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復讐に生きる妖怪が恋をした時。  作者: 秋山蜜柑
第二章 恐れるモノ
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休憩ー第漆話ー

「法術師愛染」


 焔楽は自分の正面を歩いている法術師愛染に向け、尖った声で名前を呼んだ。だが、法術師愛染は後ろを振り返る事なく口を開く。


「あの、確かに法術師と呼ぶの止めてくださいと言いましたが、私が言いたいのはそういう意味では無くってですね」


 そんな法術師愛染の対応に、着々と苛立ちが募り始めていた。


「うっせっ。村にはいつ着くんだよ。テメェのこと信用して良いんだろうな」


 椿鬼の家を後にしてから、どれくらい歩いた事だろう。進んだ方向も、焔楽が来た方向とは真逆であり、山を登り、今は降っている最中であった。

 木々の間から空を見上げれば、薄く茜空になり始めている。


「山を降った場所にあるんですよ。ちょっと栄えた感じの場所で。確かに、山を登って降るという事まで説明してませんでしたが、そんなに怒らなくてもいいじゃないですか」


「なんで団子を食いに行くだけでこんなに時間掛けなきゃなんねぇんだよ」


 焔楽はわざとらしい溜め息を吐き、椿鬼の様子を伺う。椿鬼は疲れきった表情を浮かべていた。それもその筈だ。椿鬼は今までに旅をした経験は無い。そんな椿鬼が突然、山を登り降っている最中なのだ。疲れない筈がなかった。

 歩いていけば、獣道ではなく、整えられた道に出はしたが、それでも足場は悪く、余り利用されていない事が解る。そんな道を歩いているのだ。椿鬼でなくとも、足が棒のように感じてしまう。


「もう日も暮れそうですし、今日はこの辺で休みましょうか。夜の行動は危険なのでね」


「椿鬼、大丈夫か?」


「え……う、うん。大丈夫です」


 疲れきった表情を浮かべながらも、心配掛けまいと思ったのか、椿鬼は頬を吊り上げて笑って見せた。だがやはり、慣れないことをした為か、椿鬼の疲労は焔楽や法術師愛染とは違い、桁違いな疲労であることは明白だった。


「周りの様子を見てくる。テメェは結界でも張っとけ。もちろん、俺は入れるようにしとけよ」


 法術師愛染にビシッと人差し指を向けて話せば、相も変わらず、にこやかな笑顔を返される。


「解ってますよ」


 焔楽は横道にずれ、草木を掻き分けながら山の奥に進んで行く。妖怪の気配はしない。とりあえず安全だとは思うが、万が一という可能性もある為、辺り一面を一通り歩いた。

 そろそろ戻ろうかと考えていた時、焔楽の耳にザァァアアという、高い場所から水が落ちるような音が届く。

 せっかくだからと思い、焔楽は音を頼りに、もう少し奥に進んでいった。そうすれば、木々の間から強い夕陽の光を放つ場所があった。その光の先に向かって歩いて行くと、広々とした場所に出る。

 そこには小さな湖が広がっており、高い壁がある。その高い壁の上から水は流れて来ているらしく、恐らくだが、その流れてきた水が溜まった場所が、この湖なのだろう。


 焔楽は湖にへと手を伸ばし、底を見詰める。目で見て解る程、湖の底は浅かった。透明度が高く、一切汚れていない。誰も踏み入らない場所に出来た為か、湖の水は自然にろ過された天然物で、体に含んでも害は無いだろう。水浴びをするにしても、丁度いい場所だ。


 だが、こういった場所程、妖怪が集まりやすいのも確かなのだ。焔楽は辺りの気配を伺ってみたが、この湖周辺に妖怪の気配はしなかった。いや、そもそも、この山で多聞天に仕えている女妖怪と戦ってから、妖怪という存在を感じない。雑魚妖怪は女妖怪が呼び寄せたモノな為除外するとして、弱い妖怪が寄り付かない。その場合、この山自体が神聖なる場所という事になるのだが、もしそうだとすれば、焔楽は体調の変化を感じる筈だ。それが無いとなると、妖怪が寄り付かない別の理由があるのか?



