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帰ってきた人  作者: 陸 なるみ
第三章 お社の人
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奥の院のお風呂場で ①


 信也さんは洗い場のイスに座り、法子は制服のブレザーを脱いで台所用のエプロンを着た。


 狭いお風呂場にふたりきりだ。でも片想いの相手と意識するより何より、まずちゃんと髪が切れるかどうか心配だった。


 そして、もし、「可愛くなったのにお父さんが会いに来てくれない」と、信也さんがまた悲しくなってしまったらどうしようかと気になった。慰めようがない。

 

 でもそれは今悩んでも仕方ないと思い直して、濡れタオルで信也さんの髪を湿らせた。昨夜母に習ったとおりに、少しずつつまんでは先を切っていく。


 もしかして何日も洗ってないかもと思ったけれど、髪はベタつきもせず清潔だった。浴槽が濡れているのは見た覚えがないが、シャワーはきちんと浴びていて、髪はその度洗っているような印象を受けた。

 

「一遍にたくさん切ると線が出るからだめよ。そして髪をつまむ方向を変えること。

 左手を最初は横に入れて、中指と人差し指で髪を挟んで先を切る。次は縦に入れて先を切る。

 項が一番短くて、前髪が一番長くする。


 信也の髪だったらコシがあるから、ある程度短くしたら立ってくれると思うわ。いがぐりにならないように頭の上を長めに残して整えてね」


 母は言ったが、そんなこと言われても、他人の髪を切るのなんて初めてだ。信也さんの頭を触るのだって初めてなのに。


「のり子何かお話してよ」

 信也さんが言ったけれど、そんな余裕はなかった。


「信也さんがお歌うたってください」

「お歌はお休み。すぐ悲しくなるから」

 さっきの「てるてる坊主」がやっと歌えた歌なのかもしれない。声を合わせてくれる人がいなくなってしまったから、つらいのだろう。


「神主さまと仲良しでしたね、今日」

「父さん? 最初はぼやんとしてた。縁側に寝転がってのり子待ってたら、袴の人が見えて、『お父さんだ!』と思ったの。近付いてくるぞってドキドキして、横になったままそっと見たら眼鏡が見えて、ガクっとした。


 そしたら、

 『信也、体調悪いのか? 大丈夫か?』

 って訊いてくれておでこ触ってお熱診てた。

 『そっちの手のほうが熱いじゃん』って言った。


 それでお髭の話したらてるてる坊主にされた。昔、五音(いつつね)(まい)を踊ったの思い出した」


「信也さんが踊ったんですか?」


「父さんが踊ったの。五音用(いつつねよう)の特別の(ほう)()が、海月(くらげ)かてるてる坊主みたいで。難しいんだよ、五音舞。たたんたたんたん、たんたんたたんたん。縫衣がふふわふふわふわって揺れて綺麗だった。僕も今度やってみる」


「私にも見せてくれますか?」

「のり子、見たいの?」

「ええ、見たいです」


「縫衣の下が長袴(ながばかま)に高下駄なの。練習しないと裾踏んで転んじゃう。父さんったら僕に内緒で練習してたんだよ」


「伯父さんは何でもきちんと真面目だから」

「うん。僕のこと嫌いだと思ってた」

「伯父さんが信也さんのこと?」


「僕、不真面目に見えるらしいの。何しても努力してないって怒られた。(あき)(ふみ)だって何でもできるくせに、アイツは苦労してなくても真剣に見えるんだよ。不公平だよね。それで怒られるの嫌だから逃げるじゃん? 言うこと聞いても怒られるなら聞かなくなるじゃん」


 信也さんは肩をぴくっと上げて続けた。

「それで『僕を息子にしたこと後悔してる?』って訊いてみた。そしたら

 『一秒も後悔したこと無い』って。


 『信也は何でも自分より上手くできて、羨ましいな』とは思ってたんだって。でも、

 『だから信也が好きなこと好きなだけできるように、自分がお社頑張ろうって思うようにした』って。


 あ、恥ずかしいこと言ってた。父さん、姉さんにベタ惚れじゃん? 僕は姉さんによく似てるから、

 『大好きな加代に似てるおまえが嫌いなわけない』って。ノロケだよね、これ」

 そういってククッと笑った。


 泰治伯父は妻の加代伯母を愛している。それは法子にも一目瞭然だ。伯母さんが側にいると伯父さんはちょっと柔らかい雰囲気になる。


 信也さんは異母姉の加代さんによく似てる。特に性格のほうが似てると思う。だから泰治さんは信也さんが好き。


 そんな説明しなくても、はたから見れば泰治伯父は絶対信也さんが好きだ。


 養子に来て、親子になって十四年もたつのに、そんなこと今頃確認し合って、そんなに簡単に親子になれるものじゃないんだなと思ってしまった。


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