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「あぁ、疲れた……」
「一体大道具ドコにあるんだよ……」
「かれこれもう一時間も続いちゃったね」
「一時間つぶしたってことだよ」
そんな声があちこちから聞こえる。
「大丈夫かなぁ、もう、大道具無しでやっちゃう? 練習」
「そうだね。そうだ、先生、皆に衣装の書いてある手紙を配ってください」
真帆が冷静に答える。そういえば彼女は弱音一つも吐かなかった。
「そうね、じゃあ本番はどんな服を着ればいいのか、の手紙を配るわね」
先生はクラスごとに整列させ、クラスごと、一人一人に配った。
「えーと、『主人公、藤崎梨花はなるべく大人しめな服で。出来れば紺色のカーディガンや、チェック柄のスカート等。』」
「僕の……『転校生の男の子、風上雄樹は、なるべく大人っぽい格好で。黒のジャケットや、ダメージジーンズ等』って、二人とも何か雰囲気似てんぞ……」
「そうだね、あはは……」
私は藍斗君を見て微笑んだ。
「でもしかし、本当にドコにあるんだ? 大道具は」
「さぁ……。私に聞かないでよ」
「……ってことは佐織さんもまだ手がかり掴めてないの?」
「そうに決まってるじゃない」
私は疲れを癒す為に、体育館の水道に向かった。体育館は二年前新たに改築され、冷水機が二つ付いた。
案の定皆が冷水機の場所に並んでいて、私の番になるのはあと二、三分かかりそうだった。
私が前に並んでいた綾乃さんと立ち話をしていると、急に外から異様な音が聞こえた。
ドドドドドドドドドドドッッッッッッッッ!
「え? 何今の音」
「何かが打ち付けられたのかな……?」
「だとしたら音が大きすぎない?」
私達が今の音でワヤワヤ騒いでいると、突如、恋雪先生が水飲み場に現れた。
「皆さん、大変です! 今大道具が見付かったんです!」
「おぉ、やった!」
「で、ドコで見付けたんですか?」
「それが、校庭の池の方で……」
「はぁ……? 校庭って、今変な音が鳴ったところじゃん」
「実は今、突発的な大雨が降っていて……。多分大道具、雨に濡れていると思うの……」
その言葉で、一瞬、時が止まった。
次の瞬間……。
「はぁ……? ふざけんなよ! 何で恋雪先生、すぐ行かなかったんだよ!」
「今、発見したので……」
「もう……皆、ちょっと待ってて!」
いきなり並んでいた真帆が大声を張り上げた。
「舞台監督?」
「真帆ちゃん?」
「私、大急ぎで運んできます! 舞台監督として、大道具を校門に持ってくるんで、皆はタオルを持って拭いてください」
真帆は大急ぎで校庭の方へダッシュした。
「俺達も行こうぜ! 真帆一人じゃきつ過ぎるだろ!」
「そうだね!」「私達も行こう!」
皆もまた、大急ぎで校庭の方へ走っていった。
私も皆の後に続いていった。綾乃さんも、赤崎さんも、藍斗君も、皆が校庭の方へかけていった。
外は夜のように暗くなり、大雨が降りしきっていた。
真帆は砂場にかけられていたビニールを、大道具にかぶせていた。
何とか大道具の安全は確保出来たらしい。
「舞台監督ーっ!」
ふいに藍斗君が声を張り上げた。
「っ! 校門でタオル持っておけって言っただろ!? 何でついてくんのよ!」
「だってそれ、舞台監督一人じゃ絶対持ち運べないでしょ!? それに、舞台監督、大雨でビショビショだし……」
藍斗君の優しさに、真帆は一瞬ふらついたが、すぐさま我に返って藍斗君にはむかった。
「で、でも……、舞台のことは舞台監督が責任を持って仕切るのが基本でしょ?」
「だからって、舞台監督が無理しろってわけじゃないの、分かってるんでしょ? 舞台監督だからって自分で何でもかんでも仕切ろうとすんなよっ!」
私達は藍斗君の迫力に思わず身震いした。
何か、真帆と藍斗君の周りだけロマンチックな気がするから……。
「俺達を信じてよ!」
藍斗君は少し寂しそうにそう言いながら真帆を見つめた。
途端に彼女の顔はこの空とは対照的に真っ赤に染まったが、すぐ気を取り直して、私達を見た後、こう言った。
「分かった。有り難う……。感謝する……」
その後、私達は大道具をビニールに包んで校門の方へ持って行き、体育館の床にビニールごと置いた。
途端に辺りは謎の疲労感に包まれる。
真帆は、「ねぇ、絶対恋に落ちたでしょ、藍斗君に惚れたでしょ?」と問われていた。
藍斗君も藍斗君で、「こいつ、女子の前で格好付けやがって……」といじられていた。
大道具係の人は、雨のせいで多少塗装が剥げてしまった為、改良した。
「はい、じゃあ練習始めるよ……。本格的に進めていこう」
「はい!」
真帆の指示で皆は練習に取り掛かった。
何か、私はあそこに大道具があったのを気にしてるんだけど……。
「よし、やろうか」
そこから三人の練習が始まる。
この劇、実際、全員が舞台に立てるほど登場人物は多くない。だから先生がどんなに皆を舞台に立たせようとしても、原作重視だし、結局裏方の人が必ず出ちゃうんだよね。
しょうがないことなんだけどね。
まぁ、そんなことは置いておいて……、練習再開するか!
