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帰ってきた人  作者: 陸 なるみ
第二章 帰ってきた人
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滝池の人


 滝池の横にそびえる岩の洞窟のほうから声がした。


「嫌だ、姉さんとばっか踊りのけいこ行っちゃいやだ! 僕といて。僕と一緒にいて。お願いだからひとりにしないで」


 信也さんだった。痩せていたけれどジーンズ姿で、髪と髭がふさふさ、でも紛れもない、信也さんだった。よかった。


 お祖父ちゃんは「法子、おまえは帰って学校へ行け」と囁いた。そして歌いながら踊り出した。


「我らが神は悲しき神、人の悲しみ背負う。背負いて共に歩む神。我と共に進め、はらから〜」

 驚いた。祖父ちゃんが神官のように歌い踊るところなんて初めて見た。


 信也さんは終わるや否や駆け寄ってきて、

「じいちゃんの下手くそ、お父さんは、お父さんはそんなじゃない!」

 と叫んで祖父に縋りついた。


 お祖父ちゃんは信也さんを両腕に抱きしめた。

「そりゃそうだ、青造のように踊れるのはおまえしかいない」

 信也さんはそのまま泣き始めてしまった。


「じいちゃん、じいちゃん、じいちゃん、僕とうとうひとりだ、ひとりになっちゃった、じいちゃん……」


「ひとりじゃないだろう? 泰治だって加代だっている、奈緒子さんもお元気だろう? 皆がそっぽを向いてもまだ私がいるだろう? おまえがうちに来たときにちゃんとそう言ったぞ?」


「お父さんほど僕をわかってくれた人はいない」


「青造ほどではないにしても、みんな少しずつちゃんとおまえをわかっている。恐がらなくていい。いっぱい泣けばいい。大事な人がいなくなったのだから」


「泣いていいの?」

「泣けばいい。好きなだけ泣けばいい。おまえはそれだけの人を失ったのだから」

 信也さんの慟哭が滝の断崖に響いた。


 しばらくの間信也さんはしゃくりあげていた。

「じいちゃん、まだ僕のこと好き? 僕がいるから長生きしたいなって昔言った、今でもそう思う?」


「思うよ。信也が笑ってくれるならもっともっと長生きしたい。何も変わっていない。好きな人は好き、役に立たなくても好きなら好き。笑っていてくれるだけで長生きしたいって」

「うん、うん、うん……」


「私にだってわかってることがあるぞ、信也。明後日、ケーキが要るんじゃないのか? 奥の院でお誕生会したいんだろう?」


「うん、したい。ケーキ欲しい」

「ロウソクもたくさんだろう?」

「うん、すごくたくさん」


「どんなのがいいんだ? 加代に焼いてもらうか買いに行くかするから」

「白いの。イチゴが一周載ってるの」

「私や加代は招待してもらえるのか? それともふたりきりがいいのか?」

「ふたりがいい」

「わかった」


「いいの?」

「いいよ。私たちはうちでパーティすればいい。青造はもうどっちともに来れるだろう?」

「うん、たぶん。でも僕から奪らない? 僕のお父さん奪らない?」

「誰もとらないよ。青造はもう、お腹いっぱいになってもいくらでもケーキ食べれるんだよ?」

「そうだよね。もう取りあっこしなくていいよね。僕のお父さんであって、皆の青山さまだよね」

「そうだ」


 六時を二十分過ぎていた。お祖父ちゃんがいてくれれば大丈夫だ。法子はそう思って、学校へ行く用意をしにうちに戻った。

 


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