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復讐に生きる妖怪が恋をした時。  作者: 秋山蜜柑
第一章 人間という生き物
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刺客ー第肆話ー

 法術師愛染は変わらずニコニコとしており、大きな樹木に体を預けている。焔楽の事を警戒してかは知らないが、法術師愛染は結界を解こうとしない。それに加え、ジッと焔楽を見てくる。それはまるで、監視されているかのような居心地の悪さを感じた。

焔楽はそんな法術師愛染をジッと見詰め返し、口を開いた。


「気持ち悪ぃ」


「えっ……!?体調が優れないんですか?」


「ちげぇよ、テメェのその反応がだよ。法術師なんだろ、俺を退治しようとは思わねぇのかよ」


「……どうして?」


 自分の行動がオカシイとは感じないのだろうか。法術師の生業は妖怪退治だ。その法術師が妖怪を目の前にして退治しないという話は聞いたことがないし、焔楽としても、これまで会った法術師は皆、焔楽を退治しようとしてきた。

 だが、この男は違う。焔楽を目の前にしても攻撃を仕掛けなければ、己の名すら名乗る。焔楽が呪い等を扱う妖怪で無いことに、この法術師は感謝するべきだ。


「どうしてって、テメェは法術師だろ。テメェの仕事は妖怪退治。違ぇのかよ」


「そうですね。法術師の仕事は妖怪退治ですが、貴方は半妖でしょう?私の仕事は半妖退治じゃありませんよ」


 屁理屈だろ……。


「半妖だろうが、妖怪だ」


「妖怪であり人間でしょう?確かに、半妖でも妖怪と同じだと決めつける法術師は多いかもしれませんが、私は同じ血の通う者を殺しはしませんよ」


「………滅茶苦茶な奴だな。お前みたいな法術師は見たことが無い」


「あっはは、昔から良く言われます。どうやら私は普通じゃないみたいで」


 法術師愛染は苦笑いを浮かべて話すも、そのことを大して気に止めている様子は無かった。逆に、それを見た焔楽はどこか複雑な心境に陥ってしまう。

 やはり、どう接していいか分からない為だろうか。そもそも、法術師相手に接する必要も無ければ、法術師の正体も分かった為、これ以上長居する理由も無い筈なのだ。だが、何故かこの場所から離れてはいけない気がしてならない。第六感、というヤツだろうか。


「それはそうと、焔楽……と言いましたね。貴方は何故このような山奥に?」


「………」


「黙り、ですか。……私がこの場所を訪れたのは偶然なのですが、途中、美女が倒れているのを発見しましてね。どうやら、こちらの家が住まいのようで、彼女が目を覚ますまで介抱しているのです」


 ベラベラと訊いてもいないことを話す法術師だ。お喋りな奴なのか、俺が油断した隙に殺そうと考えているのか。


「私のこと……嫌いですか?」


「……は??」


 会って間もない男に、そんなことを訊かれるとは思わなかった。突然の事に、焔楽は思わず素っ頓狂な声を出してしまう。法術師愛染を見ても、今の言葉を本気で口にしているのか、至って真剣な眼差しである。

 ――先程から焔楽の調子は狂わされてばかりだった。人間とは勿論だが、妖怪とも余り関わりを持ってこなかったからなのか、どう接し、どう対応をすれば良いのかイマイチ分からない。