結局、私達は何故大道具が運ばれたのかという謎も分からないまま11月に突入してしまった。
11月の第二土曜日に学習発表会、学芸会がある。一日目の金曜日は児童鑑賞会で、二回目の土曜日は保護者鑑賞会だ。
11月の第一金曜日。恋雪先生の朝の会での発表に皆声を上げた。
「今日は、五六年生合わせて練習?」
そう、今日は五六年生合わせての練習なのだ。
やはり学習発表会の時期だからといって、他の授業を怠るわけにもいかないらしい。
五年生は今日の家庭科の授業で特別な講師が来てくれるらしい。が、その時間が学芸会の練習の時間とかぶってしまった為、こうして二学年合同でやることになったのだ。
「めんどくさぁ……。何で半分半分で使わなきゃなんないわけ」
赤崎さんは周りの人に同意を求めた。
すると、瞬く間に皆が「そうだよね、何で後輩に遠慮しなきゃなんないわけ?」「普通後輩は先輩を立たせるわよね」「大体五年の劇なんて低レベルでしょ」と赤崎さんを立てた。
このクラスで赤崎さんは女王様状態だ。
そんな言い方はないでしょう、と恋雪先生が言ったが、赤崎さん達は「これは思想の自由ですよー。先生にそんなことを思っちゃいけないっていう権利はないと思いまーす」という言葉を発した。
赤崎さん達がケタケタ笑っていると、真帆が突然机を叩いて立ち上がった。
「あ、何よ北野さん」
「五年生が一生懸命取り組んでるって言うのに、何よその態度」
「は? あんた、私が間違ってるっていうの? 年下の劇に文句つけてるだけじゃないのよ」
「それがいけないのよ。年下を馬鹿にしてるのよ。何でも思うことはいいけど、それを言うことはないじゃない。赤崎さん、ここに五年生がいて、その五年生が泣き出したらどうするつもりよ?」
「それは、放ってお……」
「まぁ赤崎さんのことだから放っておくのが正解かと思うけど、私は思うんだよね。人は何を思って、何を発言しても良いのかも知れないけど、ちゃんと人権を思って話してくれる?」
「くぅ……。もう、いいわ。知らない!」
赤崎さんはキッと真帆を睨み付けた。
「おぉ~、真帆やるな~」
「ナイスな返し方だな……。尊敬するぜ」
男子から評価を受ける真帆。
赤崎さんは舌打ちをして、すぐ後ろにいる女子にこう言った。
「真帆って男子にモテたいからあんなことしてるようにしか思えないの~。楠山さん、どう思う?」
「確かに夏実ちゃんの言うとおりだよ。ホント、いい子ぶってるようにしか思えない」
「ね~。クスクス……」
赤崎さんは本当に嫌な奴だ。綾乃さんと大親友の楠山さんにまで汚染させるな。
「今日は散々な日になりそうね」
赤崎さんが髪をなびかせながらそう言った。
やがて練習の授業が始まる。
学芸会の練習中はいつもの二倍騒がしかった。
五年の劇は『美女と野獣』。おい五年。何でこんなファンタスティックなものを選んだ。普通はもっとこうアクション系のやつを選ぶだろ。怖い、怖いよ教育委員会。何でよりにもよって『美女と野獣』なんだよ。
ちなみに美女役は、眼鏡をかけた可愛い女の子がやるそうだ。野獣は……って、何故に綾乃さんの弟?
