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帰ってきた人  作者: 陸 なるみ
第一章 従兄
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襖越しの祖父の反応

 

 (たい)()伯父さんの話をそこまで黙って聞いていた、祖父の声がした。


(わたる)くんの言う通りだな。信也はね、甘えているんだ、おまえに。青造(せいぞう)がいなくなったどうしようもない心の痛みをぶつけられる相手はそうはいない。誰かのせいにできるならおまえだろう? 


 加代(かよ)に『姉さんはいいよ、ずうっと一緒だったんだから』と怒鳴りたくてもできない。


 (あき)(ふみ)に、『嫌々ながらだったおまえが東京で、何で僕が京都?』ということもできない。


 (わたる)くんに当たり散らせることなど何もない。


 子供返りしても泣きつく相手がいない。きちんと泣いていないんじゃないか? 泣いて外に出してしまったほうがいい。ひとりで閉じ籠って思い出に浸っているのだろう? 


 そうだな、もしかすると、信也を泣かせてやれるのは私なのかもしれないな。おまえはいつもの、突き放した愛情でいいんだ。信也はいつもおまえにはそういう甘え方をしていたと思う」


「お父さん……」


「それで、奥の院に落ち着いたのか? 放っておいて大丈夫なのか?」

「楽しそうでした」


「楽しそう?」

「ええ、道中から何故か。

 車の中でお腹すいたと言い出して、持っていったお弁当を渡したら『エミさんのおむすびだ!』と食べていて、航くんが『エビ入り?』と声をかけたら笑いだして。


『エビさんじゃないよ、恵美さん。克也さんの奥さん。絶品なんだ。あ、でも卵焼きは姉さんのがよかったなあ。祖母ちゃんの味だし』とかつぶやいて。


 食べたら眠ってしまって、社の駐車場についたら鞄抱きしめて自分から奥の院へ。


『お父さん、ただいまだよ。ここで生まれたんだものね。帰って来たよ。(しゅ)(ぎょう)さんとちえさん、お兄ちゃんもいて、楽しかったねぇ、お兄ちゃんが宮津に行くまで甘えんぼしたんだよねぇ』


 お義父さんが使ってた布団、干して置いたのですが、引っ張り出してその上に鞄の中の服を敷き詰めてくるまり、また眠ってしまった。


 今晩は社務長が宿直してくださるとのことなので、取りあえず任せてきました」

 

「狂ってはないんだな」

「え? 十分おかしいです。髪はぼさぼさ髭面(ひげづら)で子供言葉ですよ?」


「それでも言ってることは全部正しい。今聞いた中でおかしいことがあるとすれば、琵琶が夜鳴ると言ったことだけだ。そのくらいの幻聴、誰にでもある。


 恵美だけでなく、たいして交流してない克也のことも憶えている。


 加代を姉さんと呼び、加代の母である青造(せいぞう)の妻、(しず)()を祖母ちゃんと呼ぶ。何も変わってない。『祖母ちゃんの卵焼き』はアイツの子どもの頃からの好物だ。


 青造の家族構成も正しい。皆ちゃんとわかっている。

 青造を生家に連れて帰ろうと思ったんだろう、両親のもとへ。ヘンなことするつもりで戻ってきたんじゃなければいい」


「私は仮眠を取ってから十二時ごろ見廻るつもりです」

「なら、早朝私が行こう。四時でどうだ」


「できましたら是非お願いします。信也、本社(ほんやしろ)好きだったはずだ、実の両親と離れて淋しくてもいつも、自分の領地のように縦横無尽に遊んでいた」


「ああ、どこに何の木が生えているか、池に金魚が何匹いるかも知っていたぞ。音楽教室でピアノ弾いてなけりゃ、社にいたじゃないか。私は信者じゃないから神さまが助けるとは言わないが、あの空気が、自然が支えてくれる。おまえはそれを守れ」

「はい、お父さん。お休みなさい」


 伯父さんは隣家へ帰って行ったようだ。

 後はお祖父ちゃんが洗面所にいったら押入れから出ようと法子は決めていた。だが祖父はその日に限って、先に布団を敷くことにしたようだ。見つかってしまった。


「法子」

「お祖父ちゃん、私に何ができる?」

「その前に盗み聞きはよくない」

「ごめんなさい」


「おまえは心配せず自分の生活をしなさい」

「私、巫女に戻ります」

 降って湧いた考えが口をついてでた。神社にいよう。信也さんが子供みたいになって苦しんでる。自分ができることはうちで予習復習することじゃない。


「おまえが行ってもできることはない」

「見張りがひとりでも増えればいい。食事もっていったりお茶出したりできる。洗濯だって」


「社務所、(くりや)、宿泊の担当者が手分けしてやってくれるから、法子の出る幕はない」

「それでもいい」


「相変わらずおまえは誰に似たのか頑固だな。『ご隠居に似て気合いの入った娘だ』と言われてるの知っているか? 朝四時に私が行って様子を見てくるから」


「私も行く」

「おまえは学校だろう?」

「四時から学校行きはしない。社へは歩いて十五分かからない。六時半に戻ってきたら学校には十分間に合う」


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