 相手が法術師。それだけでも混乱しているのに。


「質問を変えましょうか。人間は嫌いですか?」


「嫌いだ」


「即答ですかぁ」


法術師愛染は焔楽の答えに苦笑いを浮かべ、ガックリと肩を落とした。


「当たり前だ。半妖だからって、妖怪の血が通う俺は、人間には受け入れて貰えない存在だ」


 その逆も然りだ。

 半妖という中途半端なモノは誰にも、何にも受け入れては貰えぬ存在であり、忌み嫌われる。それは何処か、人間にいう「禍の子」と似ているだろう。


「怖いのですね。昔、人間に傷付けられたことでも?」


「なんでそこまでテメェに話さなきゃならねぇんだよ。こっちはテメェを斬っても良いんだぞ」


「おや、怒らせちゃいましたか。ですが、貴方は優しい方なのですね。大抵の者は、半妖であろうと私のような法術師を見掛けては真っ先に殺しに来ますよ」


 法術師愛染は焔楽に向けニコリと微笑んでみせた。まるで焔楽を安心させようとしているかのような笑みで、そういった態度を取る法術師愛染に苛立ちを感じた。

 良い奴だとか悪い奴だとか、そういったモノの前に、目障りだと感じてしまう。


 焔楽は苛立ちのせいか、腰に提げている刀に手を掛けた。やはり殺してしまおうか、そう考えたからだ。だが突然、ツンとした臭いが鼻を擽った。その臭いは周りから漂っており、とても良い臭いとは言えない。まるで、なにかが腐ったかのような臭いだ。


 法術師愛染はそれに気付いていない。微々たるモノとは言え、この腐敗臭に気付かない様では、所詮その程度の男と言うことだろう。


「おい」


「はい?」


「妖怪様のお出ましだぜ」


 そう、この腐敗臭はとても良く知っている、嗅ぎ慣れた臭いだった。

 妖怪にはそれぞれランクがある。簡単に言えば、上級とか中級、初級みたいなものだ。それらのモノは言葉を理解し、それぞれの形がある。だが、そのランクに当てはまらない妖怪がいる。それ等は己の意思を持たず、妖怪であろうと人間だろうと、見境無く襲う妖怪だ。


 そして主に団体行動をする傾向があり、肉が腐ったかのような腐敗臭を漂わさている。


「私とした事が気付きませんでした。

流石、と言うべきですね」


 法術師愛染はクスリと笑い、注意を引き付けるように錫杖をトン、と地面へ叩いた。

 その音を合図にする様に、辺りから妖怪共が姿を現す。


「二十、いや…五十は居るな」


 焔楽は見える限りの妖怪をザッと数える。弱い妖怪である様だが、数が多い。流石の法術師様も苦笑いを浮かべる程である。どこか頬が引き攣っている様に思う。


「ちょ、ちょっとキツイですね……。

焔楽…?手伝ってくれます?」


「……褒美は?」


「そうですねぇ~。

ここから少し離れた場所に村があるのですが、そこの団子が美味でね。そちらを好きなだけで如何です?」


 わざわざ場所を移すというのが面倒な気もしたが、焔楽の大好物は偶然にも団子であった。その為、了承を示すように鞘から刀を抜く。


「百な」


「っはは、随分お食べになるんですねぇ」


 法術師愛染はキュッと錫杖に力を込めれば、背後に迫っていた妖怪を錫杖で殴る。一撃で妖怪は息絶え、死んだ妖怪は、砂となり風に飛ばされて行く。

 ザッと見ても、手応えのある妖怪がいるようには見受けられなかった。


「かったる」


 ボソッとそんな言葉を焔楽は漏らしながら、上から下に刀を振り下げ、迫ってきた妖怪を斬った。肉を裂く音と、妖怪の断末魔が耳に響き、血飛沫が上がる。こんな妖怪には勿体無いくらいの真っ赤な血だ。焔楽は返り血を浴びたが、それを気にする事は無く、迫り来る妖怪共を斬り続けた。

 ふと、法術師愛染の方を見るが、やはり法術師というだけあり、手こずっている様子は無く、法術師だけが扱える、法力の篭った破魔の札を使用したりと平気そうだ。


 だが焔楽は、斬る事を止めた。ある違和感を感じたのだ。どんなに斬っても、妖怪共が減っていると感じない。初めに数えた数より、むしろ増えている。そう感じる程だった。


「おい、法術師」


「その呼び方嫌です」


「下がれ。一つ、試したい事がある」


 焔楽は抜いていた刀を仕舞い、腰に提げている、もう一本の刀を鞘から抜いた。刀の名は妖刀村雨。それなりに有名となっている刀だ。

 母が羅刹に刀を譲ったように、焔楽もまた、母から村雨を譲り受けていた。だが、村雨は戦闘に不向きな刀であり、普通に斬れば相手の傷を癒してしまうという、癒しの刀なのだ。


 焔楽は村雨を構え、辺りの妖怪を見据える。やはり、数は増え続けているように思う。

 焔楽は深呼吸をして目を瞑る。そして、力一杯に村雨を握りしめれば、妖怪に備わっている力。妖力を村雨にへと送った。村雨は確かに、何もせず普通に斬れば相手を癒すだけだ。だが、工夫一つでそれは変わる。


