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学芸会 ~六年生の成長~  作者: けふまろ
4/5

学芸会当日の今日は、四時間授業だった。

 学芸会というのは私の一種の楽しみなイベントでもあったので、この日が待ち遠しかった。

 一、三、五年が一二時間目に発表して、二、四、六年生が三四時間目に発表する。

 でも六年生の劇の『とある少女の物語』は、シリアス系の物語だ。

 リハーサルのときは一時間もかかって、案の定六時間目だった。

 そして、全学年の劇が終わって、給食の時間には、何と体育館で学校が用意したお弁当を好きな人と隣同士で食べるという何ともまぁ最高な日なのだ。

 今日のお弁当には真帆の大好きなシュウマイが三つ入っているらしいから、その内の二つを真帆(まほ)にあげよう。

 真帆は今日の為に、自由時間と、時には睡眠時間まで削って作業を続けた。おかげで私も一緒に帰れなかった。宿題も提出しない日が多かったけど、リハーサルが終わると、舞台監督の役目は劇の調節をするだけなので、本番中に裏方から配役の人にまで目を通し、終わったら皆にお疲れ様というだけだ。

 真帆は今日で貯め続けていた宿題を一気にやって先生を驚かせた。


「ただいまより、平成二十八年度、酢乙女(すおとめ)区第三小学校、第二十七回、学芸会を始めます。司会は六年生舞台監督、北野(きたの)真帆です。宜しくお願いします。ではまず、校長先生のお話です」


 校長の長い長い話が終わり、一年の劇が始まった。

 一年は「あきを さがす だいぼうけん」だ。世界中から秋という季節が消えた。皆は秋という季節を取り戻すべく大魔王の宮殿に行くという物語だった。

 何か一年生が使うファンタジー物だったし、いいんじゃないか?

 いや、何が良かったんだ?

 

 二年は「西遊記」だ。

 弟が猪八戒を演じている。台詞は一つだけだが何てシュールなんだ。母親には(しゅん)が猪八戒を演じているときにはカメラでドアップにしておいて、とでも言うべきだろう。


 三年は「リトル・マーメイド」だ。

 流石にアリエルのような上半身が胸当てだけという格好ではなく、きちんとした肌色の服を着ている少女が六人の姉に囲まれている。

 何か七人とも、肌色の服の上に本物のブラ着けてません……?

 色々おかしいよここの三年。

 皆が笑ってますぞい。


 四年は「十五少年漂流記」だ。一番歌が多く、時間は二十五分。

 船の描写等がよく出来ている。ガタガタガタガタ……とよく揺れる。

 また、体育館のギャラリーを使う唯一の学年でもある。

 ちなみに十五人の少年役は男の子だけじゃなく、女の子もやっている。


 五年は「美女と野獣」だ。以前見せてもらったときも迫力満点だった。

 美女の名前はベルっていうんだよね。調べた。っていうか主人公の名前知らないのに悪役の名前知ってるってどういうことだろう……。

 というよりも、何か迫力に押されるよ。すごいよ五年。面白い。アドリブも面白い。


『続きまして、六年生の劇、「とある少女の物語」です。この物語は、この学校の六年一組、小塚綾乃さんが自ら考えた作品を、省略して、劇にしたものです』

 真帆の一言で、体育館は「六年生が書いたって?」「嘘だろ?」の大騒ぎに巻き込まれた。

 ついに私達の番だ。

『この物語は、とある少女が、悲惨な人生を変えるべく、皆と立ち上がるストーリーです。同時に、私達も沢山練習をして、皆と立ち上がってこの劇を作ってきました。是非楽しんでください』

 私達はドキドキしてきた。

 隣で綾乃さんが深呼吸をしている。

 

 カーテンが閉まる。

 準備席が一瞬暗くなって、パッと明るくなる。

 と同時に、隣にいた綾乃さんが立ち上がって舞台に立った。

 今から始まるんだ。


━━━━━━


 あるところに、一人の少女がいた。

 少女の名を藤崎梨花(ふじさきりか)という。

 彼女―藤崎梨花は、生まれたときから、お金持ちの親に大切に育てられ、私立の幼稚園に通い、少し皆とは違う人生を謳歌していた。

 小学生に上がるまでは……。

 梨花が小学生になる一ヶ月前……。三月の一日に、その日常は破られた。

 私立幼稚園から受験して私立小学校まで行くというお嬢様にしか体験出来ない素晴らしい未来は、父親の一言で木っ端微塵に潰れてしまった。

 ―――――俺の経営していた不動産会社が倒産した……。

 梨花の父親は、経営していた会社が倒産したことを梨花の母親に話してしまったのだ。

 藤崎家は、会社を潰すのに、お金を沢山かけてしまい、ついには食費も何もかもなくなってしまい、挙句の果てに、母親は道で出会った高校の頃のイケメンの同級生を偶然見付け、今や若い実業家になった彼に一目ぼれをし、梨花の父親に不倫がバレるとさっさと高校の頃の同級生と一緒に出て行ってしまった。

