第四章 死闘 〈11〉
「ギハァ……」
人儺は足元に敷かれた鬼斬譜に気づくと不敵な笑みを浮かべた。退儺師の戦略を見下した笑みである。
人儺は勢いよく回転すると、両腕にしがみついていた4匹の土鬼蜘蛛を遠心力で校庭の四方へ投げ飛ばした。
この時点で、退儺師たちが校庭へしかけた鬼斬譜の二重円はトラップとして意味をなさないものとなった。
さらに退儺師たちは慄然とした。4匹だと思っていた土鬼蜘蛛の背中に、もう1匹ずつ土鬼蜘蛛がしがみついていた。
大型ショッピング・モール『エレクトラ』で人儺がやってみせたオンブバッタ的かくし身の術である。
明宏たち7人の退儺師は『私立台和高等学校』と云う闘技場で人儺をふくむ9匹の土鬼蜘蛛を相手に戦わねばならなくなった。
頭上に人儺、周囲を8匹の巨大な土鬼蜘蛛にかこまれると云う圧倒的不利な状況で。
保健室でその光景を見ていた明日香が息を呑んだ。
「アスカちゃん、どうしたのです!?」
気配を察して美千代が訊ねた。〈張界師〉の張った結界のせいで、三級感知退儺師の美千代には外のようすが感知できない。
(……土鬼蜘蛛が9匹。……みんなかこまれた)
明日香の〈念話〉に美千代がおどろきの声をあげた。
「きゅ、9匹!?」
「雨でチグサの感知がまちがったとでも云うの~?」
清水萌絵が思わず校庭をふりかえる。しかし、彼女の目に映るのは激しい雨と無人の校庭だけだ。
「私も5匹しか感じていなかったのです。『エレクトラ』の時と同じなのです。きっと人儺がよからぬ知恵をつけたのです」
明日香がガラス扉へ駆けよった。清水萌絵がガラス扉の中央の桟に背をあずけて明日香の動きを制す。
明日香はそれにかまわずガラス扉へ手をかけたが、鍵がかかっていて開かない。ガタガタと扉をゆすり、それでも開かないとみるや、清水萌絵をとがめるように見据えた。
清水萌絵がヤレヤレと首をふった。扉を開けてもらえると期待した明日香の喉元へ電光石火のラリアットが炸裂した。
油断していた明日香がふっ飛んで尻餅をついた。喉を押さえて咳こむ。
「ミチヨちゃん、通訳!」
清水萌絵が美千代に〈念話〉で自分の言葉を明日香へ伝えろと指示した。
「甘粕医大の〈猛る酔虎〉と謳われた私を、あんましナメないことね~」
「〈猛る酔虎〉って……カッパじゃなければ、単なる暴れん坊の酔っぱらいなのです。タチが悪いだけなのです。悪口なのです」
美千代が明日香へ清水萌絵の言葉を〈念話〉で中継しながらあきれた。ちなみに、中国でカッパに類する妖怪を〈水虎〉と云う。
「アスカちゃん、チグサと約束したでしょ~? ここで待機って~。土鬼蜘蛛5匹でもミチヨちゃんを退かせたんだよ~。9匹なら、なおさら足手まといを出て行かせるわけにはいかないでしょ~?」
『でも……』
明日香の手話をさえぎって清水萌絵はつづける。
「アスカちゃんの自己満足に巻きこまれて他の人までケガしたらどうするつもり~? ちゃんと仲間のこと信じてやんなよ~。それともなに~? アスカちゃんはチグサのこと信じてやれないわけ~? 私はよく知らないけど、チグサってそんなに安い女だったわけ~?」
明日香がグッとつまる。
「退儺六部衆とかの増援もくるんでしょ~? しんどいかもしれないけどさ~、信じて待つことも大事よ~」
明日香はうつむいたまま唇を噛みしめていた。清水萌絵の云うことが正論であることはわかる。しかし、感情が納得していない。
明日香は大きくため息をつくとイスへ座りなおした。
16
保健室でそんなやりとりがおこなわれているうちにも戦闘ははじまっていた。
退儺師たちは外向きの円陣を組んで土鬼蜘蛛と対峙した。機敏に反応したのはリーダーの一級技闘退儺師・鞍壺鞍葉だった。
頭上の人儺へ鬼爆譜を打つ。明日香が『エレクトラ』で使用したものと同じものだ。
人儺が空中でそれを避ける。人儺の眼前で鬼爆譜が爆発した。その爆発の背後からたくさんの鬼爆符が人儺へ襲いかかる。鬼爆符がつづけざまに炸裂し、人儺もたまらず後退した。
追撃の手を休めることなく二級技闘退儺師・青砥志津も人儺へ向かって鞍壺鞍葉同様の攻撃をくりだす。
退儺師たちが人儺や土鬼蜘蛛にはさまれるのを避けるための攻撃であった。
四隅にいる土鬼蜘蛛を校庭の一画へ追いこめれば、正面から人儺をふくめた3匹の土鬼蜘蛛を牽制することができる。
(私と志津とで人儺を抑える。他の者は土鬼蜘蛛たちを牽制しながら、感知退儺師の退路を確保しろ!)
鞍壺鞍葉が〈念話〉で叫んだ。
当初の目論見がついえた今、感知退儺師の千草を保健室の結界まで退げ、技闘退儺師だけで退儺六部衆などの増援を待つしかない。
自分の退路を確保すると云う命令を明宏へ伝えることを逡巡した千草だったが、千草を守ることを最優先課題としていた明宏は自分の判断で駆けだしていた。
「一馬さんは千草さんの援護を!」
明宏が叫んだ。その声を千草がしかたなく一馬へ〈念話〉で転送する。
明宏は千草の背後に位置する土鬼蜘蛛へ猛然と襲いかかった。




