第11話 カシミール、始動
2009/10/4
挿絵を掲載しました
起動実験が始まる前。
ジューヌはフェイムと共に小型の飛行ポットに乗り、遥か上空から発電所の様子を見つめていた。
ポットは『宙に浮かぶ球体』とでも言うべき形状で、大人二人が乗るのがやっとの非常に簡易的なものだ。耐久性と機動性は無きに等しいが、優れた静音性とステルス性を備えている。
「こんなものまで準備しているとはね……」
間違いなく、ナーのレーダー対策だろう。
妹を出し抜くために用意された機体に、姉の自分が乗っている。皮肉な巡り合わせに溜息をつきつつ、ジューヌはエイフェックスからの指令を思い返していた。
本来、彼女達が引き受けた仕事はペイジ博士が戦時中に開発したという『ツェッペリン』というエネルギー機関を奪うことである。
「何だそりゃ? 発電所のシステムとは違うのか?」
初めて任務の内容を聞かされたとき、フェイムがそう尋ねたことで、ジューヌは喉元まで出かかっていた言葉をかろうじて飲み込むことができた。
ツェッペリン。その名はすべてを知るジューヌにとって、不吉と不幸の象徴だった。
『試作機が一つ作られているはずなんだ。それをペイジ博士が海外に持ち出したことまではわかっている。現在も彼が保管しているはずだ』
「それはどんな形なんだ?」
『不明だ』
「大きさは?」
『それも不明。ただ、理論上はかなり小型化が可能なはずだ』
「おいおい……そんなんでどうやって探せって言うんだ?」
フェイムが不満の声を上げる。
「博士が廃棄した……という可能性は?」
知っていることは隠しながら、ジューヌは尋ねた。あれが開発された目的と用途を考えれば、可能性は高い。
『それはないだろう。一度起動したツェッペリンを止める方法はない。半永久的に動き続ける夢の動力源だ。強制的に停止させようとして、万が一暴走するようなことがあれば……』
通信機の向こうで、エイフェックスが含みのある声で笑う。
……知っているな、こいつ。
表情を見られずにすむことに安堵しつつ、ジューヌは考えた。
自分の知る限り、ツェッペリンは最高最悪のエネルギー機関だ。発生する莫大なエネルギーを兵器に利用すれば、既存の兵器を大きく超える存在となるだろう。
加えて、ツェッペリン自体が暴走すれば……それは最早、兵器とすら呼べない代物となる。
『他に判明していることと言えば、起動したツェッペリンを待機状態で維持するには、かなりの電力が必要だということだ』
「村の発電機とか?」
『資料は見せてもらったが、あれではフル稼働しても不十分だな』
「だとしたら、他には……発電所か」
『そうだな。発電所を建造するにあたって、工事専用の発電機が新たに設置されたはずだ。中に隠してある可能性がある』
多分、それはないな。
エイフェックスとフェイムの会話を思い出しつつ、ジューヌは記憶を辿った。
終戦後、ペイジが自分をこの地に連れてきたのは発電所の『調律』のためだ。大気の振動によって電力を得る新しい発電システムの開発には、自分の力が大きく役立つはずだった。実際には、あまり手伝わずに飛び出してしまったので完成が遅れに遅れたのだが。
それでも、発電所の内部構造くらいは把握している。
いくら小型化が可能とはいえ、あそこに隠すスペースがあるとは考えにくい。
先日の襲撃の際にもフェイムに調べさせたが、それらしき場所はなかった。
「とは言え、他に常時、電力を発生できる場所なんて……」
呟いて、ジューヌは一つの可能性に気がついた。
「いや……まさか。流石にそれはないか」
即座に自分の考えを否定する。それではあまりにも……あまりにも、あの人が哀れだ。
「おい、始まったぞ」
フェイムの声に、現実に引き戻される。
滞空する飛行ポットの遥か下方で、発電所の一部が爆発する。
その尖塔に向かって、紅い翼を持つ者が舞い降りていく姿を、ジューヌは複雑な思いで見つめていた。
第11話 カシミール、始動
フジノは無造作に片手をかざし、ニッ……と微笑んだ。
刹那。
かかげられたフジノの手のひらから、無数の魔法弾が放たれた。
「なんなのよ、コイツは!」
次々と起きる爆発の中、魔法弾の嵐をかいくぐり、白蘭がフジノに飛びかかる。
「ダメよ白蘭! その人は!」
ナーが叫んだが、既に白蘭は攻撃態勢に入っていた。その身体が、フジノの目前で何重にも分身する。
「ふーん、リードの戦闘プログラムを学習してるんだ……」
髪を爆風に煽られ、その奥に見える瞳を狂喜の輝きに満たしながら、楽しそうに呟くフジノ。
何人もの白蘭とフジノが交錯する。
次の瞬間、弾き飛ばされていたのは白蘭だった。
