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      第10話 女神讃歌

2009/10/4

挿絵を掲載しました

 

 診療所のベッドの上で、スケアは目を覚ました。

 己の無事に安堵すると共に、戦闘用に作られた体の強靭さを恨めしくも思う。

 この体に用いられている技術は、プライス・ドールズのそれに由来する。自分達は彼らと根幹を同じくしながら、誤った方向に伸びてしまった枝のようなものだ。

 意識を失う前のことを思い出す。

 敵対し、あるいは共に戦った者達。トトも含め、戦後の生まれと思われる者が多かったが、戦時中から知っている顔もいくつかあった。


 中でも一際美しい女性の姿が脳裏を占める。

 発電所で見る前に、一度、夢の中で彼女の顔を見たような気がする。

 その時の彼女は、研ぎ澄まされた氷の刃のような、冷たく鋭い瞳をしていた。


 ……そうか、彼女は……。


「あ、気が付いた? スケアさん」

 突然、横から声がかかった。

 驚いて顔を向けた先、壁際にある長椅子に寝そべっていたアイズが身体を起こし、眠そうに目を擦る。

「アイズさん!」

 スケアは起き上がろうとして、痛みに顔をしかめた。流石に本調子ではないようだ。

「あれからどうなりましたか?」

「さあ? 私もここでずっと寝てたから。徹夜明けだったから、眠くて眠くて」

 アイズは飄々とした態度で答えた。知り合って間もないが、この少女の精神力には驚かされるばかりだ。

「スケアさん。前から聞きたかったんだけどさ」

 立ち上がってベッド脇の椅子に腰を下ろすと、アイズはスケアの顔を覗き込んだ。

「スケアさんって、何者?」

「私は……」

「クラウンでしょ? それは知ってる。知りたいのは、今現在、スケアさんが何者かってことよ」

 少し考えた後、口を開く。

「それは……」


 その時。

 部屋の扉が開いたかと思うと、入ってきた白蘭がスケアを見て叫んだ。

「スケアさん! 意識が戻ったんですね!」

 白蘭はベッドに駆け寄ると、アイズの目の前でスケアに抱きついた。



第10話 女神讃歌



 少し後。

 アイズがスケアと共に呼ばれた昼食の席には、ドールズ全員とロバスミ、プラント牧師、ベルニスに加えてペイジ博士がいた。

 今朝の騒動で発電所に損傷がないかどうか調べたい、明日には起動試験ができるようにしたいと博士が告げ、プラント・モレロ・ロバスミが了承する。

 白蘭は甲斐甲斐しくスケアの世話を焼いていた。その瞳は完全に恋する少女のそれである。

「ちょっと態度が変わりすぎなんじゃないの?」

 アイズはナーに小声で話しかけた。

「白蘭は昔から、気に入った相手にはあんな感じなので……」

「でも、あれじゃロバスミが可哀想じゃない」

「僕なら気にしてませんよ」

 隣にいたロバスミが呟く。

「元々、白蘭とはそんな関係じゃないですし……」

 力なく笑うロバスミ。

 これはこれでダメだなあ、とアイズは思った。


 気になる人物は他にもいた。

 まずはカシミール。黙って食事をしているが、明らかに空気が重い。

 ルルドはトトとナー、そして自分には楽しげに話しかけてくるが、スケアやカシミールには視線も向けようとしない。

 トトも少し落ち込んでいる。兄弟間の争いが余程ショックだったのだろう。

「アイズさん、大丈夫ですか? 顔色が優れないようですが」

 プラントが心配そうに尋ねてきた。

「やはり昨夜の徹夜がよくありませんでしたね。どうか、食事の後もゆっくりお休みになって下さい」

「おや、お二人は徹夜だったのですか。何だか申し訳ないですね、お手伝いもせずに一人で勝手に寝てしまって」

 ベルニスがいかにも申し訳なさそうに言う。

「今朝もほとんどお役に立てませんでしたし……いやはや、皆さん本当にお見事でした。特にスケアさんと白蘭さん。お二人のコンビネーションは息ぴったりでしたよ」

「いや~~ん。そんな~~」

 一人で照れる白蘭。


「ご馳走様」

 ぼそりと呟き、カシミールが席を立つ。

 と、

「待って下さい」

