皆で何度か食事をした食堂で。
皆が急いで避難の準備を進めている中、ペイジは一人、ポツンと椅子に座っていた。発電所が壊れたことで気落ちしているのだろうとアイズは思ったが、彼は手帳に挟んだ写真を見つめていた。
「昔の写真だよ。あの子の写真は、あまり残っていなくてね」
ペイジが見せてくれた写真はジューヌのものだった。コンサートホールと思われる場所で、数人の仲間と共に弦楽器を携えている。
とても楽しそうな……心からの笑顔が、そこにはあった。
「あの子は素晴らしい音楽家だった。だが、楽器を捨ててしまった」
ペイジは溜息をついた。
「あの戦争さえ、なければな……」
アイズははっきりとわかった。
彼女は完全に音楽を捨てたわけじゃない、と。
歌が終わり、レコーダーが止まる。
しかし、ジューヌは動かない。
アイズが声をかけようとした、その時。
「ご苦労様、ジューヌ……よくやったわ」
突然、白いマントの男達を引き連れたカルルが現れた。
「あ……あんたは! ホテルの時の!」
驚くアイズをよそに、カルルがトトを抱え上げる。アイズは内心かなり動揺するが、冷静を装い、ジューヌに銃を突きつけたまま言った。
「貴女確か、カルルさん……だったわよね。どう、取り引きしない? トトを返してくれたら、ジューヌさんは解放してあげるわ」
「その取り引き、条件にお前の命も足してもらおうか」
突然背後からかけられた声に、アイズの背筋を冷たいものが走った。思わず振り向き銃を構えるが、そこには誰もいない。次の瞬間、アイズの背後に回り込んだフェイムがジューヌを抱え、離脱した。完璧に裏をかかれ、人質を奪われてしまうアイズ。
「情けないなジューヌ。最近カンが鈍ってきてるんじゃないか?」
ジューヌは我に返ると、涙を拭った。
「うるさいわね、自分一人でさっさと逃げ出す憶病者に言われたくはないわよ」
「ふん、まぁいい。それよりも……わかってるな?」
「……当然でしょ。始まったら、すぐにやるわよ」
これで白マントの男達を除いても3対1。銃を持っているとは言え、アイズに勝ち目はない。しかし、いざ戦いが始まろうという時に、ジューヌが突然カルルの手からトトを奪い取った。
「ジューヌ!?」
「ごめんねカルル姉様、これも仕事だからっ!」
呆気に取られるカルルを尻目に、その場から離脱するジューヌとフェイム。すると、白く美しい飛行機が高速で飛来し、二人の前で滞空するとハッチを開けた。
「何だこいつは!?」
「フェイム! これに乗るわよ!」
「あ、おい! 俺の意見も聞けよ!」
戸惑うフェイムを置いて、ジューヌが飛行機に飛び乗る。続いてフェイムが乗り込むと、ハッチは音もなく閉じ、純白の飛行機はすぐさま上昇を開始した。
「待ちなさ~い!」
わけがわからないが、ともかく飛行機を追おうとするアイズ。すると、そこにカルルが襲い掛かった。『分解』の力に輝く右手がアイズに迫る。しかし、
「邪魔を……!」
無我夢中のアイズはカルルの右手を避け、
「するなーっ!」
全力で腹部に拳を叩き込んだ。
瞬間、以前コープから受け取った手の甲の宝石が光り輝き、カルルの全身が青白い炎に包まれた。恐ろしい叫び声を上げて退却するカルル。
「コープの奴! こんな力があるなら先に説明しなさいよ!」
呆気に取られるアイズ。しかしその間にも、トトを乗せた飛行機はどんどん小さくなっていく。
『アイズさ~ん! 下がってくださ~い!』
ナーの声に振り向くと、追いかけてきた南方回遊魚が、白マントの男達に突っ込むようにして目の前を通り過ぎた。何人かが弾き飛ばされ、残った男達も、旋回して再度突っ込んでくる飛空艇を目にして散り散りに退却する。
