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復讐に生きる妖怪が恋をした時。  作者: 秋山蜜柑
第二章 恐れるモノ
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寂しさー第捌話ー

 焔楽は着物が濡れる事もいとわず、湖に足を伸ばした。足の先から感じる水の感触は心地よく、気持ちがいい。奥に進んでいけば底は深くなっていき、湖の水は胸まで浸かった。


「……母さん」


 焔楽は母の事を思い出しながら、目を閉じた。暗闇の中に映るのは、笑顔を浮かべる母の姿。こうしていると、気持ちが整理され、本来の目的にへと正してくれる気がした。


 忘れてはならない。母さんを殺した法術師の男、多聞天。何が目的で母さんを殺したのか。母さんは妖怪で鬼だった。だから、殺されたのか。だから、殺されねばならなかったのか。一体母さんが何をしたというのだろうか。母さんは俺を、羅刹を育てながら、同じ種族である鬼を斬り平和に暮らしていただけなのに。


 多聞天……。絶対に殺してやる。母さんの仇を討つんだ。法術師愛染から情報を聞き出し、とっとと本来の目的へ戻らねば。人間といつまでも共に過ごし、情が移ってしまえば、仇討ちなど困難を極める。情が移る前に別れるんだ。


「焔楽さん…?」


 焔楽は目を開き後ろへ振り向いた。その先にいたのは、不安そうな表情を浮かべた椿鬼である。


「……ついてきたのか」


「綺麗な場所ですね」


「法術師はどうした」


「残ってくれてます。私が焔楽さんの事気にしたら、ついて行っても良いって言ってくれたから」


「……で、なんでついてきたんだ。ここは結界の外で危ねぇ」


 焔楽が溜め息混じりに話せば、椿鬼は小さな声で「ごめんなさい」と口にした。その声はか細く、今にも泣き出してしまいそうなものだった。


「焔楽さん、私もそっちに行っても良いですか?」


「……好きにしろ」


「ありがとうございます」


 椿鬼の様子は、先程までと違っていた。表情も不安と言うよりも、悲しげで儚さのある表情を浮かべている。何故そのような表情をしているのか焔楽には理解し得ない。

 椿鬼はゆっくりと湖に足を踏み込めば、下を向いて焔楽の前まで歩いてくる。椿鬼が顔を上げれば、その瞳には涙が溜まっていた。


 ギョッとしてしまい、思わず身を引きそうになる。


「ッ……」


 どうすれば良いのだろうか。どう接するのが正解なのだろうか。


「……ごめんなさい。夜になると、嫌な事とか思い出しちゃって、一人なんだなぁって感じたら……寂しくなっちゃって」


「……」


 それはやはり、父親を殺されたからだろうか。


「私……一人ぼっちなんですね」


 椿鬼は甘える子供のように、焔楽の胸に顔を埋めた。カタカタと両肩は震え、涙を堪えるように、声を詰まらせながら泣いている。


「ごめんなさい……」


 三度目の謝罪だ。これは、甘えてしまってという意味なのだろうか。


「椿鬼」


「おかしい、ですよね……。焔楽さんにこうやって甘えたかったんです。だから……ついてきてしまったんだと……思います」


 思わず、自分に甘えてくる椿鬼を抱き締めてしまいそうになる。寂しさに震え、涙を流す少女を抱き締め、安堵させてやりたいと感じる。この感情は考えるまでもなく同情であった。

 既に情は移ってしまっていたのだ。


 この幼い体に、椿鬼は今悲しさと寂しさ。そして、復讐を背負っている。色んな感情がごちゃ混ぜになった心は、いつか壊れてしまう。

 壊れてしまった心は治ることがあっても、それには長い月日が掛かり、人間の時間では足りないかもしれない。


「ごめんなさい」


「謝るな」


 焔楽は同情で抱き締めようとする体を抑え、ボソリと言葉を漏らした。


「一人は寂しい。でも、テメェは父親の仇を討つんだろ。だったら、ガキみてぇに泣いてんじゃねぇよ」


 今の椿鬼を見ていると、幼い頃の自分を思い出す。羅刹は行方を眩ませ、一人ぼっちになってしまった時。どうしていいか解らず、泣くことしか出来なかった。だけど、それでは駄目だと気付いたんだ。ようやく辿り着いた答えが復讐だった。それしか、今の自分に価値を見出せなかったからだ。


