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帰ってきた人  作者: 陸 なるみ
第五章 親というもの
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神主のおしごと

 

 中間テストまでちょうど一週間となった。直前の週末に集中して復習すれば、問題はないだろう。

 主要五教科、社会と理科は二科目ずつで七つ。今のところ、授業は全部理解できているし、テスト中に頭が真っ白にならない限り大丈夫なはずだ。


 苦手な数学は、ラッキーなことに高校受験時の塾レベルより低い。まだ因数分解を延々としている。

 法子は他教科の復習に力を入れた。

 勉強、勉強という父の手前、ボロは出せないとしても。

 

 信也さんには学校も仕事も無い。お社に棲息している座敷わらしみたいだ。自分で「守られ神」だと言っていた。座敷わらしは家に憑いている間、富をもたらすのだったか。


 神社にとって、利益になっているのか、それとも経費がかさんで損になっているのか、井村さんがいうように、悪い噂の源になったりもするのか、よくわからない。

 

 こどもの日の神主さまとの歌は、「やはり信也さんなんだなあ」と思わせた。歌も踊りも、まだ全部ではないけれど、少しずつ戻ってきていいる。


 もしかして神官としての自分を思い出して、こどもの日、歌い出したのかもしれない。

 境内の砂利に丸を描くヘンな姿を見せてしまったから、そのフォローを自分でしようとしたとか。それを神主さまが見て取って伴奏や踊りを受け持ってくれた。


 神官という立場は、普通の人が考えないことを考えて先廻りしなければならないと思うから。

 

 確かに柏餅を皆に分けながら、子供たちは信也さんに懐いたように見えた。もしくは同年齢の友達みたいに打ち解けていた。

「音楽をより身近に」という神社の神官としての仕事をしたと言えなくもない。


 信也さんはこれから、すぐには大人の神主には戻らないだろうけれど、こどもの日のような神主をしていくのかもしれない。

 

 今日は巫女姿に着替えるのは止めた。帰宅前のお喋り時間が増えるだけだから。

 信也さん以外に会わずに生け垣を抜けてうちに向かえば、自分の思い通りの時間に到着できる。

 

 奥の院の縁側でだらけていた信也さんは、法子の制服姿を見て、

「女学生さんだね」

 と言った。


「はい、だから勉強しなきゃならなくて」

「そうだね」

「あ、そうだ、質問がありました」

「何? 勉強のことは手伝えないよ、まだ習ってないから」


「そうじゃなくて、えっと、お社から神さまの声がすることってありますか?」

「ないよ、そんなの」

 そう言って楽しそうに笑い始めた。


「でも神主さまの声でも信也さんの声でもなかった」

「克也叔父さんが嘆くね、娘が神社にかぶれたって」

「だって……。信也さんは長秋さんを信じてるんですか?」

「知らない。会ったことない」


 にこっとしてから続けた。

「でもお父さんが神さまになったかもしれないから、それもいいかなって思ってる」


「お祖父さま、(しゅ)(ぎょう)さまは?」

「う〜んと、ちょっと困る。会ったことない。でも皆が僕に似てるっていう。もしかしたら僕と一緒で、ちょびっと神さまかもしれないなって思う」


「守られ神?」

「守られ神は僕だけ。朱暁さんはキャンプファイヤーか、とんど祭りとかのおっきな火。僕は『冬の闇夜に衆生(しゅじょう)の集う(かがり)()』だってお父さん言ってた。他の人を照らせるけど、誰かに守られてなきゃ消えちゃう」


「そうかもしれないですね」

「お父さんがいなくなって消えちゃうかと思った。僕を受け止めてくれてた網がどさっと切れて、落ちてく気がした。けど、他にもいろんな網が張られてて、守ってくれる人がたくさんいた」

「はい」

 阪口家の舞楽も信也さんの心に少しは届いたのだろう。


「それで? お社はのり子に何て言ったの?」

「信也はもう治ってるって聞こえた」


「じゃ、心配しなくていいんじゃない?」

「信也さん、種明かしして下さいって言ってるんです」

「じいちゃんに訊いてごらん、『まだ天の声できるか?』って」

「天の声?」


「うん、ただの神主(かんぬし)(わざ)。あの時僕は身体を丸くして、自分のわき越しに後ろに発声した。腹話術みたいにお腹の力だけで声出して近くの壁にぶつける。お社が反響して、聞いてる人には誰が喋ったかわかんなくなる。

 お社の外側からやったのは初めてだったけど、何とかなったでしょ? お社の中でやるとスゴイよ。本当のことを『天の声』で言うと、聞いた人は簡単に信じ込む」


「何か詐欺みたい」

「サギじゃないよ、嘘つくんじゃないもん。ほんとのことをズバッと言い当ててあげるの。お社で『人生うまくいかないな』って悩んでる人のお話を聞くじゃん? そうしたら、『あれ、ここちょっと思い違いだな』とか、『気付いてないのかな』ってことが出てくる。そういうときに使うの」


「そういうときは、普通に信也さんが信也さんの声で教えてあげればいいだけで、お社にしゃべらせる必要はないと思う。そこが詐欺です」


「言葉を巧く届ける方法だよ」

 信也さんはちらっと舌を出してみせてから、

「ま、神主技にはサギっぽいのいっぱいあるよ!」

 と高らかに敗北を認めた。


「信也さんはこのまま神官に戻るんですか?」

「う〜ん、どうしようかな。学校行かなくていいし、ここにいればおむすびも柏餅ももらえるしなあ」


「大学、戻りたくはないんですか?」

「だいがくぅ? あそこはスチレンボードで四角を作るの。僕は石と枝でダムを作るほうが好き」


 法子ははっとした。信也さんは建築科に行ったんだった。

 大学に戻って卒業資格は得ても、建築士になるという雰囲気じゃない。一級建築士の資格を取るのは大変だとも聞いている。


「最後のほうは気晴らしに、隣の科に行ってピアノ弾いてたんだ」

 そういえば昔、「介護に忙しくて卒業制作ができない、他の科に移籍するかとの話もあったけれど、辞めることにする」という話を聞いたんだった。


 庭にダムを作るのは造園科かもしれないけれど、ひとり遊びでしていたことはやはり、好きなんだ。

 音楽も好き、お父さんが神さまになったかもしれない神社も好き、ならここにいるのがいいのかもしれない。


 (たい)()伯父(おじ)がいつまで神主できるのかも定かでない。何かあったら、後継者は信也さんしかいないのだし。

 

 信也さんはヘンでもおかしくても、何故かお社を手伝っている人々に人気がある。

 井村さんがたまに、神社の行く末を危ぶんで心配し過ぎるきらいはあるけれど、他の巫女さんたち、(くりや)の皆、宿泊所、毎週土曜日に神主さまの講話を聞きに来る熱心な氏子の皆さんにも慕われている。

 

「恵まれてるよね。ここにいればお勉強もしゅーかつもしなくていい」

「なら、ちゃんとお歌唄えるようになって下さい!」


「なんか最近、のり子に怒られてばっかの気がする」

「他に誰も怒る人がいないからです」

 信也さんはくくっと笑った。

 

 ――「就活」なんて言葉知ってるくせに、大人のくせに、高校の勉強大得意だったくせに。そして、もう治ってるくせに。

 男の人のくせに、表情豊かでいろんな笑い方をする信也さんが戻ってきているくせに――。


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