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人間扱い

 王が私に命じられた事は、次のようなものでした。


 かつて私が倒した魔王の居た洞窟の迷宮で、生き残った魔物達がその数を増やし、勢力を回復させつつある。


 それを憂いた王は、魔物を討伐する部隊を組織して、退治させる事にした。その道案内として、かつて一人でその地まで行った事のある、元勇者の私が選ばれた……


 大まかに申しますと、その様な内容だったのでございます。


「もうすぐここにその部隊がやって来る。お前はそれに同行し、部隊の道案内を行うのだ。良いな?」


 普段から何も食べておりませんものですから、立ち上がる力も失っております私に、その使者はそう言いました。


「……は……い……」


 何とかそのように私が返事致しますと、その使者は、自分の仕事はもうこれで終わりだと言わんばかりに私の元を足早に立ち去り、そしてその日の午後、100人程の部隊が私の居る路地へとやって来たのでした。


「おおっ、こいつか……あの大罪人ってのは」


「きったねえな、こいつ……獣の匂いがするぜ、おい」


 部隊の兵士たちの中には、初めて私を見た者もいるようで、その者達は口々に私を見ては、思い思いに好きな事を言っていました。


 そんな中、一人の男が私の近くにやって来たのでございます。そして、その男はこう言いました。


「はっはっは……こりゃあまるで捨て犬みたいだな。おい、誰かこいつに水を用意してやれ。体を洗わせてやろう」


 程なくして、水の入った桶が私のもとに運ばれて来ました。


「おい、これで体を洗え……って、ははっ、おいおい、そっちが先ってか」


 私は、桶に手を入れて水を手ですくうと、まず口に入れました。飲める程の綺麗な水を飲める機会は、雨の時にわずかばかり飲める程度だったからでございます。


「……んっ、んんっ……はあっ、はあっ……」


 私は、久し振りに水をまともに飲むことが出来たのでございます。


「ふふっ……おい、落ち着いたか? 俺はな、ここの隊長、ガランだ。今からお前を連れて魔物の討伐に向かうが、俺はその部隊の指揮官って訳だ。分かるな?」


 水をひとしきり飲み、久し振りに腹を何かで満たした私に、彼はそう話しかけました。


「お前、死んだらまた生き返るのに半日くらいかかるんだろう? それじゃあ道案内にならねえから、お前はちゃあんと生かしといてやる。おい、誰か、なにか食い物を持ってこい」


 次に私のもとに運ばれてきたのは、ひと切れのパンとチーズでございました。


「さあ、食えよ。ずっと何も食ってなかったんだろう?」


 何とも驚いたことに、このお方は私にパンを与えるとおっしゃったのです。私は、震える手で差し出されたパンを手に取りました。


 私がパンを手に取っても、そのパンは幻となって消えてしまう事は無く、再び誰かから取り上げられる事もありませんでした。


 私は、手を震わせながら、そのパンを一口かじったのでございます。


 口の中に、砂でもない、小さな羽虫でもない、柔らかいパンの感触が致しました。


 私の胃は、いきなりのまともな食事に驚いたようで、吐き気を私は催しましたが、その吐き気を押さえ込み、私はパンを食べ続けました。


「はっ、あむっ、ううっ、はぐっ……」


 そんな私を、このガランと名乗る男性は笑って見守っていたのでございます。


「はっ……そんなにがっついて、何だか、まるで本当に野生の獣みたいだなあ、おい……んっ? 何だお前、泣いてるのかよ……」


 私はその時、手に未だ少し残るパンの欠片を握りしめ、自分自身でも気付かないうちに涙を流していたのでございます。


 11年ぶりに口にする、まともな食事。そして……11年ぶりに、私は人間として扱われたのです。あの時のパンの味は、今でもはっきりと覚えております。忘れようもございません。


 私は、この方の道案内をする事になったのでございます。

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