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帰ってきた人  作者: 陸 なるみ
第一章 従兄
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信也さんという人


 学校帰りに神社に立ち寄る勇気は法子にはなかった。


 早朝から出かければ丹沢まで車で行って帰って来れる時間だ。

 鳥居をくぐれば信也さんがいるかもしれない。でも昔のままのあのひとではないらしい。その考えが胸を満たして自宅に速足で帰った。


 七才から十才まで巫女をしていたから、勝手知ったるお社だ。社務所のメンバーも皆親戚、現職神主の姪であり、前任の敏腕社務長、阪口(さかぐち)(かつ)(とし)の孫娘だ、行けば歓迎してくれる。


 祖父は今でも皆に、ご隠居として尊敬されている。

「もう少し様子がわかってからにしよう」

 法子は自分にそう言い聞かせた。

 

 夕食後珍しく伯父さんが顔を見せた。祖父に相談があるのだろう。

 祖父は必要以上に神社の活動に関わらない。

 お社の運営に勤めながらも、「実は仕事だからしているだけ、信者ではないんだ」と言っていた。青山(せいざん)さまのことも絶対、青造(せいぞう)と本名で呼び、神官名は使わない。

 

 次男である法子の父親、克也(かつや)は神社を毛嫌いしている。

 仕事は茶葉商、お茶屋さんで、抹茶やお煎茶、漢方の薬湯みたいなものなどを扱う。

 お社や親戚筋に納めるから仕方なしに付き合っているに過ぎない。お祭りにも参加しない。 

 

 そんな父の反対を押し切って法子は巫女を務めた。ひとえに信也さんがそこにいたからだ。高校生の彼は、もう既に一人前の神官として認められていた。


 法子が初めて巫女の緋袴をはいた日が、実は信也さんの神官就任の日、彼の十六才のお祝いだったのだ。


 不良だ、品行方正ではない、不義の子、半分しか一族でない男に神官は無理、などと陰口を叩かれる中、信也さんは「(たっ)(さい)の儀」に見事に楽を奏で、歌い、両親、親戚、氏子諸氏への感謝の言葉を述べた。

 難しいとされる神官間(しんかんあいだ)の問答さえさらりとこなし、皆が感嘆してしまった。

 

 信也さんはそんな人だ。一筋縄ではいかない。常識が通じない。普通の人には難しいと思えることが彼には簡単らしい。


 実の母親はオーケストラと演奏するようなピアニストでレコードもたくさん出している。いつのことだったか、「気がついたら僕も弾けてたんだよ、ピアノ」と言っていた。


「柔道は?」と訊いてしまった。

 誰に聞いてもピアノと柔道なんて絶対両立しない。


「う〜ん、身体がね、何か知ってるみたいなんだ。指を怪我しそうな技はかけないし、かけられない。中学入ってからはテーピングもしてるし、相手の手が伸びて来ないところを狙う。受け身も手首痛めないようにできてるみたい。踊りで鍛えてるからか、重心低いし身体が柔らかくて、ころんと転がって何とかなってるのかな?」


 何か全く他人事のような返事だった。


「いいんだよ、柔道は下手くそでも。音楽できなくなると窒息するだろうけど、柔道は楽しいからやってるだけだから。怪我しないなら負けてもいいんだ。勝つほうが簡単な相手なら早めに勝つことにしてる」

 相手の力量を戦う前から見切っているということらしい。


 信也さんは受験勉強をお社でしていた。「袴で数学解くと閃く」と笑っていた。

 自分も高校生になってわかったことだが、全くの文系頭の法子は袴をはいてもジーンズをはいても数学は苦手だ。


 彼はなんかいつもお社にいた。お琴を弾いていたり奥庭を歩いていたり、掃除など作務をしていたりもした。

 小学生の法子が気軽に話しかけることなんてできなかったけれど、うちにいるよりも、神社でのほうがよく顔を合わせた。


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