「ベルニスさん、すぐに追いかけて下さい!」
アイズの無事を確認し、ナーが上空の飛行機をレーダーで捕捉する。
しかし、
「無理だ。機体性能に差がありすぎる……」
ベルニスは悔しげに呻くと、追跡を断念した。
間もなく、純白の飛行機はナーの視界から姿を消した。
ジューヌ、フェイム、トトは純白の飛行機の中にいた。
外見から受けるスマートな印象とは裏腹に、広々とした居住スペースが確保されている。設備はすべて高級品だ。
「ジューヌ君、大丈夫だったかい?」
タロットのようなカードを切りながら、一人の男が言った。
「……まあ、一応礼は言うわよ、エイフェックス。でも、こっちに来てるなんて知らなかったわ。ずっと見てたのね?」
ジューヌは男……エイフェックスに話し掛けた。声を聞いたことしかないが、ジューヌの声紋分析に間違いはない。
「まあそう怒らないでくれ。こんなに楽しいことは久しぶりだからね……それよりも、さっき下に女の子がいたよな? 短い黒髪の」
「ん? アイズ……のこと? 知ってるの? 結構油断のならない奴だったけど」
カルルが倒されたところは見ていないジューヌ。だがエイフェックスは、管制室の外部モニターで見た光景を思い出しながら呟いた。
「いや、面白くなってきたな……ってね」
夕方、修理中の黒十字戦艦の内部にて。
ルルドと同じ容姿を持つ少女……『ルルド』は苛立っていた。ついにトトを捕らえたというのに、カルルは原因不明の機能停止状態だし、エイフェックスがトトを渡さないと言ってきたのだ。
「貴女がエンデ直属の部下だとしても、この艦における最高責任者は私のはずだ。納得できないのなら、腕ずくで奪っても構わんよ……私と戦う気があるというならね」
自信に満ちたエイフェックス、悔しそうな『ルルド』。
「一体何者だ、あの男。それにエンデってまさか」
「そうよ、フェイム。私も名前でしか聞いたことがないけどね」
ジューヌはトトを背中に庇いながら呟いた。
黒十字戦艦に到着して間もなく、トトは目を覚ましていた。トトにとっては絶望的であろうこの状況で、落ち着きを失わず静かにしてくれているのがありがたい。むしろ、フェイムの方が落ち着きがなかった。
「そう言えば、あのエイフェックスって奴、何処かで見たような……」
「黙っていなさい。フェイム」
「なんだとこの……」
フェイムがジューヌを睨んだその時、突然ブリッジに若い女性の立体映像が出現した。
「エンデ!」
驚く『ルルド』。
これがエンデ? ジューヌは立体映像を見つめた。聞いていた話とは随分と印象が異なる。いや、これはあくまで仮の姿か。
容姿とは不釣合いな幼い声で、エンデが話し始める。それによると、ハイムから輸送船を出したので、二日後にはこちらに到着してトトを回収する、ということだった。
『それまではエイフェックス、貴方にトトを預かってもらうわ。あ、でもイタズラしちゃダメよ? ま、なーんにもわかんないと思うけど』
エイフェックス、『ルルド』共に納得したので、この場は収まる。
『ところでエイフェックス、ファントムの調整は完了してるかしら?』
「ああ、いつでも起動できるよ。もっとも、カルル君と同等とまではいかないがね。すぐにデータを送ろう。待っていたまえ」
その後、二人はいくつかの事務的なやりとりを済ませて通信を終えた。
静かになったブリッジに、普段着のフジノが姿を現す。
「ルルド、ここにいたのね。カスタードパイを作ったのよ、一緒に食べましょう」
「あっ、はーい」
途端に子供らしい態度に戻る『ルルド』。
フジノはジューヌとトトに気がつくと、子供のように微笑んだ。
「流石ですね、先生。今度はこっちの番です。見てて下さいね。今度こそ、スケアやカシミールを殺してあげるから」
