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復讐に生きる妖怪が恋をした時。  作者: 秋山蜜柑
第一章 人間という生き物
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謎ー第陸話ー

「はぁっ」


 椿鬼は気合を込めて刀を振り下げた。だが、その刀は村雨に受け止められ、鍔迫り合いをするも、椿鬼の力では焔楽に到底適う訳がなく力負けしてしまう。

 刀は椿鬼の手から離れ、宙を舞い、地面にへと刺さる。刀を抜く暇もなく、焔楽が首筋に刀を当てれば椿鬼の負けであった。


 椿鬼はへたり込み、焔楽を見上げれば溜め息を吐く。


「焔楽さん、手加減って言葉知らないんですか?」


「あ?手加減なんかしてどうすんだよ」


 焔楽は椿鬼の前にしゃがんで話した。そんな焔楽を見て、椿鬼は不貞腐れた表情を浮かべ、焔楽の腹部をグーで殴る。

 ズキンっとした痛みに、焔楽が思わず顔を歪めれば椿鬼は嬉しそうに笑った。


「椿鬼っ」


「っふふ、焔楽さんが悪いんですよ」


 椿鬼は立ち上がり、家の中に入っていく。焔楽は溜め息を吐きながら村雨を鞘に仕舞い、地面に刺さっている刀も鞘に仕舞った。


 一週間ぐらいだろうか。焔楽が法術師愛染と椿鬼に助けられてから、それぐらいの日にちが過ぎた。完全に傷は塞がっていないものの、ほぼほぼ完治しており、椿鬼に殴られるぐらいでは出血しなくなった。

 傷を癒している間、仕方無く椿鬼の稽古相手をしてやっていたが、椿鬼は刀を扱ったのは初めてでは無いらしく、基礎と言えるものは出来ていた。それでも焔楽からすれば、相手にすらならないが。


「中々楽しそうじゃないですか」


 そして、法術師愛染。常に笑っていて気持ち悪い存在だ。だがやはり、退治する気は無いのか、焔楽に対してそれらしい素振りは一切無い。


「楽しかねぇよ。なんで俺がこんなクソ面倒臭いこと」


「まあまあそう仰らずに。焔楽さんの傷も癒えてきたんですから、そろそろ団子でも食べに行きましょうか」


「そういや、そんな話もあったな」


 焔楽は法術師愛染から目を離し、椿鬼が入っていった家の中に足を向けた。だが、法術師愛染に引き止められる。


「焔楽」


「なんだ」


「なぜ、旅をしているのですか?焔楽を見ている限りでは、人間を食べたりはしないし、逆に人間に興味が無いように思います。確かに強い妖怪ともなれば、人間に興味は示しませんが、貴方はどこか普通の妖怪とは違う気がするんです。貴方は……何者なんですか?」


「めんどくせぇ法術師だな。何者でもねぇよ。旅をしてるのもテメェには関係ねぇことだろ」


「まあ、そうなんですけど。でも、もし焔楽が何か目的のある旅をしていたとしたら、私も旅をする身です。何か、その目的についての情報を持っているかもしれないし、逆に貴方が私の欲しい情報を持っているかもしれない。そう考えると、お互いの事を話す利点は充分にあると思うんですよね」


「マジでお前めんどくせぇな。筋が通ってるもんだから文句もつけれねぇ。

……解った。団子屋に行ったら話す。だから、テメェも話せよ法術師」


「ですから、その法術師って呼び方止めてくださいよ~」


 焔楽は愛染を無視し、椿鬼の家を覗く。家の中では、椿鬼がせっせと片付けをしていた。敷きっぱなしの布団を畳んだり、台所で洗い物をしていたりと、一人で勝手に忙しそうだ。


「おい」


「どうしたんですか?」


「団子、食いに行くぞ。法術師の奢りだ」


「えっ、愛染様の奢り?まって、今準備しますっ」


 本当に羅刹に復讐を考えているのだろうか。復讐に生きると決めた女が、こんなにもふわふわしていて大丈夫か。

 焔楽は思わず溜息を吐きそうになるも、それを飲み込み、口を開く。


「椿鬼。もう此処には戻ってこない。済ませる事、とっとと済ませろよ」


 焔楽は椿鬼の返答を待たず、家の外で椿鬼を待つ事にした。法術師愛染は、椿鬼の代わりに埋葬した、育ての親である鬼の墓に手を合わせている。焔楽はそれを眺め、法術師愛染の方にへと足を進めた。


