第四章 死闘 〈7〉
「先の〈五古老〉会議で、今後しばらく土鬼蜘蛛退治には2チーム4人体制、あ、私らは5人だけどさ、であたることになったんだけど〈手鬼舞〉の使える特一級のアスカがぬけるのは不安だよね」
「4人体制って、他のふたりはもう決まってるの?」
「あ、それよ、それ。一応、顔合わせしてもらおうと思って呼んだのもあったんだ。こっちきて」
千草は明宏を本堂へいざなった。霧壺家の裏から本堂へまわるのははじめてである。せまい通路が迷路みたいでちょっとおもしろい。
広く薄暗い本堂の隅に見憶えのあるふたりの退儺師がゴロゴロしていた。
畳の上に寝転がって格子戸からさしこむ灯りでマンガ雑誌を読みながらポテチを食べているのは、先の『エレクトラ』で共闘した技闘退儺師・大久保一馬である。
大きな柱に背を預け、スピーカーのついた携帯音楽プレーヤーで志ん生の落語を聴きながら笑っているのは感知退儺師・八千代美千代であった。
「あのふたりが……」
「今回のチーム。ちゃんと自己紹介するのははじめてでしょ?」
「そうだね」
〈ごめん、ちょっといい?〉
千草が〈念話〉で一馬と美千代に話しかけた。千草たちに気づいたふたりが顔をあげる。
目の見えない美千代が「チチッ」と舌打ちした。エコーロケーションで千草がひとりではないことを確認する。
「どしたのです、チグサ? おとなりさんはだれちゃんさんなのです?」
『こんにちわ』
明宏が手話をまじえて挨拶した。一馬も手話で挨拶をかえす。
「この人が私たちチームのその他1名。退儺の刀を持つ〈退儺師補助〉の武光明宏クンです」
「武光明宏、高校2年生です。よろしくお願いします」
「こないたは世話になった。おれはオオクホ・カスマ。ハタチた。よろしく」
技闘退儺師・大久保一馬が自己紹介した。
耳が聴こえないと云っても、幼い頃から口話の訓練は受けている。
しかし、その訓練は聴こえない音を口のカタチと発話している喉の動きを触りながらおぼえると云う過酷なものだ。
健聴者でも外国語の発音が難しいことを思えば、大久保一馬の口話は相当にうまい。
「ケガはもうよろしいんですか?」
明宏はゆっくり大きく話したが、千草が明宏の言葉を〈念話〉で一馬へ中継しているのでちゃんと意思は通じている。
「単なる打撲たったからな。心配ない」
一馬の身長は192cmである。しなやかで引きしまった肉体が季節外れのタンクトップにジーンズと云う軽装に映える。明宏同様なんらかの武術を学んでいるらしい。
「はーい! ミチヨは八千代美千代なのです」
ツインテールの小顔をゆらしながら美千代が云った。
「ミチヨちゃんかあ。まだ小っちゃいのにあの修羅場をしのいだなんてスゴイね」
ポンポンと美千代の頭をなでる明宏の背後で千草が笑いを噛み殺した。美千代は頭をなでられたことに照れながらも、ふくれっ面でこう云いかえした。
「ぷんぷんなのです。ミチヨはカズマっちと同じ20歳なのです。立派な大人のレイディなのです」
千草と一馬が声をあげて笑った。千草が〈念話〉でふたりのやりとりを一馬に中継していたらしい。
(……ハタチ!?)
明宏は思わず二度見した。ずっと中学生だと思っていたのだ。ひょっとしてダマされているのではないかと心の隅で疑いながらも、明宏はあわてて謝った。
「すいません! ごめんなさい! ミチヨちゃ……さん。その、あんまりお若く見えたもので……」
「幼く、の間違いたろう? 気にするな、明宏クン。いつものことさ」
そう云って一馬が笑う。
「むきーっ! なのです。その発言はセクハラなのです、無礼なのです」
美千代が一馬に向かって云う。千草が明日香とするように発話しながら〈念話〉しているのであろう。
一馬は美千代の言葉を無視すると、寝転がってマンガ雑誌のつづきを読みはじめた。その体勢で千草に〈念話〉で話しかける。
〈それにしても、明宏クンに〈念話〉ができないのはイタいな。いざと云う時、攻撃の連係に支障をきたすんじゃないか?〉
アスカ戦線復帰の見通しがたたない今、技闘退儺師の役目を担うのは一馬と明宏である。ふつうの土鬼蜘蛛退治なら一馬の鬼道譜によるトラップだけでケリがつくため、明宏の出番はない。
しかし『エレクトラ』で想定外の戦闘を経験した一馬は、最悪の事態に対処できるだけの方策をしっかりと練っておきたかった。
〈明宏クンと一馬さんの意思伝達は、私かミチヨちゃんがカバーすれば大丈夫だと思います。それより心配なのは、明宏クンが刀で土鬼蜘蛛を倒そうと思ったら、土鬼蜘蛛の懐へ飛びこまなきゃいけないことです〉
〈そうか。〈手鬼舞〉みたいに遠距離からの攻撃ができない分、身の危険も高まるわけか。……〈鬼爆符〉や〈結界符〉以外で援護に有効な鬼道符はないか〈創譜課〉を当たってみよう。〈羅刹姫〉専用に開発された鬼道譜があるかもしれない〉
第六課・通称〈創譜課〉は、鬼道譜の開発および術式研究をおこなっている。蜘蛛切の太刀をふるう退儺六部衆のひとり〈羅刹姫〉桐壺雷華をサポートするための特殊な鬼道譜があってもおかしくはないと考えたのである。
〈お願いします〉
千草は一馬へ頭を下げた。
『エレクトラ』の時ほど厳しい状況などそうそうあるはずもないと高をくくっていた千草だったが、その想像は最悪のカタチで裏切られることとなる。