「な……!? そんな、今のを避けられるなんて!」
「フジノ、やめるんだ!」
駆けつけたスケアが、風をまとった拳で攻撃する。服を浅く切り裂かれながら、カウンターでスケアを殴り飛ばすフジノ。同時に、白蘭が背後から切りかかった。
その瞬間、アイズの目にはフジノの上半身が消えたように見えた。驚異的な身体の柔らかさで攻撃をかわしたフジノが、白蘭の腕をつかみ、起き上がろうとしていたスケアに投げつける。
塔の縁で激突し、別々に落ちてゆく二人。スケアが地面に叩きつけられる。
一方白蘭は、激突寸前にロバスミに受け止められた。
「ロ、ロバスミ……!」
「良かった、何とか間に合ったね……がっ!?」
白蘭の上に倒れ込むロバスミ。フジノの撃った魔法弾に砕かれた、岩の破片が背中を直撃したのだ。
更に容赦なく襲い来る魔法弾。すると何を思ったか、ロバスミは白蘭を抱え込んだ。
「む、無茶よ! やめて、ロバスミ!」
だがロバスミは、安らかとも言える表情で微笑み……魔法弾が命中する直前、スケアの放った衝撃波が魔法弾の軌道を逸らした。
爆煙が晴れたとき、そこには地面に倒れている白蘭とロバスミの姿があった。
少し離れた場所ではナーとルルドがカシミールの作り出した結界に守られており、アイズとトトはモレロの背中に庇われて無事だ。
……と。
「う……っ」
白蘭がゆっくりと起き上がった。
同時に、白蘭を抱えていたロバスミの腕がずり落ちる。
「……ロバスミ……? ちょっと、ロバスミ?」
返事はない。
揺り起こそうとして、ロバスミの背中に触れ……真っ赤に染まった手のひらを見て茫然とする白蘭。
「ロバスミ……何してんのよ、起きなさいよ……ねぇ、ロバスミ、起きてよ! あたしの言うことが聞けないって言うの!? 何よぉ、ロバスミのくせにぃっ!」
泣き叫ぶ白蘭に向けて、フジノがもう一発魔法弾を放とうとする。
風が空を切り裂いた。
突如として襲いかかった旋風刃をかわし、フジノが後方の塔に逃れる。
壊れた塔の上には、竜巻の如き風を全身にまとうスケアの姿があった。
「フジノ、君は確かに強かった……しかし、戦う意志のない者にまで手を上げるような人ではなかったはずだ!」
スケアの必死の叫びにも応えず、フジノはクスクスと笑っているばかり。
「君は私の過ちだ……だから、私が君を止める! この命に代えても!」
「フジノ……勇者フジノ! あの人が!?」
スケアの言葉から真実を知り、愕然とする白蘭。
「そんな……だったらどうしてこんなことを……!」
辺りに静寂が訪れた。
先程までの爆音と煙に代わり、張り詰めた緊張が支配する。
と、突然ルルドがカシミールの結界から出ようと走りだした。慌てて追いかけ、ルルドの手をつかもうとするナー。しかし間一髪間に合わず、ルルドはスケアの前に瞬間移動した。
「なっ……!?」
突然のことに驚くスケア。以前は意識を失っていたため、ルルドが瞬間移動を使えることは知らなかったのだ。
「ママ、やめてよ! どうしてこんなことするの!?」
フジノは少し驚いていたが、不思議そうに言った。
「貴女……誰?」
「えっ?」
呆気に取られるルルド。フジノは続ける。
「ルルドじゃないわね……私のルルドは、私を捨てたりしないもの。私を裏切ったりしないものね」
「ど、どうして!? あたしだよママ、わからないの!?」
「……邪魔よ」
独り言のように呟き、フジノは再び片手をかざした。
「……! ルルドさん!」
問答無用で放たれた魔法弾からルルドを庇い、スケアがルルドを抱えて塔から飛び降りた。ルルドを庇って無理な体勢で着地し、うずくまるスケア。その姿を見て、ルルドが茫然と呟く。
「スケア……さん、どうして……」
「貴女が……傷つくことは、ありません。これは……っ」
痛めた足を引きずって、スケアは立ち上がった。
「これは、私の罪なのですから」
塔の上のフジノを毅然と見つめるスケア。その姿が気に入らなかったのか、フジノが塔の上から滑空して突撃してくる。
しかしその前に飛び出し、フジノの突撃をあっさりと受け止めた人物がいた。
「貴女も私も、過去を乗り越えられていないみたいね……フジノ」
「……カシ……ミー、ル……!?」
呟くフジノの表情が、初めて歪み、怒りと憎しみを顕にした。
「お前は……! お前はいつも、私の邪魔をっ!」
フジノはもう一方の拳を繰り出すが、そちらも受け止められる。力比べ状態になる二人……その周囲を余剰エネルギーが竜巻のように旋回し、地面が砕けて破片が宙を舞う。
やがて凝縮したエネルギーが爆発四散し、フジノは塔の上に逃れた。追って跳躍し、近くの塔の上に降り立つカシミール。散々な被害のために発電所は暴走し、辺りには稲妻が飛び交っている。