「お前が埋葬してやったんだよな」


「えぇ」


「お前も普通の法術師じゃねぇな」


 法術師は確かに妖怪を退治する職業だ。それは鬼と言えど変わらない。法術師という職業に属する者は、妖怪を退治して報酬を得る。報酬の金額は退治した数、退治した妖怪のランクで報酬金が変動するらしい。

 そして、その中でも賞金を掛けられる妖怪が存在する。昔はそんな制度は無かったらしいが、ここ数十年で制度が変わったらしい。

 法術師は報酬金目当てに仕事をする。もちろん、人様の為に仕事をする法術師も居るが、大概の法術師は世に貢献出来るということと、それ相応の対価がある為、普通の法術師は妖怪というだけで退治するのだ。


 だがやはり、法術師愛染は違う。そもそも愛染という名前。恐らくだが、本名では無いだろう。

 法術師はそれなりに実力を示すと、お偉いさんから名前を授かれるらしい。その名前は、その人の人物像そのものを表した名前が選ばれるという。


「私、金に興味は無いのですよ。もちろん、焔楽に懸賞が掛かっていたら、悪い半妖だと判別し退治しようとしたかもしれませんが、私じゃ貴方には適わない。無駄に命を落とすのは好きじゃないです」


「んで、お前が埋葬したとかいう父親は鬼だったのか?」


「そうですね。首を切断されていましたが、鬼特有の角がありました。間違いなく鬼でしたよ」


「そうか」


 善の鬼も居るということなのか、心を入れ替えたということなのか。どちらにしても、鬼と化すということはそれなりの罪を背負っている事には変わりない。もしかすれば、椿鬼を育てたのは一種の償いだったのかもしれない。


「彼の死ぬ間際を見ました」


「はぁ?」


「私、普通の法術師じゃないので、その場所に思念体が残っていれば覗く事が出来るんです。で、その結果。椿鬼様を襲った妖怪と鬼を殺した妖怪は同一人物でした」


 都合の良い法術師だなと思いはするが、それなりの実力があれば、法術師の力を持って思念体を覗くことは案外簡単なのかもしれない。それに、思念体を覗く事が出来る妖怪が居ると聞いたことがある為、余り不思議には思わなかった。


「羅刹か」


「ただ、一つ気になる点があるんです。どうやら、羅刹と鬼は知り合いだったようで、鬼は抵抗する事なく羅刹に殺されました。その姿は何というか、殺されるのを待ち望んでいたかのような感じがして、気持ち悪い光景でしたね」


「それは……確かに」


「裏があるかと」


 羅刹の事を考えると、法術師愛染と同じ意見を焔楽は抱く。羅刹の行動全ては何か意味のある行動の筈なのだ。羅刹は自分に利益が無ければ動かない。その羅刹が動いたのだから、鬼喰らいの刀の妖力を高める以外に理由がある筈だ。


「とまあ、難しい事を考えても仕方ないので、こうして手を合わせていたのですよ。貴方も手を合わせておいたらどうですか?」


「……まあ、それぐらいなら」


 どこか複雑である。自分の兄が椿鬼の父親である鬼を殺したということ。余り意識はしなかったが、椿鬼には申し訳ないと感じるし、きちんと謝罪をした方が良いのではないかと考えた。

 だが、謝ってどうにかなる問題でもなければ、親を殺された痛みと苦しさは、充分に焔楽も味わったものである為、謝る事も出来なければ、羅刹が実の兄だとは中々言い出す事も出来ずにいた。


 だからせめて。この地に眠る父親には真実を話そうと思う。


 焔楽は法術師愛染の隣にしゃがみ、墓を見る。そこら辺にある物を使い墓を建てたのだろうが、建てたのが法術師だからなのか、ちゃんとした墓であった。

 焔楽は目を瞑り両手を合わせた。


 心の中で紡いだ言葉は謝罪であった。だが、謝罪の言葉を述べている最中、法術師愛染の言葉が頭を過ぎった。「殺されるのを待ち望んでいたかのような」それが真実かどうかは解らないし、死んでしまった者は話せない。だがどうも気になる。羅刹に問いただしても良いが、今何処に居るかどうかは解らない。臭いを辿れば何時かは辿り着くのだろうが。


