水の精霊
アーダルベルトがエミリーとニクセ、オットー、ファビアンを引き連れて戻ってきた。
ーーどうやってきたの?
そもそもの話だが、この廃城は王宮から遠い。王宮を仮住まいにするエミリーはもちろん、王都に住むニクセにオットー、ファビアンが馬車を使っても丸一日はかかる距離だ。まだ半日しか経っていない。
「皆さまはどうやってここまで?」
ダークが私の疑問を代わりに伝えた。
「ノームに連れてきてもらったんだ」
ファビアンがおずおずと答えた。大司祭に話したことを気にしているのだろう。
「地面の中をノームに乗ってスイスイ進んだの楽しかったわ〜」
エミリーは楽しそうに目を輝かせた。楽しいと聞いて是非とも私も参加したかった。今はノームより大きいから無理だが。
「大司祭様に気づかれないように来たから追っ手はこない筈だよ。……こんな事になってごめんね」
茶色の頭を下げられた。謝れられても正直なところ困った。
ーーうーん。どうしましょう。
殺されそうになったことを水に流せるほど、私の心は広くない。
「頭を上げてください。主人はそんなことを望んでいません。謝罪より行動で示して下さい」
ダークが助け舟を出した。ファビアンは「わかった! 僕はシャーロット様の力になるよ!」と力強く頷いた。私は頷き返した。ニクセが耳栓をアーダルベルトとオットー、ファビアンに渡して最後にダークに渡そうとして「大丈夫です」と断られた。
ーー何をしてるの?
「何をしてるのかと主人が聞いてます」
「ウンディーネは男を魅了する歌声の持ち主です。以前ウンディーネを呼んだ時に正体をなくしましたから予防です」
なるほど、女だから私とエミリーには耳栓を配らなかったのか。ダークは異常状態にかからないからいらないわけだ。
「皆さん準備はいいですか?」
ニクセが金の聖杯を取り出す。眼鏡の奥の真剣な瞳がみんなの顔を見回した。
「「ええ」」
「ああ」
「いいよ」
「うん」
「シャー」
一同の同意を得て金の聖杯が傾き透明な液体が地面に溢れた。溢れた液体は魔法陣を描き青く光る。魔法陣の中から1人のみずみずしい青い肌の女性が現れた。豊かな長い青い髪は1つに結ばれて、垂れ目のおっとりとした青い瞳はサファイアのように美しかった。白いワンピースに包まれたふくよかな胸に引き締まったウエスト、程よく大きな臀部。手足は長くて見事なプロポーションだった。
ウンディーネは滑らかな美しい声色で歌い始める。
▼戦闘が開始されました。と表示された。
ーーこれのどこが攻撃なんだろう?
知らない異国の言葉で歌っているのか、歌詞の意味はわからない。戦闘の合図が出たってことはもう攻撃されている筈だ。
みんなの様子を見てると、ニクセとアーダルベルト、オットー、ファビアンは耳栓をつけて歌声を防いだ。
耳栓に気づいたウンディーネは歌うのをやめて不機嫌そうに頰を膨らませる。
「○△□@#*!」
何を言ってるのかサッパリ分からなかった。
「私の歌を聴け だそうです」
ダークが翻訳してくれた。私の言葉も訳せてウンディーネの言葉も訳せるとは便利な執事兼堕天使だ。
ーーウンディーネって一番人間に近いのに言葉通じないのね。
動物の形状なのに流暢に話すサラマンダーとノームのことを思うとなんとも言えなくなった。
私のターンになった。●火炎を選択する。私の大きな口から火のブレスをウンディーネめがけて吐いた。2が1回、1が3回の計5ダメージを食らわした。火は対して効かない様だ。ダークのターンになった。どんな風に攻撃するのだろうとわくわくした。
数枚の灰色の羽根が風と共に何処からともなく現れた。ひらひらと宙に舞う羽は鋭利な刃物と化しウンディーネを襲う。3が2回、2が1回、1が1回
計9のダメージを与えた。
涼やかな眼差しにドキドキした。
次にオットーのターンだ。短剣を構えてウンディーネに飛ばした。ダメージは1だった。やる気ないみたい。
アーダルベルトが「魔刃剣!!」と魔力を帯びた斬撃をウンディーネに当てた。ダメージは1でウンディーネは倒れた。▼戦闘不能。と表示された。
倒れたウンディーネは「&@♪☆○△」と呻く。
「神秘のカップを持つ者はこっちに来い と言ってます」
ダークが翻訳してくれた。ニクセは白く輝く聖杯をウンディーネに見せる。ウンディーネは聖杯をひったくる様に奪うと、それに青い唇を寄せた。白い光が辺りを照らし収まる。
▼ウンディーネを召喚できるようになりました。とニクセの頭の上に表示された。
ウンディーネはボンッと消えた。聖杯がコロッと地面に転がる。
ーー耳栓役に立ったわね。
「耳栓が役に立ったわね と言ってます」
淡々と翻訳を続けるダークに心からすまんと申し訳なくなった。わねってぶっふーっ。女みたい。震えて涙目になった私をダークは半眼で見つめた。ニクセが「……過去の苦い経験のおかげです。ところで何を笑っているのですか?」と真面目に言うものだからますます笑けた。アーダルベルトは「お前の笑いのツボがわからん」と飽きれる。