普通そこはあれだろ、ガストン役とかだろ、綾乃さんの弟はイケメンだし。
ってそこは気にしなくていいんだ、練習しないと。
「『お前、何言ってんの? お嬢様ぶってんの?』」
「『………』」
「『ホントこいつダサいよね。何でこんな奴が生きてんの?』」
「『………』」
「『何とか言えよ!! 頭来る!』」
そう言って真帆(劇の中では派手な女子役)が大道具係が運んできてくれた机を軽く蹴った。
今日はキャスト全員が揃って練習。
「『死ーね、死ーね』」
皆は一斉に死ね死ねコールを繰り返した。
「『……』」
私は教室を飛び出すことを現すために、走った。
「『あ、おい、待てっ!』」
皆も走る。
ドタドタドタドタッッッ!
「はい、オッケーッ!」
途端に五年から拍手が巻き起こった。
「まだ十分の一も行ってないのに……」
中にはちょっと感動してしまっている人もいる。いや今のところどこも感動するところないんですが。っていうか超胸糞悪い場面だったんですけど。
「六年生って何であんな劇上手いの?」
そんな声がチラホラ聞こえた。嬉しい。
特別に、『美女と野獣』も見せてもらえることになった。
何かありきたりすぎて、ちょっと面白いけど。
街の人Aとか、女Bとか、役がコロコロ入れ替わるのも見る人は新鮮味があって面白いと思う。
やがて美女と野獣がダンスをするところで練習は終わった。
真帆は、「いい劇だったよ」と五年生を評価していた。
赤崎さんも、「ま、私達の足元にも及ばなかったけど、いんじゃないの?」とあからさまな上から目線で喋っていた。
「すごい良かったよ。流石、団結力があるね」
綾乃さんも心温まるコメントをしてくれた。
「私達も応援するからね。まだ完成してないみたいだから、楽しみにしてるよ。頑張ってね」
私のコメントだ。どうだろうか。頑張ってくれるだろうか。
「応援してるよ! 頑張ってね!」
私達の一言で、五年生の皆は意気揚々と帰っていった。
チャイムが鳴る。
私達の次の授業は学習発表会の話なので、二時間連続合同だ。
私達は引き続き体育館に集まっていた。
外は小雨が降っている。
「えーと、あの日、大道具を校庭に置いた人が誰だか分かりました」
いや、それは言わなくても別に良いんじゃないか? そう思ったけど、言わないでおいた。
皆はあの日のことを思い出し、ザワザワし始めた。
あの日の翌日、藍斗君と真帆は風邪を引いて休んだ。
ちなみに、風邪で真帆と藍斗君が休んだ日に、「あの二人デキてんじゃねーのか」というとある男子の言った一言で男子対女子の大喧嘩になったのは今となってはすごくいい思い出だ。
いや、そんないい思い出じゃないかも。皆唸ってる。
「では、出てきなさい。大木藍斗君」
え?
今、何て……?
「……え?」
「藍斗が俺達が作った大道具を大雨の校庭にほっぽり投げたっていうのか?」
藍斗君は足をふらつかせながら、険しい表情で皆の前に立っている先生の隣に立った。
「大木君、何故あんなことをした?」
しばらく藍斗君は口を開かない。
少し経ってから、口を開いた。
「……真帆さんが……絶対……向かっていく……と……思った、から……」
「何ですって? 真帆さんが、何ですって?」
恋雪先生、いくら何でも真横に立っているって言うのに聞こえないなんて、耳遠すぎだよ。
「真帆さんは舞台監督として、絶対雨の中大道具を取りに行くって確信してた! だから、だから……」
「はぁ? ちょっと、それどういうこと? 藍斗君」
真帆が身を乗り出し、皆の前に立っている藍斗君に歩み寄る。
「もしかして、私がそうするってこと分かってて大道具を校庭に捨てたってこと!?」
「うん……。雨が降ることは想定内だったし……」
「は……? つまり、私の行動を、ずっと分かってて、それでわざと、大道具を校庭の、しかも池の方に捨てたってこと?」
「うん」
藍斗君の肯定の仕方に、真帆は絶望したという表情で藍斗君を見つめた。
「サイッテー、サイアク。信じらんない。どうして私をそんな目に合わせたの? ひどいよ藍斗君!」
真帆は、少し涙目になりながら、藍斗君に尋ねた。
「……。好きだったから……」
「え?」
「聞こえなかった……? 好きだったって言ってるでしょ!?」
「!?」
突如、周りからどよめきが起きた。
当然だ。こんなタイミングで告白だなんて、公開処刑もいいところだ。
「僕は真帆さんが好きだ。だから、大雨のときも、真帆さんは舞台監督だから責任を持って大道具を取りに行く姿が分かって、あんな行動に移したんだ! 真帆さんが僕に惚れるよう!」
藍斗君、それ、作戦だよね? 言っちゃって良いの? 真帆、すっごい苦しんでるよ?