 旦那と一人娘の梨花を捨てて……。

 そして、梨花の父親は、消息不明になった後、とある商店街に隣接しているマンションで自殺していたことが分かった。そのマンションがライバルの不動産企業の物件だったことを、後で知らされた。


 梨花は結局母親の弟夫婦に引き取られることになった。

 だがその弟夫婦はひどいもので、小学校で生活していくだけのお金と、ちょっとした服、更には食費一日五百円ぐらいしかくれなかった。後はパチンコだの酒だのギャンブルだのに使っていく最低でクズな夫婦だった。

 弟夫婦には昔、娘と息子が一人ずついたが、その二人は金の為なら何でもする最低でクズな母親の手によって、見知らぬ男に売られてしまった。そのお金もまたパチンコだの酒だのギャンブルだのに使ってどんどん消していく最低な夫婦だったのだ。

 いつか私は売られる……。梨花はいつもそう思っていた。

 

 そんな梨花は当然学校でいじめられている。主犯格はクラスのリーダー的男子、里見和彦(さとみかずひこ)だった。

 和彦の家は、貧乏家庭から一気に金持ちになった、まさに梨花とは逆のタイプだった。

 更に和彦は昔、母親が再婚した高校の同級生の弟の息子だったのだ。繋がりは不思議なものである。

 毎日毎日画鋲を椅子の上に置かれたり、トイレの中に閉じ込められたり、机にボンドを貼られたり、沢山の罵詈雑言を浴びせられた。

 梨花は決して弟夫婦にそんなことは言えなかった。

 こんなことを言ったら、言った日の明日すぐにでも誰かに売られてしまうだろう。だから耐えるしかない。梨花はそう思ったのだ。


 今日も、そんな苦しい日々が始まる。

 はずだった。


    ◆◇


「おはようございます」

 私はいつも通りに落ち着いて登校してきた。

 皆から向けられる冷酷な眼差し、沢山のヒソヒソ話が私に聞こえるように大声に変わった。

 それは悪口以外の何者でもない。

 私はランドセルを机に置く。ボンドが塗られているが、そのうちすぐ乾くだろうと気にしなかった。

 椅子にもまた画鋲がある。出そうになった涙をグッとこらえる。

「お前何言ってんの? お嬢様ぶってんの?」

 里見がニヤニヤしながらそう言った。

 うるさい、殺すぞ。殺してお前を焼いて森に捨てるぞ、とは言えなかった。

 怖い。彼はただ単に怖い。私を捨てた母親の再婚した人の弟の息子だし、しかも私とは立場が逆転しているから、怖すぎて、何も言い返せなかった。

「………」

「ホントこいつダサいよね。何でこんな奴が生きてんの?」

 ホント、こいつ死んだ方が世の為人の為って分かんないのかしら? と女の子が呟いた。

「………」

 私が黙っていると、ポニーテールの少女が私を見てウザそうな顔をした。

「何とか言えよ!! (あったま)来る!」

 彼女は鼻を鳴らしながらそう言った。彼女は机を蹴る。ランドセルが下に落ちた。

 それに見切りをつけたかのように、皆は私を取り囲み、死ね死ねコールを繰り返した。

「死ーね、死ーね」

「……」

 いい加減涙が出てきそうだった。

 もう、何でこんなこと言われなくちゃなんないの! 何で、私だけ? 何で?

 私は教室を飛び出した。

「あ、おい、待てっ!」

 皆は私を追いかけた。

 

 屋上の扉を閉めた。

 皆の声がする。

 卑怯者、馬鹿、クソ、戻って来い、殺してやる……。


 私だって、そんなこと言われてのこのこ戻るような奴じゃないやい!

 口パクで言い返してやった。でも、それが何になるの?