 スケアがカシミールを呼び止めた。

「皆さんにお話ししておきたいことがあります。現在の私の立場についてです」

 無視して出て行こうとしていたカシミールが、部屋の出入り口で立ち止まる。

 場が静まり返った。


「ご存知の方も多いと思いますが、私はクラウン・ドールズ。先の大戦でハイムの兵器として戦った戦闘用人形です」

 皆が無言で続きを促すと、スケアは話を続けた。

「ですが、皆さんの敵ではありません。現在、私はとある組織でハイムの動向を探るために動いています」

「失礼な物言いとは承知していますが、その話、証明はできるのですか?」

「いえ、残念ながら……任務の性質上、詳細な身元を明かすことはできないのです」

 プラントの問いに、スケアが頭を下げる。

「他にお話しできることといえば……これも証明はできませんが、フェルマータ政府の認証を得て活動している、ということです」

「ふむ。どう思われますか? ベルニスさん」

「十分に考えられることですね。フェルマータはリードランスからの亡命者を積極的に受け入れていますし、彼らは政府の中枢にも数多く進出している。もっとも、彼の話が事実だとしても、公に認めることはしないでしょうが」

「貴方が上に問い合わせて、返答が来る可能性は?」

「一郵便局員に過ぎない私では、まず無理でしょう」

 ベルニスは含みのある表情で答えた。


「貴方がハイムに通じていない、という保証は?」

 カシミールが静かに尋ねる。

「……ありません」

 沈痛な表情でスケアがうつむく。

 重い沈黙が落ちる中、ルルドが席を立った。

「ルルドちゃん?」

「部屋に戻る」

「だけど……」

 ナーの制止の声を遮り、ルルドは、冷たい声で呟いた。

「あたしには関係ないから」


 ルルドが部屋を出て行くと、空気は更に重くなった。

 それを打ち払うように、プラントが明るく言う。

「まあ、君の言葉を信じるに足る要素が少ないのは確かだが。君が我々を騙すつもりなら、他に幾らでも方法はあっただろう。それに……過去の罪を明かすのは、大変な勇気がいることだ。私は君を歓迎するよ」

 構いませんよね、とペイジに同意を求めるプラント。

「ん? 構わんよ。それより、作業を早く始めたいんだがね」

 呑気な博士の返答に、ようやく場が和んだ。


 発電所の整備が始まった。

 ペイジとドールズが中心となり、多くの村人達と共に作業に当たる。

 力仕事はモレロの独壇場だ。ナーは『見る』能力で問題のある箇所を探り当て、精度の高い手作業が必要となる箇所は、白蘭とロバスミが組んで修復に当たった。

「まったく、なんで私が汗水たらして働いてるのに、あんたは楽してんのよ~っ!」

「そんなこと言ったって、発電所を壊したのは白蘭達3人じゃないか……」

 図面と現状を照らし合わせ、的確に指示を出しつつロバスミが呟く。

「何よ~! ロバスミのくせに~!」

 相変わらずの態度に、ロバスミはやれやれと肩をすくめた。


 スケアは少し離れた高台から発電所を見つめていた。

 昼食後に修理の手伝いを申し出たのだが、白蘭がまだ休んでいるべきだと主張し、追い出されてしまったのだ。

「少しよろしいかしら?」

 いつの間にか、傍らにカシミールが立っていた。接近されるまで気がつかなかったことに、わずかに戸惑う。

「お邪魔?」

「……いえ。どうぞ」

「ありがとう」

 カシミールはスケアの隣に腰を下ろした。

「ハイムのデータベースには私のこと、どんなふうに書かれているのかしら。昔から気になってたのよね。まさか、愛玩用の人形だとか書かれてないでしょうね?」

「貴女は……アインス・フォン・ガーフィールドの恋人。ハイムでは、そう認識していました」

「そう」

 スケアの答えに、カシミールは小さく微笑んだ。

「貴女とリードはアインスの側近として活動。多くは非公式ですが、リードランスや周辺諸国の状況に大きな影響を与えたと記されています」

「そんな大したものじゃないわ。リードと私は、アインスのために生み出された人形。孤独だったあの人を守り、慰める、それだけのための存在。アインスが歩んだ道を、ただついていっただけ」

