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帰ってきた人  作者: 陸 なるみ
第三章 お社の人
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法子の涙


 社務所にも顔を出さずに、自宅への近道の生垣の合間をくぐって帰った。ギリギリ夕食の時間だ。


 玄関先に母が出てきた。

「法子、おかえり」

 声が出なかった。一旦治まっていたのに、泣きだしてしまった。お(やしろ)からうちは近過ぎて、気持ちの整理がまだついていない。


 母は土間に降りて来て法子を抱きしめた。

「ほら、つらいことばかりでしょ、お社に行っても」


 つらいから泣いてるんじゃない、と心の中で思った。説明しようにもしゃくりあげが止まらない。ただただ、涙になった。

「信也さん……」


 母はそれ以上何も言わなかった。自分より少し背の低い母の肩に、頭をもたせかけて泣いた。


 お祖父ちゃんがお茶の間を出て様子を見に来た。

「散髪はうまくいったのか?」


 法子は啜りあげてから頷いた。

「伯父さんが、神主さまが髭剃ってあげてた。仲良しでよかった」

「そうか、それはよかった」


 少し落ち着いて鞄を置き、部屋着に着替えてから食卓についた。父は遅い日のようだった。


 祖父が諭すように言った。

「外からだと想像つかないだろうが、社殿にいると中から外はよく見えるんだ。光の加減だな。

 だから(たい)()は社周りでなら信也が何をしているのか、ちゃんと見ている。折りにふれて外に出て来て見守ってもいるから、法子が気負い過ぎなくていいんだよ」

 法子は黙って頷いた。


 井村さんも何やかんや神主様に相談しているのだから、伯父さまもチャンスがあれば髭を剃ってやろうと狙っていたんだ。


「それから、加代が法子にありがとうって、自分の生活の負担にならない範囲でいいから、信也のことお願いしますって言っていたよ」

「伯母さんが? 伯母さんと私しか奥の院に入らないからかな」


 少し明るく会話することにした。何故か胸が詰まって、感極まって泣いてしまったけれど、別に自分が悲しいわけじゃない。信也さんの悲しみが伝染しただけだ。


 祖父はまだ心配げだ。

「ただ、法子が大泣きするほどつらいなら、私も反対するが?」


「つらいことなんて何もない。ちゃんと話し通じるし、信也さん変でもなんでもない。ただ悲しいだけよ」


「さすが、法子だな」

「どういう意味?」

「信也が隣に越してきたときにね、小五の頃、アイツはどんなに淋しくても、法子をあやしてるときは笑ってた」


「歌いっぱいうたってくれたんでしょ?」

「憶えてるのか?」

「憶えてない。信也さんが言ってた」


「自分の人生がどうなろうが、法子だけは守る相手だって言ってたわよ」

 母が微笑んだ。

「そうなの?」


「どこか特別なんだ、法子はアイツにとって」

「赤ちゃんの時の匂いがするって。乳臭いの」

「そんなこと言ってたか?」

「うん」


「もうかなり大丈夫なんじゃないのか?」

 祖父が母に問いかけていた。


「かもね。子供の頃をもう一回やってるだけって感じ。お義父(とう)さんがいうように、狂ってもないんだわ」

「エビさんのおむすびでも作ってやったらどうだ?」

「天むす?」

 お祖父ちゃんと法子は同時に笑ってしまった。


「丹沢からの帰り用のお弁当作ってもらったじゃないか。おまえのおむすびだって言い当てたそうだ。恵美さんのおむすびは絶品だと」

「あら、嬉しい。私もこっそり会いに行こうかな」

「行けばいい」


 祖父は母にそう言ってから法子に振り向いた。


「誰が信者で誰がそうじゃないか、言っておこうか? 実は信也も余り信者ではないぞ。おまえも信心するかどうかは慎重に選びなさい。克也(かつや)が戻る前に座敷においで」



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