 自分の無意味な行動に気付き、私は泣き出した。

 やがて里見は私が泣いたのに気付いたのか、「おいこいつ泣いてるぜキッモ!」と言葉を発した。

 そっからまた死ね死ねコールは繰り返され、私は大声で泣き出してしまった。


 チャイムが鳴ると、皆は「やベー朝の会放ってた!」とか言いながら教室にばたばたと戻っていった。

 私は泣き止んでいた。

 もうここは私一人の学園なのだと。屋上が学園って何か変だけど。

 私は左を向いて校庭の方へ向かう。屋上から校庭を見下ろしたいのだ。

 すると……。

「何をしているんだ?」

 私の前に人がいた。

風上雄樹(かざかみゆうき)、君?」

 雄樹君だ。

 今年転校してきたこの子は、スマートで可愛い顔立ちをしているけど、私のことを見てみぬフリをしていた。

「貴方は……。風上さん……?」

「何で屋上にいんだよ、何してんだよ。立ち入り禁止のはずだろ?」

 あんたも屋上にいるじゃないの、と言おうと思ったが、雄樹君の目は本気だったのでやめた。

 私は、本気で心配してくれている雄樹君の姿を見て、涙を流した。

「だって、私、私ぃ……」

 私は鼻の付け根がツンと痛くなった。

「誰だよ……、梨花さんを泣かせたの……。誰だよ……」

 雄樹君は私の泣きそうな顔を見て、顔を曇らせた。

「でも、風上さんだって、いつも私を遠くに見てたじゃない……。なのに今更そんなこと言うなんて、卑怯だよ。自分が正義のヒーローだって、酔いしれてんの?」

 駄目だ、私。心配してくれた人にこんなことを言ってしまうなんて。こんな最低なことを言ってしまうなんて。自分の方こそ、悲劇のヒロインぶっている。

「ごめん……」

 謝んなくていいよ、の一言すら、泣きそうな声で言えない。

 ごめん、私も謝るよ、雄樹君……。

「俺、自分がいじめられるのが怖くて、ずっとやめようって言い出せなかった。本気でやめようって思ってたのに……。梨花さんのことが好きだってずっと分かっていたのに……」

「え……?」

 聞こえなかったわけじゃない。私は、告白を聞いてしまった。

 風上雄樹君が、まさか私のことを好きだったなんて……。ずっと分からなかった。分かりたくもなかったのかもしれない。

 自分のことを気にしている人がいて、そんな人に弱みを見せてしまうなんて、私は何て非力な人間なんだろう。

 私の中で、雄樹君は、広がりつつあった。

「何でもない……」

 その言葉を聞いた途端、私は思わず泣いてしまった。

 雄樹君は私を好きだと言ってくれた。

 だから、こんな無様な姿を見て、気持ちが幻滅してしまうのではないかと考えた。でも、その答えを問いただす前に、私は泣いてしまった。

 気持ち悪いほどの大声で、私は泣いてしまった。

「う、うわぁぁぁぁぁっっっっ!!」

 私は大声でむせび泣いた。こんなに泣いたのはいつぶりだろう。こんなに泣いたのは、本当のお父さんとお母さんが喧嘩したときかもしれない。あれは、お母さんの不倫が原因の喧嘩だった。

「うぐっ、うぐぅ……」

 嗚咽を繰り返しながら泣き叫ぶその姿を、雄樹君は何て思ったのだろうか、そっと私の背中を擦った。

 しなくていい。そんなこと、しなくていい。

 自分が情けなくなる。私は無力な人間なんだって、認めてしまう。

 泣いたら、助けが必要になって、その助けに支えてもらえないと、自分ではどうやったって立ち上がることが出来ない。

 あの時もそうだった。

 お母さんが喧嘩の末、出て行ってしまったときも、お父さんに支えてもらわないと、泣き止むことが出来なかった。

「泣かないでよ。お願いだから……」

 雄樹君はポタッと屋上の床に水を滴らせた。

「僕まで、泣いちゃうから……。好きな人が苦しんで泣いてる姿なんて、見たくない。僕は、そんな姿が見たかったんじゃない! 僕は、梨花さんの笑顔が見たくて……。梨花さんの笑顔なんて、見たことないから。見てみたいのに……。そんな、そんな辛い顔をさせたかったんじゃない」

