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鳥お母さん

 

 サクヤに連れられて向かった先は大広間。

 岩壁達に似つかわしくない赤と黄のカーペットが敷き詰められている。左右には華美な服装をしている人たちが幾人か並んでいて、その中にはあの夜…サクヤをいびりに来ていたあのおばさんもいた。

 

 そして、その最奥には…魔物の骨でできた椅子に腰かけふんぞり返っている者がいた。

 

「よお、サクヤやっと来たか!」


 恐らくこのハーピィ達を収める長、サクヤの母親であろう。

 翼はこの大広間にいる誰よりも立派で、その体躯は座っているものの誰よりも大きく感じた。一言で表すならその姿は豪放磊落。

 それにその美貌、サクヤと同じく純白の姿だった。

 

「母上…参りました…」

「おいおい!いつもの元気はどうしたよ!まあ、お前の元気そうな姿が見れて私は嬉しいがよ!!」


 俯いて話すサクヤと対照的に母親は快活に話す。

 本当ならサクヤも性格は母親と同じくらい元気な子なのに、こういう姿を見ると少し悲しくなる。

 

「それで!ついに治療始めたって聞いたけど本当かよ!?」

「ええ、本当です。こちらにいます男性のアルノーに治療を受けています…」


 淡々と事実のみを列挙していくサクヤ。後ろに控えている僕にはサクヤの表情を慮ることしかできない。

 

「ほお、そこの別嬪さんがねえ!羨ましいねぇ!!ヒューヒュー!」

「彼は私の大事な専属の医者です…そのようにからかわないでください…」


「おっと、それは悪いな!経過はどんな感じだよ!私にも教えてくれよ!」

「ええと…回復魔法をかけてもらっていて、まだ経過というには…」

「おいおい…適当でもいいから教えてくれって…」


 サクヤが言いよどむのも分かる。まだ治療を始めて二日しか経っていない、それにまだ羽根を動かす訓練をしていないし、何とも言えないのだろう。

 僕が説明してあげないとな…と思い前に出ようとすると、思わぬところから声が上がる。

 

「族長!お嬢様をそんなにいじめないであげてくださいよ~」

「おう、クラモト!どうしたいきなり!?」

「いえいえ、族長がお嬢様をいじめるから見てられなかったんですよ」

「はあ?いじめた?誰が」


「族長がですよ!だってお嬢様は男が裸で森を走ってるって言うほど心神喪失なんですよ!答えられるわけないですよ!ギャハハハ!!!」


 横に控えている他のハーピィ達もギャハハハと笑う。

 しかし、それだけではとどまらない。

 

「それで、妄想の男性を思い出して一人引きこもってずっと楽しんでたのかな~?このお嬢様は!」


 ドォッ!!と笑いが起こる。

 お嬢様は口を引き結んで、ずっと俯いている。

 それを皮切りに他のハーピィ達も勝手なことを言い始める「嘘つき女」「飛ぶの失敗したのを誤魔化した女」「引きこもり」本当に好き勝手だ。

 

 見てられない…たった二日間だがサクヤとふれあって、怒った顔や笑った顔をいっぱい見てきた。なんでここまで言われなければいけないのか…。

 真実も知らないくせに、誰が何を見て誰が嘘つきだと言ってるんだ。

 

「ねぇ、誰が嘘つ…「黙ってて…」


 打って出ようとした僕の言葉はサクヤの翼によって防がれる。

 そのサクヤの目は潤んでいる。そのサクヤが小声で話しかけてくる

 

「やめて…言い返さないで…」

「でも…いいの?言われっぱなしで…」

「いい…ほんとのことだもん…、それに、こんなことでアルも一緒にいじめられたらって思うと不安なの…」


 小さくか細いがサクヤの芯の通った意見だ。ここまで言われれば僕も我慢するしかない。だから必死に耐える…。一秒が一分にも一時間にも感じられる。

 

 ただ、黙っていれば時間は過ぎるもの。反応せずに収まるのを待つしかない。辛い、悔しいが黙るしか僕にできることはない。

 

 それども黙っていれば、一人、二人と笑い声が収まっていく。そして最後の一人が笑うのをやめた…その時にまたクラモトがおチャラけた口調で話し出す。

 

「それでさ、引きこもって一人でしてるの飽きたから今度は男娼を買ったんじゃない?それでお医者さんプレイなんかやっちゃってさ~!!ギャハハ!!

 アル?だっけ?そんな女にサービスしてる暇あったら私らにも一回ぐらい恵んでくださいな~!!一回や二回変わんないでしょ!ねぇヤリチ〇君!!」

 

 その瞬間また場から笑いが噴出する。それに今度は「あたしにもやらせろー」「お嬢様が経費の不正利用してるぞー」などとからかいではない本気のヤジも飛んでくる。

 

「サクヤ…その…」


 かける言葉を見失うとはこのことだ。

 サクヤもついていた膝を上げゆらゆらと歩き出す。

 そしてそのまま…

 

「クラモトォオオオ!!!あんたねえ!!言っていい事と悪いことがあるわよ!!」


 サクヤがクラモトに数センチのところまで詰め寄った!!