 焔楽は村雨に溜めた己の妖力を解き放つように、妖怪に向け村雨を一振りする。


「食らいやがれッ!五月雨(サミダレ)ッ!!」


 気合を込めるように焔楽は叫んだ。

 村雨から振り下ろされた斬撃は辺りにいる妖怪共を斬り刻み、断末魔が一斉に響き、空気がビリビリと揺れる。そして間もない内に、再び妖怪共はゾロゾロと森の奥から姿を現し始めた。


 やはり、どう考えても無限湧きしてるとしか思えない。


「おや、これはまた」


「法術師、ここにいろ。俺が見てくる」


 焔楽は法術師愛染に言葉を残し、森の奥に進んで行く。妖怪が湧き出てくるには訳がある。勿論、自然湧きなど有り得はしない。何者かが呼び寄せている筈なのだ。

 焔楽は妖怪が居る方にへと進んで行った。森の奥だからか、段々と霧が掛かり始める。どこか不愉快に感じる霧は濃さを増し、方向感覚を失ってしまう。


「クソッ、なんなんだっ」


 怒りに満ちた声を漏らした時。ヒュッと小刀が焔楽を襲った。それは頬を掠め、霧の彼方に飛んで行く。

 焔楽は警戒するように刀を抜き、辺りに気を配る。だが霧のせいか、上手く気配を感じ取れない。どこに何があるのか、自身を襲ったのは、人か、妖怪か。それすらも解らず、焔楽の苛立ちは増していくだけ。


 注意力は散漫となり、焔楽が殺気を感じた時には遅く、焔楽を襲う何者かが目の前にはいた。斬るという行動をするには時間が足りず、焔楽は咄嗟的判断で後ろに飛んで避ける。


 なんだコイツ……。

 法術師とは違う気持ち悪さを感じる。恐らく、類で言えば妖怪。だが、コイツの放つ空気は羅刹に似てやがる。


 焔楽はマジマジと妖怪を見詰める。真っ黒な布を全身に纏っており、顔などを見ることは出来ない。見る限り、身長は百六十前後であり、体格からして性別は女だろう。


「誰だテメェ」


 焔楽が声を発すれば、妖怪は懐から小刀を取り出し、焔楽を斬り付けようとして来る。今度こそ対抗しようとしたが、妖怪の素早さは焔楽の想像以上のものであり、再び攻撃を避ける事しか出来ない。だが、妖怪はそれを解っていたのか、避けたにも関わらず、一瞬で間合いを詰めて来る。


「……ッ」


 無理だ、間に合わない。そう感じれば、腹部に痛みを感じるのは早かった。だが、大した痛みではない。


「っ、くそっ」


 ふと、微かにだが甘い匂いが焔楽の鼻を擽った。恐らく、この妖怪が纏っている匂いだろう。

 己の匂いを隠す為に使用しているのだとすれば、一度会ったことのある奴か、仕留め損ねた時に、追われない為か。どちらにせよ、気に食わない。


 命を狙われる覚えは無いと言えば嘘になるが、最近は妖怪事のイザコザには関わらないようにしてきた。復讐を果たす為だけに行動して、生きてきた。それなのに、訳も解らない奴に狙われるとは、やはり気に食わない。


「ま、テメェに勝てねぇようじゃ、仇なんて討てねぇよなぁッ!」


 警戒心が無いのか、何処かボンヤリとした奴なのか。焔楽が斬り掛かれば、妖怪はハッとしたように避け、反撃するように、再び小刀で攻撃をして来る。焔楽はその小刀を己の刀で受け止め、口の端を釣り上げて笑う。


「ンだよ、大して強い訳でもねぇな」


 力はない。やはり女か。


 焔楽は思い切り刀に力を込め、滑らす様に扱えば、妖怪の持つ小刀は弾かれ、宙に舞う。その隙を狙い、焔楽は刀を振り下ろした。


「ぐっ……」


 だが、妖怪を斬る前に、ポロ……と刀を落としてしまう。膝を地面に付け、腹を抑える。抑えた場所には妖怪の使用する小刀が深く刺さっており、焔楽が小刀を抜く暇も無く、妖怪は焔楽を蹴り、地面にへと転がす。