 この山に踏み入ってからというもの、何か面倒な事に巻き込まれ始めている気がしてならなかった。何故こうも、違和感を感じるのか。羅刹の行動も、この山も。

 謎が謎を呼ぶとは正にこの事だ。


 焔楽は考えるのを諦めた様に、湖に背を向け、法術師愛染達の居る場所にへと戻った。


「あぁ、焔楽。丁度良いタイミングで戻られましたね」


「何かあったのか?」


「いやぁ、焚き火をしようと思ったんですけど、火起こしする物を持ち合わせて無くてですね」


「そんな事かよ」


 少し横道にズレた場所で休みを取るらしく、法術師愛染と椿鬼の間に、枯れ木が集められていた。焔楽は枯れ木の調子を見、湿気ってない事を確認すれば、枯れ木に向かい人差し指を出す。

 人差し指に妖力を少し送ってみせると、爪先にボッと小さな火が点る。焔楽は爪先に点った火を枯れ木に着ければ、枯れ木に燃え移り、次々に燃えていった。


「わぁ、凄いですっ」


 椿鬼にとっては珍しい光景なのか、両手を合わせて感動している。法術師愛染は感動はしないものの、笑顔をこちらに向けて来る。


「お見事」


「一応妖狐だからな。妖狐にも種類があっけど、そん中でも俺は火を司る妖狐だ。火を着ける事なんざ簡単だ」


「なんだか、やっぱり焔楽さんは妖怪なんだなぁって実感しちゃいます。ぱっと見じゃ、狐の耳以外は人間だから、余り妖怪だって思わないのに」


「妖怪つっても、半分はテメェらと同じ人間だ。半妖とかいう中途半端な存在だから、見た目も中途半端なんだよ」


「でも、カッコイイですよ!」


「……」


 褒めているつもりなのだろうか。焔楽が反応に困り無言のままでいると、法術師愛染が、静かにくつくつと笑っているのが目に入る。椿鬼の発言がお気に召したらしい。

 焔楽は気分を切り替えるように、法術師愛染に向け口を開く。


「法術師、結界はどこまで張った」


 焔楽の質問に対し、法術師愛染は直ぐに笑うのを止め、普段と変わらない、どこか微笑んでいるような表情で言葉を返す。


「私を中心に半径十丈程ですかね」

 ※約三十メートルのこと。


「それで最大か?」


「すみません」


「いや、まあ充分だろ」


 焔楽が黙り込むと、パチパチと音が鳴っているのが聞こえる。木が燃えている音だ。その音は、昔を思い出してしまいそうな音で、焔楽はこの場所から離れたい気持ちにさせられる。


「焔楽」


「なんだ」


「私と焔楽で交代で見張りをしましょうか。初めは私が見張りをするので、貴方は休んでいてください」


「わかった」と言おうとした時、焔楽よりも早く椿鬼が言葉を発した。焔楽は大人しく、発しようとした言葉を飲み込む。


「まってくださいっ、私も見張ります!」


 法術師愛染の提案は間違ってなどおらず、焔楽は勿論、それが妥当だと思っていた。だが、椿鬼は不満があるようで、声を大にして口を開いた。


「女性にその様な事はさせられませんよ。椿鬼様はお気になさらず、お休みなさってください」


 優しく微笑みながら法術師愛染は話した。それでも椿鬼は不満がある様で、焔楽の方を向く。焔楽からしても、意見は同じだった為、何も話す事は無かった。


「でも」


「大丈夫ですよ。妖怪の気配はしませんから」


 その言葉で少しでも安心したのか、法術師愛染と焔楽を見、最終的に焚き火を見詰めたまま、ゆっくりと口を開いた。


「わかりました……。で、でも、愛染様も焔楽さんも。ちゃんと体を休めてくださいねっ。特に焔楽さんはまだ完治してないんですからっ」


「俺の体はテメェ等人間より丈夫っつー事忘れんなよ」


 焔楽は溜め息混じりに話し、立ち上がる。


 この二人と過ごしていると、どうも調子が狂っていくと感じる。長い間、妖怪とも人とも関わりを持つ事無く、一人で旅をしてきた為か、今の自分自身に違和感を感じれば、復讐から遠ざかっていくようにも感じた。


「焔楽、どこへ行く」


「テメェの結界だけじゃ心配だ。結界の外を見てくる」


「今の見張りは私です」


「いちいちうるせぇよ。テメェは大人しく焚き火の番でもしてろ」


 焔楽は法術師愛染を見ること無く、言葉だけを返し結界の外へ出た。

 真っ先に向かった場所は、あの時の湖。夜の帳が下りた為、目に映る景色は少しばかり変わったが、それでも迷うことなく湖に辿り着く事が出来た。月明かりでキラキラと水面が輝いている様は、なんとも美しく、焔楽の心を癒してくれるような気がした。

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