 私はそっと顔を上げた。

 きっと今の私の顔は、ひどく赤くなっているに違いない。

「だから、もう、泣かないでよ……」

 私と同じように、雄樹君は嗚咽を繰り返していた。

「風上君……」

 私は、雄樹君の肩に手を置いた。

「ありがとう……」

 私が涙声になって言うと、雄樹君は振り返った。

「何が……?」

「だって、私のこと、好きだって言ってくれたんだもん。私、本当のお父さんとお母さん以外に言われたことしかないから」

「え……? 本当のお父さんお母さんって?」

 雄樹君はすっかり泣き止んでいた。と同時に、私も泣き止んでいた。

「私、実はお母さんの弟夫婦に引き取られているの」

「え!?」


 私は雄樹君に本当のことを話した。

 雄樹君は親身になって話を聞いてくれて、私は喋りやすかった。

 私が全てのことを話した途端、雄樹君は喋り出した。

「そうだったんだ……。そりゃあ、大変だったね」

「何か、他人事みたいな感じだけど」

「そんなことないよ。僕のお父さん、梨花さんのお父さんの経営していた会社に働いていたから、その気持ちはよく分かるよ」

「そ、そうなの?」

 私のお父さんの経営していた会社にいたなんて、どういう縁なのだろう。何か不思議だ。

「そして、僕と同じ境遇にあった」

「え?」

 私は思わず叫んでしまった。

「嘘?」

「大丈夫。嘘じゃないよ。本当。僕は父親は、本当に篠原(しのはら)不動産の従業員として働いていた」

「……」

 私は唖然として雄樹君の話を聞いていた。

「僕はそこそこの高所得者だった。積水ハウスの住宅に住んでいて、周りの皆をよく誘っていた。

 でも、篠原不動産が潰れたときに、自慢の家を売って、アパートに住んだんだ。だが結局は一家心中。しかも木造アパートだったから、次々燃え移っちゃって、もう、大変でね。結局多額の借金を生み出してしまって。」

「で、今はどうなの?」

「ん? 今は、僕の一人暮らし」

「一人暮らし……?」

「時々両親が来てるけど……、皆すぐ帰っちゃって。来る意味あるのかなぁって思って」

「……そうなんだ。大変だったね……」

 私はしみじみと、雄樹君の悲しみを理解しようと思い、そう言った。

「梨花さんの言ってることこそ、他人事のように聞こえるんだけど」

「気のせ……」

 私は笑いながらそう言……おうとした。

 雄樹君が私を抱きしめて、言おうとした私の言葉を邪魔したからだ。

「……風上、君?」

「! ご、ごめん……」

 雄樹君は大急ぎで私から体を離して、大きく息を吐いた。


「行こう……」

「え?」

 ドコに? と言おうとした矢先、雄樹君は私の手を掴み、屋上のドアを開けた。


 ついたのは、六年一組。

「どうしたの、雄樹君。ここに、何の用が? 私、もうここにいたくないの!」

「知ってる。原因はいじめ、でしょ?」

「じゃあ何で?」

 私は掴まれた手を必死に離そうとした。

「止めるんだよ、いじめを!」

「!!!」

「僕は、いじめを認めた、卑怯な人間だ。だからその罪を償う為に、僕はいじめを止める! 好きな人に、せめてものことをしてあげたいんだ!」

 ガラガラガラ……。

 教室の扉を開けると、皆は一斉にこちらを向いた。

「風上さん!」

「雄樹!」

 皆が私と雄樹君の登場に驚いている。

「ふぅ~。今までドコにいたんだよ!? 屋上? キスしたの? イチャイチャ?」

 里見は騒いでいる。

 やめてよ、恥ずかしい。

「っていうか、それ以前に、風上は、梨花のこと好きなの?」

「好きなの? 好きなの?」

 瞬間的に好きなのコールに変わった。

「もう、やめてよ。里見君、本当に嫌だから」

「何だよ……。貧乏が口出してんじゃねぇよ! ……あ、貧乏だからそんな口が達者なのか。口が達者って、サイアクだぞ、キモいぞー」

 キモいぞ~と私に言う里見。あんただって、あんただってそういうこと言ってくるとか、本気でキモいよ!

 私が涙目になりながらそう言おうとするとたまらず雄樹君が叫んだ。

「里見! やめろよ!」

 雄樹君の声に、皆はピクッと痙攣して、それから動かなくなった。

「皆、梨花さんのこと、貧乏貧乏って言っていじめているけど、皆は梨花さんの家のことや過去のことを知っているのか?」

「さ、さぁ」

「今から話してやるよ」

 雄樹君? 話すって、私のこと?