 仰向けの状態となり、視界にハッキリと映し出されたのは霧。霧の濃さは変わっておらず、今頃、自然発生しているものでない事に気付く。


「…ふふ」


 どこか楽しげな、小さな笑い声。そんな声が聞こえれば、妖怪は焔楽の上に馬乗りになり、刺さっている小刀をより深く、押し込むように手で抑え付ける。


「…おい…俺の上に乗ってんじゃねぇよ」


「生意気」


「ッ、く…っはー……」


 懐から再び小刀を取り出したかと思えば、迷うことなく焔楽の腹部に二本目を刺す。どちらも(つば)に引っ掛かるまで刺さっており、腹部に激しい痛みを感じる。だが、気を失う程のものでは無かった。

 ここまで来ると、正体だとかはどうでも良くなっており、焔楽は、今の状況から脱出する方法に思考を巡らせた。辺りは霧だらけで、この拘束を解ければ逃げることは簡単だろう。だが、どうやって拘束を解くかになってくるのだが。


 その方法を思い付くのは早かった。手の届く範囲に、転がった小刀がある。焔楽が弾いた小刀だ。それをバレないように、こっそりと左手で取れば、妖怪が焔楽にしたように、思い切り妖怪に向け小刀を突き刺した。妖怪が痛みに喘げば、その隙を狙い、焔楽は拘束から抜け出し、転がっている己の刀を拾う。


 だが無理に動いたせいか、どろっとした真っ赤な血液が溢れ出て行き、血の気が引いて行くのを感じれば、体のバランスを保てなくなる。地面に膝を付き、なんとか倒れずにいるものの、この調子では、気を失うのも遠くはないだろう。


 小刀を抜きたいが、抜いてしまえば間違いなく出血の多さに意識が飛ぶ。だが、このままの状況も良くはない。


 どう、逃げる……?


「ッ…うざ」


 妖怪は己に刺さっている小刀を抜き、投げ捨てる。焔楽との距離を詰めようとしてくる為、距離を取ろうとするのだが、体が思うように動かず、逃げることは出来そうに無かった。


多聞天(タモンテン)様が気にかける程でも無い」


 妖怪は静かに言葉を口にした。意識が遠くなりつつある中、焔楽は妖怪が口にした言葉を、ハッキリと聞き取っていた。「多聞天」という名前に過剰反応を示すように、狐の耳がピクリと動く。


「て、めぇ…多聞天……知ってんのかッ」


 多聞天。その名前は焔楽の追っている法術師の名であり、両親を殺した、仇の名であった。今までどんなに探しても、知っている者に出会えず、なんの手掛かりも得ることが出来なかった。

 だが、多聞天の情報を持つ何者かが、今目の前にいる。倒れる訳にはいかない。


「知ってるも何も、アタイは多聞天様に仕えている身だからねぇ。本当は殺してやろうと思ってたんだけど、興味出てきたよ。アンタ、多聞天様の事知りたいんだろ?だったら、もっと強くなりな。そしたら、アンタに教えてやるよ。多聞天様の事」


「……は…?」


「まぁ、生きていればの話だけどね。

トドメは刺さないでおいたげるよ。また、アンタに会えるの楽しみにしとくからさ」


 妖怪の声は何処か楽しげで、嬉々としていた。段々と意識が遠のいていくのを感じれば、先程まで目の前に居た妖怪は姿を消していた。気配も感じない。

 体は殺されないのを安堵したかのように脱力し、焔楽は倒れる。再び仰向けになれば、霧はスッカリと晴れており、生い茂った木々が姿を現した。


「……くそ…」


 だが、焔楽の心中は複雑なものだった。ようやく掴んだ手掛かりを易易(やすやす)と逃し、挙句の果てには、多聞天に仕えているとかいう女に負けた。

 多聞天に仕えている女に負けているようでは、多聞天を見付けても勝てる訳が無い。強くならねば。強くなって、母の、父の仇を討つんだ。


 だがその前に、少し眠ろう。強くなるにしても、この怪我ではどうしようもない。動くのも難しい。少し休めば、こんな傷、簡単に治る。今だけは、傷を癒すことに集中しよう。

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