お仕事博物館
ショートショートになります。(2,036字
はい、みなさんこんにちは。
本日は当博物館にお越しいただき誠にありがとうございます。
わたくし、本日の案内を務めさせていただきます、パピヨンと申します。以後お見知りおきを。
さて、早速ですが当施設の紹介をさせていただきます。この博物館は〈現在では失われてしまった職業を、文化的見地から保存し、後世まで伝え残すこと〉を目的としています。
えっ、どういう意味ですって? そのままの意味ですとも。つまり時代の変化とともに当然我々の暮らしは変わります、テクノロジーの進歩によってね。ここではそうした技術革新によって不必要となった職業を、後世に伝え遺すために実演も添えて展示しているのですよ。まあご覧になればすぐにわかりますよ。こちらへどうぞ。
ここがどこだかわかりますか? そうです、駅のホームですね。皆様も毎日使うのでお馴染みでしょう? もちろんこれは再現スペースであって本物じゃあありません。でも雰囲気はあるでしょう?
では実際に使ってみましょう。ああ、お待ちを! まだ改札に行ってはいけません。忘れ物があるのです、おわかりになりますか? ……そうです、切符です。切符を買わなければ、駅には入れません。
そうですよね。みなさまは自動化された以降の改札しか知らないでしょう。昔はこのようにいちいちお金を払って、切符を買わなければいけなかったのです。ちなみに切符売り場のことを少し前には「テケツ」と呼んでいたのですよ、ご存知でしたか?
……ああ、いえ、意味は同じですよ。英語のTicketが訛っただけですからね。でもこれは目的のものじゃあありません。次に進みましょう。
そうです、お気づきになりましたか? 昔は自動改札機なんてものはなかったんです。ですから人の手で行っていたのです。この改札鋏という道具を使います。実際に試してみましょう。
―――カチンっ、カチンっ!
そう、こんな具合にね。小気味良い音でしょう? このアナログスティックな音には、自動改札の電子音にはない風情がありますからね。当博物館の趣旨、おわかりいただけましたか? 結構! それでは次に参りましょう。
まずはこちらの受話器を取ってください。……ええ、ハンドルがありますね? これを、そう、回して呼び出しをするわけです。交換手に繋がりましたか? 素晴らしい!それでは通話先を伝え中継してもらいましょう。
……いかがでしたか? 昔は電話をかけるにもいくつかの配線を手動で繋ぐ必要があったのですよ。この回線を繋ぐのが電話交換手という職業です。電話での「もしもし」という言葉は、かつての電話交換手による「申し上げます、申し上げます」の短縮語であると言われていますね。我々の言葉には、こうした古くからの名残が見られるのです。なんだか素敵だと思いませんか?
……さてさて、これで一通り見てまわっていただきましたね。
ボーリングのピンを置くピンセッターに、ネズミを駆除するネズミハンター、毎朝牛乳を届ける牛乳配達人、水を売り歩く水売り、どれも時代の流れのなかで姿を消していった職業なのです。
最後にとっておきの展示を見ていただきましょう。なんといっても、当博物館の目玉展示、人類最古の職業ですからね。きっと気に入っていただけますとも。そうら、すぐそこに、ほら見えてきた。
ご覧ください。こちらが人類最古の職業です。え、人間が突っ立ってるだけじゃないかって? ここからですよ。よくご覧なさいな。ほら、展示室に人間の男が入って来ましたよ。近づいた男は女を組み敷いて……、そら、交尾を始めましたよ。こんな光景ほかではなかなか見れませんって! もっと近くで観てください。
人間というのは年中交尾ができるにもかかわらず、特定の発情期を持たない生物なのですよ。……いいえ、365日発情期というわけではなく、彼らは生殖行為を目的としない性行為を行います。ほら、男が行為を終えて部屋を出ていきます。女は男の食料を得る見返りとして性行為を提供するわけですね。このようになんらかの対価を得るための性行為を「売春」と呼びます。人類史上もっとも古いといわれる職業ですよ。
いやはやあなたたちは運がいい。最近では当博物館の目玉展示にケチをつける輩もいるものでしてね。なんでもそいつらは「動物愛護の精神の下、人間の繁殖を目的としない性行為は虐待行為である」と主張するのです。とんだねじ狂いですよ、奴らは。
我々が正常個体を飼育するまでに、どれだけの手間をかけたのか奴らは知らないんですよ。遺伝子保存庫と惑星図書館さえあれば、わざわざ遺伝子培養など必要ないのです。それでも我々は芸術的な展示のために成し遂げた!この素晴らしさを理解できぬなら、さっさとバグを取り除くかスクラップになればいいのですよ。
……おや、失礼。ついつい愚痴が飛び出てしまいましたよ。人間を見れるのは当博物館だけですからね、ぜひまたお越しください。またのご来場を、心よりお待ちしておりますよ。