「……フジノ、少し話をしない? 色々と話したいことが……」
「ごめんね、先生。今は忙しいの」
ジューヌの話を一方的に打ち切り、フジノは『ルルド』を連れてブリッジを出て行く。
「だから、先生って何なんだ?」
二人が立ち去った後、フェイムが尋ねたが、ジューヌは無言だった。
ジューヌとフェイムはトトを部屋へと案内していた。
「大丈夫だった?」
「大丈夫です」
顔色の優れないトトを気遣い、優しく声をかけるジューヌ。
しかしトトは、少し冷たくあしらい……まっすぐにジューヌの瞳を見つめ、言った。
「ジューヌ姉様。貴女は、何が本当に大切なものか、わかっていますか?」
「昔は、わかってたような気もするんだけどね……今はよくわからないわ」
寂しげに答えるジューヌ。
「ずっと信じてた。音楽の持つ力を……でも」
その時、一行はフジノと『ルルド』の部屋の前を通った。
ドアの隙間から見えた、“何処にでもある当たり前の家庭”の風景に、ジューヌは言い知れぬ恐怖を抱く。
「……結局、私の音楽はあの子を救えなかった」
ジューヌは小さく呟いた。
トトを部屋に案内して、しばらくの後。
部屋にやってきたエイフェックスの指示により、フェイムのコピー能力を用いたトトの調査が始まった。しかし、こと身体の構造に関しては、ほとんどが無機物であること以外には取り立てて特別な要素はないようだ。
一方、彼女の『能力』を司る部分には全く未知のプロテクトが施されており、歌声を電波に乗せて世界中に送れることくらいしかわからない。エイフェックスはトトを調べるのを諦め、
「私とゲームをしましょうか」
いつも手に持っているカードの束を差し出し、トトに一枚引くように言った。引かれたカードには天使のような女性が描かれている。
「ほう……いいカードを引いたね。それは持っているといい、どうなるかは君次第だ」
エイフェックスが部屋から出ると、たまたま通路を歩いていた上位の神官達が立ち止まり、彼らはその場で武器の調達について話し始めた。
「ねぇ、貴方は何のために戦ってるんですか?」
唐突に、トトは入口近くにいた若い神官に話しかけた。
「教団のためだ」
「どうして教団のために戦うんですか?」
「それが正しいことだからだ」
「どうして正しいことだってわかるんですか?」
「……何が言いたい」
「貴方は、何も自分で考えないんですか?」
若い神官は言葉に詰まり、苦し紛れに睨みつける。しかしトトの澄んだ瞳で見つめられると、乱暴なことはできなかった。
トトが突然歌い始め、若い神官が驚いてあとずさる。
呆気に取られる神官達……エイフェックスはフッと笑うと、その場の皆に告げた。
「話の続きは別室でお聞きしましょう。どうやら歌姫のお気に召さないようだ」
ぞろぞろと歩いていく神官達に続いて、ジューヌ、フェイムも部屋を出る。
扉の鍵を閉めた後、ジューヌはエイフェックスに言った。
「一週間……ううん、三日とかからないかもしれないわね」
「ん? 何がだい?」
「この船に、とんでもないことが起こるまで、よ」
【スノウ・イリュージョン】
エイフェックスが所持する世界最高の船。グッドマンの高速飛行ユニットと同様のものを船体の各部に備え、水平飛行は勿論、垂直飛行をも可能にしている。機動性を重視しているため、強力な攻撃システムは搭載していない。
現実的には、乗員に負荷がかかるため極端な速度は出せないが、その負荷に耐えられる存在……例えば勇者フジノやリードランスの円卓騎士に代表される超人的身体能力の持ち主、プライス・ドールズ、クラウン・ドールズなどの人形が操縦した場合、間違いなく世界最強の船となる。