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第四章 死闘 〈10〉

     13



 千草と美千代の指示で校庭に大判の鬼斬譜が配置された。


 校庭の中央に鬼斬譜の二重円ができる。土鬼蜘蛛(つきぐも)出現と同時に斬り裂くトラップである。少なくとも、4匹の土鬼蜘蛛(つきぐも)はここで退治できるだろう。


 鬼斬譜の準備が進む間に、明宏は退儺(たいな)の刀を右腕からだした。


 退儺(たいな)の刀を軽くふると肩のあたりがつっぱるのを感じた。雨で身体に貼りついた新品の制服の半袖シャツが肩の動きを阻害していた。


(もったいないけど……)


 明宏は退儺(たいな)の刀でシャツの肩口に切れ目を入れると両袖を引き裂いた。下はVネックのタンクトップなので問題はない。


 両腕をぐるぐるまわして肩の動きが自由になったことを確認する。


 人儺(じんな)にはチーム最年長28歳の一級技闘退儺師(たいなし)鞍壺鞍葉(くらつぼくらは)と、二級技闘退儺師(たいなし)青砥志津(あおとしづ)が当たることになった。


 万が一、鬼斬譜の二重円で退治しそこねた土鬼蜘蛛(つきぐも)には、二級技闘退儺師(たいなし)海神文彦(かいじんふみひこ)と三級技闘退儺師(たいなし)高砂喬(たかさごたかし)、そして戦闘力未知数の明宏が当たる。一馬は感知退儺師(たいなし)の護衛および援護と云うことになった。


「ミチヨちゃんはもういいから、保健室へ下がって」


「なに云ってるなのです? 退()くならチグサも一緒なのです」


「私は〈念話〉の使えない明宏クンをサポートするために、のこらなきゃなんないの」


「だったら、それは歳上のミチヨがやるのです。ここはオネエサンにまかせて、チグサがアスカちゃんのそばについていてあげるのです」


「ミチヨちゃんは歳上でも能力は三級でしょ? 私は一級。それに私が明宏クンをサポートしなくちゃ、余計にアスカが不安がるに決まってる」


 千草は一馬をよんだ。


「一馬さん。ミチヨちゃんを保健室までエスコートしてあげて」


〈賢明だな〉


 自然と現場のリーダーになっている一級技闘退儺師(たいなし)鞍壺鞍葉(くらつぼくらは)も〈念話〉で千草に賛成した。明宏以外は全員〈念話〉の内容を筒ぬけにしてある。


 感知退儺師(たいなし)の護衛をまかされていた一馬が美千代の肩に手をかける。


〈おれも色気のないガキふたりのお()りは退屈だと思ってたんだ。お前が退()いてくれたら、千草ちゃんを明宏くんに押しつけて、土鬼蜘蛛(つきぐも)()るがわへまわれるからな。人儺(じんな)のヤロウにもリベンジしてやんなきゃ気が済まないと思ってたんだ〉


「だれが色気のないガキよ。……一馬さん、あとでフルボッコね」


 千草のセリフに一馬がニヤリと笑う。


「……チグサ、無茶はしないのです。約束なのです」


 美千代は不承不承納得した。


「大丈夫よん。ヤバくなったらすぐ逃げるわ」


 一馬に手を引かれた美千代が保健室へ小走りで急ぐ。明宏が千草のそばへ駆けよった。


「ゴメン、千草ちゃん。ぼくのために」


 雨で額に貼りついた前髪をはらいながら、千草がそっけない口調で云った。


「なに云ってんの。みんなのため、よ。……アスカの分も活躍してよね」


「わかった」


(……アスカさんのためにも千草さんはぼくが守る。伊織さんの仇も討ってみせる)


 明宏は青磁のように淡く柔らかい光沢を放つ退儺(たいな)の刀を強くにぎりしめた。明宏の決意に応えるかのように刀がほんのり熱をおびた気がした。



     14



『あっれ~? さっきのふたり組もどってくるよ~。忘れ物でもしたかな~?』


 明宏たちのでていったガラス扉にもたれかかる保険医・清水萌絵が手話で云った。


 保健室の丸イスに腰かけている明日香は暗い表情のまま小首をかしげた。わからないと云うことだ。


 4人の退儺師(たいなし)が雨の中へ飛びだしたあとで明日香も退儺師(たいなし)のベストを着ていた。まだ〈戦場〉へでることをあきらめていない無言の意思表示である。


 千草にたたかれても、ちっともめげていなかった。可憐(かれん)美貌(びぼう)から周囲の人々にたおやかな印象を与える明日香だが、意外なくらい一本気である。


(性格がチグサと正反対なんで気があってると思ってたけど、実は似た者同士だったのね~)


 そんな感慨(かんがい)をいだきながら、清水萌絵はガラス扉を開けて美千代を迎え入れた。一馬はすぐに雨の中へと(きびす)をかえす。


「ミチヨは退()くことになったのです。チグサは〈念話〉のできないアキヒロちゃんのサポートにつくのです」


「そっか~。あ、アスカちゃん。ミチヨちゃんにタオル渡してあげて~。どの棚かわかるでしょ~?」


 清水萌絵の手話に明日香が腰を上げた。明日香の視線が窓の外からそれた隙に、清水萌絵はガラス扉の鍵をかけた。ずっとこの機会をうかがっていたのだ。


 明日香が美千代にタオルを手渡し、退儺師(たいなし)のベストとレインスーツを脱いだ美千代が雨にぬれた顔を拭く。


「……みんなの姿が消えた」


 ガラス扉越しに退儺師(たいなし)の駆けまわる校庭を眺めていた清水萌絵がつぶやいた。土鬼蜘蛛(つきぐも)は出現1分前に結界を張る。そうすると結界の外にいる人間には結界内のようすがわからなくなる。


 清水萌絵は底知れぬ不安にふるえていた。彼女の眼前で彼女には知ることのできない戦いがはじまろうとしていた。



     15



「……土鬼蜘蛛(つきぐも)きます!」


 土鬼蜘蛛(つきぐも)の結界を感知した千草が校庭で叫んだ。


 退儺師(たいなし)たちが攻撃用の鬼道(きどう)譜を手に身がまえる。一級技闘退儺師(たいなし)と二級技闘退儺師(たいなし)の指の上では、早くも大判の鬼道(きどう)譜が回転をはじめていた。


 三級技闘退儺師(たいなし)の一馬と高砂(たかし)は、雨にぬれて鬼道(きどう)符が貼りつかないよう1枚1枚指の間にはさみこんでいる。


 保健室にいる一般人の清水萌絵には激しい雨の降る無人の校庭しか見えていないが、退儺師(たいなし)である明日香の目には違った光景が映っていた。


 土鬼蜘蛛(つきぐも)の出現を示す緑色の光が地面ではなく、退儺師(たいなし)たちの頭上にあった。


 それは異様な光景だった。


 退儺師(たいなし)たちの頭上にあらわれたのは、背中に4枚の透明な羽を生やし、長い両腕に土鬼蜘蛛(つきぐも)をぶら下げた巨大な人儺(じんな)であった。


 その土鬼蜘蛛(つきぐも)に別の土鬼蜘蛛(つきぐも)がぶら下がっている。


 人儺(じんな)をふくめた5匹……だと思っていた。

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