 

「アルのことを馬鹿にするなぁ!!本当にすごい医者なんだ!私をあの小さい部屋から連れ出してくれたんだ!!私を助け出してくれたんだ!!私を…私をぉお…うぇえぇ…ひっく…私のアルのことをなれなれしくアルって呼ぶなよぉ…うぅ…ひっく」


 クラモトの首根っこを掴んで大粒の涙を流しながら直訴する。

 そんな様子に少しクラモトは焦ったような表情を見せるが…サクヤの翼を払いのける。

 

「てめぇ!!なにしやがんだよ!!」


 怪我を負った翼ではそれを防ぐこともできず、床に投げ出される。

 僕は転がされたサクヤに急いで駆け寄る。

 

「サクヤ!?大丈夫!?怪我痛んでない?」


 それを見ているクラモトは鬼の首を取ったかのように言い捨ててくる。

 

「ほら!やっぱりデキてるじゃねーか!!なに違います見たいな感じでカマトトぶってんだよ!!」


 それを聞いた聴衆は笑うものがいたり、同情するものがいたり、どちらにせよ好意的な目では無かった。

 なんで僕たちがこんな仕打ちを受けなければならないのか。怒りではない、ただ深い悲しみが胸を打つ。サクヤも床にうずくまってずっと泣いている。

 

 もうこの母と娘が会うという行事は崩壊していた。

 

 

 

 ……が、

 

 

 

「黙れ!」




 場の空気が一瞬で静まり返る。太く芯の通った声だ。しかし、その声からは感情を読み取ることができない。

 

 声をあげたのは族長ーサクヤの母だ。

 

 その族長が骨の椅子から腰上げる。大きい…その体躯は二メートルにも及ぶほどだ。近くにいる他のハーピィが子供に見える。

 そんな族長がツカツカと歩いてきてうずくまるサクヤの前で膝をつき…

 

 

 

 そのまま、サクヤの髪を引っ張って顔を上げさせた。

 

「おい、まだ聞いてねえぞ怪我の経過はどうなんだ」


 低くドスの利いた声でサクヤに話しかける。

 

「あの…その…筋肉の様子が…」

「そんな難しい事を聞いてんじゃねえ!!飛べんのか!?飛べねえのか!?」

「その、まだ…やってみないことには」


 サクヤは髪を引っ張られ顔をあげさせられ、さらに泣かせられ、涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。

 周りの誰も声を上げる気配は無かった。僕しかいないのか?

 

 握られたように小さくなる肺に精一杯空気を入れる。


「怪我の経過なら僕が答えます!!だからその手を放せよ!!!」

「ほぉ…、医者か…」


 族長は一瞬驚いた顔をしたが、すぐさまにやりとギロリが入り混じったような表情で僕を見てくる。

 しかし、そんなものに怯んでいる暇などない。

 

「怪我の状態は良好で、すぐに飛べるようになるはずです!!」


「そうか…じゃあ…もう一つだけ聞かせてもらおう!こいつはーサクヤは飛べんのか!?躰の話じゃねえ!!気持ちの話だ!こいつは『飛びたい、大空を駆け回りたい』って本当にそう思ってんのか!!?」



 族長は脅すような形相でにらみつけてくるが…、

 『ふざけんじゃねえ、母のくせに娘の何を見てたんだ』そんな怒りが胸にあふれる。

 

「当たり前でしょ!!寝ぼけたこと言ってんなよ!!」


 僕のはなった一言に場の空気が凍る。あるものは首を振り、あるものは目を伏せている。族長はみんなの恐怖の象徴なのだ。

 それに僕だって…いや、もう諦めよう。僕が好き勝手されることによってサクヤが救われるならそれでいいや。もう諦観の念しか無い。

 

 しかし、族長はニッコリと満面の笑みを浮かべ、僕の頭を撫でてきた。

 

「やるじゃねーか…お前いい男だな、アゲチンだぜ…」

「え?」


「おい!?みんな聞いたか!?サクヤが飛べるってよ!!こいつも【鳥人レース】に出れるってよ!!手続き頼むわ!!」


 族長が振り返ってみんなに大声で告げる。

 それに逆らおうとするものは誰一人いない。

 

「おい、少年…サクヤを頼んだぞ!サクヤ…屈辱は勝つことでしか返せねーぞ!ほら!もう帰っていいぞ!」


 母の気持ちと族長の立場の葛藤を感じた瞬間だった…

 そうして、母と娘の久しぶりの対話は終了する。

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