 カシミールは呟いた。

「だから、アインスが私を選んでくれた時は嬉しかった……そのはずだったわ」

 カシミールの脳裏に、二人の少女の姿が浮かぶ。

 一人は紅い髪の、もう一人は紫の髪の少女。二人の姿は驚くほどに似ていた。

「私のことを……恨んでいますよね」

「あたりまえでしょう?」

 カシミールは立ち上がった。周囲に小さな稲妻が迸る。

「貴方は私から……私達からすべてを奪ったのよ。故郷も、誇りも……アインスの命さえも」


『お~い、何をやっておるカシミール』

 発電所の周囲に、ペイジの声が響き渡った。

『お前がおらんと最終調整ができんだろうが!』

 見ると、高台の下で拡声器を持ったペイジがこちらを見上げていた。隣にいたモレロがカシミールの様子に気づいたのか、巨体に似合わない身軽さで駆け上ってくる。

「お前! 姉さんに妙なことをしていないだろうな!」

 普段の無口さをなくして、スケアに詰め寄るモレロ。

「モレロ、やめて。少し話をしていただけよ」

 カシミールはモレロを止めると、最後まで無抵抗だったスケアを一瞥し、ペイジと共に去っていった。


 一人で部屋に戻った後、ルルドは昨夜ナーに連れられてきた展望台に来ていた。

「ルルド~! 一人でいたら危ないよ~!」

 姿の見えないルルドを探していたアイズとトトが、こちらを見つけて駆けてくる。

「心配しなくても大丈夫だよ、お姉ちゃん。あたしの力は知ってるでしょ?」

「そうはいかないわよ。万が一ルルドに何かあったら、フジノさんに悪いわ」

「本当にそう思ってる?」

 ルルドは意地の悪い瞳でアイズを見つめた。

「お姉ちゃんはママより、あのクラウンの味方でしょ」

「……そんなことはないわよ」

 アイズが少し言葉に詰まったのを見て、ルルドは更に畳みかける。

「もし、あたしがあのクラウンを殺すって言ったらどうする? あいつはパパの仇だもの。あたしにはその権利があるわ」

「ルルドちゃん、そんなこと言わないで!」

 トトが悲しげに叫ぶ。

 ルルドは少し気まずそうに目を逸らすと、冗談だよ、と呟いて瞬間移動で姿を消した。


 次の瞬間、ルルドは展望台の中に現れていた。

 壁一枚向こうから、アイズとトトが自分を探して去っていく物音が聞こえる。

 小さく溜息をつくと、ルルドは部屋の中を見渡した。望遠鏡を始めとする様々な観測器具があちこちに置かれており、机や書棚にはナーが書いたらしい記録が積み上げられている。

「……ママ……」

 呟き、ルルドは部屋の隅にうずくまった。


 一日の作業が終わり、夕食の時間。

 食堂は相変わらずギスギスした雰囲気だった。

 元々無口なモレロは一言も話さず、ルルドはアイズとトトを微妙に避けている。スケアとカシミールの距離感は相変わらずだ。

 そんな中、一人楽しげにベルニスが話していた。

「今日、村の人に話を聞いて回ったんですがね。いやあ、プラントさんの評判は素晴らしいですね。どなたからも尊敬されておいでだ」

 ところで、とベルニスは言った。

「プラントさんは元々この土地の方ではないそうですが、どちらのお生まれですか?」

「……私は行商人の息子で、親は年中旅をしていました。ですから、故郷と呼べる場所はないんです」

「そうなんですか。私はまたてっきり、リードランスの方かと思っていましたよ」

 ベルニスの言葉に、プラントの眉が微かに動く。

「そう見えますか?」

「いや、少し言葉の感じが、あの辺りの方かと」

「ふむ……記憶にはありませんが、幼い頃に長期間滞在していたなら、多少は影響を受けているかもしれませんね」

「なるほど。いや、私の親は外交官でしてね。私も小さい頃は家族でリードランスに住んでいたんですよ」

「へえ、そうなんだ。外交官なんてカッコいいね」

 アイズが相槌を打つと、ベルニスは少し表情を曇らせた。

「まあ、いいことばかりでもないんですけどね。親が外交官などしていなければ、あんな事件に巻き込まれることもなかったわけですし……いや、親を恨む気持ちはありませんが」

「事件とは?」

 プラントが尋ねる。

「15年前のセルゲイ大使暗殺事件……『オペラ座の夜』のほうが通りがいいですかね」

 一瞬、プラントの目に動揺が走ったようにアイズには見えた。

「ベルニスさん。それ、どんな事件なんですか?」

「ご存知ありませんか? リードランスの国立劇場でハイムの大使が殺害された事件ですよ。あの事件がきっかけになって、ハイムとリードランスの関係は悪化し始めたんです。思えば、あれが戦争の原因の一つになったんですよね」

