表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帰ってきた人  作者: 陸 なるみ
第四章 死者の行方
20/42

彬文さんとの電話


 伯母の笛が止まって(やしろ)がまた沈黙した。


 信也さんが奥の院の縁の下で吹いた曲はいったい何だろう。


秋歌(しゅうか)さまに電話します」

 伯父さんが祖父にそう言って、(じょう)()の胸元から携帯を出した。


 秋歌さまとは東京の(あき)(ふみ)さんの神官名だ。相手はすぐに答えたようで、伯父は今までどこを探して何をしたか説明している。

 

 しばしの沈黙の後、伯父さんから携帯を渡された。

「のりちゃんと話したいそうだ」


 ――え、私?

 

 電話の向こうから静かな低い声が聞こえてきた。

「法子さん、信也のことをわかろうとしてくれてどうもありがとう」


 急にそんなことを言われてどうしようもなかった。ダムが決壊したように話してしまった。


「私なんて、私なんて何もわかってないんです。信也さんが何をしたいのか、どこにいたいのか、心当たりを考えても、てんで間違ってばかり……」


「いえ、あなたは信也をわかっている。信也のすることには全て理由がある。狂ってもなければ死のうともしていない、そうでしょう?」


「あ、それは……はい、そう思います。でももう信也さんのしたいことが思いつかない。だめなんです、私ひとりに話しかけてくれるから、何か特別な気分になっていただけで、私なんて、私なんて……結局何にもできない……」

 涙声になってしまった。


「落ち着いて。加代伯母さんに笛を吹いてもらおうと思ったのは何故?」

「信也さんが『笛を吹いたら出て来てくれる』って言ったから」


「いつのことですか?」

「えっと、数日前」


「そうじゃなくて、いつのときのこと、信也がどこかで父親に笛を聞かせたんですね?」

「ええ、奥の院の縁の下で吹いたって」


「ああ、そのときのことか、わかりました。とてもいい目の付け所だよ、のりちゃん」

 どこがどういいのか全くわからなかったが、彬文さんは信也さんをよく知っている。


「ショパンを吹いたって、ショパンのどれですか?」

「幻想即興曲。ファンタジー・インプロンプツだね」


「どんな曲ですか?」

 電話の向こうの人はふと唄い始めた。

「ラーラララララッラ、ラララ、ラーララ」

「えっと、もしかして、池渡りの劇の二曲目?」


「ああ、そうだ、よく憶えていたね。わ〜れはここに、愛しきひと、我が歌に応え、()しき声あげよ、とく胸にいだか〜ん」

 蓬莱石に繋がれた彬文さんを信也さんが助ける劇で、信也さんが歌詞をつけて唄った曲だ。


「伯母さんなら吹けると思う。ついでに、そのとき奥の院の中で、青山(せいざん)は琵琶を弾いていた。リストのリーベシュトラウムだ」

「リーベシュトラウム」


「もしものときは(たい)()さんに弾いてもらって。その二曲を聞いても出て来ないとしたら、どこかで眠りこけている」

「眠ってる? それだけ? ただそれだけですか?」


「たぶん、きっとね」

「うそ」

「嘘じゃ困るだろう? 他の理由がいいかい? 信じてごらん。相手は信也だ。狂いたくても狂えない。狂ってしまったほうが楽なのに狂えない、そう思わないかい?」

「思います」


「じゃ、阪口神官にもう一度代わってくれるかな?」

 法子は携帯を伯父に返した。


 伯父は携帯を喰い入るように見て驚いていた。

「祭壇の中? 入れるんですか? 後ろの一番下ですね? はい、覗いてみます」

 電話は切れた。


 伯父は社の裏口から本殿に入っていった。神官しか入れない約束なので、他の者は外に残った。

 

「のりちゃん、リーベシュトラウムって言った? リストね」

 伯母さんが話しかけた。


「あ、はい、でもそれは笛じゃなくて琵琶だそうです。青山さまが弾いてたって。信也さんが吹いたのは幻想即興曲」

「ファンタジー・インプロンプツなの? あんな速いの吹けないわ」

「いえ、スローな部分」


 伯母はすぐには思い出せないようで法子は仕方なしに歌い出した。

「ああ、そこなら助かるわ」

 伯母さんは微笑んでくれた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