「……やめてよ、藍斗君……」
「え?」
「最低だよ、藍斗君。私、そんなこと言われるまで、ずっと藍斗君のこと好きだったよ? それなのにそんなことを突きつけられた、恋する気持ちが一瞬で消える姿って、分かる……?」
「嘘……。真帆さん、僕のこと……」
藍斗君は、驚いたような表情をする。当然だった。両想い……だったわけだから。
「そうよ、私藍斗君のことが好きだったのよ。あの日から。でも、今はその気持ち、綺麗さっぱり消えたわ。まさかあれ、全部藍斗君が仕組んだことだったなんてがっかり」
「ちょっと……。真帆さん……」
悲痛な叫びは、無視される。
周りからは、藍斗君に対する怒りの感情が、ひしひしと伝わってくる。
「サイテー」「マジ最悪」「藍斗謝ってほしいわー」と、小声で聞こえてくる。
「最低だよ、藍斗君。自分の恋の成功のために、大雨の中私は飛び出すって予測して大道具を運び出すなんて……。歪んだ想いだよ……。しかも、大道具係にも迷惑かけて……。謝ってよ! 皆、藍斗君の作戦だと知らずに一時間も時間を潰してくれたんだよ!? 藍斗君の下らない作戦のために!」
「!!」
藍斗君は黙り込む。周りから「そうだそうだーっ!」「藍斗謝れーっ!」という声がした。
皆は藍斗君に沢山の非難の声を浴びせた。
一時間お前のクソみたいな作戦で無駄にしたじゃんかよーっ!
好きな人を自分の作戦で風邪引かせるとかマジ最低だよね。
処刑されてもいいくらいだよ。
藍斗君に浴びせられる罵詈雑言に、私もいたたまれなくなってきた。
すると……。
藍斗君は泣き出してしまった。
「ははっ! 自業自得だ! 全部自分の下らない作戦のせいだろ!?」
「泣いても一時間は取り戻せないんだぞ!」
「っっ! ……うぅ、うぅぅぅぅぅ……うわぁぁぁぁ!!」
藍斗君は校庭にダッシュした。
「あ、ちょっとっ!」
「授業抜けたーっ!」
「ひどい!」
藍斗君はそう言って走って校門から出てしまった。
「授業抜け出したね」
「しばらくしたら戻ってくるよ」
真帆は眉を逆さの八の字に曲げたままこう言った。
「真帆、貴方好きだったの? 藍斗君のこと」
「うん……」
真帆はそう言いながら校門の方を見た。
「あんな奴、一生部屋に引き篭っちゃえばいいんだ」
「流石にそれは言いすぎだよ、もし本当に引き篭っちゃったら……」
本当に藍斗君は引き篭ってしまった。
翌日になって皆は大混乱。これから二学期が終わるまでずっと学校を休むらしい。
皆は大混乱し、急遽風上雄樹役は斉藤祐介君に変更になった。
藍斗君は偶然私と同じマンションに住んでいたので、私が雄樹役は斉藤君に変わったということを伝えに行った。
藍斗君は寝不足そうな顔で玄関に立っていた。
同じマンションに住んでいるというのに、藍斗君の家の綺麗さは異常だった。綺麗過ぎる。いや私の家が散らかっているだけなのか。
「……藍斗君……。あのね、風上雄樹役のことなんだけど、斉藤君に変わった……」
「そうなんだ。じゃあね」
「あ、ちょっと……。何で引き篭ったのかぐらい教え……」
私がそう言っても、彼は聞く耳持たずに、ドアを閉めてしまった。
どこかで聞いたことがあった。
藍斗君の家は、共働きで、兄も自殺して、ずっと一人だった、と。
彼はそんな寂しい気持ちを抱えたまま六年生になった。彼は皆よりも寂しさを一倍多く抱えながら、12年間生きてきた。
そんな寂しい気持ちをクラスの皆と楽しく遊ぶことで、ずっと誤魔化し続けていた。でも、その友達からも見放された。いや、自業自得だけど。
だから、もう、何もかも捨ててしまったのかもしれない。
それで、引き篭ってしまった……。
◆◇
結局、藍斗君と連絡も付かないままで、本番を迎えてしまった。
私はなるべく大人しめな格好で向かった。
真帆と綾乃さんには大人っぽいと言われ、気分が良かった。
「今日は本番です。児童鑑賞会では、皆が貴方達の劇を見ます。是非、練習の成果を見せてください。今日も残念ながら大木君は出席しませんでしたが、大木君のためにも、頑張りましょう!」
「オーーーーッッッッッッッッ!」
皆が歓声を上げた。