「ベルニスさん、貴方の家はひょっとして……」

 プラントが口を開くと、ベルニスは両手を振った。

「すみません、この話はもう止めにしましょう。食事中に話すことじゃない。自分で話しておいて何ですが、あまり思い出したくない話題なので……ボーナムのことは」


 その夜。

 アイズが眠れないでいると、トトが悪夢にうなされ始めた。慌ててアイズが起こすと、トトは汗びっしょりで夢のことを話した。それは夢の中でアイズが殺されてしまい、トトが怒って仇を殺すと、相手の顔がアイズの顔になった……というものだった。

「……いい夢じゃないわね……」

 苦々しく呟くアイズに、トトが続ける。

「私、復讐はいけないことだと思うんです……人殺しがいけないのは勿論ですけど、それは間違いを繰り返すことになるから……さっきの夢じゃないですけど、アイズさんの仇を討つってことは、誰かにとってのアイズさんを殺してしまうんじゃないかな……って……ごめんなさい、自分で言っててよくわかんないです……でも」

 トトはアイズの胸にすがり、言った。

「お願いします。もし私が殺されるようなことがあっても、仇を討とうなんて思わないで下さい」

 ここ最近のフジノの行動や、ジューヌ達との戦いはトトの心にこれだけの負担をかけていたのか……アイズは理解してあげられなかった自分を反省した。

「トト、もしかしてずっとそんなこと考えてたわけ? まあ、話はわかったわ……だけどさぁ」

「はい?」

「私ってば、信用されてないなぁ。私じゃトトを守れないってわけだ」

「えっ?」

「ショックだなぁ、そっかぁ、私じゃ頼りないかぁ……ぐっすん」

「そっ、そんなことないですよっ!」

 慌てて弁明しようとするトト。アイズはしばらくの間わざとらしく泣いていたが、やがておろおろしているトトを抱きしめ、優しくささやいた。

「トト。初めて会ったときにも約束したでしょ? 私が貴女を守るわ」

「……はい」


 その時、扉がノックされた。

「アイズさん、まだ起きてますか?」

「起きてるよ。どうしたの?」

 アイズが扉を開けると、廊下にはルルドに袖をつかまれてトホホ顔のナーがいた。

「ルルドちゃんが、みんなで一緒に寝たいらしくて……わわ、引っぱらないで」

「え?」

 ルルドはナーを引っぱって中に入ると、空いていたアイズのベッドに飛び乗った。

「知らないの? 夜になると『黒服のボーナム』がやってくるんだよ。ママが言ってた」

「なんなの? それ」

「ベルニスさんのお話に出てきた暗殺者ですよ」

 ナーの説明によると、ボーナムとはかつて世間を騒がせた殺し屋の名前らしい。その存在は半ば神格化……というより都市伝説と化しているそうだ。

 特にベルニスの言う『オペラ座の夜』の後は、ボーナムの名前で子供を寝かしつける親が増えたという。それだけ当時の人々に与えた衝撃が大きかったのだろう。

 なにしろリードランス騎士団が総力を挙げて敷いた警備網をかいぐぐって暗殺を果たした挙句、逃げ切ったというのだから。

「ボーナムはね、あたしみたいな可愛い女の子をさらって殺しちゃうんだよ」

「……そうなんだ」

「お姉ちゃん、あたしを守ってくれるんだよね」

 ルルドはアイズを見つめると、少しふざけた口調で言った。

「リードランス王家の名において、貴女を警護役に任命します」

「それは光栄だけど、どうして私が?」

「お姉ちゃんだったら怪物も寄ってこないでしょ?」

「こいつ~」

 アイズに髪をクシャクシャにされ、ルルドは顔をしかめたが、

「昼はごめんね、ルルド」

「……いいよ、別に」

 アイズが詫びると、おとなしくベッドに横になり、早々と寝息をたて始めた。

「意外と子供っぽいところもあるんですね」

 トトが呟き、アイズとナーはクスリと微笑みあう。

「ナー、手伝ってくれる? ベッドをくっつけるわ」


「なんだ、こっちにいたんだ」

 と、開いていた扉から白蘭が入ってきた。

「白蘭、どうしたの?」

「いや、スケアさんを探してたんだけどね。部屋にいないから他の部屋も見て回ってたら、あんたとルルドまでいないじゃない? それで何処にいるのかと思って」

「うわ、白蘭のエッチ! こんな夜中に!」

「違うわよ! マッサージでもしてあげようかと思ったの!」