「焔楽さんは……私よりもずっと生きてるから大人ですね。でも……人の悲しみは理解出来ないと思います」


「人間の悲しみなんざに興味はねぇし、理解したいとも思わねぇ。でも、俺も半分は人間だ。興味が無くても、理解したくなくても、分かっちまう事はあるんだ」


 溢れ出る感情はとめどなく、己の体を抑える事が出来なかった。両腕の中に収まる小さな体。トクトクと脈を打つ、人間の心臓。温かな体。心地良い髪の毛の匂い。


「……泣きたい時に泣けよ。俺に甘えたかったんだろ。今だけ甘えさせてやる」


「……変なの」


 こんな感情は初めてかもしれない。同情に変わりはない筈だが、こうして抱き締めていると、何故か己自身も落ち着き、癒されていくのを感じる。

 椿鬼の温もりは母にそっくりだ。まるで、母が目の前にいて、今俺を抱き締めてくれていると感じてしまう。


 己の瞳に映る者は、椿鬼という名の人間な筈なのに、椿鬼を通して母を見ているかのような気分にさせられる。


「ありがとうございました。少し……落ち着いた気がします」


 焔楽は椿鬼を離し、少しだけ距離を置いてから椿鬼は話した。泣いた後だからか、椿鬼の目は少しだけ腫れている。


「不細工な顔だな」


「むっ、失礼ですねっ」


 元気を取り戻したのか、椿鬼は頬を膨らませ唇を可愛らしく尖らせる。


「その喋り方」


「……?」


「慣れない。堅い喋り方は止めろ」


「……えっと、敬語は嫌だって事……ですか?」


「ああ」


「ん、わかった。焔楽さんが良いなら、そうする。ところで、焔楽さんはどうして湖の中に入ってるの?水浴び?」


 そう言えばと言わんばかりに、椿鬼は質問をしてきた。焔楽はキョトンとしている椿鬼から視線を逸らし、口を開く。


「関係ねぇ」


「またそうやって。焔楽さん、自分の事訊かれるの嫌いなの?」


「何処で、誰が何を聞いているか解らない。俺は色んな奴に恨まれてる。付け込まれる隙は作りたくないだけだ」


「関係ないじゃない。私は焔楽さんの事を恨んでなんかいないし、恨む理由もない。むしろ、感謝してるのよ?」


 羅刹が兄だと話せば、椿鬼は俺の事も恨むだろうか。俺の事も殺してやりたいと思うだろうか。


「……感謝?」


 例え椿鬼の父親を殺したのが俺じゃなかったとしても、血の繋がりは断つ事が出来ない。必然的に俺も恨まれるのではないだろうか。それか、俺も羅刹と同じ冷酷な半妖だと判別されるか。


「だってそうでしょう?私、焔楽さんがいなかったら、復讐を考えたとしても、こうして一緒にはいないし、刀を教えてくれる人もいない。そんなんじゃ、仇なんて取れないもの。でも、焔楽さんがいるから、私は強くなれるし、寂しくないのよ?」


「そんな事で感謝するなんて、おかしな人間もいるものだな。たかが偶然だ。俺がお前に刀を教えてやるのも、共に行動しているのも偶然に過ぎない。感謝するなら俺にじゃなく、偶然に感謝しろ」


「目に見えないものに感謝してどうするのよ。私が感謝してるのは、焔楽さんと愛染様だけよ」


「……」


 本当の事を知っても、椿鬼は同じ事が言えるだろうか。俺に感謝できるのだろうか。


 焔楽は椿鬼の瞳を見詰め、視線を逸らした。そんな焔楽の態度に椿鬼は不思議そうな反応を示すが、特に訊いてくる事は無かった。


「水が好きだ。こうしていれば、嫌な感情を洗い流してくれる気がして、正しい道に戻してくれる気がする。だから、ここに来た」


「……?あぁ!なるほどね、そういうこと」


「訊かれた事は話した。風邪を引く前に戻るぞ」


「うん」


 焔楽は椿鬼と共に湖から上がり、周りを警戒しながら、法術師愛染が番をしている場所まで戻った。

 びしょ濡れな焔楽達を見て、法術師愛染はギョッとした表情を浮かべ、色々と訊いてきたが全部無視した。

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