「さて……今の貴女を倒すのに、自分の力を使う必要はなさそうね……」
カシミールの背後に6枚の輝く翼が生え、周囲の稲妻を吸収する。すると発電所の暴走がおさまり、機能停止した。
驚くアイズに、モレロが説明する。
「カシミール姉さんの能力は『発電』ですが、この程度の電力なら逆に吸収、蓄電することも可能です……それより、早く避難しましょう」
「そんな! モレロ兄様、二人を止めて下さい! フジノさんと一人で戦うなんて無茶です!」
トトの哀願に、しかしモレロは苦笑交じりに言った。
「すまないな、残念だが俺にあの二人を止める力はない。それに大丈夫だ、姉さんは俺達の中では最強の人形だ……心配ない」
君達も早く避難するんだ、と村人を誘導していたベルニスが怒鳴った。
フジノとカシミールの戦いが始まった。
フジノの強さは魔力とスピード、そしてセンスだが、カシミールの強さは圧倒的な『出力』だった。二、三発相手の攻撃を食らっても、それ以上に強烈な一撃を、相手の防御を突き破って叩き込む。
真っ向からの戦いは不利と見たフジノが距離をとると、その瞬間、カシミールの両腕から巨大な閃光が発射された。フジノは咄嗟に魔力障壁を張るが、防ぎきれずにダメージを受ける。
「らしくないわね、退くことを知らなかった貴女が。子供ができて幸せボケしたんじゃない?」
激しい戦闘を繰り広げながら、世間話でもしているかのような口調でカシミールが話しかける。
フジノはボロボロになった飛行ユニットを投げ捨てると、挑発的な笑みを浮かべた。
「確かに私には子供ができたわ。でも、女は子供ができると強くなるものよ。11年前、アインスを手に入れられなかったお前が、今の私に勝てるかしら?」
「少なくとも、子供に捨てられた母親には負ける気がしないわね」
「なっ……私は捨てられてなんか……!」
……と。
辺り一帯を、巨大な影が覆った。
気がつけばいつのまにか、黒十字戦艦が発電所の真上までやってきている。
その中から、小さな人影が空中に躍り出た。
「そうよ、あたしはいつもママと一緒よ」
声と共に舞い降りたのは、紫色の飛行ユニットを装着した、ルルドに似た幼い少女……いや、ルルドそのものだ。
「あ……あたし!?」
愕然とするルルド。『ルルド』はフジノに寄り添い、甘えるように言った。
「ねぇママ、あの人達恐いよ。やっつけちゃって」
「ええ、わかってるわルルド」
フジノが頷き、片手を挙げる。
それを合図に、黒十字戦艦が砲撃を開始した。
カシミールがロバスミと白蘭を、スケアがナーとルルドを、モレロがアイズとトトを連れて一ヶ所に集まり、カシミールの結界で砲撃を防ぐ。そこに特大の魔法弾を撃ちまくるフジノ……フジノの高笑いと『ルルド』の無邪気で残酷な笑い声が響く。カシミールの結界はこの程度で破られるほどヤワではないようだが、このままでは重傷を負っているロバスミの命が危うい……!
その時。
「やめて……やめて! やめてっ! やめてぇっ! やめてよぉぉぉぉっ!」
ルルドが絶叫した。
小さな体から放たれた光が周囲の空間を満たし、すべてを圧倒する。
やがて光が消えた時、上空にいたはずの黒十字戦艦は忽然と消え失せていた。
それだけではない。発電所の塔も先端部分が削り取られたように消失し、そこにいたはずのフジノ達の姿もない。
戦艦を中心に、その周囲にあるものすべてを強制的に瞬間移動させてしまったのだ。
「どっか……行っちゃえ……」
呟き、ルルドは意識を失う。
そして地面に倒れる直前、カシミールが咄嗟に彼女を抱えた。
一方その頃、遥か上空から様子を見ていたジューヌとフェイムは、目の前で起きた異常事態に戸惑っていた。
「無茶苦茶だわ……こんなことって……!」
「とんでもない化け物だな、フジノって奴は。カシミールも、あんなに強かったのか……」
『ジューヌ君、フェイム君。二人とも無事かね』
と、エイフェックスから通信が入った。
それによると、戦艦とフジノ達は10kmほど離れた場所に瞬間移動させられてしまったらしい。おまけに衝撃で戦艦が航行不能になってしまったので、二人だけで任務を遂行してほしいと指示される。
更に、エイフェックスは任務内容の変更を伝えた。
「トト? 俺達の妹のか?」
『そうだ。カルル君が、既に動いているんだ。そこで君達には、彼女よりも先にトト君を捕らえてもらいたい』
どうやらエイフェックスは、トトに興味を抱いたようだ。
「……だけど」
『ジューヌ君。自分の妹を奴らに渡してもいいのかな?』
エイフェックスがからかうように笑う。
確かに、今のカルルに妹は渡せない。
ジューヌは決心した。