寂れた村ー第弐話ー
「あーーー」
じりじりと照らす太陽と気温の暑さに、少年――焔楽は思わず、そんな声を漏らした。
腰まで伸びる薄紅色の髪の毛は、とても人間では有り得ない色で、耳は妖狐と呼ばれる狐の耳をしている。
パッと見は人間と変わらないが、誰もが焔楽の髪の色を見れば妖怪だと判断するだろう。それは間違っていない事実だが、焔楽は見た目で判断をする人間が大嫌いだ。
そして――人間を避けて旅をした結果がこれだ。足場の悪い砂漠に暑いなんてレベルじゃない程の気温。飲み干した水。興味本位もあったが、砂漠は軽い気持ちで踏み入るべきじゃないと重々承知した。……死にそうだ。
焔楽は腹の底からどっと重たい息を吐いた。頬からタラリと汗が滴り落ちれば、この水分ですら今は勿体ないように思う。
重たい足を一歩、また一歩と踏み出していく。だが、そんな歩かない内に焔楽は足を止めた。ピクピクと音に反応を示すように動く耳。そして、まるで動物のように焔楽は辺りに漂う匂いを嗅いだ。
微かに漂ってくる匂いは、良く知っている真っ赤な色をした血の臭いであった。
「……?」
それと、金属と金属がぶつかる音。その音は、カンカンとした音などではなく、シャランシャランとした、特徴的な音を奏でていた。
焔楽は思わず、バッと耳を塞ぐ。暑さなど忘れたように顔色は青く変わり、ドンドンと打ち付けるように心臓は早くなる。呼吸もまた荒れ、それは過呼吸に近く、胸が苦しいと感じる。それでも焔楽は、振り絞るようにして言葉を発した。
「法術師のッ……!」
良く知る血の臭いと同じように、この音も良く知る音であったのだ。好きなんて言える音ではなく、嫌いで、憎らしくて、頭の中から消したくても消せずにいた音――法術師の所有する錫杖の音だ。
焔楽は血の臭いがする方向に足を向けた。心臓はまだドンドンと打ち付けていたが、顔色は健康的な色に戻り、焔楽の瞳はギラリと輝いていた。まだ分からない。まだ分からないが……この先に奴が居るかもしれない。
母と父を殺した――法術師多聞天。
復讐心だけが焔楽を駆り立てるように足を運ばせる。その足取りは先程のような重たいものではなく、暑さでも忘れたかのような軽い足取りに変わっていた。
――血の臭いと忌々しい錫杖の音だけを頼りに進んでいけば、砂漠を抜け、広い草原に出た。砂漠とは違い、澄んだ空気が流れ、風が焔楽の体を冷やしていく。
休憩したい気持ちもあったが、もたもたしていれば奴を逃がすかもしれない。そんな気持ちもあって、焔楽は歩を止めなかった。
それからしばらくして、小さな寂れた村に辿り着いた。いつ野盗に襲われてもおかしくない、老人ばかりの村だ。
こんな場所に奴が居るとは考えづらいが、この場所に法術師が居ることは間違いない。それならば、同じ法術師である奴がいてもおかしくはなかった。違ったとしても、同じ法術師なのだ。殺してでも、奴について知っている事を吐かせれば良いだろう。
焔楽は迷うこと無く、村に足を踏み入れた。慎重に歩を進めていく。
「ひぃっ、よ、妖怪っ」
だが、どこか弱々しく怯えきった、そんな老人の声が焔楽の耳に届く。
そんな一人の声に釣られるように、辺りにいた老人達は一斉に焔楽にへと視線を注ぐ。その注がれる視線は「妖怪」を恐れている視線であり……諦めの視線だった。
焔楽は、こんな老人達に用があって村を訪れた訳では無いのだが、音と臭いだけでは正確に場所を判断するのは困難を極める。血の臭いは途絶えていない。錫杖の音も……微かにだが聞こえてくる。老人達に法術師の事を訊かなくても、何とかなりそうな気もするが、出来ることなら楽に進みたかった。
「ひいっ、お、お許しをっ」
老人達に視線を送れば、今にも殺されてしまう、そう錯覚したかのように、焔楽の前に頭を下げ命乞いをしてくる。
法術師が立ち寄ったかと訊こうとしただけだった。だが、こうも怯えられては訊く気も失せ、焔楽は舌打ちをする。
いつもこうだ。皆、俺の事に怯え、勝手に死を覚悟する。俺は何もしていない。ただ……妖怪だというだけなのに。
焔楽は無意識にも溜息を吐いた。
――その瞬間だ。
殺気にも似た視線を感じ、バッと振り返れば刀を一振りした斬撃の軌跡が焔楽を襲ったのだ。
気づいた時には目の前まで斬撃は迫っており、避けることなど到底出来はしない。焔楽は咄嗟的判断で、腰に二振り提げている刀を一振り取り出し、鞘から刀を抜かずに斬撃を受け止める。その斬撃は焔楽を殺す気で襲った斬撃では無いようで、その為か、刀に受け止められた事によりアッサリと消滅していく。
風と一緒に流れてくる匂い。それは血の臭いとは別に嗅ぎ慣れた匂いで、その匂いを嗅いだ瞬間、焔楽は怒りにも似た表情を浮かべる。
「焔楽、このような村で何をしている」
民家の裏から姿を現すのと同時に、冷たく低い声がする。真っ白な着物に赤い花模様。闇に溶け込むかの様な黒の長髪。そして――凍ったように冷たい瞳。
焔楽を襲ったのは、焔楽と血の繋がりがある兄――羅刹。
「それはこっちの台詞だぜ羅刹ッ」
焔楽の怒号が村に響き渡った。そんな焔楽の怒号に悲鳴を上げたのは羅刹では無く、老人達で、ようやくと言わんばかりに己の家々に身を隠していった。