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今日の給食は学校が用意してくれたお弁当だ。
私は六年生全員で弁当を食べたいなと思って、舞台裏で皆にその話を持ちかけた。
皆はいいね、と言って、結局六年生が陣取って食べることになった。
舞台監督とメインキャストを中心に、皆が私達に添えるように給食を食べている。
私は、真帆が私の数倍一生懸命頑張ったと思うので、シュウマイ全部とから揚げを五つ中四個あげることにした。
しばらく「いや、佐織が食べなよ」「いや、頑張った舞台監督が食べようよ」のマシンガン&無限ループの会話が続いた。
シュウマイは私があげると即真帆の口の中に減っていった。
私達はまだ明日の保護者鑑賞日もあるというのに、疲労感に包まれていた。
「明日もやるのか、めんどくさいなぁ」
斉藤祐介君が、体育館から教室に移動するときに、そう呟いた。
「そんなこと言わずに、明日、もしかしたら藍斗君が来るかもしれないよ。そしたらまた楽な裏方に戻れると思う」
私がそう言うと、祐介君は「そうだな、大木が戻ってきてくれれば、俺は楽な裏方に戻れるんだよな」と笑いながら言った。
「でもさ、どうやったら大木を学校に戻すことが出来んのさ。あいつ、二学期終わるまで学校来ない! って堂々と不登校宣言しちゃったんだぜ? 男のプライドもあるし、今更戻ることなんて出来っかよ」
祐介君の真剣な発言に、私は「そこが問題なんだよな……」と唸った。
「もしかしたら、戻らせるのに北野が必要になるのかもしれないな」
「確かに真帆必要かもね」
藍斗君が真帆を好きだってことは私達全員知っている。あと、一時期両想いだったってことも知っている。
「でも真帆はもうあんな奴気にしなくていいなんて言ってるんだよ? 今更行く気になんかなれやしないでしょ?」
途端に、私は赤崎夏実さんとぶつかった。
「痛っ! 邪魔よ、どいて!」
……本当に赤崎さんは困った奴だ。
私は転びそうになりながらも、何とか壁に手をついたおかげで、助かった。
「ごめん、佐織さん!」
『とある少女の物語』の作者、小塚綾乃さんは、私に謝った。
いいのよ、気にしないで、と私は綾乃さんに微笑みかけた。綾乃さんは申し訳なさそうに赤崎さんの後についていった。
話を戻して、私は再び祐介君と話した。
すると突然、祐介君は提案した。
「あのさ、舞台監督が行かないって言う一点張りなら、飯島が行けばいいって話じゃないか」
「あのねぇ、私が行こうって言っても、ついてきてくれるとは限らないのよ……」
私がそう言おうとすると、突然誰かに肩をポンポン叩かれた。
「さーおり!」
「わ、びっくりした、何だ真帆か……」
私が思いっきり後ろを振り返ると、ニコニコ笑顔の真帆がいた。
「ねぇ、今斉藤君と何の話してたの!?」
「え、えーと、それはねぇ……」
私が答えに戸惑っていると、祐介君が空気を読まずに言った。
「藍斗の話だよ! あいつ不登校だから、何とか明日までには復帰させたいって、佐織が言ってた!」
ニコニコ笑顔だった真帆の顔が一瞬にして曇った。
「あんな奴……、ほっとけばいいのよ! 今更変更なんて出来ないし!」
真帆は壁を蹴りそうになる。慌てて私が抑え付けると、真帆は私を睨んだ。
「佐織、同じマンションだからって、行こうとしないでよ!」
真帆はそう吐き捨てると、フン、と鼻を鳴らして歩き出した。
「……え、飯島って藍斗と同じマンションなの? 初めて知った」
「うん、言ってないから。っていうか言いたくないから」
途端に祐介君は残念そうな顔になった。
私は今日も、藍斗君にプリントを届けにいった。
マンションの同じ階だから、学年中で一番藍斗君の家に近いっていうのも原因。
いつ登校してきても良いように、プリントを何枚か挟んでいる。
「あら、貴方、佐織ちゃん?」
後ろから誰かの声がした。
私のお母さんの声じゃない。お母さんはちゃん付けなんてしない。じゃあ、誰?
そう思って振り返ると、気の弱そうな、でも華やかそうな美人さんがいた
「あの……。藍斗の母親ですが」
え、あの藍斗君のお母さん?
家族って似てるもんだな。すっげー美人。
「あの、今日プリント届けに来たんですよ」
「あ、どうも」
私は突然の母親登場に戸惑った。
不登校のクラスメートにプリントを届けたらまさかの母親登場だ。誰だって気まずくなるだろう。
「今日は仕事が早く終わっちゃってね、上司が機嫌をよくして私を帰らせてくれたのよ。って、そんなこと気にしなくていいわね」
藍斗君のお母さんは、入って、と言わんばかりの顔で鍵を開けた。
私が入ろうとしたそのとき。
「佐織、何で行くのよ!」
「真帆? 真帆こそ何で?」
真帆の声がした。
真帆が階段を駆け上がっているのだ。
「あら、貴方真帆ちゃん? お話はよく藍斗から……」
藍斗君のお母さんが言う前に、真帆は私の肩を掴んだ。
「心配性の佐織が行くと思って、心配して走ってきたのよ! っていうか、何で入ろうとしてんのよ!」
「あら、真帆ちゃんも遠慮しないの。入って」
「え、私ちょっと佐織を尋ねてきただけなのに……」
私は真帆と一緒に藍斗君の家に引きずり込まれた。
藍斗君の家には沢山お菓子があって、今の季節にピッタリ(?)なキットカットが十個ぐらい机に並んだ。(ほら、キットカットのCMって冬がメインのイメージあるじゃない?)