「え……夜中に二人で!」

「何を想像しているのよ! まったく奥手なくせに変な知識だけはあるんだから! ほら、あんた達もさっさと寝なさい!」

 白蘭はナーをポカリと殴ると、3人をベッドに追いやった。


「申し訳ありません、博士。お手間をおかけしてしまって……」

「なに、ワシは天才だからな。この程度は朝飯前だ」

 スケアはペイジの研究室にいた。

 寝台に寝かされ、全身と頭部に様々な機器が取り付けられている。

「昼に見たときから気になっていたんでな。白蘭の治癒魔法は、機械的なものには効果がないからなあ」

 ペイジは淡々と作業を続けた。

「実を言うとな。ワシはお前さんが誰の下で動いているのか知っとる。一応、政府に顔が利く身なんでな。こんな所に引っ込んでいても、色々と情報が入ってくる」

「…………」

「お前さんが過去の償いをしようとしているのはわかる。だが、カシミールはお前さんを許さんだろう。それはワシも同じだ」

 ペイジは溜息をついた。

「ジューヌとフェイムのことを考えると、お前さんにいて貰った方がいいんだろうが。顔を見ると、どうしてもな……しかし、似ているな」

「我々、クラウンは……リードを元に造られていますから」

「他にも何人か知っとるが、特にお前さんは面影がある」

 ペイジは寂しげに微笑んだ。

「リードはカシミールと仲の良い兄妹でな。ワシにとっても息子のような存在だった」

「博士、私は……」

「メンテナンスはもうすぐ終わる。明日にでも任務は再開できるだろう……早めに、この地から去ることだ」

 ペイジの言葉に、スケアはうつむいた。


「過去の罪……それを明かす勇気」

 祭壇に祈りをささげながら、プラントは呟いていた。

 脳裏に幼い少女の姿が浮かぶ。

 地面に横たわり、血の池に沈んだ少女の姿が。

「……やはり、逃れられないか」


 翌日、発電所の再起動が始まった。

 最初は乱立する塔の間を風の吹き抜ける音がするだけだったが、塔の位置が少し動いたり窓のようなものが開いたりするうちに、様々な音が加わりハーモニーを形成していく。やがて完全に作動状態に入ったとき、発電所は一個の楽器となっていた。

「あ、この曲……私知ってます」

 トトが呟き、風の音色を伴奏にして歌い始める。

 再起動の報せを受けて、遅れて現場にやってきたカシミールは、トトの見事な歌に感心し……ルルドがぼーっとトトに見惚れていることに気づいて、そっと話し掛けた。

「この歌はね、女神讃歌って言うの。リードランスに伝わる4人の女神……恐怖、死、復讐、そして希望の女神を讃える歌よ」

 だが、ルルドは冷たく言った。

「あたしはパパの代わりじゃないのよ」

 カシミールは息を飲み、やがて力なく言った。

「……私もね、貴女のお父さんのことが好きだったわ。でも、貴女のことをアインスの代わりとは思ってない。まあ、それでも、正直言って複雑なんだけどね」

 ルルドは無言のままだったが、冷たく引き締めていた表情をわずかに緩める。


 やがて女神讃歌は第三楽章、復讐の女神の歌になった。





 人は互いを傷つけ憎みあった


 見よ 愚かなる人間達よ


 今そなた達のもとに 復讐の女神は舞い降りる





 瞬間、発電所の塔の一本が爆発した。

 飛び散る破片に巻き込まれそうになったトトを、アイズが抱きかかえて地面に伏せる。

 遥か彼方の空に姿を現す、太陽教団の黒十字戦艦……そして爆発した塔の崩れた先端に、真紅の飛行ユニットを装着した人影が舞い降りる。


 紅き翼の襲撃者。

 『紅の戦姫』フジノ・ツキクサは、女神讃歌第三楽章の最後の一節を歌った。


挿絵(By みてみん)





「……そう、今こそ復讐の女神は舞い降りる」





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マリオネット・シンフォニーは週連載作品です。
更新は毎週水曜日を予定しています。

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作者ブログ 森の詞

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