えーと、すいません?
私は自分のターンを待っていた。だが、それがくることは無かった。辺りは静かになった。キーンと耳鳴りがする。
コツコツ
誰かの靴の音が響いた。
パチパチ
誰かの手を叩く音が響いた。
私の前に1人の男性の背中が現れた。漆黒の短い髪は艶やかで美しく、長い手足の均等のとれた四肢。黒い執事姿の背中。まるで私を庇うように立つ姿に私は感激した。しかし、すぐに冷静になった。
ーー落ち着け。ダークがこのルートで私に味方する事はない。少なくともゲームではそうだった。
首を振り、甘い考えを振り払った。
「裏切り者が何のつもり?」
冷たい声にダークは背中越しに振り向いた。整った顔は私を見て困った様に笑った。私は油断しないようにダークを睨んだ。
「裏切り者ですか。酷い言われようですね。まっ否定はしません」
ーー否定しないんだ。
私は落胆したが表情に出ないように努めた。敵に弱みは見せれない。ダークは最初の私を裏切り殺した。その恨みは忘れもしない。
「見事な戦い見て、私は感激致しました。いやはや、少し気になる発言がありましたが、そこは流すと致しましょう」
ダークはエミリーに顔を向けた。ピンクの瞳は戸惑い、動揺していた。全身が震えるピンク色の少女は「嘘だ。こんな展開ない」と狼狽えた。やはりこの状況はゲームではない展開らしい。
「光の聖女様。 よってたかって1人の令嬢を複数の人間でいたぶるとは、少しやり過ぎではありませんか?」
落ち着いたその声色に私はあんたもでしょ? とムカついた。エミリーはスーハーと深呼吸をして動揺を抑えた。
「ダーク? 何を言ってるの? いじめたのはシャーロット様よ。 私はそれを断罪したまで。これは正当な行為よ」
闇のムチに捕まったままのアーダルベルトはエミリーに同意した。
「そうだ! その女が悪い!」
ダークはふっと笑みを浮かべた。
「そうですか。では主人の前に私を倒して下さい。手加減は不要です。そのかわりに私も全力を出させてもらいます」
ーーそれは本気なの? 本気で私を守ってくれるの?
今まで、神様を除くと誰も助けてはくれなかった。皆私の敵だった。シャーロットの時も下手したら日本人だった頃もだ。だから、内側から温まるこの感情に戸惑った。
「まるで私を守るように言うわね」
私の声は震えていた。冷たく凍てついた心が少しずつ和らいでいく。
ーーダメ。油断したらダメ。きっと私はまた殺される。
「まるで、ではありません。きちんと守ります」
私は目を見開いた。ダークは私を見て優しく微笑んだ。まるで私が好きなスチル画像のようだった。漆黒の眼差しは優しくて、でも主人公ではない主人を想っているその表情。シャーロットを自分を想っているだろうその表情。
ムチを落としてしまった。ダークは口を開けて間抜けな顔な私に「ようやく、信用回復しましたか」と笑う。
ーー何だこれは!? 顔が熱い!!
熱くなった頰を押さえてダークにバレないように後ろを向く。中身は25歳だが、この手の感情はあまり馴染みがなかった。私はウブであった。
ーーは、恥ずかしい。死にたい。憎い筈なのに何で? 私はダークに殺されたんだよ? バカなのか?
「どうしてなのよ? こっちにいらっしゃいダーク」
不機嫌な女の声。苛立ちを隠しきれてないそのエミリーの声に私は冷静になった。
ーーそうだ。ダークはそっちに行くに違いない。
緊張しながらダークの様子を見た。漆黒の波のたたない湖のように凪いだ瞳をエミリーに向けていた。
「何度も言いますが私は大人数で1人をいたぶるのは感心致しません。そこの4人を敵に回すのなら、少しは考えましょう」
元天使だったからか、ダークはいじめを毛嫌いしていた。私がエミリーをいじめていた時もたしなめていた。だからこそ、断罪イベントで見放された時はすごくショックだった。きっとエミリーをいじめ続けた私が醜く見えたのだろう。
ーー大人気ない女だったわ。まあ、いじめていた時は私も子供だったのだが。
少し冷静に戻った。私はエミリーを見て謝った。
「数々の無礼申し訳ございませんでした。許されると思いませんが、この通りです」
私は頭を下げた。自分の非を謝るのは社会人として当たり前だ。見慣れない45度のお辞儀に驚く周囲。なによりプライド高い公爵家の令嬢の謝罪に周囲は驚いた。ダークはその姿に感心した。エミリーは「……中身は大人か」と呟く。
ーーはい。大人です。ごめんね。あっけど、あんたも結構悪いよ?
形だけ謝った。心からは絶対に無理。世の中それで良いのだ。
「そこまで! 両者戦闘をやめよ!」
低いその声に私は顔を慌ててあげる。
▼戦闘が中断されました。
と表示された。