私達は、藍斗君の部屋に案内された。
「藍斗ったら、ずっと一人で本読んでるのよ。寂しくないのかしらね」
真帆が「寂しくないのよ、ずっと一人なんだから」と呟いた。
「あらあら、少々辛口ね。真帆ちゃんて」
まぁゆっくりしていきなさい、私夕飯用意してるから、と言いながら、藍斗君のお母さんはキッチンに消えていった。
「藍斗ぉ! いるんでしょ、出てきなさい! さもないと貴方の部屋を木っ端微塵にするわよ!」
真帆の脅迫まがいの脅迫に押されても、藍斗君は出てこない。
「藍斗君、せっかく真帆が来てくれたのに、せめて顔ぐらいは見せてよ」
私がそう言うと、藍斗君の部屋から、ものすごい音がした。
それから数秒して、ドアが開いた。
いきなりアホ毛立ってボサボサの寝癖姿で登場しているけど、カッコいいから許す。真帆はどうだろう。
「ごめん、真帆さんが来たって聞いて、ベットから転げ落ちた」
単純すぎっ!
「藍斗、本当に大丈夫なの? 明日」
真帆が尋ねた。
「大丈夫じゃない俺行く気ないからって何回言えば気が済むんだ!」
「そうだねぇあと五回ぐらい! それまでに何とか行く気にさせてみせる!」
さっきから真帆と藍斗君の言い争いが続いているから、私空気なんですけど。
「大体、何で私のこと好きだからって、あんなことしたの!? あ、好きになった経緯は言わなくていい。」
真帆の問いに、藍斗君は素直に答えた。
「俺、カッコいいとこ見せたかったから!」
「ふぅん、ま、どういうカッコよさなのか聞かないけど。
ってか本当に引き篭っちゃったわね。私としては続けてほしかったけど、まぁいいわ。あと、私、好きな人、いないから」
真帆はそう言って、何故か本棚をあさり始めた。
「これ、私がずっと欲しかった本じゃん! 借りたい!」
真帆が目をキラキラさせながらそう言った。ん? これ、結構長くない?
「あぁ、著名な作家の本ね。真帆さんなら借りていいよ」
「やったぁ、有難う! 藍斗カッコいい!」
おい藍斗君、真帆さん「なら」って何だ。
「って、本題に戻るわよ! あ、本は借りてくね。……でさ、貴方は、メインキャストとしての自覚があったわけ?」
「そ、そりゃあ勿論あるさ! だから一生懸命練習して! 劇を完成させる為なら、何だってやったつもりさ」
藍斗君が戸惑い気味に話していると、真帆が自信たっぷりにそう言った。
「へぇ、劇を完成させたいのに大道具を雨の校庭に放り出したんだ。ひどいよ藍斗君。言ってることと行動が矛盾してる。
本当は主役だって自覚なかったんじゃないの?」
藍斗君が真っ先に顔を上げた。その時間、わずか0,000000001秒。……だと思う。
「大体私が貴方を好きになることなんて、大道具を雨の日の校庭に投げ出すこと以外にもあったはずなのよ。例えば、私に告白して、で、とりあえず付き合っちゃうっていう戦法。まぁそれでも両想いの確率は低いんだけどね」
私は真帆の自信たっぷり発言に多少の嫌味を感じた。まぁ風邪を引かせた相手には強く言ってもいいと思うけど。
「でもさ、流石にあの手だけはないと思うのよ。結果的に最悪の事態になったし、皆にも大きな迷惑をかけてしまったじゃない。それだけは本当になかったと思うのよね。作戦失敗ってところだね」
藍斗君は行動を悔やんでいるように見えた。
「まぁ私もすっごいガチめで呪ってやるって言うほど許さなかったってわけじゃないのよね。何か佐織の話によれば、私達が風邪で休んでいる間に、ひどい大喧嘩がされたって話だし」
そうそう。一人の男子のせいで大変な事態になったって話よね。
あれはひどかった。
「今度他の女の子を好きになったら、私のように苦しませないようにしてね。だから、私のような奴より、他の人を幸せにしてあげて。学校に行って、新しい恋を探そうよ」
真帆の一言で、藍斗君の時間は止まった気がした。
何か、ボーっとしている。
「だから、明日は来るようにしてね」
真帆がそう言うと、藍斗君はハッとして、
「考えとくね」
とだけ言った。
「やった、よし、帰るよ! 佐織! あ、この本借りてくね!」
真帆はキットカット十個と本を持って、私に向かって笑った。
私は、殆ど空気だった。
あと、真帆、そんだけ持って帰るなんてちょっと強引すぎやしないか。
「今日は来てくれてありがとう」
藍斗君のその一言は、今日一番に明るかった。
◆◇
その翌日、藍斗君は来た。
皆が喜んでいる。
一夜漬けで練習したという藍斗君は、一味違った。
祐介君は楽な裏方に戻れてホッとしていると皆に話し、クラス中が大爆笑だった。
学芸会の、保護者鑑賞日だ。
お父さんとお母さんが見ている。ちょっと不安だ。
私がそう思っていると、可愛らしい劇の格好をした真帆が、藍斗君に小声で尋ねた。
「ねぇ、何で来ようと思ったの?」
真帆の問いに、藍斗君は微笑みながらこう言った。
「秘密だよ。真帆さんだけには」
その声は、昨日よりも明るかった。
さぁ、いよいよ、始まる。




