悪意を受け入れる
泣きながらパンを夢中で口に入れる私の前に、彼はしゃがみ込み、語り掛けました。
「お前がまだ勇者だった時の戦いっぷりを、俺は見たことがある……。俺はその時、二十歳くらいだったかなあ。先陣を切って突き進むお前の後ろから、俺はお前の鬼神の強さを目の当たりにしてたものだぜ……」
ガラン隊長は、昔を懐かしんでいるかの様子になり、目を細めました。
「味方だったけどよ、お前の強さにはビビったもんだぜ……。剣を一振りするごとに、ほんとに文字通りに敵がバッタバッタと倒れていきやがる。そしてお前と来たら、笑い声を上げながら敵陣に突っ込んで行くもんだからよ、傍から見たら、本当に狂ってるみたいだったぜ。恐ろしさ倍増ってやつだ」
パンを食べ終わり、人心地ついた私は、ガラン隊長の事を思い出し、彼の方に顔を向けました。ガラン隊長は、恐らく30過ぎくらいでございましょうか、顎に薄っすらとヒゲをはやした、がっしりとした男でした。
彼の話しぶりから察するに、恐らく私は戦争かなにかの時に彼と一緒に戦っていたのでしょうが、私は全く彼の事など覚えてはおりませんでした。
ガラン隊長は、私の顔を見ながら話を続けました。
「まあ、たまたま俺も俺の親族や友人も、お前に殺されたりはしなかったから、俺自身はお前に特に恨みは無え……。だけどな、兵の中には、お前に友人や親戚を殺された者も数多い。お前、気に入らないやつは味方でも容赦しなかったからなあ……」
私がその話を黙って聞いておりますと、彼は立ち上がり、私にこう告げました。
「死なせはしない……。が、それ以外の事は何も保証できない。良いな?」
そう言う彼の目は、優しくも無く、冷たくも無く、何と申しましょうか……そう、言うならば、あまり興味が無いような、そのような感情を宿している様子でございました。
けれども、私にとってそのような事はどうでも良い事でございました。
彼が私の事をどう思っているか、それは重要ではございません。彼が私を生かすために、食べ物を与えてくれる……それだけで十分でした。
涙の止まった私は、パンを下さった彼に対し、静かに、ゆっくり、手を付いて頭を下げたのでございます。それは、私を注意して見ていないと、それと分からぬほどのゆっくりとした動きでした。
私は、彼とその部隊、およそ100人程の兵士達と共に、魔物の所まで行くことになりました。
魔物達は、かつて私が倒した魔王のいた場所を根城として居る……そのような情報を得ていた王は、私を道案内として約に立てようと考えた、と後から人づてに耳にいたしました。
ガラン隊長は、良くも悪くも、私の事を何とも思っていない様子でございましたが、兵たちは違いました。
「くそっ……こんな奴と一緒とはな……顔を見ただけでもムカつくぜ」
「全くだ……おい、何だお前、文句あんのか? こっち見てんじゃねえ! 打ちのめされてえのかコラ!」
兵たちは、私に対する悪意を隠そうともしませんでした。
しかし、それは仕方の無いことでございます。私は、彼等の友人、家族を確かに傷付け、危害を加え、殺していたのですから。
目の前にかつて自分の友人や親族を殺した男が居たとして、人というものはとてもその男に愛想よくしてやれるものでは無いということは、私も良く承知しておりました。
私に対する悪意、そして罵声は、当然の事でございます。私はそれを当たり前の事として受け止めました。
ガランの部隊と私は出発し、歩いて魔物の根城を目指しました。目指す場所までは、歩けば恐らく二週間程で到着出来る程の距離でございました。
兵たちは皆まだ若く、二十代の者が殆どのようで、三十代のガラン隊長が一番の年長であるようでした。
「何だこいつ……歩くのが遅いな。おい、大罪人、さっさと歩けよ!」
長年何も飲み食いしておらず、体がすっかり弱りきってしまいよろよろと歩く私に対し、兵たちは苛立ちましたが、ガラン隊長は笑って言いました。
「まあ、今まで何も食ってなかったしな……仕方ねえ、おい、馬の背に荷物の代わりに乗せてやれ。何日か食ってりゃ歩けるようになるだろうよ」
指揮官を乗せるため、また荷物を運ぶために数頭の馬が部隊におりましたが、私のそのうちの一頭に乗せてもらえることになったのでございます。
こうして、ガラン隊長の部隊と私は、魔物討伐の旅へと出発いたしました。