今度こそ……、外の世界へ。
「「リリア!どうした!!」」
屋敷の使用人達が集まってきた。相当なところまで響いたようだ。僕は一旦元の状態に戻っている。
もちろん裸ではない。創造魔法で先程来ていた服と同じデザインのものを作って着用している状況だ。
リリアは顔を真っ赤にして何やらつぶやいている。
「ナニあれ、お父さんのよりスゴイ……」
これから外に出ようとしていたのに、話を拗らせてはマズイので、適当に誤魔化すことにした。
「あのね?ぼくがね?リリアをこわがらせようとしてー、どあの前でわーっ!ってやったの。そしたらね?リリアがすごーくびっくりしたの!だからね!なーんにもないよ!!」
子供っぽさを演出して演技する。僕がリリアにいたずらをしちゃった、という設定だ。
その僕の言葉に、使用人達は納得したのかホッとしたように、
「なんだ、驚かせやがって、お嬢ちゃんのやんちゃかよ」「フフフ、クリス様ったら、あんまり怖がらせちゃ駄目よ?」「リリアもまだ子供だなぁ」
口々に言って部屋を出ていった。リリアは「ふぇ?」といった声をもらし、目をぱちくりさせていた。
僕は、部屋から全員出ていったのを確認中してからリリアに向き直った。
「リリア、今のは前世の僕の姿だったんだ」
「クリス様は前世ではロリコンの女装趣味のある変態だったのですか?」
「違う、そうじゃない」
僕の先程の姿はリリアにかなり強烈な印象を与えてしまったようである。とりあえず、その件から離れてほしい。
「では、単純にロリータコスプレが趣味の男だったのです?」
「違う。それも違う」
さっきと何も変わっていない。言い方を変えただけである。というかはやく忘れろ。
「ふふ、冗談です」
なん……だと。どうやら僕はリリアにからかわれていたらしい。ふふふ……、やっぱりお仕置きが必要なようだな……。
「何かクリス様から不穏な気配を感じます」
「気のせいだよ。気にしないで、リリア」
「ムムム……」
「それで、何をしてたかなんだけど」
「はい、なんですか?」
リリアは僕が話し始めると、少しだけ表情を引き締めた。
「実は僕はねーー」
ごくり、リリアが喉をならす。……そんな大した話じゃないんだけど。
「ーー外に出たいんだ」
「ええ!?」
リリアがすごく驚いてた。なんでやねん。と思ったら怒涛の勢いで説教をしてきた。
「クリス様はまだ三歳です! まだ外は早いですよ! 私は許しませんよ! それに女の子ですよ? 悪い人に狙われますよ!」
リリアよ、何故変なときだけ子供扱いをする。僕の精神が幼いのだろうか。リリアには子供に見えるのかな。
「そのためのさっきの姿だよ」
「あんな女の子みたいな顔で出るつもりだったんですか?……まぁちょっぴりかっこいいかもしれないですけど」
僕の顔はそんなに女っぽかったのか? 特徴がないとは自負しているが。あと最後のほうが聞こえなかった。大きい声で喋ってくれないか。
「外に出て何をするつもりだったんですか?お金も持たずに」
うっ。確かにそこをつかれると痛い。
「この世界は冒険者ギルドがあるじゃないか、だよね?」
「まぁ、そうですけど」
「そこに登録に行こうと……」
「それこそお金が無いと登録できませんし、何より危険です!命の駆け引きなんですよ!冒険者の依頼は!」
リリアの言うことはもっともである。だが僕には創造魔法がある。
「リリア僕には魔法が」
「魔法がなんですか? 一度だって実戦で使ったことがあるんですか!? 私は心配しているんですよ!」
思った以上に真剣な話し合いになってしまった。リリアにこんなに心配されているとは思っていなかった。
だが、どうしても外に出たい。僕にとって、もう家の中は狭すぎるのだ。なので、僕はリリアに食い下がった。
「大丈夫だよ。僕はもう庭で一通り練習した。炎も氷も自由自在さ」
「んむぅ……でも、クリス様はまだ何も知りません。やはり危ないです」
まだリリアは難しい顔をしたままだ。いい加減埒が明かないので僕は思ってることを直接述べた。
三歳児の姿だとカッコがつかないから、僕の前世のほぼ成人した姿でだ。
「僕はもう我慢ならないんだ!! 転生してから3年間、家の中から出られなくて、退屈してるんだ! 僕は三歳児なんかじゃない。中身は君より年上だと言っただろう? それにいざとなったら空間魔法だってある!」
リリアの肩を掴んではっきりと、ひとこと、ひとこと、力強く。リリアは体を強張らせ、はっとしたような顔で聞いていたが、やがて、観念したように、目を伏せて言った。
「……分かりました、行ってもいいでしょう」
「リリア。安心して、僕は絶対に危険なことはしないよ」
「でもぉ、やっぱり心配ですぅ……、」
泣きそうな顔でそんな事を言ってくる。可愛いな、うん。でも僕は意見を変えない。絶対にだ。
僕はリリアの頭ごとそっとその身体を抱きしめた。
「心配してくれてありがとう。でも、どうしても外に出たいんだ」
「はい……」
「夕方には帰るよ」
「しょうちしました。……クリス様、また服が」
「だいじょうb……え? わぁ!」
僕は服がまた破れて裸になってしまっていた。……またですか、またなんですか。
結局カッコがつかないじゃないか。なにやってんだ僕。裸で女の子に抱きつく男の図。やっぱり変態じゃないか。
僕は慌ててサイズの合う男物の服をイメージして身に纏った。リリアはそんな僕の様子が可笑しかったのか、クスリと笑って言った。
「クリス様はおっちょこちょいですね、やっぱり心配です」
「ホントのほんとに大丈夫だからね? 大丈夫なんだからね!?」
「ふふ、りょーかいです」
「じゃあ行ってくるよ」
「あっ、お待ち下さい、お小遣いをあげますよ」
そう言うとリリアはメイド服のポケットからがま口のサイフを取り出して、銀色の硬貨を5枚、手渡してきた。銀貨、だろうか。この世界の通貨の価値は
銅貨 = 10ディムル
青銅貨 = 100ディムル
銀貨 = 1000ディムル
金貨 = 10000ディムル
だったはずだ。10ディムルでパン一個分になる。
銀貨は日本円にすると、大体1万円になるはずだ。それを5枚は多いのではなかろうか。
ちなみに銅貨の下には鉄貨というのがあって、一枚1ディムルだがほとんど使われていないらしい。
白金貨というのもあるらしいが、これもほとんど出回っていなくて、価値は定かで無いとか。
「リリア、多すぎる」
「気にしないでください。今までの貯金額に比べたら大したことないですから」
「貯金額って?」
「ほんの16万ディムルですよ」
「ちょ、やっぱ多いじゃん」
「大丈夫ですって、住み込みだから、衣食住は困りませんし、そのくらい一月で稼げます。」
リリアはそうニッコリ笑って銀貨を僕に押し付けてきた。
「でも」
「じゃあなにかお土産下さい。私ほとんど休みがないので、買い物とか行けないんです」
「……わかったよ。なんかいいもの買って帰る」
リリアはやさしいな。……僕は渋るのをやめて、リリアからの好意を受け取ることにした。
「……気をつけて、いってらっしゃいませ」
「うん。行ってきます」
そうして僕は窓から一歩踏み出したのであった。