「梨花さんはとあるお金持ちの家で生まれたんだ。そこは、篠原不動産の社長の夫婦の所だったんだ」

 皆は、え、意外~という目で私を見つめた。

「やめ……」

「だが、篠原不動産が潰れたとき、梨花さんの母親は不倫をして、父親と一人娘の梨花さんを捨てた。それから梨花さんの父親はマンションで自殺した。

 結局、梨花さんは母親の弟夫婦の元へと向かった。だがそこの家族と言うのは最低で、金の為なら自分の子供を売るような最低な奴だったんだ。だから梨花さんはいつ、弟夫婦に売られるかビクビクしてたんだよ」

 それ以上言わないでよ。私、もっといじめられちゃう! 

「それなのに君達は梨花さんをいじめて……。最低だよ。ひどくて最低な奴らだよ」

 雄樹君の言葉に、一人の女子が食ってかかった。

「でも、あんただってずっと見てたじゃない。私達を止めずにずっと見てたじゃない。傍観者じゃない。それなのにそんなこと言うなんて、あんた偽善者なの? 自分が過去を聞いた奴だというだけで、調子乗んないでよ!」

「あぁ、確かに貴方の言うとおりだ」

「雄樹君、もうやめて」

「何でよ、梨花さん。僕はいじめを止めようとして……」

「もういいよ。そんなことしなくて」

 私は涙声になってそう言った。

「言わなくていいよ。本当に、言わなくて大丈夫だったのに……」

「……」

 雄樹君は困っている。

 でも、もういいんだよ。本当に言わなくていいの。

私は、皆に自分がどんなに惨めな人生を送ってきたのか知られるのが怖かったのに……。

 私がそんなことを言おうと思っても、もう遅い。

 私は涙で顔をぐしゃぐしゃにして、泣いた。

 今までクラスの人達に見せなかった泣き顔。

 ずっと強気でいた。惨めな奴になりたくなくて。

 私は里見に何かを言われるのが怖かった。泣きやがった、弱虫、泣き虫って言われたくなかった。

 もうこれ以上、私の心を壊してほしくなかった。

 そう願っていた。

 泣き虫、弱虫なんて、遠い昔に母親の弟夫婦に言われた。

 泣かずに我慢して、皆を困らせない為にと頑張ってきた。

 でもその努力も我慢の限界だった。

 小さい頃に、お母さんが出て行ってしまったときよりも泣いてしまった。

 皆が一斉にこちらを向いて、目を見開いているのが、じんわりとした目でもよく理解出来た。

「ごめんなさい、私、もうそれ以上言われると、本当に心が壊れてしまうの」

「壊れるって……何でさ?」

「私、もう、生きていたくないの……」

「……、生きていたくないの? 何で?」

 私、もうお父さんとお母さんの所に行きたいんだよ。

 もう、生きていきたくないの……。

「お母さんの弟の所に連れて行かれて、そこでずっとほったらかしにされたし。そして、もしも変なことをしたり、弟夫婦が悪くなるようなことを言ったら、即、誰かに売られる。

 そんな生活、そんなビクビクした生活、私は嫌なんだよ。どんなに貧しくても、どんなに皆から煙たがられても、家族の愛さえあれば、もうそれで充分なの」


 私は必死で泣き止もうとした。

 けれども、そんな簡単に泣き止むことなど出来なかった。

「ごめん。こんな変な話しちゃって。どうぞ、授業を続け……」

「お前、そんなことになってたのかよ」

「?」

 里見が珍しく泣きそうになっている。

「里見君が泣くなんて珍しい……」

 私の隣の席の男の子が、そう言った。

「俺、自分が金持ちだからって、浮かれてた。貧乏だからって、お前をいじめてた。本当は全然、梨花の家庭のことなんて分かってなかったのに。いい気になって、どうせ会社が潰れたんだろとか、勝手な見解をしてしまって、本当にひどい奴なんだ。俺は」

 里見の目に涙が溢れた。

「ごめん。知ったかぶりしていじめてしまって」

 ………。

 里見が、謝っている。

 私に、頭を下げている。土下座なんかよりもずっと謝っているのが伝わってくる。

「もう、俺は何にもしない。俺、お前に協力する。お前が背負ってきた辛い過去を、ここで全部吐いてしまえ」

 里見が優しそうな顔になった。

 私はまだ許す気になれなかった。

「おい、里見」

 唐突な雄樹君の声に、里見は顔を上げた。

「俺は傍観者だ。それはいじめを認めた、卑怯な奴がすることだ。でも里見は、ずっといじめをしてきた張本人だ。あと、お前、どちらかというなら、梨花さんの従兄弟だから」

「えっ?」

 里見が目を見開いた。

「お前は、梨花さんの元々のお母さんの、不倫していた男の、子供なんだよ」

「何かよくわかんねぇ。つまりどういうことだ?」

「お前の母親は、梨花さんの元々の母親だってことだ」

「あ、マジで!?」

「『あ』はいらん。『あ』は」

「ご、ごめん。……というより、俺も協力するよ」

「え……? 何に?」

「俺、お前を助けたいんだ。今までいじめてきた謝罪の気持ちがある。だからその、……弟夫婦に会わせてくれ!」

「!!」

 私はびっくりしていたがすぐ体勢を立て直した。

「あんた、いいの? 弟夫婦と真面目に会話なんて私でも出来なかったのに……。しかも、あの人達は私達子供のことを何も出来ない無力な奴とまで言って、簡単に見知らぬ奴らに売られることだってあるし……」