「愛染様、焔楽さん。お参りありがとうございます。法術師様に埋葬されて、父も浮かばれると思います」


 焔楽は椿鬼の声を聞いて瞼を開いた。


「椿鬼、旅は険しく厳しい。勝手な行動は控えろよ」


 罪滅ぼしにも似た感情を抱く。羅刹に父親を殺されてしまったから今の椿鬼がいる。それに、椿鬼自身も羅刹に狙われていたとすると、椿鬼が生きていると知れば、羅刹は椿鬼の前に再び姿を現すだろう。

 そうなってしまっても、椿鬼を殺させる訳にはいかない。椿鬼が死んでしまっては目覚めが悪いことだろうし、それはそれで、みすみす死なせてしまった事に、自分自身に怒りを覚えてしまいそうになる気がするから。


「もぉ~わかってます。焔楽さんこそ、もう怪我は大丈夫なんですか?」


「そんなもん、とっくの前に治ってら」


「ふぅん、そうなんですか。でも駄目ですよ。完全には治ってないんですから、包帯ぐらいちゃんと変えないと」


 椿鬼は焔楽の裾を掴み、見上げる様に焔楽を見詰めてくる。


「わかったよ、変えりゃ良いんだろ変えりゃ」


 これが法術師愛染なら、面倒な為わざわざ従ったりしないのだが、椿鬼相手になると、女だからなのか、罪悪感からなのか。怒鳴り散らす事が出来ない。

 焔楽は渋々、家の中に入り着物を脱ぐ。椿鬼は変えの包帯を用意してくれる。


「ねぇ……焔楽さんって妖怪なんですよね?こうやって見ても、狐の耳以外は人間そっくりなんですね」


「人間の血も流れてんだから当然だろ」


 スルスルと包帯を解き、傷口を見る。小刀が刺さっていた痕は残っているが、その内消えそうだ。焔楽は椿鬼から受け取った変えの包帯を巻き始める。


「でも、やっぱり人間じゃないんですね。傷口が塞がるの普通じゃないです」


 椿鬼はそっと傷口に触れる。焔楽は思わず巻いている途中にも関わらず、その手を止めてしまう。


「焔楽さんの体って、良く見ると傷痕だらけ。愛染様が連れてきた時も血まみれで……。危険な旅をしてるんですか?」


「てめぇがこれからする旅も、俺と同じぐらい危険な旅になる。少しはてめぇの心配でもしてろ」


 焔楽は椿鬼の手を払い除け、包帯を巻くことを再開した。少しキツめに巻き、着物を着る。


「焔楽さん」


「今度はなんだ」


「……私、絶対父の仇を討ちます。だから、それを焔楽さんに見届けて欲しいんです。それで、もし私が諦めそうになったら、喝をいれてください」


「なんで俺なんだ。そういう頼みは法術師にしろ」


「焔楽さんが良いんです」


 椿鬼はギュッと己の拳を握り、真っ直ぐな瞳で焔楽を見詰める。その瞳は迷いなど無く、覚悟を決めた瞳をしていた。焔楽は溜息を吐き、椿鬼を見詰め返す。


「復讐に生きる覚悟、決めたのか」


「私の全ては父でした。その父を殺されたんですよ?許せない。私だけのうのうと生きてるのも許せない。でも、私が父の後を追ったら、父が悲しみますから。私に出来ることは、父を殺した妖怪を殺すこと。それしか、私に生きる道は無いんです」


 椿鬼が羅刹を殺せる訳が無い。どんなに復讐にとらわれても、人間で女で弱い。そんな奴が羅刹に適う訳がないと解っているのに、解っている筈なのに、焔楽には椿鬼の復讐を止める資格は無かった。

 自分も同じなのに、止める事など出来るわけが無いだろう。ここで椿鬼を止めれば、己の今の行為を否定するのと同じ意味になってしまう。


「約束はしない。俺には俺で、やらなきゃならない事があるからな。でもまあ、一緒にいる間だけは、気にしてやる」


「ありがとうございますっ」


 椿鬼は焔楽に対して深々と頭を下げ、頭を上げた時の椿鬼の表情は、心の底から嬉しそうな表情を浮かべていた。

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