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第四章 死闘 〈4〉

     4



 伊織の死(『エレクトラ』〈人儺(じんな)〉襲撃事件)から3日がすぎた。


 穴森道場では伊織の担っていた家事が自然と詩緒里と明宏に分担された。


 洗濯や掃除は詩緒里、食事は明宏の担当である。2日目までは夕食に大膳特製カレーがふる舞われた。


 詩緒里は明宏の作るお弁当が楽しみでしかたがない。それを悟られるのがイヤで、ここ数日は昼休みに明宏と昼食を摂っていない。教室で友だちとお弁当を広げながら、


「男のクセに、あたしより料理が上手いってどうよ?」


 などと、文句を云いながら(本当は詩緒里より料理の下手な人を探す方がムツカシイ)嬉しげに舌鼓を打っている。思春期の乙女心は複雑である。


 詩緒里目当てで明宏につきまとう佐倉心太(しんた)は、


「お兄さん、どおして詩緒里さんと昼食をご一緒されないのですか? まさかおれから遠ざけるためではありませんよねっ!?」


 と、見当違いもはなはだしい邪推をぶつけてくる。明宏はあきれ顔で嘆息するもどことなく元気がない。


「なんかおとなしいよな。詩緒里ちゃんがお昼に顔を見せないからかな? ケンカでもしてんのかな?」


「意外とアスカが休んでるからだったりして。千草ちゃん、どう思う?」


 成田真と話していた臼井浩子が千草へ水を向ける。


「……7対3でアスカかなあ?」


 もちろん冗談である。そもそも明宏と明日香たちの関係を知る者はいない。明日香の欠席が明宏を消沈させるほどでないことは自明だが、


「うそっ!? ヤダヤダ!」


 と、臼井浩子が過剰に反応した。


(……ホントにこのコ、レズっ気あるかも)


 明宏の沈んでいる〈本当の理由〉を知っている千草も元気にふるまうのはしんどかった。


 あの日以来、明日香は学校を休んでいた。2日目の昼まで昏々と眠りつづけていたのだ。


 今は意識もハッキリしているが、まだ起き上がれるほど体力は回復していない。あと2日は静養が必要だと専門医・姫鞍ちとせに診断された。


 ちなみに、大型ショッピング・モール『エレクトラ』の修復と云うはなれ業を演じ、気絶したまま方相寺へ運びこまれた〈修復師〉有坂有里翁はすごかった。


 翌朝、目を覚ますと、米5合、300gのステーキ6枚、Lサイズのピッツァを4枚たいらげて昼まで寝なおし、なにごともなかったかのように立ち去った。


 噂以上の健啖(けんたん)ぶりに方相寺の人たちは瞠目した。伝説の〈退儺(たいな)六部衆〉と云われるだけのことはある。



     5



 明宏は朝晩、剣術の稽古をする。


 ただ、朝はだれにも気づかれないよう、彼の右腕に宿る退儺(たいな)の刀を出し入れする練習に当てている。


 初日は一度も退儺(たいな)の刀を出せなかったが、2日目にコツをつかんだ。


 右腕の内にある退儺(たいな)の刀の存在を感じながらイメージすると、刀が呼応するかのようにそのカタチを腕の内で形成していく。


 もちろん、実際の刀は明宏の腕より長いのだが、腕の内に刀が「在る」と実感できたら、あとはその刀をにぎっているイメージをするだけでよかった。


 青磁のように淡く柔らかい光沢を放つ(つば)のない退儺(たいな)の刀は竹刀よりも軽い。


 毎日、木刀や真剣をふっている明宏にはいささか心許(こころもと)ないが、軽いと云うことはそれだけ土鬼蜘蛛(つきぐも)の攻撃に機敏に反応できると云うことだ。


 そのためには、ムダに力まず刀をふるう技術が必要となる。普段の剣術とは異なる上半身の使い方を意識しなければならない。


 刀を右腕へおさめることはラクにできた。先に一度『エレクトラ』で経験していたこともあり(もっとも、あの時は自分の意思でおさめたわけではないが)イメージしやすかったせいもあろう。


 それ以降は、とにかく刀をすばやく出す訓練をくりかえしている。


 土鬼蜘蛛(つきぐも)退治は待ち伏せが基本なので、2~3分で刀が出せれば戦闘には間にあうだろう。


 しかし、想定外の事件が多発している今、瞬時に刀を出せるようにしておくに越したことはない。


(ぼくの目の前で二度と伊織さんのような犠牲者を出してたまるものか!)


 土鬼蜘蛛(つきぐも)に大切な人を3人も奪われた明宏の決意はだれよりも強い。



     6



「明日の放課後、アスカのお見舞いにウチへ寄ってくんない?」


 明宏の携帯電話へ千草から電話があったのは昨夜のことである。


「そりゃいいけど、アスカさん大丈夫なの? あと2日は安静にしてなきゃいけないんだろ? ぼくなんかより臼井さんを呼んであげるのが先じゃない?」


 明日香の親友である臼井浩子は休んでいる明日香のために懇切丁寧(こんせつていねい)な授業ノートを作っていると聴いている。


「アスカが元気になったら、イの一番に会わせてあげたいのはヒロッチだけどさ、……明宏クンじゃなきゃダメなんだよねー」


 その台詞に明宏はドキッとした。病床の明日香が明宏に会いたがっている姿が脳裏に浮かび、明宏は自分の妄想のバカバカしさに苦笑した。


「ま、退儺師(たいなし)関係の伝達事項もあるんで寄ってほしいってのもあるんだけどね」


「最初からそう云えばいいのに」


「ありゃ? なんかガッカリしてる? ……アスカのお見舞いしてほしいのもホントだし、明宏クンじゃなきゃダメってのもホントだよ」


 なにかふくみのある千草の台詞にいぶかしみつつ明宏は諒解した。


「行くよ。……伊織さんのお墓参りもしたいし」


 方相寺の墓地には土鬼蜘蛛(つきぐも)の犠牲になった人たちの慰霊碑がある。ラッキー和尚がその片隅へ伊織のための卒塔婆を立て、供養してくれている。


 土鬼蜘蛛(つきぐも)の犠牲者の名前がわかっている例は多くない。いずれ慰霊碑の裏に伊織の名を刻んでくれるそうだ。それまでの仮のお墓である。


「そっか……そうだったね。それじゃ明日」


 千草は電話を切った。いつもなら冗談のひとつも云って笑わせようとする千草だが、明宏の哀しみにはどんな言葉をかけてあげればよいかわからなかった。

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