「嘘……?」

「嘘じゃないよ。本当に自分の子供を見知らぬ人に売ったんだし」

「そんなんじゃ直に俺殺されちゃうよ」

 里見が頭を抱えた。おいこれが詫びってもんなのか。立ち向かってくれよ頼むから。

「私も行く」

 隣の席の男の子がそう言った。

 こうして皆が一致団結し、全員は私のアパートに向かった。


 アパートに着いた皆は、アパートを舐め回すようにじっくり見つめていた。

「しかし、お前の家って古いなぁ」

「築三十年だもん。そりゃ古いわ」

「二十一世紀よりも前に建てられたんじゃ、古いも同然だな」

 里見が失礼なことを言う。おい何だって。

「でも、私の家も2000年に建てられたマンションだよ。新築って歌ってるけど、最近欠陥が多く見付かって、もう私の家族は一週間後に引っ越すことになってるの」

 うん、そんな話しなくていいよ。果恋(かれん)

 この子は元親友の大谷(おおたに)果恋。ポニーテールの美少女で、私も昔マンションに遊びにいったことがあった。ちなみにそのときも欠陥があったので、引っ越すのは正解といえる。

「っていうかさぁ、もう、入る?」

 隣の席に座っている男の子、源純也(みなもとじゅんや)が言った。

「待ってよ、私の家、まだ何にも用意してないよ。お母さんもちゃんといるし、何かを話すとなると沢山の罵詈雑言が浴びせられて……」

 そう、私も何度「消えちまえ」と言われたことか。流石、自分の子供を売る最低なクズ親である。私も出て行きたいと思っている。

「まぁ、俺、入るから」

 私の重大な注意もいざ知らず、里見は突入しようとした。

 やめなよ。

 私がそう言おうとしたのもつかの間、里見は中に入っていった。

 そのとき、突然の怒鳴り声。

 私は身をすくめる。専業主婦の叔母さんの怒鳴り声ほど近所迷惑なものはない。もしも「自分が住んでいる地域で一番近所迷惑だと思うもの総選挙」があったとしたなら、私は投票券を何百枚か買って専業主婦、「藤崎聖子(ふじさきせいこ)の怒鳴り声」に投票する。

 里見が涙目になりながら出てきた。

「叔母さん怖い……」

 里見が袖で涙を拭いながら大急ぎでドアを閉めた。

 何か滑稽だ。カメラがあったら動画撮影してたのに。

 そういえば、私にとっての叔母さんは、里見の叔母さんでもあるということを忘れていた。

 ん……? 今何か閃いたような。

 私は閃きのピースを探し出す。すると、何枚かが当てはまり、パズルが完成した。

「いいこと思い付いた!」

 私の大声に、皆がびっくりしている。私も自分の声にちょっとびっくりした。

「皆、重要なことを忘れていたわ!」

「何、いきなり。どうしたの?」

 果恋が怪訝そうに眉をひそめる。

「私にとっての叔母さんは、里見にとっての叔母さんでしょ?」

「あぁ、まぁ、そりゃあ梨花さんの言うとおりだけど、でもそれがどうか……。あっ!」

 雄樹君も何か閃いたみたいだ。

「一体何よ。私わかんな……、あぁっ! そういうことか!」

 果恋はパチンと手を叩いた。

 皆は、??? と首を捻らせる。

「「梨花の弟夫婦を、里見の母親に面会させればいいんだ!」

「ご名答!」

 私と果恋と雄樹君はノリノリだったが残る皆は冷静に納得していた。

「なるほど、里見、面会出来るか?」

 眼鏡男子が里見に言った。

「ちょっと待って」

 里見はキッズケータイを取り出す。テレビのCMで見たことがある。最新式のやつだ。確かメールが漢字変換可能になったんだっけ?

 それぐらいの進歩だったような気がする。

「あぁ、お母さん? え、何で今電話してんのかって? そりゃあ、今、藤崎梨花の家にいるから」

 里見の声はよく透き通っている。電話の向こうから、息を飲む音がした。

「……え? あぁうん、あの藤崎梨花だよ。旧姓、篠原梨花ってところだね」

 またまた息を飲む音がする。お母さん数年で変わってません?

「浮気してたんだってね。それだから、ね」

 里見は元々私の母親のお腹から生まれたわけじゃない。

 里見さんという実業家の前妻から生まれた。実際、私の母親と里見さんという若き実業家は里見和彦を連れて駆け落ちしていた。

 よし、里見、すごいぞ。今まですっごく傷付いた直球攻めも、今ほど感謝したことはない。

「だから、面会させてほしいんだよね。……何、面会したくない? あのさぁ、俺、人のこと言えないけど、一人の人生が、一気に崩れたんだよ? それも小さい頃に。更に信頼していた母親からも捨てられ、父親は自殺。そんな人生を謳歌して、それで、俺も自分が金持ちだからっていじめた。それは許されないことだと思う。けれども、けれども、梨花の一番の悲しみは、自分を生んで、大切に育ててくれた母親に捨てられたことだ」

 里見はニヤニヤしながら、「考えておいてね」と言いながら通話を切った。

 

 その日の夜。先生と皆の協力により、叔母さんを面会させることを承認させた。

 面会はアパートではなく、里見の家(新築の真新しい大きな三階建ての家である)ですることになる。

 というより、新築の真新しい大きな三階建てってどんな感じだろう。

 きっと中は綺麗なんだろう。


 私は久しぶりに叔父さん叔母さんと出かけた。

 二人とも行く途中は私には目もくれず、自分達がイチャイチャすることに熱心だった。

 私はそんな二人に「リア充爆発して死ね」とこっそり呟いてから、里見の家はどんな感じだろう、お母さんは今頃どうなってるだろう、と考えていた。

 特に、お母さん。

 お母さんは昔、カーディガンが良く似合う女性で、今思うと、大学生と言われても通用しそうな顔だった。スタイルもいいし、優しくて要領も良かった。きっといい青春時代を送っていると思う。私の青春時代は恋も友情もクソもない。

 私は今のお母さんの姿を想像する。

 美人かな……、里見甘えてんのかなぁ……。

 私は次第に口角が上がっていく。

「おう、梨花! 来たのか!」

「へ?」

 私は里見の声に戸惑いながら、里見の立っている方を見た。

「ここ、俺んち!」

 里見はつい数十時間前までいじめていた奴を快く家に招待している。こいつの頭のネジは一時間に一本ぐらいのペースで抜けているのだろうか。

 私は里見の指差す家を見上げる。

 それは、予想を遥かに上回る大きさだった。

「で、デカイ!」

 私は驚きのあまり崩れ落ちそうになった。隣で叔父さん達が、「いつかここに住みたいな。二人っきりで……」とか言っている。気持ち悪いを通り越してもはやキモい。

 里見が吐きそうになっている。おい、そこで吐くな。汚いし、家が汚れる。自分の家じゃないから知ったことじゃないけど、何か玄関先にゲロ撒き散らされてるって……嫌じゃない?

「……………」

 その家は、カーポートが一回部分に添えるように設置されている。

 玄関部分が階段で地上よりほんの少し上に玄関がある。ちょっと屋根が突き出ている豆腐建築だ。

 ベランダが結構デカイ。所謂豪邸ってやつだ。

 モダンな家で豪邸って、結構すごい。実業家スゴイ。あなどれない。

 私は階段を上って玄関のドアを開け、少し控えめに「こんばんはー」と言った。

 里見はニコニコしながら、「入ってー」と言う。

 うわ、結構大きい。ってか下駄箱何段あるの。

 ダイニングとリビングが繋がっていて、現代的な建物だ。私もこういうの夢見てたんだ。いつかこういう所に住みたいって。

「やっぱ、里見の家広いよな! 俺住みたいぜ!」

「純也はうるさいんだから」

 突然、純也と果恋の声がした。

 続いて、ドタドタという足音。

 クラスの皆と先生が歩いている! え、皆も招待したの!?

 私が戸惑っていると、里見は手を叩いた。

「はい、では、始めましょうか。話を」

 里見の声に皆は静まり返る。


「まず、梨花。母親に何かを言ってやれ」

 里見の言葉で、私はおもむろに喋り出した。

 私の目の前には、昔よりも上品になった母親の姿があった。

「お母さん」

 私は口を開いた。

「何? 梨花」

 あの日と変わらずに、私を迎え入れてくれた。私を、本当の一人娘の私を、迎えてくれた。

「私、お母さんのことが大好きだったの」

 お母さんは、相槌を打った。

「なのに、私、お母さんに捨てられて……。あの時はまだ事が分からなかったけど、今はよく分かった。私、お父さんもいなくなって、叔父さんに引き取られたとき、叔父さんの子供はいなかった」

「え? 何で? りっくん、子供が二人出来たって言ってたわよね。確か(こう)君と(りん)ちゃん。珍しい男女の双子だって言ってたのに」

 お母さんは不思議そうに尋ねた。マゴマゴともごつく叔父さん。

「私、知ってる。叔母さんが子供を見知らぬ男に売ったって」

 その途端、叔母さんの顔は真っ青に染まり、お母さんの顔は真っ赤に染まった。

「まぁ、子供を見知らぬ男に売るなんて、最低よ!」

「でもお母さんも私を捨てたじゃない」

 私の一言に、お母さんは息を飲んだ。

「私もね、お母さんに捨てられて、すっごく嫌だった。私は、辛かった。嫌っていうほど辛い思いしてきた。それが許されるとでも……」

 お母さんは顔面蒼白だ。子供を捨てるということは、子供を売るのと同じことだ。だって、売るっていうことは、もういらないっていうことだと思うから。


「待って。それは、愛美(まなみ)が悪いんじゃない」


 突然、二階からルックスのいいイケメンの男性が現れた。「和也(かずや)さん!」とお母さんが言う。きっと、里見の父親なのだろう。


「俺が悪いんだ。俺が一目惚れしたんだ!」

 

 あまりに突然の告白で、今度こそ私は聞きそびれてしまった。

 私が聞いた話と違う。私はお母さんが里見の父親に一目惚れしたって……。

「俺は、前妻と上手くいってなくて、和彦を保育園に預けて、どこかへ旅立とうと思っていたんだ。なのに、愛美が現れてしまって、ちょっと、抑えきれなくて、駆け落ちしちゃったんだ。愛美に罪を被せてしまった。愛美に、もしも浮気がばれたら家族を捨てろって言って。愛美がどんなに嫌だって言っても、俺は聞かなかった」

 

 和也さんの告白は、数秒ながらも、私を絶望に陥れた三月を説明してくれた。

 その説明の行き違いで、お父さんは死に、私はいじめられて、お母さんにも捨てられるという絶望の小学校生活を送ることになってしまったのだ。

「ごめん。俺、自分のことを、抑えきれなくて、それで、梨花ちゃんに辛い思いをさせてしまった」


「私だけじゃないよ」

 私の口から声が洩れる。でもその声は、私の声じゃないように聞こえた。

「私だけじゃない! お父さんを殺したんだよ、お前は!」


 ひどく野太い声だった。

 私は、和也さんに飛び掛った。

 返して、返してよ、私の日常を!

 返してよ、私に来るはずだった未来を!

 お父さんと、お母さんを、返してよ……。

「お前は実業家なんかじゃない! 人殺しだ! お前は殺人犯だ! 私のお父さんを殺した、人殺しだ! 人殺し! 人殺し!」


 私は、和也さんを殺していた。

 和也さんは、首を殴った私のせいで、死んでしまった。

 殴って、殴って、叫んで、叩いて……。

 私は、和也さんを傷付けた。

 周りにいた皆は、やめなよ、と叫んでいたが、私は聞かず、ずっと殴っていた。


 私のこの手が、和也さんを、お母さんの今の旦那さんを……、里見の父親を、殺してしまったのだ。

 私に、人殺しと呼べる資格はない。

 里見とお母さんは泣き叫び、今度こそ、私は皆から嫌われた。

 皆から向けられる冷ややかな眼差しに、私は耐え切れなかった。

 でも仕方ない。自業自得だもの。

 雄樹君も、私に冷ややかな態度を取ってきて、もう、好意はなくなっているという事が見え見えだった。

 果恋も、純也も。


 私は、久しぶりに、屋上に行った。

 ここに行けば、私は楽になれる。

 お父さんの所に、行きたい。


 皆、ありがとう。

 私、きっと地獄に行くかもしれないね。

 私、死ぬね。

 さようなら。



 ━━━━━━━━━


 会場は、啜り泣きが響いていた。

 続いて、拍手が鳴り響く。

 皆が、劇を見て、泣いていた。


次回で最終回です。

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